青葉OBサロン「10周年記念誌」投稿より
【わが人生に悔いなし】
常々私は会社で働くのは
65歳までと決めていた。
60歳契約定年の前に会社間の話し合いで、ある会社に2年間出向の形で働き、そのまま再就職となり60歳から
65.5歳まで働いた。
会社勤めに
人生の大半を過ごしたし、しがらみのある会社関係の交流も多く仲間も多かった。 振り返ってみると
46年間も良く働いたと思う。
定年後は自分の思った通りの事をやろうと言う思いが
二つあった。
一つは、会社に関係ない違った
仲間達と共に
第二の人生を
楽しく愉快に過ごそうと言う思いであり、その実現に向かって会社にいた時から準備をしていて多くの仲間達が出来た。
二つ目は、今まで疎かにしていた
地域の人達との
ふれ合いと
地域の人達への
還元でした。
たまたま地域の新聞で
青葉OBサロンの事を知り、電話で打診して
2003年8月に入会する事になるが、人生の節目と言うのか、その1か月前に今まで病気には全く縁がなかった私が
“胃がん(初期がん)”を患い、
1か月の入院生活を経験し、入会は退院して間もない時でした。
始めて参加した
月1回開催される男だけの
井戸端会議では、名前と顔を覚えようと無造作にデジカメで撮り、皆さんの
パッシングにあってしまった事を鮮明に記憶している。 その時一言いえば良かったな・・・と今でも申し訳なく思っている。
その後は皆さんと徐々に打ち解けていき、月1回の男だけの
井戸端会議も楽しいし、
山歩きや街道シリーズの
歴史散策も楽しみの一つとなった。
特筆すべき事は1か月の入院生活で自分を見つめる恰好の転機になった事です。
病室では寝ながら考えている内に、自分も
ホームページを作ろうと思うようになり
外出許可を頂き、本屋へ行って関係本を数冊買って来て寝ながら読み漁った。
退院と同時に
ホームページも立ち上げる事も出来たし、
青葉OBサロンに入会したのもこの時期である。
これからは地元
ボランティアへの参加、
仲間達との
ふれあいを大切に、
多趣味が趣味である私の
第二の人生は、自分の思った通りの
生き方をしたいなと思っている。
大好きな裕ちゃんの詩、
“我が人生に悔いなし”にこれから一歩でも二歩でも近づける為に・・・。
青葉の百姓こと竹田一政 2008.2.16記