今日、ちょっと調べてわかったことがあります^^
現在放送中の「マクロスF」や「マクロス・プラス」と「マクロス7」では、全く雰囲気が異なっています(-_-;)
ハッキリ言って、世界が違います(-_-)
「7ダイナマイト」は、まあ「〜F」の雰囲気と似ているかな、と思うところもあったんですが、「〜7」の本編は「〜F」と比べると、まるで怪獣アニメでした((((゚Д゚;))))
そのため、河森監督にとって「〜7」はどういう位置づけなんだろうか、と思っていたんですが、「〜7」がああいう雰囲気に作られたのは、河森監督の意図だったんですね^^;
すなわち、歌で戦いを終わらせることができるなんてリアリズムに沿って作ったら、影響を受けない人間がいるとも限らない。
だから、あえてマンガ的に作った、と。
確かに、「〜F」や「〜プラス」の雰囲気で「〜7」の主旨である「歌で戦いを終わらせる」という作品を作ったら、すごい名作になっていたでしょうが、本気にした視聴者もいたと思います(-_-;)
実際、最初の頃は、歌を唄って戦いの邪魔をするバサラに反感を持っていた視聴者のほうが多かったのに、話が進んでくると、バサラが戦うことで苦情が来たということがあったそうです。
それだけ、バサラの何があっても歌い続けるという信念に心惹かれた者が多かったということなのですが、だからこそリアルに作ってしまうと何かを勘違いする者がいたとしてもおかしくないでしょう。
そういうことを知って、あらためてマクロスという作品を考えてみたのですが、マクロスは作品内で戦うということを、決して否定してはいないのです(`д´;)
ミンメイの歌は、あくまで文化のないゼントラーディだったから有効だったのであり、「〜プラス」でも現在放送中の「〜F」でも戦闘そのものは否定されていません。
「〜ゼロ」は観てないので何とも言えませんが、外伝の「〜II」でも歌はむしろ戦力として考えられています。
そう思うと、ただ歌だけで戦いを終わらせたバサラという主人公は、むしろ異質だったというべきでしょう。
マクロス=歌というわけではないのです。
「〜7」をあえたマンガ的にした河森監督の深慮には感服します(-_-)
さて、今夜は「〜F」が放送される日です^^
シェリルがどうなるのか心配です(/ω\)
アルトと結ばれて、幸せになってくれるといいんですが(>_<)
(⌒▽⌒)ノ"