2010/9/5

人工関節手術。  

腰と膝の痛みが強く、もう思うように動けなくなった祖母は9月8日に右膝の人工関節の手術を受けることにしぶしぶ納得しました。

納得せざるを得ないくらいの痛みのようです。藁をも掴む気持ちとはまさの今の祖母の状態を言うのでしょう。

最近になって変わったことと言えば、やはり理解力や記銘力の低下が進んできており、言っていることは二転三転するし、思い込みも激しいし、思い込んだら聞かないし。

プライドの高い元々の性格も手伝って結構大変になってきています。

何が一番大変かと言うと、「すぐやってほしい。」という思いが強く、少しでも時間が経つと他の親族に頼んでダブルブッキング。なんてことも少なくありません。

「待てない。」「周りに関係なく自分の訴えを聞いてくれるまで訴える。」はまさに認知症の症状の1つであり、あまり協力的でない祖父との生活は悪化させる原因にもなり兼ねません。

孫という立場の私にどれだけできるのかが不安です。
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2010/9/1

9月1日(水)  

7月にこのブログを再開をしてはみたものの、祖父母の家のことを手伝うようになったことで充実した(?)忙しい毎日を送っていたことと、今年の異常な暑さでブログまでの余裕がなく、1ヶ月半はあっという間に過ぎていきました。

9月に入ってきりがいいので現状のご報告をいたします。

祖母の両膝と腰・臀部は強い痛みを伴っており、以前よりも増して歩行困難な状態です。

キャスターがついている小さな椅子の座面に上半身をほとんど乗せて、四つん這いのような状態でしか移動はできません。

数分の立位もできず、家事はほとんどできなくなりました。

外出は車椅子のため、車椅子の操作が得意ではない私以外の家族は外出に対応しなくなり、今までのドクターショッピングもできなくなりました。

それでも意地を張る祖母は介助を拒んでいます。

トイレもきちんと処理ができないことが増え、入浴もシャワーをかける程度で身体をきちんと洗うことができず、陰部や頭部にかゆみや臭いが残っていますが、「自分でできるからいい。」と一人で行っています。

車椅子に乗ること=恥ずかしい。という考えがあるようで、病院以外は乗りません。

だから家ではほとんど動くことがなく、体重も増え気味です。

デイの支度もできないので、もう行っていません。



孫の私が介護の仕事をしていることで、私の介助は安心なようで受け入れてくれますが、私も毎回はできず、他の家族は外出同様に対応しませんので、辛うじて普通の生活が送れているという状態です。

本当はもっと手をかけてあげたい気持はあるのですが、家族間の問題も解決しないまま、私が介入することで、余計にややこしくなることが考えられるのであまり介入しないようにしています。


私への依存は大きくなっていくばかりですが、その分、私の言うことも聞き入れてくれるようになりました。




一つ、進展したことと言えば、初めは嫌がっていた膝の人工関節手術です。しぶしぶ了解してくれ、来週には手術、というところまで進みました。

でもまだ、祖母は「手術=すぐ歩ける。」と甘く考えて部分があり、今後の辛いリハビリにどれだけ取り組むことができるかは祖母にがんばってもらうしかありません。

私にとって、介助をすることは簡単なんです。

そのために資格をとったわけですから。

ただケアマネという仕事をしているからこそ、家族みんなにきちんと向き合って欲しいなぁ、と思う毎日です。
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2010/7/18

自分にできること。  

様々な場面で支援が必要となってきた祖父母ですが、その子供たちとの関係は私が理解していたものとは全くちがっていたようで、深い部分にはだれも入らず、解決していかなくてはならないところも「見ないようにする。」という対応が今までの関係を物語っています。

でも、それは私は入るべきではない部分だし、家族で解決していかなくてはならないことなので、私は今自分にできる範囲での支援をしていくことにしました。

一つ目はまず「家事」の部分。

祖母が動けなくなったことで、毎日の食事は祖父がやっています。

もともと頑固な職人の祖父はそういったことをするのがとても嫌で、そのストレスは祖母に跳ね返ってくるので、祖父母共に毎日ぴりぴりした生活を送っています。

なんとか自分でしようと思う祖母ですが、歩けないのでできることも限られてきます。

調理する時間も立っていられないので、レトルトや購入したお惣菜でまかなっています。

後片付けの間も立っていられないので、食器を洗っても半端に汚れ、座っている範囲だけの片付けとなります。

それをまた祖父が叱り付ける。これの繰り返し。

がんばって祖母がやってもできる状態ではないので、尻拭いをしなくてはならない祖父がイラっとしてしまうわけです。

祖父は「動かないから動けなくなる。」と思い込んでおり、祖母に「もっと動け」と怒鳴りつけることが多く、痛みに耐えられない祖母は怒鳴られたまま我慢しています。

夫婦で協力しているようで、祖母に精神的な負担がのしかかっており、そのストレスのはけ口が「食べること」で、歩けなくなってから、ますます体重の増加が激しくなってきいます。

買い物などは娘や妹が来てやっていますのでなんとかクリアです。

ですから自分としてできることは、祖父母宅の家事をできる範囲ですることにしました。

朝は仕事の前に、夕方は20時過ぎに祖父母の家に通っています。

しかし、○○時までは雨戸は閉めない、とか、祖父が台所でテレビをみている間は片づけをしない、とか、なかなかこだわりの強い家なので「決まりごと」はいろいろあるようですが、これはやっていくうちに私が慣れていくでしょう。

次に健康管理という部分での支援です。

自分に納得がいかないと病院を変えるということを繰り返している祖母の疾病や服薬を管理するべく、今後は私が受診などに立ち会うことにしました。

これは私の仕事との両立がいかにできるかが問題で少し心配なところもありますが、自営だからゆえに自分でなんとか解決していこうと思っています。

支援を拒否してきた祖父母にとって、私が「生活」と「医療」の部分で支援に入ることだけでも、かなりの進歩だと思っており、焦らずゆっくりと構えていこうと思っています。
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2010/7/16

ブログ再開。  

一時お休みしていたこのブログももう4年も前の話となっていました。

私の仕事も起動に乗り、別々の家で暮らすことで祖父母や私たち一家の生活は元に戻り、また平穏な時間が過ぎていったかのように思っていました。

しかし、7月に入り祖母は痛みのために歩行がほとんどできない状態となったためにブログを再開することとしました。

少し現状をお話ししましょう。

4年という月日が過ぎ、祖父は81歳。祖母は80歳となりました。

祖母はだいぶ前から足が悪く歩行が厳しい状態ではありましたが、プライドがとても高く、人の世話になることを拒否しており、介護が必要になったら夫婦二人で遠くで死ぬんだ。と事ある毎に言っていました。

もちろん祖父はもっと頑固で昔かたぎの職人です。

祖母の年齢以上の理解力の低下は頑固なプライドを捻じ曲げて、より一層理屈が多く、人の意見は聞かず取り繕う発言が目立ち、都合のいい言い訳と毎回変わる話の内容はだいぶひどい状態となりました。

気に入らないと医者を変え、薬も指示通り飲まず、現状を把握している人は誰もいません。

なんとか説得したデイサービスを気に入っており、週に1回の利用をしていますが、お菓子や他の利用者への贈り物のやり取りが絶えず、事業所の責任者は苦笑いの状態です。



祖父は体はいたって健康でむしろ健康を維持するべく、日々の食事の管理や運動は徹底していました。

精神面では頑固がひどくなり、自分勝手な行動が目立つようになりましたが、元来の気質が由来している場合が多いように見受けられました。

祖父母ともに人の意見を受け入れる人ではないので、父を含む子供たちは「障らぬ神にたたりなし」という状態です。

祖母が動けなくなり、家事の負担が祖父に大きくのしかかり、そのストレスで祖母への暴言も増え、大好きだったデイにも通えなくなったものの、隣に住んでいる父と母には援助の言葉はなく、近所に住む娘や、自分の妹などを呼びつけてはお小遣いを渡し用事を済ませていました。

私はこういう仕事をしているからこそ、孫という立場では現状に口を挟めむわけには行かず、長男である父にしかるべき手段(家族介護等)を行うべきだと提案をしていました。

しかし、私には分かり得ない家族間での確執があるようで、「放置」の状態でした。

お互いが背中あわせの状態で良い方向に進むわけはなく、祖父や娘も医療のこととなると本人任せで、見るに見かねた私が今日は一緒に整形外科の医師から説明を受けることとなりました。


診察室に入ると背骨のレントゲンがあり、医師によると「背骨の状態ではそれほどの悪いところはない」とのことで、歩行が出来ない状態に首を傾げるばかり。

「膝の状態はどうなんですか?」と私が質問をしたところ、「膝は特に言われてないので診てない。」と医師は言いました。

もちろん腰痛もあるけども、О脚に歪んだ膝の痛みがひどくて歩行が出来ないのに、なぜか祖母は腰痛を訴えていたようで、振り出しに戻って膝を診察してもらうことになり、分かったことは「今すぐ人工関節手術が必要。」ということでした。

祖母は「腫れて歪んだ膝を見せるのが恥ずかしくて言わなかった。問診票には記入したから診てくれると思っていた。」とまた訳の分からない言い訳。

的外れな訴えでは医師を何人変えてもきちんとした診察はできないはずです。

長い間、痛みを我慢し、変なプライドを塗り重ねていた祖母には驚きました。ぶつぶつと言い訳をし、手術を受けたがらない祖母でしたが今回ばかりは堪忍した様子でした。

私としては改めて全身検査をすることで、最初から自分が関わって把握できるので良しとすることにしました。
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2006/10/10

あれから。  

家が建ち、半年を迎えようとしています。
私たち家族の生活もなんとか落ち着きを取り戻しています。

あれからどうなったのかというと・・・。
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