昨夏のデヴォン。
今年も今週金曜から2週間のバカンスをイギリスで。
義母初め、Aの家族に会うのが楽しみだ。
今日は
Lisa Louというアーティストのスタジオを訪問した。 彼女は とても成功しているアメリカ人アーティストで、2年前から南アで作っているアートが完成していっているということ。私も美術生のスタジオ訪問に混じり込ませてもらった。細長い小さなビーズがたくさん 大きな鉄のボードにボンドで貼付けられたアート。モザイクともとれ、大きなカーペットの様にも思えて、とても面白い。ここ2年あまり 40人近いスタッフを雇い、10点近い一連のシリーズを完成させた彼女は 来月9月NYで個展を開くという。全く売れていない(=作っていない)のに、同じ肩書き『アーティスト』を恐れ多くも名乗っている 私にとっては、とても刺激になる訪問だった。
そういえば、カリフォルニアでデザインを勉強していたときに 一番尊敬していた先生、そして後には私を引き抜き雇ってくれたボス、シェリーとブライアンがいつも熱く口にしていた言葉を思い出す。「思いついたときにそれを創り始めないとだめ。でないと、誰かがどこかで同じことを始めるからね!」。温めている作品のアイデアがあるのだけれど、温めている、、、なんて言えないな、今から始めないと と、Lisaの小さな小さなビーズが作り出したとてつもなく大きなアートを眺めながら、痛感した。
こんな風に、ビジネスだけでなく、アートも人々に僅かな期間でも仕事を与えられるということを この目で見ることのできたこと、なんだか気持がクリアになった。職のない人がこれだけ溢れる場所で、お金をもらい、束の間だけれど何かを産み出すことの喜びで 目を輝かせて仕事をする人たちを見るのは、道ばたで物乞いをする人々を見慣れている私の目には、とても新鮮な光景として映った。
ベビーシッターのノシーポがHIVテストを受けることにしたの、と告白してくれた。妹が結核を患って生死の間を彷徨っていたのを見て、自分の身体を確認しなければ、と思ったらしい。それでも、HIVのテストを受けるということは本当に一大事で、決断までに相当な葛藤があったと話しながら声を詰まらせる彼女の姿から推測出来た。自身の娘を含む周囲幾人かの人に告白し、そして受け入れられたことに彼女は心を動かされていた。遠くで暮らす娘からも「ママのことを本当に自慢したいわ。大きな決断をありがとう」。と誇らしげに見せてくれる。私にとってはえらい大げさなメッセージに思えたけれど、残念ながらそれがまだまだ人々の中でのエイズの存在なのだと確認させられた。
以前からテストを受ける様にすすめていた私にとって、諦めていた矢先のことで テストを受けるということ自体よりも、彼女がHIVに対して初めてきちんとした見識を持ってくれたことが嬉しかった。ノシーポが「もしポジティブでも仕事を辞めさせられない?」という質問には「あったりまえでしょ!」と笑いながら怒るしかなかった。
ノシーポはここ南アに住む人々の多くを代表しているように思う。これがまだまだ実態。テストを受けるまでに本当に大きな決断が人々にはいるのだ。表面ではエイズというものを知っているという人々。でも、心のどこかにはまだまだ やせ衰えて死んで行く家族や知り合いの人々のイメージがエイズと強く結ばれているに違いない。
どれだけ多くの他国のNGOがエイズ学習を広めようと、それだけではどうにもならない色々なことが複雑に絡み合った現実。まずは病んでいるたくさんのエイズ患者が回復し、社会に復帰し、(安全な)セックスも再開し、毎日薬(ARV)を必ず服薬するという以外は、全く他の人と同じ生活をするようになることが一番。それには 端末の人々にまでテスト/ケア/薬が行き渡ることのできるシステムを構築するのが必要なのだと、人々がいつも口をすっぱくして言っていることを再び思った。
分かっているのに出来ていない事実が たくさんこの世の中にはあるなぁ と思う。やっぱり私に出来ること、からなのだろうか。