海のことをただ思うだけでなく、実際に関わり始めると、私の暮らしは随分楽しいものになった。
人生の価値や環境が自然に変わったわけでもなく、ただ海を求めて行動しているだけで、気分が良くなっているだけ、外観上あるいは対外的に何も変わっていないが、本当にいいものなのだ。

「海が好きだったか?」と昔の友人に問いただされたものだが、好きになって求めるようになってきたということだろう。
まずは、東京は福岡に比べ海産物が乏しい。毎晩お刺身と煮魚が食卓にあった私には、渇望も振り切れ。
お金持ちとか特殊な力を別にすれば、やはり魚は近くにないと手に入らないし口に入らない。
海の景色を見たいときにすぐに見れないのが、次に困った事。
私は高台で育ったので、見通しのいいところへちょっと歩けば、遠くに海が見える。
空想の目も働けば、大きな船まで見えることすらある。
年に1、2回、海の方面へ旅行するようなときには、かならず砂浜を散歩する事にしている。出来ればビーチシューズをはいて、海水に足を浸しながら、肺にたくさんの水蒸気を吸い込みながら歩いているつもり。温度があれば、当然水に入る。
海水とその水蒸気を含んだ空気が私を外から内から浄化するような気持ちになる。

こんな環境で病気のときは療養したらよいだろうに、というのは、海洋療法や転地療養の観点からここ数年考えてきた。
で、自分もそういう療養や患者の再起に関わる仕事をしたいと何年も思ってきた。
さらに言えば、そういう環境で自分が時間を過ごす事は自分にとってこの上ない仕事、暮らし、人生になると思ってきた。

そのような医療施設を探してみた。そのような住居を探してみた。葉山に行ってみた。
ある日、福岡にそんな自分の思いをつなげる場所を見つけた。
海に親しむ生活がどんなものなのかを想像したり調べてみた。

海は基本的に緑で暗くて冷たくて恐ろくて、正体不明。
窓から海が見えることは幸せでもあり、自然の厳しさをいやがおうにも見せ付けられる事でもあり、ひるんでしまう。
海が恐怖でないこと、海が安寧をもたらすこと、海が孤独でない事、そんな風に海との関係を作れるだろうか? 実は真剣に考えて悩んでいた。
海と仲良くする一つの方法として、ダイビングを教わっておこうと思った。
その扉は一旦開くと、とてもとてもわくわくして面白くて、とめどないものだった。
まずは、海水でたくさん長く泳ぐという楽しみ。
それから、水中で体が浮いているという身体感覚の楽しさ。
美しく浮遊するインストラクターや人の姿。
緑の海水の下に水底やらがけやら沈降物やら浮遊物やら生き物やら 全然見たことのないものが たくさんあるだろうこと。
装備や潜水のテクニックやスキル。
沢山のことに感激しながら、たくさんのことを知りたい気持ちになる。
色んな気持ちをかきたてられる、面白い。
次々に知りたいこと、憶えたいこと、やりたいことがでてくる。
まず、海で遊ぶにあたって、救急救命の技術が必要だと私は思った。
AHA BLS ACLSをとって、生命の危機に対する不安や無力をちょっとでも軽くしたかった。
オープンウォーターダイバーになった。
水底の遺跡や沈潜も見たいと思い、水中考古学のことも知りたくなった。
それらを見るためにはアドバンスド オープンウォーターが必要だと思って早速講習を受けた。
そうしたら、混合ガスもつかえるようになりたい。
より深みに潜れる技術も習得したいし、体力をつけたい。
あたらしい道具が欲しくなったり、色んな場所に興味を持つ。
海に入るには、天候や流れの知恵も欲しい。
漁業の人と魚のことも知りたい。
ボートや水路についてわかっていたい。
感動を収められる写真の撮り方も知っておきたい。
潜水による生体への影響も知りたい。
海洋生物、環境の保護への協力。

そういうわけで、今は海の潮流や気象について勉強中。
この先自分で設けた楽しい課題が次々あるのが面白い。
例えば、子どものころ 公文式で教材が次々進んでいくような、そういう感じ。
次々と海への思いを行動や形に結びつけながら、一体私はどこに向かっていくのだろう…?!と自分でも不思議になるが、しばらく飽きずに力を注ぐと思う。
気象、潜水技術、身体、健康障害と治療、船舶、海を守る活動、海底調査、
そんなことが数珠つなぎで私を待っていて、資料や書籍の入ったキャビネットをあけることさえ嬉しい。
「ダイビングにはまってしまった」と言う私は、こんな感じで海の子になってしまいました。
