「xxxHOLiC◆継」第12話の感想です(^o^)
ついに、ひまわりの正体が明らかになりましたorz
自分の意志に関係なく、自分に関わる者を不幸にするなんて、なんて悲しい運命を持った少女なのでしょうか(/ω\)
でも、原作を読んでいたときから思っていたんですが、なぜ彼女は、自分がそういう不幸を呼ぶ性質を持っていると理解していながら、四月一日や百目鬼が自分に近づくことを拒否しようとしなかったのでしょうか((((゚Д゚;))))
自分がそういう人間であるということを、四月一日らに教える機会は幾つもあったはずなのに、どうして黙っていたのでしょうかΣ(゚Д゚;≡;゚д゚)
これは、僕の想像ですが、おそらくひまわりは、四月一日が憎かったのだと思います( ̄∩ ̄#
ひまわりがいつも見せていた笑顔は、きっと作り物だったのでしょう。
彼女は自分の容姿が、他の女性に比べて魅力的であることを明らかに理解しています。そして、都合の良い笑顔を浮かべることで、騙されて近寄って来る者がいる。
それが四月一日だったわけです。
自分はこんなにも不幸なのに、いつも幸せそうな四月一日が、いえ、おめでたい四月一日が、ひまわりは許せなかったのだと思います。
侑子は、ひまわりの前ではいつもと同じ雰囲気を保っていましたが、彼女がいないときは、四月一日に向かってひまわりのことを冷酷に切り捨てます。また、四月一日に対し、暗にひまわりに近づくな、と警告さえしています。侑子は、ひまわりの性質のことも、その本性にも気づいていたのでしょう。
しかし、ひまわりという少女は、基本的に優しい少女です。
四月一日を憎んではいても、同時に四月一日は彼女にとって救いでもあり、不幸にしてやりたいとは思っても、それは性質ゆえの結果であり、彼女が故意に手を下したわけでもありません。
もし、ひまわりが誰かを不幸にして喜びを感じるようなサディストであったなら、侑子が黙っているわけがありません。侑子はその自由意志を尊重してはいますが、四月一日が窮地に陥った場合、間接的に幾度も四月一日を助けています。百目鬼がいい例です。
しかし、侑子はひまわりのことをついに断罪することはありませんでした。それは、侑子がひまわりという少女の本当の内面を見抜いていたからだと思います。
そして、ついに四月一日が学校の窓から転落しました。
ひまわりは、四月一日を憎んでいたかも知れませんが、その命を奪っていいとまでは考えてはいなかったことは間違いありません。むしろ、四月一日なら、いつか自分の性質に打ち勝ってくれるのではないか、という期待もあったのかも知れません。
しかし、これ以上、四月一日に近づくことは彼女の良心が許さなかったのでしょう。四月一日の傷を引き受けたことは、四月一日を救うということもあったでしょうが、同時にそれは彼女なりの贖罪でもあったのだと思います。
一方で、四月一日という少年は、余人の不幸や悲しみに敏感に反応します。
小羽にしろ、それまでに登場した少女たちにしてもそうです。
四月一日がひまわりに積極的に近づいていたのは、自分でも知らないうちにひまわりの影に気づいていたからかも知れません。
時折、ひまわりは四月一日を拒絶するような態度を取ることがありましたが、それはひまわりなりの自制心だったのだと思います。しかし、それでも四月一日はひまわりのことを好意的に解釈しました。
正直なところ、四月一日はひまわりのことを恋愛の対象として見ていないと、僕は思っています。例えるなら、泣いている迷子を放っておけない、そんな感情ではないでしょうか。
四月一日は、妖が見えるとかいう能力以外でも、常人を超越している部分が少なくありません。彼は、それが必要だと判断すれば、平気で自分の肉体どころか命さえも犠牲にすることができます。
それは、ハッキリ言って異常者の類です。
テレビシリーズで、四月一日が何者なのか言及されるのかはわかりませんが、これからも目が離せません(^o^)
ところで、座敷童は次はいつ出るんでしょうねw
(⌒▽⌒)ノ"