「の」が抜けるとえらいタイトルですが(ぉ
自分が少年時代からサッカーを経験できなかったことに対する悔しさは、
・意志の強く、たくましい人間になれなかったことへの劣等感
・自分は蚊帳の外、仲間はずれなんだという疎外感
この二つに集約されます。
小3の時に、自分はサッカーをできない体なんだと聞かされた時。
もうこの時点で、自分とサッカーの間に深い溝ができたことを感じました。
そしてその溝は、年月を経るにつれて次第に広がっていくものだということも
この時点で悟ってしまったのです。
9歳にして、早くも人生あきらめの心境。
悪く言えば、余生モードです。
サッカー部のみんなは、コツコツと経験を重ねていくことで
どんどん人生の経験値を上げていく。
でも自分は、いつまでも同じところに置いていかれたまま。
いっそ、溝が狭いうちに、思い切って飛び越えてしまえばよかったのに。
予想通り、溝はどんどん広がっていくばかり。
それに対して何も手を打てない自分が、もどかしいばかりでした。
古くから「健全な精神は健全な肉体に宿る」といいますよね。
当時の自分も、その言葉を額面どおり信じていた。
そして、健全な肉体を手に入れることが適わなくなった自分には、
永遠に健全な精神など宿ることはない、という意味に捉えてしまったのです。
それが、必要以上に自分を蝕む原因になったんだと思います。
今思えば、非常に偏ったかつ失礼な考え方です。
体に障害を持つ人だって、健全な心をもって胸を張って生きている人はたくさん居るのに、
そういう人を侮辱しているともとられかねない考え方なわけで。
取り残された思いというのは、今でもあるんですね。
自分より年下の選手が、ポロポロと引退していくなかで、
さて自分はといえば、未だに少年期の悩みを引きずったままで居る。
みっともないこと、この上ない。
果てしなく暗い内容ですいません。m(_ _)m しかもまとまりがない…