それぞれの言語の裏には、人生哲学があるようです。文化、習慣、人間関係、思考などの違いが、各言語の表現にあらわれるのですね。だからときおり、ある言語ではひとことで表せるのに、他の言語には訳しようがないという現象が起きるのです。
たとえば、英語には、スペイン語の
Ni modo.(しかたがない)
に相当する言葉がないそうです。英語圏の人は、あきらめが悪いっていうことでしょうか? 交通渋滞に巻き込まれても、「しょうがない」と言わずに、交通情報を確認したり、行政に訴えたり、なんとかしようとするらしいんですねー。
そしてスペイン語には、「肩こり」という言葉が存在しないらしいですね。スペイン語圏の人は肩が凝らないみたいなんですよ。どうしてなんでしょうか。
ところで、うちのセニョーラが気に入ってる日本語のひとつが「三日坊主」です。自分にぴったりの言葉が見つかって嬉しそうです。響きも好きらしく「SOY ミッカボーズ!」と繰り返しています。これは、スペイン語になりません。セニョーラなりの定義としては:
Persona que le dura el entusiasmo por algo sólo 3 días.
こちらでは、「口だけ」のことがよくあって、本人はその時点で本気らしいのですが、全然実行しなくても、翌日放りだしても気に留めないので、三日続くという感覚すらなく、よって「三日坊主」にあたるスペイン語が生まれなかったのかもしれませんなー。