「横浜」というフィルターを通してサッカーと接しようとすると、
サッカーがとてつもなく遠く離れた存在に思えてしまいます。
サッカーに関することで不快な思いをすると、
それを「横浜」のせいにする自分がいます。
非常につまらない思い込みなんですが、
成長期の体験を考えると、こういう気持ちが形成されたのは
やむをえないことと思っています。
こんなことがありました。
大宮のリーグ戦年間皆勤を狙っていた仲間がいました。
もう秋。あと少し頑張れば皆勤達成という段階に差し掛かった頃のことです。
開門前の並びの中に、もちろん彼もいました。
ところが、彼のもとに身内の容態の急変を伝える電話がかかってきました。
彼は、涙を飲んで帰宅することに。
それが、三ツ沢だったんです。
帰りのバスが良く分からなさそうなので、自分がバス停まで付き添いました。
悲しいことに、故郷のバス路線はよく理解していますから。(^^;
やってきたバスに乗り込んだ彼を見送りながら、心の中で叫びました。
「 ま た 横 浜 か ! 」
自分はともかく、仲間まで巻き添えにしないでくれよ…
非常に馬鹿馬鹿しい話とお思いでしょう。笑ってやってください。
それほどまでに、横浜のサッカーに対する思いは屈折してしまっていたのです。
今までの自分は、それを良しとしていました。
横浜を叩けば叩くほど、自分とサッカーの距離が縮まるような錯覚がありましたから。
だから、三ツ沢で勝つということは、自分にとって勝ち点30くらいの価値があったのです。
でもそれは、過去に受けた心の傷を誤魔化すための麻薬でしかなかったんですね。
それに気づくきっかけとなったのが、7月の静岡転勤です。
埼玉に帰りたい気持ちはありますが、転勤自体を呪ってはいません。
むしろ自分を見つめなおすきっかけを与えてくれたことに、感謝しているくらい。
これは、静岡に住まう真のサッカーの神様が与えてくれた恩恵でしょう。(笑)
今また、「横浜」というフィルターを通してサッカーに接する試みを始めています。
正直、今度こそ大丈夫という自信があったのですが…
いざ試してみると、や、やっぱり、遠く感じる…(^^;
それどころか、約25年前の疎外感が、蘇ってしまう始末。
さすがですねえ〜、やっぱ横浜。(笑)
しかし、今度はちょっとやそっとじゃ、あきらめませんよ。
むしろ、四半世紀前の心境にどっぷり浸かった中から這い上がるというのは、
過去を含めてやり直せた気分になれるチャンスなのかもしれない。
抽象的な話で、申し訳ありません。
何に賭けているのかは、ご想像にお任せします。
これは本当に、どうしようもない思い込みなんですが…
成長期に横浜でサッカーに関わっていた人は、
多少なりとも特権階級意識を持っているような気がする。
少なくとも、自分のような人間は端から相手にされない。
普通に接するにすら、値しない。門前払い。
学生時代までは、「一人残らず」そうなんだと信じていました。
でも本当に、そうなのか。
そんなことはない、と思い直したくて始めた賭けなんですが…
早く答えが、知りたいです。