今日のオホーツクは良く晴れています。
やはり秋ですね。山々はすっかり紅葉が進み、枯れ木が目立つようにもなってきました。
さてさて、本題のオムサロ遺跡です。
以下は、紋別市立博物館のパンフレットによって説明していきます。
「オムサロ遺跡」は、昭和39年10月3日、北海道指定史跡として登録されました。
今から1500年〜1000年前にかけて、サハリン南部から北海道、南千島のオホーツク海沿岸に海獣狩猟や漁撈を中心とした北方系のオホーツク文化が展開しました。
やがて、擦文文化に吸収され、消えてしまいます。本州の古墳時代の終わり頃、北海道との交流がさかんになり、続縄文時代の人達も、土器の文様も縄文をやめて、木片で表面を擦ったり刻んだ土器を作るようになります。
住居も四角になり、カマドを持った家に変化し、石器の変わりに鉄の道具が使われる擦文時代になります。
ではまず、パンフレットから、擦文時代の住居の作り方を紹介しましょう。
擦文住居は、方形(四角形)を基本としています。
そのほぼ四隅に柱を四本、これを家の基本柱としています。
家の大きさは一辺が4〜5m。大きな家では7〜10mもあります。家が大きくなると、屋根を支えるため、基本柱の間に、1〜2本の支柱が使われています。
屋根は、ヨシやササで葺きます。壁にはカマドがあり、カマドの横に出入り口がついています。
では、次回は実際に家の写真を見てみましょうか・・
お楽しみに〜 おむさろ君でした〜
