2006/6/30

ビブラート効果の考察・・・後半  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第十五回目の今日は先週の「ビブラート効果の考察」の後半です。

ヴィブラフォン(実際の発音はヴァイブラフォン)とネーミングされたこの楽器、最大の特徴は鍵盤の余韻にある「うねり」です。ペダルを踏んで音をサスティーンさせると直に音の空気振動を身体に浴びる事ができます。鍵盤が震えながら演奏する楽器=ヴァイブレーション、共鳴管付き、という事でVibraphone。分かりやすい楽器です。さらにその効果を高める為に共鳴管の上部に付いたファン(プロペラ)をモーターで回転させてビブラートを付ける事が出来ます。このファンの回転による効果はギターやシンセのエフェクターのコーラス機能や、ハモンドオルガンのハーモニック・ドロー・バーと似ていますが、恐らくそういう人工的な「震え」のする楽器の元祖がこのVibraphoneでしょう(Vibraphoneは1930年アメリカ生まれ、ハモンドオルガンは1934年アメリカ生まれ)。
但しエフェクターやオルガンが電気合成波形であるのに対してヴィブラフォンは生音を振動させる所に違いがあります。

さて、そのビブラート機能ですが、先週書いたように大まかなコントロールは出来るものの、細部に渡った効果を反映させるには構造的に無理な事もあり、僕自身も一時はエフェクターを使ったコントロールをステージで試した時期もありました。究極的にはシンセヴァイブかアコースティックヴァイブかの選択を迫られましたが、シンセヴァイブが自身の発音体を持たない点で不満が残り(音源モジュールを使うならキーボードと同じ音しか出ないので見掛けだけの道具になる)、アコースティックを選択しました。なので楽器に装着されたビブラート・キットは使わず鍵盤からの直接的な空気振動だけで表現を開拓する事にしました。

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鍵盤の下の共鳴管の上部でファン(プロペラ)が回転するビブラート機能が備わる

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共鳴管の上でファンが回転し開いたり閉じたりを繰り返してビブラートを作る(鍵盤を外した状態)

面白い事に、このファンの回転方向はメーカーによって異なります。基音側から派生音側に回転するメーカーと派生音側から基音側に回転するメーカーがあります。
「そんなのどちらでも同じじゃん」ってツッコミありがとう
比べてみるとビブラートの聞こえ方が違います。恐らく奏者の立ち位置に聞こえる波形が異なっているのだと思いますが、そんな事も気になりました。

さて、ビブラート・キットを使わないならプロペラは必要ないではないか、と思われますよね。


僕の楽器はビブラート・キットの内、モーターと操作パネルは取り外していますから(実はこれが案外重たいので運ぶ事を考えて外しています)、他も無くてもよいのでは?と言う事。実際にMusser社のカタログではプロペラシャフト、モーター、操作パネル等のビブラート・キットが無い機種を選択出来ます。
バークリー時代、校舎にあるヴィブラフォンの多数がこのタイプのものでした。モーターが付いていても壊れて動かないものもありました(笑)。



しかし、実はこのファン(プロペラ)は非常に役に立つものなのです



鍵盤をヒット(打つ)すると波動は共鳴管の中に入り増幅されて底まで行くと再度共鳴管の外へ出ようとします(押し出される)。その時に楽器の構造上、出口に鍵盤があるので増幅された波動の何割かが再び鍵盤を振動させて余韻がさらに継続される仕組みになっています。
しかし、ダイレクトに波動が押し上げられると、各々の鍵盤の振動帯域によっては発音側と増幅側の波長が一致する事により「デッド」(同期によりお互いの振動を引き合う、殺しあう)な響きになる音域が出てきます。いわゆる「つまった感じ」の音、音の「抜けが悪い」とか表現するあの音です。

その状態を回避する為に、プロペラを使って共鳴管の中にある増幅された音を出口でコントロールします。よりヴァイブレーションされた音色を作る一つの秘密です。

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ファンを少し傾けるだけで増幅された波動を鍵盤に直撃させる事を回避出来る

ホールのステージ上部にある音響板と似ています。このファンの角度は楽器を演奏する場所の響き具合によって異なります。セッティング時にファンが閉じた状態でペダルを踏み音を出して、ファンを少しずつ開けて行きます。あるポイントになると増幅された音が共鳴管の中から一気に外へ飛出す感じになります。そこが一番リッチな音を発する位置です。
このポイントを毎回探ってその日の楽器から最高の音色を引出すセッティングをします。

この方法を試すとファンの「全開状態」というのが思ったよりも増幅振動を上手く利用していない事もわかるはずです


ちなみに、このファン(プロペラシャフト)は固定しないと演奏中に揺れてグルグル回ってしまいます。

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ボックスを開けるとファンベルトが

僕はファンベルト(ゴム製)を「紙縒り」風に束ねてプロペラシャフトを固定しています。他にもいろいろな方法があります。


自分の楽器の事を隅々まで研究して演奏しましょう
もっと音楽が楽しくなりますよ


おしまい

2006/6/29

北欧の怪人を誰も語ろうとしないので語りたくなってしまった  木曜:Jazz & Classic Library

今や懐かしいジャズライターの草分け、故・植草甚一さん風の長いタイトルで
今夜はJazz & Classic Library

60年代から70年代のスイングジャーナルは面白かった。アルバムレビューのところなんか「このアルバムは評価に値しない」とか書かれてあって評点のマスコット“スイングおじさん”が消されてるものまで堂々と載せられていて、一体ジャズとはどんな世界なんだろう?と四国の片隅で多少ビビリながらも中学生は毎月愛読していた。そんな中で植草甚一さんの書く「長〜い」表題のついたエッセイは毎回何よりも楽しみだった。当時でもかなりの御高齢であったのに、自分の論点を絶対に誤魔化さない、それでいて読者を不思議とスイングさせる文章だった


さて、今夜は北欧のベーシスト、エバーハード・ウェーバー(Eberhard Weber)

E.ウェーバー氏はドイツの“ブランド”レーベルECMの看板アーチスト。それは今も昔も変らない。
数あるウェーバー氏の作品の中から今夜御紹介するのはコレ

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『CHORUS/Eberhard Weber』(ECM/1984年録音)

サックス+ベース+ドラムというジャズではありきたりの編成ながら展開される音楽はシンプルかつエモーショナルなウェーバー氏独特のもの。サウンドをより明確にする為に本人がキーボードを使っている。
面白いのが、通常ベースが担当するべきエリアをキーボードのハーモニーで描き、ベース、サックス、ドラムは適材適所に出てくる。それでいて中途半端に懲り過ぎてグチャグチャになるような野暮とは無縁で、ベーシストのアルバムなのに低音域にスペースが生まれているから不思議だ。ソファーに深く身を委ねて落着いて聴けば聴くほど味わいのあるアルバム。変な言い方だけど、少し前に流行ったスムースジャズのような計算された空間が心地よいジャズ。
また、ウェーバーと同じくECMの看板サクソフォンプレーヤー、ヤン・ガルバレク(Jan Garbarek)が随所でスリリングな演奏を聴かせてくれる。

こんな北欧の怪人、エバーハード・ウェーバーの名前をいち早く教えてくれたのは誰あろうヴィブラフォンのゲイリー・バートン氏。
1974年、バートン氏は自己のクィンテットにウェーバー氏を入れてレコーディングした。そのクィンテットは合わせてギターのパット・メセニー氏のレコーディングデビュー作でもあった。

北欧の怪人がキーパースンとなる1974年の二つのアルバム
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左/「The Colours Of Chloe/Eberhard Weber」(ECM/1973年録音)
右/「Ring/Gary Burton Quintet with Eberhard Weber」(ECM/1974年録音)

74年、来日したバートン氏の演奏を見た余韻の残る内にリリースされたRingを聴いた途端にウェーバー氏の“あの”ベースの音とメセニー氏の“あの”ギターの音が飛込んできた。新鮮で斬新だった。
と、そこでウェーバー氏のベースの“あの”音になぜか聞き覚えがあり、レコードを探してみたら、、、、、
やっぱりありました

日本では「レフト・アローン」のヒットで知られるピアニスト、マル・ウォルドロン氏の異色のアルバム「The Call」(1971年)。マル氏はフェンダーローズではない独特の残響がするエレクトリック・ピアノを弾いているんです。A面B面一曲ずつジャズロック、ファンク風というこれもマル氏を知る人には謎のアルバム。そこですでに“あの”ベースの音で弾いていたのがウェーバー氏だったのです。ちょうどマル氏のアルバムを集めた頃に無意識に買ったものでサウンドが異質な為その後「おくら入り」していたのですが、その録音の音質がすこぶる斬新でゾクゾクするような音の記憶がありました。よく見ると“ECM”原盤と書かれていて納得したのを覚えています。

戻ります。

右側のウェーバー氏の初リーダー作を入手し聴いたところ、その音楽の響きや構成に惹かれてしまいました。何と言ってもハーモニーの使い方がスムーズ&ドラマチック、ちょっとダークサイドなんですが、吸い込まれて行くようなサウンド・カラーがあります。ちょうど前年に発売されたチック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエバー」(ECM/1972年)といい、次々にジャズに新風を吹き込んでくるECM、と言うよりも、その大きな流れは世界で同時進行している事を窺わせました。ドキドキ、ワクワクの連続です。

再び北欧の怪人がキーパースンとなる二つのアルバム

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左/「Silent Feet/Eberhard Weber」(ECM/1977年録音)
右/「Watercolors/Pat Metheny」(ECM/1977年録音)

「Colours」と名乗るウェーバー氏のバンドのこの作品はそれまでのどのアルバムよりも熱い衝動と完成された構成が作品に反映されたものでした。そして続いて発売されたメセニー氏のリーダー作は実は随分後になって購入したのですが(アメリカン・ガレージの後に)、ここで、僕は“ふと”感じました。初期のメセニー・グループ(PMG)や、このWatercolorsは、ライル・メイズ氏が語った「初期のPMGの音楽コンセプトはゲイリー・バートン・クァルテットだった」に、僕は北欧の怪人も付け加えたくなってしまうのでした。

紹介した「CHORUS」の中で一番好きな曲は、最終章VIIです。アンビエントなキーボードに乗せて歌うサックス、この曲でやっと定位置にあるベース、時のパルスを刻むドラム。最後の最後に極楽なジャズへと誘ってくれます。

おしまい

2006/6/28

日伊乾麺バトル!?  水曜:これは好物!

麺好きである
蕎麦、うどん、(ちょっと最近は卒業気味ですが)ラーメン、そうめん、冷し中華、冷麺、、、あげると切りが無い。地域限定ならじゃじゃ麺(盛岡ですよ-)、きしめん(名古屋忘れんでちょーよ)、マヨネーズ入り冷し中華(これも名古屋だぎゃー)、ぶっかけうどん(讃岐でっせぇ)、チャンポン(長崎でおます)、皿うどん(これも長崎でごわす?)、、、またまたあげると切りが無い。

そんな中で、本日は日伊乾麺バトル

まず登場は、もうすっかり日本の食卓に定着したパスタ。年間でどのくらいパスタを食べるか想像が付かないほどパスタは我が家の食卓に並ぶ。大半は僕が「パスタ奉行」してるんですが、、、(笑)。その中で最も好きなのが、本日のトップバッター

イタリア代表
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De Cecco(ディチェコ)

初めて食べたのは20年前の留学時代。渡米前もパスタは好きで店で食べる事も多かったが、当時テレビCM等で頻繁に流れていた「●イトーニ」や「●の穴」などを買っては作り「旨い」と思っていた。他のメーカー品に比べると、確かに「それなり」の価格で「それなりの」味がしていたから文句もなかった(あ、当時廃価版のパスタで一つお薦めが。ダイエーが自社ブランドで販売していたパスタ。今でもある)。しかし、留学後にパスタが好きだと言うと、皆一様に「じゃ、絶対De Ceccoでしょー」と言う。

「ほ〜う」

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こういう事には目敏いので、早速スーパーで買って試してみた。きちんとブルーの紙ケースに入りグラマラスな“おねぃさん”が花篭の上で優しく微笑む今日お馴染みのパッケージ。価格も他のメーカーよりも高かった。
茹でて一口感触を試すと・・・・・・
あらら、、今までのパスタは一体なんだったの?と思うような豊かな風味と日本人好みのコシの良さにプリプリ感(イタリア人もそれにこだわるから何かと感覚は共通するものがある)。

このディチェコがイタリア産の小麦を使っているのに対して、よく比較されるイタリアのメーカー、 ジュゼッペコッコ(Giuseppe Cocco)はなぜか北米の小麦を使っていたりする点で僕としては頭一つディチェコに愛着がある。

ともあれ、やはりパスタはイタリア、うどんは讃岐と白麺は勝手に定義しています。


続いて、日本乾麺代表

イタリアのパスタに対して、何を対抗馬とするかは少し考えたけど、「かけ汁」系は多種多様あれどパスタとはちょっと違う気がする。そこで「かけ汁」系では無いものとなると、

出て来たのが「超」レアもの

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明星・鉄板焼そば かつお風味

B級の即席麺と侮るなかれ。これ、旨くてしかもレアなんですよ。なぜこれがレアかと言えば、リンクしてある明星食品のホームページにさえ載っていないマニアの間では「幻」と言われる商品。季節限定・地域限定商品という欄にさえ載っていないという「超大物レア」商品。関西と四国だけで昔から売られている。
普段関西と四国以外の店頭で見掛けるのはオレンジ色の「明星・鉄板ソース焼そば」。液体ソースのよくあるタイプのもの。対してこちらは和風粉末ソースで麺には醤油を隠し味として使っているまったく別の商品。

日本の食品メーカーは地域毎に同じ商品でも味付けを微妙に変えて販売しているので面白い。例えば日清食品のカップ麺の「どん兵衛」を東京と大阪のコンビニで買ってごらんなさい。パッケージには何も表示されておらず、まったく同じ商品に見えますが、実はカップにお湯を注ぐと「あれれ?」と驚きます。「つゆ」がまったく違うのです。

そのむかし、まだネットなど無い80年頃にハウス食品が出した即席麺の「うまかっちゃんラーメン」というのが僕らの世代で話題になりました。とんこつ味の即席麺で九州と関西・四国ではパッケージと味が微妙に異なっていたのです。おまけに当時僕は東京にいましたがこれは販売されておらず、「西に行ったらうまかっちゃんをひとつヨロシク」と周りから頼まれたものです。(今では全国で販売されています)


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さて、この“明星・鉄板焼そば かつお風味”ですが、僕は高校時代の寮生活の夜食(なんせ短大の女子寮の食堂がぼくらの食卓だったので育ち盛りには全然足りません)が最初でした。料理などよくわからない頃でしたが冷蔵庫にあったキャベツを適当に千切って卵と炒めて作ると大変美味で、以来B級グルメの王者としてインプットされています。
時々食べたくなる衝動に備えてストックしてあるわけです

我が家の食料庫にはパスタから即席麺まで、ありとあらゆる麺類がストックされています。今ちょうど「どん兵衛」の関東版と関西版があるので、今度誰か弟子が遅くまで居残ったら証人に立たせて品評会でもしてみましょう(笑)。

はい、そこ〜 「ワ・タ・シ」って今から準備体操しない!(笑)

おしまい

2006/6/27

ひょっとして貴女は・・・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

今日は火曜日なので「街ぶら街ネタ」なのに、突然このタイトルって・・いったい
まぁまぁ、そう最初からツッコミしないで。
立派な「街ネタ」に繋がるんですから


横浜!

と書くと、もう、ありとあらゆる所で「街ネタ」を紹介されてますから、今さらアンタが書く事もあるまい
と思うでしょう。


ところが


あるんですね、これが。

中華街? ノー、ノー、ガイドブックにはかないません。みなとみらい?ノー、ノー、これも同じ。じゃ元町? たまに歩いた記憶しかありません、はい。

海です、海。横浜は港町でしょ。そこに僕ネタがあるのです。


ゴ〜ン、ゴンゴンゴン、ゴゴゴゴ〜ン
ドラです↑。船が出る時の。
そう言えば、なぜ日本では船が出る時にドラなんでしょう。今まで幾度となく船に乗りましたが、桟橋で出航の時に必ずドラが鳴り響きますね。汽船会社でもフェリーでも(旧)国鉄連絡船でも。ブザーとかチャイムじゃないんです。
最近電車も発車ベルじゃなくて発車ジングルが増えましたが、昔はその手のミュージックがホームで流れていたのは近鉄特急の専用ホームくらいで、他はプルルルルルル、の電子ブザーと相場が決まっていました。随分変ったものです。

で、話しはドラの鳴り響く、横浜の大さん橋、国際旅客ターミナル


ここで僕は、その憧れの君と会うのです。ううん、ウン十年振りの再会

まだ君はあの頃のままだろうか、、
その美しいシルエットを保ったままだろうか、、、
体調など崩していないだろうか、、、

逸る気持ちを抑えながら、僕の歩みは大さん橋のスロープをものともせず、一気にデッキへと駆け上がった。早く君に会いたい、少しでも早く、、と心拍はアッチェルしたまま胸の中が熱くなっている。もうすぐ、、もうすぐだよ。


そ、そして、ついに


君は僕の前に、その美しい姿を現わしてくれた





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   ROYAL WING

はい、ソコ「な〜んだ、タダの船じゃないかよぉー」って言わない!

これは横浜港でレストラン・クルーズ船として就航している「ロイヤル・ウイング」という船。東京湾には様々なレストラン・クルーズ船が就航しているが、このロイヤル・ウイングは破格にデカい。
それもそのはずで、このロイヤル・ウイング、元々は大阪に本社のある「関西汽船」の瀬戸内海航路の花形客船だったのだ。

少しでも船旅に興味のある方は、1960年から関西汽船が海外向けの観光アピールに次々と放った豪華客船シリーズの「むらさき丸」「くれない丸」、「すみれ丸」「こはく丸」、そして客船シリーズ最後となった「あいぼり丸」「こばると丸」を覚えてらっしゃるかと思う。(これらの船名をネット検索すると当時のたくさんの写真が見れます)
その中の第一弾の「くれない丸」こそが、今、目の前にいる「ロイヤル・ウイング」。

ずらりと並んだ上階側面の小窓は一等船室、中階前方の大窓は船内レストラン。整った形をしている。僕は子供の頃に家族でこの関西汽船に乗って九州や京阪神に出掛けた事がある。家族での個室はすこぶる快適だった。子供が多少騒いだって文句言われなかった。レストランも「お子チャマ椅子」で利用した。「こばると丸」ではデッキの上に展望室やパーラーまであったな。だからこれらの船の外見は忘れる事がない。

そして今は「ロイヤル・ウイング」となった「くれない丸」。
船内は大きく改造され、各種フロア毎のレストランに変っている。普通、この種の改造を見ると「うんざり」するものだが、色々と趣向が凝らされているので意外と飽きない。その中でトイレの位置とかが昔のままだったりするので、鮮明に記憶が蘇る(だからと言って船内全てのトイレに入って隅々まで観察してなかなか帰って来ない僕って一体・・・?)。海外に身売りされたりスクラップになってしまった姉妹達よりも幸せかもしれない。
なんせ、毎日乗客を乗せて現役で就航しているのだ。

外見から大きな改造が施されて無い事がわかったので食事の後にデッキに上がってみた。
おお、ココに来ると、まったく「くれない丸」そのものじゃないか

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横浜でちょっと時間がある時に食事と一緒に船旅の雰囲気を味わってはいかがでしょう。食事の最中にバンドが演奏して、しかもそれがジャズだったりすると、妙な気持ちにはなりますが(笑)。運営が吉本興業というのも、関西汽船と何らかの繋がりが、、、、あるわけないっか(笑)
横浜散策のついでにお薦め

[先読み情報]
少し先になりますが、横浜では毎年秋に国内最大のジャズストリート・フェスティバル「横浜ジャズプロムナード(YJP)」を行っています。10月7日(土)と8日(日)の二日間、横浜市内のホールとジャズクラブ50超の会場で300超のステージに12万人の観客(昨年度推計)が全国から集まります。
今年は僕も3年振りにこのジャズフェスに出演します。出番は初日の夕方(予定)、出演会場は今日の「街ネタ」で登場した横浜大さん橋の最寄り駅、みなとみらい線「日本大通り」駅上の“横浜情報文化センター・ホール”。ブログでも登場しているピアニスト、ユキ・アリマサとのデュオで。ランチ・クルーズの後や最終のディナークルーズの前にヴィブラフォンとピアノのデュオを是非どうぞ。


おしまい

2006/6/26

続・ジャズフェスはパプニングの宝庫  月曜:ちょっと舞台裏

少し前までは夏に各所で野外のジャズフェスティバルが開かれていました(もちろん今も頑張ってる所あります)
規模は数万人から数百人まで様々で大きなスポンサーの主催によるものから地方の自治体が活性化の一貫として行っていたものまで様々。90年代が最も盛んだったようです。
そんな様々な会場へリーダー叉はサイドメンとしてよく出演しました。ヴィブラフォンは運搬が大変で、手持ちの二台の楽器を空と陸に分散してスケジュールをこなしていました。ある時など、行きの飛行機はファイバー・ケース2個に入れて「手荷物」で運べたヴィブラフォンが、帰りの手配を頼むと「これは木枠を組まなきゃ運べません」と業者にいわれ、主催者が「じゃ、翌日ちゃんと梱包して運んでおきます」と言うので行きと同じ運搬費を置いて出発した。翌日の夕方「●●運輸です」とチャイムを鳴らすのでホイホイと出たら、まるで業務用冷蔵庫を運ぶような梱包(もちろん木枠)を大型トラックから降ろしている最中で心臓が飛出しそうになった
「これ、一体運賃はいくらなの?」と業者に聞いたら「十数万」だと言う。
慌てて翌日主催者に電話。「足りなかったでしょう。あれじゃ」「いえ、いいんですよ。こちらで請け合ったので気にしないで下さい」。翌年はあまりに悪いので陸送にした。でも今度はこちらが大渋滞でバテてしまった(笑)
こんな感じて主催している方々はみんな情熱的で採算度外視の上に成立っていたフェスティバルも多かった。

そんな夏の風物詩だから、当然いろんなハプニングがある。
前回5月29日のブログでは、調律のハプニングを書いた。今回は自然との戦いの巻。
(掲載の写真は本文とは関係ありません。念のため)

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山の中から海のそばまで随所でジャズフェスは開催されていた
これは山の中 duet w/ kazuhiko michishita(g)でのツアーショット
『Now's The Time Workshop Vol-2』(BMGファンハウス)リリースの頃

野外で戦う相手とは・・・

風と雨

そう、自然、気象状況との戦いとなる。
数万人規模のフェスティバルに出ると、それに湿気という大敵も加わる。
人間の発する熱って物凄いんですよ。ましてグランドやゲレンデに数万人も集まると、山の風向きさえも変えてしまう熱の坩堝(るつぼ)になるんです。

そんな大規模でなくても、野外のステージは、いわば急場の櫓ですから、全天候性とは行かないものです。

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ステージの屋根は殆どの会場がテント張り

ある人は演奏中に突風で譜面が飛ばされて何処をやってるんだかさっぱりわからなくなって引っ込んでしまった。
ある人は譜面台に洗濯鋏まで装着して完璧な風対策を行ったはずなのに突風で譜面台ごと倒されてしまったが、負けずと倒れた譜面台を覗き込みつつ演奏を続行していた(エライ!)。
あるバンドは大音量の最初の一発めの「ドッカーン」で電源が落ちてしまい、そのまま暗転のまま20分修復で待たされたり、
と、バックステージて見ていると、様々なハプニングの連続。

僕が一番怖かったのは・・・



金属で出来てるヴィブラフォンの大敵。

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海沿いのフェスティバルでは霧と雷に見舞われる
この日は夕方にスコールがあり、何とか落着いて最後のジャムセッションとなったけど、遠くでゴロゴロ
演奏中に名古屋のサックス・クラリネット奏者森剣治さん(右側)と
「お、雷。こっち来てる、どーする?」
「僕は、即、逃げます」
「ハハハッ、そりゃそーだ」
「ハハハ・・」


最も凄かった自然との戦いを一つ。
「あ、ちょっと溜ってますねぇ」とステージスタッフが集まり協議中
「そうだねぇ、あまり溜るとまた降るかもしれないからテントもたないかもね」
「じゃ、ちょっと、突っついて落としときましょう」
「了解」

ちょうどステージ転換の時である。
ステージ端の上部テントに昼間降った雨が溜っているのだ。
僕はステージが終わり楽器を片付けていた。

「ちょっとー、長い竿持って来てー」

さっきのスタッフが叫んでる。僕は楽器の片付けも終わり次のバンドのメンバーとステージ袖で談笑中。

「う〜んとこしょ。アレ、上手く行かないなぁ、ちくしょー。そりゃ〜」
と竿を持って雨溜りをステージ後方に落とそうとするスタッフ。
大きなテントに溜った雨だからちょっとやそっとじゃ思いの方向に流れてくれない。

「う〜ん、ちくしょうめ、これでどーだ。ウリウリウリウリ、、」

今度は溜った雨水を波立てて勢いで一気に後ろへ落とそうという作戦に出た。
雨水の塊をトントン下から突っついているんだ。
なかなか上手いもんだなー、と僕らは静観していた。

と、突然、いくつもの波状を描いていた雨水が大きな一つの波となって動き出した。


あらら。。

「そーりゃ、これでどーだ。ウリウリウリウリ・・」

スタッフが最後の勢いで雨水を後ろに追いやろうとした瞬間

大きくバウンドした雨水は一端後方へ向かったものの、再度リバウンドしてあらぬ事か前側へ勢いよく滑り出したのだ


「あ〜〜〜!」



という叫び声と共に僕らも呆然と見送る雨水の軌跡、、、、



前側のテントとの隙間から、大量の水塊が一気に真下の





グランドピアノを直撃






ピアノ水没





おしまい

2006/6/25

おい!・・・・・  日記

まだ明るさの残る昨日の夕方、何気に入ったコンビニでどこかから視線を感じた。

何だろう?この、何処かに記憶のある、

そして、

とても懐かしい感じの視線・・・・






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おい


あっ

一瞬、まさか、今の時代にそこに存在するはずのない視線、
でも、絶対にこの視線の記憶に間違いがないと確信できる視線。
それはまぎれもなく“帝王”の視線だった。


種明かしすれば・・・

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発売中の『月刊PLAYBOY(日本版)/2006年8月号』(集英社)

普段はコンビニで本を買う事はないが、この“視線”に見つめられると別だ。
第一にコンビニで一番予想出来ない光景だ。
だって、“帝王”マイルス・デイビスはもう15年も前に他界している。
コンビニに来る人は殆ど“帝王”の事など知らない。
こちらだってそんな“帝王”が今、有名誌の表紙を飾るなんて予想もしていない。
せいぜいジャズ誌の表紙がいいところで、一般誌で特集を組まれたとしても表紙までもは予想出来なかった。
でも、実際にこうして全国のコンビニ(もちろん書店も)で視線を投げ掛けている。

そして、それが“今”見てもちっとも違和感がない。
だから、一瞬(絶対に記憶に間違いがないと思っていても)「まさか・・!」と思ったのは、その表紙がまるで昨日撮ったもののように見えたからだ。

さすが“帝王”だ。

「おい!お前ら。くだらない事にうつつを抜かさずちゃんとやってんだろうな」

音楽が面白い事であると同時に常に新しい事を見つけて発展させる手段を身を持って証明した人。回顧主義に浸ると衰退しかないと常に警告を鳴らしていた人。誰もやった事のない事をやれと唱え続けた人。
マイルス・デイビスが歴史になってから早15年。
70年代から80年代に何度かの生を見れた事、次々に変貌するアルバムをリアルタイムで聞けた事、そして音楽で受けた影響など、今となってはラッキーと言える“体験者”の一人として、このところずっと考えていた事が、夕方の日常の中で感じた“帝王”の視線で吹っ切れた思いだ。

“帝王”の視線をキャッチ出来る自分がいた事、今日はそれが爽快だった。


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1970年代に刺激を受けたコンサート会場で配られていたパンフレット
左:74年5月31日大阪サンケイホール(Gary Burton公演)
右:75年2月1日大阪フェスティバルホール(Miles Davis公演)

これらのパンフは実家にある。偶然にも3月の帰省時に二つ並べて撮ったら、このひと月に何らかの形で遭遇する事になった。偶然とは、、、自分の時代認識が狂ってなかった事の証しになるのかもしれないね。時代の気運を予知するのは人前で何かを表現する人間には大切な事。あなたも偶然と思っている事が自分の予知能力による必然的な遭遇と思ってみると毎日が面白くなってくるかも。肝心なのは、そんなのはタダの思い込み、なんて夢の無い事は言わない、ですね。

おしまい

2006/6/24

ファースト・セメスター  ■新・音楽体験記/留学の頃

随分前の事だし資料を元に書いてると話しが前後しそうなので留学時の学期(semester)毎にまとめます。今回は入学直後のお話し。

バークリーに入学したのは1986年の秋(Fall Session)。早いもので今年で20年になります。まぁ、一区切りと考えればその頃の事をまとめるのも良い時期かもしれません。

入学式の後で新入生のウェルカム・パーティーがありそこでいろんな人と挨拶するわけです。まだボストンに来て1週間足らず、勝手もよくわからないので出席すればいろんな情報を得る事も出来る。当時バークリーには日本人の留学生が約120人(現在は倍以上)いましたから出席するといろんな人を紹介されました。

「赤松さんですよね」

同期Tp専攻のArai君が連れて来た“女の子”が突然と声を掛けてくるので誰だろうと思った。
「昨年のバークリー・イン・ジャパンで見ました。ヴァイブでああいう演奏が出来るとは知らなかったのでびっくりしました」

まだ18才の大西順子ちゃんだった。彼女はずっとクラシックを習っていたがジャズに興味を持ち前年のバークリー・イン・ジャパンに参加した。しかし、そこで自分が余りにもジャズが弾けなかったのが悔しくて1年間必死で勉強してココにいる頑張り屋なのだ。
順子ちゃんと話している間もいろんな人が挨拶に回ってくる。「こんにちわ。突然ですが12月の14日はお二人とも空いていますか?」と二人に声が掛かる。空いてるも何も今来たばかりだから「はい」としか答えようがない。「じゃ、コンサートで演奏お願いします」と。Aさんというもうかなりバークリーが長い人との事。
どうやら事前に新入生の情報は学内に流れていたようで、このパーティー会場にいるのは新入生よりも在校生の方が多かった。

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手前から中央の公園辺りまで続く学生用のアパート群。
バークリーの他、近辺のニューイングランド音楽院、ボストン音楽院の学生が集結
僕は中央の斜めのアパートの向こう側に住んでいた


翌週から授業が始まる。まぁ、とにかく高校並みに授業が多い。最初は要領がわからなかったが、予め組まれた授業でも「これはもういい」と思うものはどんどんテストアウトして上のクラスに上がって行けばよいのだ。だから一週間めは授業の組換えで校舎を右往左往。落着くのは二週間めを過ぎた頃。

最初から宿題の嵐。書く宿題の量が多い。月曜日から金曜日までほぼ毎日授業があり、アレンジやハーモニーの課題がわんさか出る。レッスンが始まるとゲイリー氏からは一週間に5曲ずつ課題が出る。もちろん翌週までに仕上げなければならない。授業は午後6時までに終わるが、その後はアンサンブルルームが開放されるのでセッションやリハーサルの予定が入る。午前0時にそれらが終わってアパートに帰ってから宿題に取りかかる。寝るのは午前3時頃、まぁ、このハードな日課をこなす内に自然と鍛えられるわけだ。怠けたら脱落して「借金」を増やすだけ。。。。

しかし週末となると周りのアパートの雰囲気も一変する。あるアパートからはパーティーをやってる騒ぎ声、あるアパートではセッション、要するに週末は一週間のストレスを発散させる為に大騒ぎとなる。
もちろん月〜金のハードさでバテて昼過ぎまで寝てるが、何も予定を入れない時は街をブラブラする。

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学校から続くボイルストン・ストリート
ここは毎年ボストン・マラソンのゴール

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学校の向こう側にはコープリー・スクエア

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コープリー・スクエアにあるショッピング街「コープリー・プレイス」
休日はココで飲食したり買い物したり


バタバタとしてあっと言う間にファースト・セメスターは終わりに近づく。
期末試験(Final Examination)の始まる直前に、例のウェルカム・パーティーで知合ったAさんのコンサート。
新入生は1学期間自分のリサイタルやコンサートを持てないので授業以外での人前の演奏はこれが最初になった。
Aさんから譜面が届き、これがまた現代曲風なので解析に時間が掛かる。
ストリングス・カルテットはプロを雇うとの事なので本番直前のリハと本番しか合わせない。
順子ちゃんと「ココ、よくわからないよなぁ」「うん」「じゃ、こっちでアレンジしちゃおうか」(笑)などとAさんが聞いたら怒りそうなパート合わせをやった。なんせ当時のパソコンの譜面は譜読みで疲れた。今のように人間の感性に近い譜面が作成出来なかったのだ。
そのストリングス・カルテットの曲の他に当日ビッグバンドにも参加してほしいと追加の依頼があったのでそちらのリハーサルも掛け持ちとなった。

Aさんの音楽は不思議な世界だ。
学内のホール、パフォーマンス・センターでビッグバンドのステージで開幕。いくつかの曲でヴァイブのソロも入る。中盤にステージを転換してストリングス・カルテットと僕と順子ちゃんの編成に。一転してコンテンポラリーの世界。譜面には無かったけど順子ちゃんと二人でインプロヴァイズのパートを作り妙に二人で盛上がった(笑)。そして再びビッグバンドのセットでコンサートは終わった。

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バークリー入学後初ステージとなったAさんのコンサート
Dec/14/1986 @ Berklee Performance Center

このコンサートのリハーサルからずっと「気になる」人物がいた。
リハや本番のステージで密かなジョークを言うと時々かん高い声で笑う男だ。
ビッグバンドの時にピアノを弾いてる。
Yuki A,
「ゆうき」とはユニークでいい名前だなぁ
でも、まだよく知らないしなぁ、
と、その時はそのまま本番が終わって別れた。


つづく・・・

2006/6/23

ビブラート効果の考察・・・前半  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第十四回目の今日はビブラート効果についてのお話しです。

このコーナーではあまり一般的に知られていないヴィブラフォンの奏法や各部の使い方について毎回説明していますが、少数派とは言えビギナーからプロ(と思われる)人まで参考にされているようなので嬉しく思います


ヴィブラフォンの演奏スタイルは大別すると二通りあります。

一つはファンを回したビブラート(音のうねり)を効果的に使った奏法、もう一つはファンを使わずにサウンド(音の振動)でヴァイブレーションする奏法。
マレットの数はこの二者選択の上に成立っていると思えます。
(2本奏法、叉は4本奏法だからファンを使う・使わないという定義は無い)

僕は最初からファンを使わずに演奏しています。ゲイリー・バートン氏を最初に聴いた事もありますが、もっと大きな理由が一つ。
規則的に(機械的に)音がうねりピッチが揺れるのが好きじゃなかったからです

一時は曲や曲の中でビブラートを使い分ける方法を考えた事がありますが(実際に学生時代に触れた現代曲などでは譜面にそういう指示もありましたが、、、)、楽器のメカニカルな部分で自分の意図とビブラートの効果が一致する「解決策」が見当たらなかったのです。


[問題点]

(1)演奏中にビブラートを自由にコントロール出来ない(回転・停止以外のコントロール)
(2)演奏中に回転を止めると思った位置でファンが停止しない(最近改善したメーカーあり)
(3)ファンを回したままコードを弾くと音の強弱が入って周りのサウンドとブレンドしない

このような問題点を解消する事を考えてチャレンジした時期もあります。


[エフェクターによるビブラート効果]

自分が描く“効果と意図”に近いサウンドを実現させるにはエフェクターを使う方法がありました。当時(80年代前半)ヴィブラフォン奏者のマイク・マイニエリ氏が楽器に様々なエフェクターを使用して独自の音色を開拓していました。そのアルバムを聴いて試行錯誤したのです。
ヴィブラフォン奏者の悩み所にステージ上のマイクセッティングがあります。大音量のバンドで演奏すると、超ハードなマレットで演奏しても音量が足りないのです。現在のようにピエゾ式アタッチメント(鍵盤一つ一つに小型マイクを接着させる)が開発される前ですから他の方法を試すしかなく、この悩み所と合わせてビブラート効果についても解決策を探ったのです。

何度かの試行錯誤を経て、次のようなセットを用意しました。

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duet w/yuki arimasa(p) @ Berklee performance center(BPC) Mar/3/1988
リーダーコンサートの時のショット。左右にシルバーのキーボードアンプを置きパイプにPCMマイク2本を装着。左足元に2つのフット・スイッチ式エフェクター(コーラスとフランジャー)、アンプの背面のディレイから左右のスピーカーに接続。デュオの時はこれらのエフェクトはオフにして会場のマイクのみで収音。

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同 @ BPC w/skuli sverrisson(b) Mar/3/88
バンドでのひとコマ。足元のエフェクターはオン

[アンプリファイヤ・セッティングに揃えた機器]

(1)キーボード・アンプ2台
ギターアンプ、ベースアンプも試しましたがヴィブラフォンとの相性は一長一短で、トータル的に音域がカバーできるキーボード・アンプを選択

(2)ディレイ
ギター等のコンポーネント用のもの。プリアンプ内臓なので音量の増幅も兼ねる
(帰国時に処分)

(3)ステレオコーラス(フット式)
演奏中に任意にコーラス(ビブラートと効果が似ている)のオン・オフをフットスイッチによって操作出来る
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ギター用のコンパクトなもの


(4)フランジャー
同じくビブラート効果と似た「うねり」をフットスイッチによって操作出来る
ステレオ・コーラスと合わせて使うと複雑な効果が得られた
(帰国時に処分)


(5)PCMマイクロフォン2セット
ピエゾ式他、楽器接着式のマイクロフォンを使うと、生音の鳴り方に問題が生ずるので鍵盤非接着方式を取り、パイプ(共鳴管)に接着するPCM方式のマイクロフォンを選定
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センター部にマイクがあり背面に集めた音と振動を拾うシステム
これらはパイプに装着した

使用する内にこれらの中で機能が重複するものは音量と音圧をお互いにセーブしあい大きな効果を得られない事がわかった。最終的にはディレイとフランジャーを外してコーラスからダイレクトにアンプに接続する事にした。コーラスには簡易的なプリアンプが内臓されていたのでシンプルなセッティングが一番音圧を得られた。

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バークリー卒業直前のリーダーコンサート @ BPC Feb/22/89
この時は右側の足元にコーラス、そこから後ろ左右のアンプにダイレクトに接続。音圧とコーラス効果が最も良かったセッティング


このような試行錯誤を繰り返したものの100%満足する結果は得られず、その後PAシステムの精度が向上した事から楽器の生音を活かす方法で通す事にしました。今のデジタル機器を使えば、もっと面白い効果を得る事が出来るかもしれません。が、僕はアコースティックの魅力と開拓を探る道を選びました。

では、アコースティックな状態で楽器をヴァイブレーションさせる方法、ノンビブラートながらファン(プロペラシャフト)を活用したセッティングを後半として次週解説しましょう。

おしまい

2006/6/22

多感な時期に・・・・・Eric Dolphy  木曜:Jazz & Classic Library

十代の多感な時期には自ら触手の赴くままに様々な音楽から刺激を受けるチャンスがあります。ヴィブラフォン奏者を志していたからと言って、それだけを聴いていたのでは完全な自己完結に終わってしまっただろうなぁ、、、、

エリック・ドルフィーを最初に知ったのは中学の同級生の漢方薬局の息子T君からだった。中学生でもジャズが好きな“変りモン”は僕だけじゃなかった(笑)。
その時は一聴して「風変わりな演奏」をする人、正直なところそのくらいの印象しかなかった。高校に上がって毎日音楽の事について考える環境になって学校のライブラリーやジャズ喫茶、自らが購入するレコードは四方八方へと触手を広げて行った。

再びドルフィーと出会うにはいくつかの偶然が重なった。チック・コリアの「リターン・トゥ・フォーエバー」(ECM)が発売され刺激されるとすぐさまこの若きピアニストの名前に雑誌でも視線が行くというもの。

ある時スイング・ジャーナルをチェックしていたらサイドメンにチック・コリアの名前を見つけた。リチャード・デイビス(b)の初リーダー作で他には少し前にゲイリー・バートン(vib)クァルテットやフルートで好きだったジェレミー・スタイグのトリオ等でギターを弾いていたサム・ブラウンの名前も見えたので買ってみた。コリアの弾く“Dear Old Stockholm”やR・デイビス作の可愛いワルツ“Monica”等が好きだった。

時を同じくしてキース・ジャレットやコリア、ポール・ブレイ等のソロ・ピアノ作品が大挙してリリースされ購入しそのどれもに心酔。ジャズ喫茶「邪美館」に行くとダラー・ブランドのソロピアノ等も流れ、世はちょっとしたソロピアノ・ブーム。そんな“邪美館”で流れるソロピアノの中にマル・ウォルドロンがあった。地味なピアノながらちょっと哀愁もあってけっこう好きになった。

ココに出て来た中で、リチャード・デイビス(b)マル・ウォルドロン(p)はそれまで自分が聴いていたジャズとは明らかに違う路線のものだった。そう、ジャズ喫茶でよく耳にするサウンドの一つ。そこでレコード屋に行き普段自分が買わないタイプの物も聴いてみようと探していると、エリック・ドルフィーのアルバムにこの二人の名前がクレジットされているのを見つけた。
「ああ、あの風変わりな演奏」の人だ。じゃ、ひとつ買ってみよう

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『At The Five Spot Volume-1/Eric Dolphy』(Prestige/1961年録音)

LPをターンテーブルにのせ、ジャケットの中から解説を取り出してまず“驚いた”。
日本語のライナーノーツがあるんだけど、まぁ、とにかく長い。それもアルバムのディテールじゃなく個人的な思い入れがズラズラと書かれていたんだ。ううん・・・高校生はかなり「引いた」。これ、ミュージシャン本人が読んだら「ヲイヲイ」と言いたくなるような憶測だらけじゃないか。まるで聞き方まで「こっちからこういう風に聞け」と言わんばかりだ。そんなものかなぁ、、って。

気を取り直してターンテーブルに針を下ろし始まったエリック・ドルフィー。数年前に聴いた印象、、、、おや?ちょっと待てよ。前は「風変わり」と思えた演奏がなぜか自分の頭の中を刺激的に駆け回ってくれるぞ、これはひょっとしたらいいかも
そう、刺激的なものを求めていたから自分の知らない方向から一気に迫ってくるドルフィーの演奏がこの上なく快感に感じるんだ。オーソドックスなリズムセクションのビートに乗せて縦横無尽に駆け抜けるドルフィー、そしてブッカー・リトル(tp)。これは何かを破壊して新しい物を創造しようとしている記録ではないか?
そんな風に高校生の僕には聞こえてならなかった。
だから聴くと不思議と惹き込まれて行く。前に聴いた時にはそんな風に感じられなかったのに。。

多感な思春期、まだ形成されない未完成な中で噴出するもの、あの時に自分が求めていたレアな刺激とドルフィーは見事に一致したんだ。まるで自分の代弁者であるか如く。

そんな風に感じて、再度ライナーノーツに目を通してみた。
さっきまであんなにクールだった自分が、再度ドルフィーを聴きながら読むと、筆者が伝えようとする思い入れの一端に少しずつ共感する自分がいたから不思議だ。


その後幾つかのドルフィーの作品を買い求め僕なりに解釈したのは、このアーチストは実はとてもクールな人だったのではないか、という事。だから既存の形式立ったジャズに「歪み」という部分をもたらして、演奏中のファースト・インプレッションに全力を注いでいるように受け止めた。インプロヴァイザーとしての一つの基本だと思う。つまり常に限りなく「無(ゼロ)」というモードに自分を置いて演奏にチャレンジしていたのではないかなぁ。
なので、同じ日の演奏を記録したファイブ・スポットの別トラックではバラつきを感じるし、スタジオ録音のいくつかは途中で集中力が途切れているようにも聞こえる。リズムセクションがオーソドックスであればあるほどこの人の個性はイキイキしているように思う。見事な「歪み」がそこに浮かび上がっているから。

これは凄い事だと思う

間違いなく今でもドルフィーを聴くと、自分の内面にある「歪み」を痛快に刺激してくれるんだ。これが無くならない限りエナジーを持って音楽をやり続けられる、このアルバムはそんな僕の精神バロメーターでもあるんだ。

一番好きな曲はもちろん“The Prophet”
僕にとってドルフィーはこれからも“予言者”であり続けるな。


おしまい

2006/6/21

楽屋では・・・・  水曜:これは好物!

昨今は全国何処でもコンビニやケータリング・フードが発達したせいか「楽屋弁当」「差し入れ」もバラエティーに富んだものが増えましたが、少し前まではいわゆる「定番」というのがありました。


(1)内容しっかり、味もしっかり・・・・折詰め弁当

楽屋弁当として東京で最も知られるのが日本橋の『弁松総本店』の折詰弁当でしょう
ありとあらゆるジャンルの楽屋で一体何度食べた事でしょうか。

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二段重ねの折詰めでご飯とおかずに分かれていますが、ご飯は「白飯」だったり「赤飯」だったりします。どちらかと言うと「おかず」には「白飯」の方が合うと思うのですが「赤飯」も捨てがたい味わいがあります。

それにしても、江戸時代の味付けが今に残ると言いますが、最初食べた時は西日本出身の僕にはその「濃過ぎる」味付けに即ノックダウンされました。
東京出身のミュージシャンでさえ濃いと言いますからね。
少し「こちらの味」に慣れてからも、かなり悪銭苦闘しました(笑)。ある時、一緒の楽屋だった人は「濃いと思ったら“きんとん”で口休め」してましたが、超辛-超甘-超辛-超甘の往復は、、、、僕には度胸がなかった。

しかし、慣れというよりも「愛着」のような感じで、時々食べてみたくなる時があります。それほど最近は「定番」の「楽屋弁当」に出会わなくなってきたような気がしますね。あのしっかりとした味付けの煮物、だしの効いた玉子焼、そして何よりも「しっかり、ほっこり、艶っぽく」炊き上げられたご飯が懐かしい。
コンビニの弁当に比べたら遥かに旨いんだな、コレが
江戸の粋というのでしょうか。何処かで一度御賞味あれ

あ、それと、この折詰の容器は竹で出来てるので、食べ終わったらアルミホイルに包んで焼くと活性炭が簡単に出来るそうです。脱臭剤になるわけで、これは凄いアイデアです。


(2)サッサと、トットと・・・・・差し入れ

こちらは昭和の高度成長期から重宝されていて、今では最寄りのデパートやスーパーでも売られているので関東にお住まいの方は「定番中の定番」だと思いますが、楽屋の「差し入れ」として昔から人気があります。
それは・・・・・

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青山『まい泉』ヒレかつサンド

東京は「とんかつ」の旨い街です。カラっとラードで揚がったサクサクの衣とジューシーな肉の旨味が合体。全国各地にも旨い「とんかつ」はありますが、質・量・価格の平均値は東京が一番バランスが良いと思います。
そんな「とんかつ」をパンに挟むんですから、シンプルながら各店の個性がはっきりと出ます。高級なのからお手軽なものまで多種多様。「冷めても美味しい」に加えて「冷めても肉が柔らかい」というのが「かつサンド」。

楽屋弁当でも顔を見せる「井泉(イセン、元セイセン)」は上野の老舗、こちらの「まい泉」は昭和に有楽町に誕生した「井泉(イセン)」をルーツとする店。現「井泉」もヒレかつサンドを各所で出しているが、僕はこの「まい泉」の方が好きだ。

初めて食べたのは20代の頃で知合いの女性ピアニストの差し入れ。それまで●ンタッキーとか●クドナルドとかジャンク系の差し入ればかりが溢れていた僕らの楽屋に突然登場した。かつサンドは別に珍しいものでも何でもなく、学生時代に行き附けの洋食屋で「裏メニュー」として出来たてホッカホッカでジューシーな「死ぬ程旨いかつサンド」とかを作ってもらっていたので軽〜い気持ちで口に運んだ。
すると、、あらら、、
軽いじゃないですか、少し甘味のあるソースが疲れを癒してくれるじゃないですか、作業しながら手を汚さずにパクパクイケるじゃないですか
こんな軽〜くて、お手頃なかつサンド、知らなかったなぁ〜〜。
しかもジャンク系バーガーのようにズドーンと胃にこない。
特に「手を汚さずに」片手で食べられる、というのがポイントです。

それから、作業や打ち合わせでバタバタしている時には欠かせない「供」となりました。これも東京の粋、なのでしょうかねぇ。昔で言えば寿司の手軽さ(?)
正に「軽食」の王道でしょう。

駅や空港にも売店があるので、移動の手頃なお伴に是非どうぞ


おしまい



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