
毎日、暑っいねぇ・・・・・いつまで続くのかねぇ・・・・・答えは、2,300年まで。だから、私たちが生きてる間はずっと暑いってこと。
ってことが、この「寒暖700年周期説」には書かれています。著者は大正生まれで、慶応大学名誉教授、西岡秀雄氏。
この本には、土器の底に付着していた葉っぱが、現在、その地方に生えていない木の葉っぱだったり、あるいは、オーロラが見えたという文献などから、どうやら気候は700年周期で寒暖を繰り返しているのではないか、というものです。
で、直近で最も暑かったのは、1,550年あたり。徳川の前、ザビエルが来た頃です。直近で最も寒かったのは、1,850年あたり。徳川家定が将軍となり、ペリーが来た頃です。・・・・・実は、私は高校の日本史の授業の際に使っていた年表をいまだに使っています。あちこち赤線が引いてあって、縁は黒ずんでいますが、一番使いやすいんです。教科書は捨てましたが、年表だけはとってありました。
この説でいけば、篤姫のあたりからずーっと気温は上り調子で、2,300年くらいをピークにして、そっから下がっていきます。だから、私たちが生きている間は温暖期で、暑い夏が続く、ってわけです。周期的にそうなっているので、別に地球温暖化ってほどでもない。
この本には、諏訪湖の「御神渡り(おみわたり)」についても言及されています。冬になると諏訪湖が凍り始めます。凍るのは周辺からです。氷はだんだん厚さを増し、ある寒い寒い夜、大音響とともに湖面に亀裂が入るのだそうです。水が凍るとかさが増すからです。で、大音響の翌日、湖面には氷が盛り上がってできた一条の垣のようなものができます。昔の人はこれを「御神渡り」と呼びました。つまり、建御名方命(たけみなかたのみこと)が八坂刀売命(やさかとめのみこと)に会いに行った名残りということです。
大国主命の息子の建御名方命は、アマテラスに遣わされた建御雷命(たけみかづちのみこと)との戦いに敗れて、諏訪に住みつきます。そして、八坂刀売命を奥さんにします。が、この二人、お互いに気性が荒く別居してしまいます。それで諏訪には建御名方命の上諏訪神社と八坂刀売命の下諏訪神社があります。でも別居してはいましたが、たまに会いに行くらしく、それが「御神渡り」として現れたということです。
しかし、御神渡りはいつもあるわけではなく、記録によると、700年周期説の暖期にはなく、さらには諏訪湖自体が凍らない年が連続8年間もあったりするわけです。
枕崎では、建御名方命は南方神社の主たる神です。八坂刀売命も祀られています。だから「御神渡り」は、ちょっと頭の片隅に入れとくと、後でいいことあるかもしれません。
寒暖700年周期説、読んでみてね。