もうかなりずっと前の・・・まだ携帯が普及してなかった時の話だけどよ、きっかけは・・・ああ、そうだな確か・・・
当時から気の合う男友達のAが、マイカー買った記念に、どっか旅行でも行かねえか?って誘われたんだっけ
運転免許は3年ほど前に取得済みな俺達だったけど、俺がまだオヤジや兄貴の車を借りないとでかけれなくて、いい機会だからってんでAが長距離ドライブと観光旅行がてら何泊かする旅行しようって話になった
でも初めての遠出だったから、盆や夏休みや年末年始の混む日は避けて、平日に決め、旅館の手配だけしてでかけた
2人でAの自慢の車に乗り込み、疲れたら運転を交代しながら流した
行きは別段特筆すべきこともなく無事に観光地に着き、何泊か2人してはしゃぎまわっった
問題は帰途で起こった
混まないと思った平日なのに1本道の帰り道でやけに渋滞が続いた
A「行きはここ混まなかったよな?」
俺「信号はもっとかなり先だった筈だけど・・・信号でかな?」
遅々として動かない車群、俺たちの遥か前方にいるだろう車なのに、中には30分くらいで既にキレタらしいヤツがクラクションやたら五月蠅く鳴らしまくった
余計に頭にくるだろうに
また何10分かしてカーブまで差し掛かると、1台の中型のトラックと、1台の乗用車がクラッシュしてるのが見えた
A「あーあー、やっぱり嫌な感じがしたんだ・・・」
俺「煙は出てないから燃えはしないだろうけど・・・っておいおい!
2台とも前面つぶれてるじゃねえか?」
A「誰か連絡した人とかいなさそうじゃね?」
それから2時間以上経ったかな?
それなのにレスキューとかパトカーくる気配がない
で、やっと俺たちが通過できる時になった
通過しながら、トラックのおっちゃんと兄ちゃん?達の2人が真っ青で血塗れの顔で意識不明なのか死んでるのか動かないのがはっきり見えた
もっとひどいのは乗用車で、父親らしい人はトラックの人達と同じ様に動かない
扉がこわれて、子供が助手席に挟まれているのが見えた
A「あの子の腕が動いてるぞ!」
俺「この先に少し広い場所あったよな?」
A「対向車もかなりつまってるな、じゃあ渋滞整理やるか」
Aは事故現場のかなり先の駐車できる場所に車をとめ、ついでに適当に止まって手伝ってくれそうな人がいないか応援を頼んだ
俺たちと同じくらいの年齢の男達E氏とI氏の2人連れが、やっと理解してくれて、I氏は電話のありそうなとこへ車を走らせ向かい、残り俺達3人でクラッシュした現場に戻った
AとE氏は、対向車と俺たちが来た側との交通整理を買って出てくれた
俺は乗用車の、まだ7歳くらいのしかもあどけないつぶらな瞳の子供が
「い・・・いたい・・・いたいよ・・・いたいよ・・・しにたくない・・・くるしいよ・・・」
と、潰れた椅子の隙間から、しかも長時間かなりの量の血がポタポタ落ちていたにもかかかわらず、か細い声で呼ぶので、椅子と車の間にやっと入るすきまから腕を伸ばして、唯一動く手を握り締め
「大丈夫だ!
がんばれ、がんばれよ!!
お父さんも気絶してるだけみたいだから、レスキューやおまわりさんがきたら、きっと絶対助かるからな!」
頑張れしか言えんけどなんとか励まし続けてやってた
I氏が呼んだレスキューがくるまでの間、事故現場を通過していくヤツラの、1本道のかなり狭い場所だったから、通過するたびに話す声が丸聞こえしてきた
『ほら観ろよ、やっぱりな、どこのバカかな(爆)』と大笑いするやつら
『やだなー、こんなとこで事故りやがって、渋滞させやがって』と文句とツバをはきかけるやつら
『自分たちは絶対事故らない、全然関係ない』と無関心に信じてるヤツラ
こんな子供が苦しんでるのに世の中こんな人達だけしかいないんだな・・・
その内、やっとレスキューが来て、椅子と車体ごとバッサリ切断して子供は無事に救出された
『にいちゃ・・・あんがと・・・』
と言って、ぐったりしている父親やトラックの運転手達と救急車に乗せられたのを確認して、やっと俺たちは安堵した
Aと俺は戻ったI氏とE氏と礼を言い合って、それぞれ帰るべき道に別れると、通過した人達のことを忘れられるくらい、いいことしたんだよな?あの子の顔喜んでたんだよな?と、Aと話しながら帰途についた
*****
俺はある事故で車椅子を手放せない体になった
おふくろは俺を産んでしばらくして亡くなったそうだが、オヤジも俺の体を失った同じ事故のせいで後遺症に悩ませれ続けたが、やっと数年前に眠る様に亡くなった
あれからずうっと歳の離れた姉夫婦が、通院するオヤジに変わって俺の親代わりによくしてくれたが、口の悪さを直せるほど四六時中面倒みられねえ
可愛い息子・・・俺に取っちゃ甥っ子もできたし
義兄が仕事でいない夜は2時間置きのミルクやオシメを手伝ってやったけどな
それが今じゃあ可愛い反抗期の厨房だw
そういや、俺の学生生活は・・・車椅子の事でいじめの毎日だったな
仮病と言われ続けた
でも姉夫婦は登校拒否の俺でも暖かく優しく普通の人間として接してくれた
いじめっこの同級生と和解したり、後輩たちの相談相手として頼りにされて嬉しくなった
口の悪さを指摘してくれる大人と一緒に暮らしてこれなかった人間は、他人にアドバイスしちゃいけないのか?
他人に意見を提案する権利もないのか?
だが俺は、赤の他人の名前も知らない俺の手を握り続けてくれてたあの人みたいに、俺も誰かの支えになったり、役に立ちたい
俺は生きてて良かった
だから安易に自殺するやつがもったいねえ

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