2006/11/30

二つの有終の美・・・・・・Bill Evans(p)  木曜:Jazz & Classic Library

ビル・エバンスは言わずと知れたジャズ・ピアノの頂点を作り上げた人。僕が知った頃に愛読書だったスイング・ジャーナルのマイ・オピニオンというコーナーで某ピアニストが「ビル・エバンスはカクテル・ピアニストだ」と言っていたのを読んでそのピアニストが大嫌いになったりもした(笑)。その頃はそれだけ純粋無垢だったのです。最初に聞いたのは「At the Montreux Jazz Festival(お城のモントリュー)」でのライブ・アルバム。続いて当時興味の対象だったフルート奏者ジェレミー・スタイグとの共演盤「What's New」。この辺りに入る切っ掛けはマイルス・デイビスの「Kind Of Blue」だった。

意外にもエバンスの名盤と誉れの高い「Waltz for Debby」や「Portrait in Jazz」を買ったのはずっと後の事。多分当時からジャズ喫茶でこれらの名盤は毎回耳にしていたから他のアルバムを優先して購入した為だろう。

ビル・エバンスのアルバムとして僕が個人的に好きなのはこの二枚。

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左『AFFINITY/Bill Evans』(1978年録音/Waner Bros)
右『I WILL SAY GOODBYE/Bill Evans』(1977年録音/Fantasy)

ビル・エバンスの最後期の作品。
「AFFINITY」はハーモニカのトゥーツ・シールマンスとの共演でベースがマーク・ジョンソンという事もあり落着いた演奏が続き、ジャズの「雰囲気」を気負い無く感じさせる内容だと思う。曲によってはエレピも弾いており(ビルのエレピには賛否両論あるようだが)チャレンジャー振りも発揮していて僕は好きだ。特に“Tomato Kiss”のエレピは効果的。僕ら80年代育ちのミュージシャンの間でこの曲は人気で当時度々セッションでも演奏した記憶がある。面白いのはマイルスの「カインド・オブ・ブルー」に収録された「Blue in Green」が「Blue and Green」とタイトル・クレジットされている点。諸説いろいろあるがマイルスとの共作であるとするエバンスの主張なのかもしれない。

「I WILL SAY GOODBYE」は長らく続いたエディー・ゴメス(b)との最終セッションで僕が初めて聞いた「お城のモントリュー」以来のエバンス・トリオのサウンドが聞ける。そもそもジャズ・スタンダードは殆どがミュージカル・ソングを原曲としてる事を忠実に守りミッシェル・ルグランやジョニー・マンデル、バート・バカラックの作品を取り上げる姿勢、さらにはハービー・ハンコックやスティーブ・スワロウのミュージシャンズ・スタンダードも分け隔て無く取り上げるエバンスの頑なミュージシャン・シップ。スタイルを貫き通す上ではもはやオリジナルは意味を成さないのかもしれない、とも感じさせてくれる。

この二つの作品はレコード会社が違う為か録音の状態が極端に違う。ワーナー盤は「余韻」も一つの音楽として構成され、ファンタジー盤は飾りの無い「素」のサウンドを軸に構成されている。好みの別れる所だけど、僕はワーナー盤のエバンスの音色が好きだ。
余韻があるのに何か「吹っ切れた」感じ。


ヴィブラフォンでハーモニーを作る場合、どうしてもピアノのように自在なヴォイシング(和音の重ね方)が出来ない。最大同時発音数が4音に限られるから(マレットの数と一致)。でもヴィブラフォンを始めた初期にビル・エバンスの左手のヴォイシングを真似するのはとても楽しかった。そこには無いベースの音や、頭の中に流れるメロディーの音を常に予知させてくれる空間があったからだ。

東京へ出て来て暫くの間、演奏関係の知合いを通じてアレンジャーを紹介してもらい改めてプライベートにピアノでジャズのハーモニーを習いに通った。たまたま誰かの演奏を聴いたから「ガイドがあった」だけで、この先まったく知らない曲に触れた時に自分はどうすれば良いんだろう?と迷ったからだ。

ピアノで習った事を毎夜復習し、譜面に書いてそれを昼間にヴィブラフォンに移し替える。そんな時に自分で自主課題としたのがビル・エバンスのスタイルでビル・エバンスが弾かないスタンダードを想像で弾く、という事。これは面白くて夢中になった。

そんな中で突然のビル・エバンスの訃報(1980年秋)は大きなショックだった。小学校の頃に知って以来ほぼリアルタイムに聞いていたミュージシャンの死がこれだけショックな事かとも思った。あまりのショックで暫くの間ピアノを弾くのが嫌になってしまった。。。。


おしまい

2006/11/29

関東と関西の境目の味  水曜:これは好物!

昨日のサーバーメンテナンスの為に二連発更新です

うどんは関西好き、そばは関東好き。
僕の中で好みの区分けがはっきりするのがこれです。

「うどん」の出汁は昆布と「いりこ」がベースで、それに「塩」の旨味が加わって小麦粉主体のうどんの味を邪魔しないでバランスしている。
「そば」は独特の風味があり出汁は「いりこ」よりも風味のある「鰹」と「醤油」、それに味醂が加わってそば粉の風味を引き立てていると思う。
だから関東で「かけ系のうどん」は食べないし、関西で「かけ系のそば」は食べない。

駅の立ち喰いの「のれん」を見ると(東海道線の場合)大垣辺りから「そば」と「うどん」の順序が入れ替わるからこれまた面白い。(以東は「そば」、以西は「うどん」が先に来る)
東京の「駅そば」スタンドの事が、関西では「立ち食い」スタンドという風に変わる。さすがに「駅うどん」では語呂がしまらないからだろうな。
うどん処の讃岐では「讃岐うどん」と駅ののれんに書いてあるがこれは例外。

昔からこののれんに載る「そば」「うどん」の順位が変わる付近の「つゆ」はどうなっているのか気になっていたが、世の中にはツワモノがたくさんいて、ネットではほぼ「大垣」付近が「そばつゆ」と「うどんつゆ」の境界線であることが知られている。
この付近は両者が混在しているというのだ。

でも最近は東京でも「そばは関東風のつゆ」「うどんは関西風のつゆ」と分けている駅そばもあるくらい(京王線の明大前駅構内等)なので、いずれは明確な境界線は無くなるような気もする。

で、今夜紹介するのは、関東・関西合戦ではなく、トッピングによって「つゆ」を分けている「蕎麦屋」。

これが何も知らずに偶然入った店ですが、
これには関心しました。

まず、僕は定石に従って天麩羅そば(かけ系)を注文。

ホイ
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出て来たのはナント関西系の透き通った「つゆ」

続いてこの時は食欲の無かった家人が注文したたぬきそばの到着。

ホイ
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こちらはナント関東系の鰹と醤油が効いた「つゆ」

ちょっと食べ比べてみましたが、これがまったく違うんですね。出汁から全て。
気になって(いつも何かあるとすぐに聞くヤツ)、女将さんに聞いたらトッピングの種類によって「つゆ」を使い分けているそうです。味が複雑はものは「あっさり関西系」で、シンプルなものは「しっかり関東系」という具合。
(当然蕎麦屋なので「うどん」は無い)

ほぉ〜

手間のかかる事だけど、その心意気が嬉しい。

ココは岐阜県の高山市。高山駅前を真っ直ぐ徒歩3分のお店。
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『飛騨そば 小船』(高山市花里町6−9−9)

初めて高山に来た時に食べた「飛騨そば」を食べてみたくなりフラリと入った(お目当ての店は再開発?で見当たらなかった)んだけど、これはお薦め。

他にもメニューで興味深いものを発見
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「飛騨牛そば」

肉そばの高級版か?

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「冷やし うなぎそば」

ひゃ〜っちょっと想像つかんっス・・

ところでみなさん、肉うどん、肉そばの具と言えば何肉を思い浮かべますか?

これも関東と関西では違うのですよ。
僕は東京に来るまで肉うどんの具は牛だと信じ切っていましたが、関東では豚肉が殆どなんです。それを言うと関西の友達は「中華やあらへんのになんで豚やねん」って驚きます。関西圏で「肉」というと100%「牛」の事を示しますが関東では「豚」なんです。だから関東はトンカツが旨いんだ!と、昔妙に納得した事があります。

さらに、「なぜ君は蕎麦を喰う時に天ぷら蕎麦(“かけ”も“もり”も)などという邪道な物に手を出すんだ」という御指摘もありましたが、実は関東と関西の天婦羅は違うのです。
元々ポルトガルからフリッターが天ぷらとして伝わったので原型に近いのは関西系の衣に素材の味を閉じ込めた「はんなり」揚げた天ぷら(その原型は九州や四国の“天ぷら”でこれは練り物を揚げた“さつま揚げ”や“じゃこ天”とも)。それが江戸に伝わって胡麻油の香ばしい風味でサクサク食感のクリスピーな江戸前天ぷらに進化したわけで、蕎麦を頂く時に「この店の味の基本はどっち?」という目安にもなるんです。それを基準に「どちら寄りに旨い!」と個人的に判断してるんです。

なかなか奥深い天ぷら蕎麦なんですよ。
ちなみにこの「小船」の天ぷらはやや「はんなり」型の関西風。だからこのつゆが合うのは言うまでもありません。

おしまい

2006/11/28

画伯の巨大壁画がある街・・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

全国の県庁所在地をブラつく時に予備知識が無ければまず公営美術館を目指そう。。◎

東北の街は仕事よりも街ブラ旅行での縁が深い。
学生時代の街ブラは新潟が北限(当時は学校のある岡山県が基準だった為)で、愛用していたワイド周遊券(旧国鉄時代)も信州ワイド周遊券のエリアを越えると値段もグググ〜ンと跳ね上がったからだ。それと大阪を基準にしても、東京を基準にしても、幹線の鉄道が上手い具合に「周遊コース」にならず切符が成立しなかったのも大きい。

東北は東京へ出て来てから足を広げたエリア。最近の事のように思っていたけど気が付くともう四半世紀。

さて、そんな中で東北6県の県庁所在地で「ほのぼの」していてお気に入りなのが岩手県の盛岡市と今夜の秋田県秋田市。

ハイ。到着〜
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いや、これは在来線ホームなので乗り換えの出発時かもしれないけど、この場合は到着と見てね

秋田駅は新幹線が直通するまでは昔の「国鉄」風の折り目正しい重厚な駅ビルが好きでしたが直通後は様子が一変しました。と、言ってもあくまでも「直通」であって「新規開通」ではないので随所に折り目正しい時代のなごりが残っています。利用する側から見れば明るくなって利便性も向上したようです。

さほど変わらない駅前広場の右側の道を歩くと、ほどなくして堀に出ます。久保田城跡を利用した千秋公園。街の中に堀があるとついついその周辺を歩きたくなります。その堀の中に秋田県立美術館はあります。
初めて秋田に来た時に当ても無く駅前の観光案内所でもらった観光地図を広げてブラブラしたんですが、駅から近い美術館でも見てから中心街を回ろうと最初に立ち寄ったのがココでした。

そこで目にした巨大な壁画
これはインパクトがありました

藤田嗣治(ふじた・つぐはる。後のレオナール・フジタ)画伯の作品で秋田の行事が描かれてるんですが、まあそのスケールの大きさに唖然とします。
ナント縦横が約4m×20mのサイズ
この巨大なキャンパスに圧倒。

その他にもココには画伯の作品が多数蒐集(恐らく国内随一)されていて、独特の乳白色を使った作品に時間を忘れて見入ってしまいます。
最後まで日本の保守的な画壇とそりが合わなかった革新者の一途なまでのタッチに時間を忘れて釘付けにされてしまいます。
おもしろいですね、海外の画家のタッチからは想像も付かないほど心に訴えかけてくるものを感じるのです。東洋人でありながら西洋人の感性を吸収しさらにそれをも上回るオーラを発する人にしか感じられないこの独特の刺激。
こういう作品を眺めていると美術でも音楽でも「似非和風」だとか「中途半端な和洋コラボ」とか、そういうのがイヤになります。
それ以来秋田に行くと必ずこの美術館へ足を向けてこれらの絵に会いに行って自問自答するんです。

ついつい藤田画伯の絵の事になると“フンコー”してしまって字数制限が気になってきたので先を急ぎます。

秋田市はいい感じの城下町のなごりが残っている街。特に千秋公園からさらに進むと川沿いにある川反(“かわばた”と読む)界隈は昔からある歓楽街でよくもまあこの一角にコレだけの飲食店が軒を連ねていること、と思う。
ちょうど大通り沿いの川を挟んで商店街から歓楽街へと街の表情が変わる。橋を渡って入るのもなかなか風情があっていい。しかし中心部の商店街は訪れる度に衰弱しているようでちょっと寂しいのだが、、、。

秋田は新潟と並んで酒所。「英雄」「高清水」「新政」、、、。
ならば、無作為に人の出入りを観察しながらちょっと居酒屋へ

な〜んもシランケンシュタインになって店のカウンターに陣取る
っていうか、満席でソコしか空きがない。
やたら元気な店のオバチャンとカウンター越しにあれこれと会話をするのが楽しい。

秋田といえば「きりたんぽ」や「しょっつる鍋」が定番だけど、ココでは絶対に「だまっこ鍋」だ、と言う。
旅人はそういう「絶対」は避けて通れない性分なので迷わず注文

家人と鍋が出て来るまでは今日のおススメにあるイカ焼きと高清水でイッパイ
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っんまい
外が寒いだけにまた格別。

いろいろとカウンター越しにオバチャンと話しで盛り上がりつつもお酌に余念のないオバチャンの商売っ気にも敬服しつつ十点
客を楽しませつつ勧めるのだから基本だね。

そして、出て来ました。
初めての「だまっこ鍋」

きりたんぽと同じように米を団子にしたものを使うがこちらは焼かない。つけばつくほど団子が崩れにくく食感もいい。
さすがに米所、お酒といい食べ物といい、何とも素朴でそれでいて味わいがある。
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ついつい「初物」にカメラで押さえるのも忘れて食べてしまった。。。仕方なく途中経過をパチリ

秋田市観光課のHPにレシピがありました→だまっこ鍋

雪の積もらない街で生まれた旅人は、温かい鍋と美味い酒と、昼間見た画伯のタッチに酔いしれて、外の寒さも忘れてしまうのでありました。静かに「熱い」ゾ、秋田!

おしまい

2006/11/27

見る人が見ると・・  月曜:ちょっと舞台裏

昨夜メールチェックしていたら、先月末にウン十年振りに共演した松山のジャズドラマー堤宏史さんが「ホームページを立ち上げた」との連絡メールを発見。

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10月29日@砥部・彩美画廊コンサートにて

堤さんはプロのジャズドラマーであり、またプロのマジシャンでもある。

W・B・G・O(堤宏史Home Page)

最初のページに写るカード、実はこのカードはその筋の人(別に怪しい筋じゃありませんよ、マジック界に詳しい人という意味/笑)が見ると「お、お、ぅお〜」と思わずうなづくものらしい・・・・・・その筋ではないので残念ながら解説不可能、、、。
ただでさえマジックの舞台裏はみんな興味ありますね。
だいたい「絶対に騙されないゾ」と構える人ほどアッサリとトリックにハマッてしまうようです


やはりそれぞれの筋には「見る人」が見れば・・という物がいっぱいあるんだろうなぁ。。

そんな事を思いながら今夜車で走っていたら、ふと気が付いたんです。

それは




いつ、信号機はメンテしてるんだろう?


車を運転するようになってかなりになりますが、そう言えば信号機が故障して困った経験がありません。。。。。

これだけ周りに溢れる信号機。
人の命と直結する機械だけによっぽと精度の高いパーツを使っているのでしょう。
でも、壊れない機械なんて無いのです。

そう言えば、最近信号機は表示灯の殆どが発光ダイオードのものに替わっていますが、あれも気が付かない間に取り替えられていますね。

きっと信号機業界?の人がこんなブログを読んだら、
「バッカだねぇ。夜中にソロリと取り替えてんのに決まってんだろ」
ってツッコミ入れられそうですが、、、、、

いつの間にか周りを見ると「見る人が見ないと」わからないもので溢れた社会になっているような気がします。
それぞれの舞台裏も、もう少し証してほしいものですね。

おしまい

2006/11/26

たくさんの御来場ありがとう!@横浜  日記

昨夜のnu-jazz session @YOKOHAMA『KAMOME』にたくさんの御来場ありがとうございました

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開演前に客席を通ったらご家族連れでお越しのみなさんや、滋賀のMち〜さんの顔も。週末の横浜とあってさすがはライブレストラン『KAMOME』です。

本日のメンバーはみな若い!

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吉田智(g) 佐藤有介(b)は初共演組

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橋本学(ds)と 一人平均年齢を引き上げてるリーダー(vib)

佐藤、橋本組は共に1970年代の後半生まれ、吉田君に至っては80年代生まれというのだから年齢だけを見るとイヤになります(笑)。まあ若けりゃイイってもんじゃありません。

ヴィブラフォンとギターをフロントにしたクァルテット編成は実に8年振り。まだ六本木PIT INNがあった頃の道下和彦(g)佐藤慎一(b)斉藤純(ds)編成の時代まで遡ります。その後バンドはキーボードが加わり「NEXT DOOR」(養父貴/g 新澤健一郎/kb)となって小池修(sax)や村井秀清(p)、平石カツミ(b)、岡部洋一(perc)、宮崎隆睦(sax)、さらに村上聖(b)や鶴谷智生(ds)、レコーディングでは須藤満(b)や小山太郎(ds)等も参加してくれてどんどんヴァリエーションも人数も増えて行きました。
それだけでも僕は素晴らしいミュージシャン達と時間を共有できるバンドが楽しかったのですが、原点について再度考え始める事にも繋がりました。

ヴィブラフォンってなぁに?

演奏を始めた頃の原点、それはヴィブラフォンとギターの組合せでした。グググっと年代を下げてもう一度そこでやり残した事をやってみよう、というまったく個人的な発想から今回のnu-jazz sessionに至ったので従来自分が触れなかった音楽も取り込んでみました。
一回目で全てが上手く行くハズはありませんが、今後のテーマが浮き彫りになって来た、初心に触れられた一晩となりました。
各々素晴らしい可能性を秘めた若い彼等、と今度は何をやるか、どうか長い目で応援宜しくお願いします。

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おしまい

2006/11/25

本日は横浜で会いましょう!  日記

いよいよ今夜です
nu-jazz sessionの第一弾。

ヴィブラフォンのバンドというよりも、ヴィブラフォン自体の演奏を生で見たことがない、って人も多いんですねぇ。
以前ネットでヴィブラフォンを一言で言い表すと「地味派手」なんて言ってました(音だけ聞くと地味〜な感じだけど、演奏を見ると結構派手という意味)。
ギャップがあるんだなァ、イカン、イカン。
今は「決してマレットの軌跡を追ってはイケません!目が回ります」と。

「地味派手」でも「目が回って」も、見て楽しんでくれたらOK。

で、今夜の共演者はまだ馴染みのない方もいらっしゃると思うので若い素晴らしいミュージシャンの事を紹介しておきます。

吉田サトシ(ギター)・・・・若者その1は本日の最年少で26歳。1980年東京生まれの札幌育ち。21歳の時にギブソン・ジャズギター・コンテストで最優秀賞を受けてからは飛ぶ鳥を落とす勢い。彼のライブを見て今回のnu-jazz sessionをイメージ。吉田智HP

佐藤有介(ベース)・・・・若者その2は29歳。1977年大分生まれ。大学卒業後暫くの間広島で活躍の後03年に東京へ移りあらゆるジャズバンドで演奏している。しかしHPがないので多くは謎である。オリジナルをたくさん作っているらしい。。ううん、、この情報氾濫の時代に、謎もまた良し。

橋本学(ドラムス)・・・・若者その3は若いのにECMとかオレゴンとかにやたらと詳しいかなり耳年寄りな30歳。1976年兵庫県生まれ。大学で上京してからドラム・コンテストやジャズ・コンテストで賞を総甞め。2年ほど前から何度かの共演でいつかは一緒にやろうと思っていたドラマー。橋本学HP


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今夜の候補曲の資料(譜面)作りもさっき完了。
あとは本番でどのように展開できるか!

昨日「懐かしいポップチューンも取り上げるゾ!」と書いたら早速「何?」と聞いてくる人が(笑)
それは本番のお楽しみに!
その「ほっこり」曲はかつてヴィブラフォンの大御所ミルト・ジャクソン氏もスタジオワークとして演奏してて「へェ〜」と思ったものですが、まさか自分が選曲する日が来るとは・・・でも、そういうのって自分のスタンダードだよね。

人生何事もチャレンジです


nu-jazz session
11月25日(土)午後7時より(午後6時Open)
@ 横浜・関内ライブ・レストラン『KAMOME
出演/赤松敏弘(vib)+吉田サトシ(g)+佐藤有介(b)+橋本学(ds)=nu jazz session 
料金/3000円(学割あるよ〜) 
予約/問い合わせ:045-662-5357(KAMOME)
当日入場出来ます。

乞うご期待

2006/11/24

いよいよ明日はnu-jazz session  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

今回は明日のライブの事を。
現在金曜日の午前4時過ぎ

休憩中・・

ヴィブラフォンが入ったバンドだけじゃないけど、新しい事を始める時は準備の時間が必要。
何十年バンドをやっても初めてのメンバーが集まる時はいつもこうだ。

資料作りというのがどこのバンドのリーダーも大変。
従来のように「じゃ、いつものヤツ」で出来ない(レパートリー)から、頭の中でメンバーのいろいろな事を予測して、サーチして、何が一番最適かを決める。
もちろん初めての共演者が出演しているライブハウスに足を運んで演奏を聴きながら自分でイメージを持つのは大切。

その結果、最適な予想に足りないものがあれば曲を書いたり過去にお蔵入りしている楽曲のストックを広げてみたり。
今回はみんな若いので緊張する曲ばかりではステージが面白くないものになってしまう。
何か「ほっこり」出来るものはないかなァ〜

そうだ!

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やおらパソコンの向かって、懐かしいポップチューンをデータに入れてみた。
自分の頭の中に記憶している「姿」だからオリジナルとは多少違うかもしれない。
ネットで作曲者も調べた。
へェ〜、この曲ってこんな人の曲だったんだ。
ヒットさせた歌手の名前は覚えていても、作曲者って案外知らなかったりする。
またまた発見だ。

明日の編成用に選曲したオリジナルやジャズのスタンダードの中で、この曲がどんな風になるだろうか。。。本番になるまで誰にもわからない。。。
予想通り「ほっこり」するだろうか。。メンバーそれぞれの個性が浮き彫りになるといいね。
初めてのメンバーと演奏する時はそれが楽しみなんだ。

たくさんの人に新しい何かの目撃者になってほしいな。

さぁて、そろそろ休憩も終わりにしてもう一曲、思い出しながらパソコンに向かおうっか!

nu-jazz session
11月25日(土)午後7時より(午後6時Open)
@ 横浜・関内ライブ・レストラン『KAMOME
出演/赤松敏弘(vib)+吉田サトシ(g)+佐藤有介(b)+橋本学(ds)=nu jazz session 
料金/3000円(学割あるよ〜) 
予約/問い合わせ:045-662-5357(KAMOME)

乞うご期待

2006/11/23

コントロールの効いたスティール・パン・・・・・Andy Narell  木曜:Jazz & Classic Library

マレット(スティック)で音程のある音板を叩いて演奏する楽器。
僕がやってるヴィブラフォン、多くの愛好者のいるマリンバ、それらの母体となった木琴や鉄琴。マレット・キーボードと呼ばれるインストルメンツ群ですが、もう一つ近年急速に愛好者を増やしている楽器があります。

それがスティール・パン

スティール・パン(Steel Pan)叉はスティール・ドラムと呼ばれる楽器は現在驚くほど多くの愛好者に支えられています。その数はヴィブラフォン愛好者などを遥かに凌ぐ数で、各地でスティール・パンのバンドやオーケストラがあり活動も盛んです。
この状況はマリンバに非常によく似ていると思うのですね。
特殊な楽器であると同時に、その特徴を生かして同じ楽器でアンサンブル(叉はオーケストラ)を組むという。さらにそこから次の段階にステップを踏み出して他の楽器や音楽とのブレンドを目指す奏者が今から30年近く前に登場している事を考えると、ひょっとするとマリンバがこれから辿るであろう進化の過程をスティール・パンは容易く通過しているのかもしれません。この楽器の人気の秘訣はこの辺りにあるような気がします。

プロのプレーヤーというと知合いでは原田芳宏氏が第一人者でしょう。他にはヤン・富田氏の名前もよく聞きます。

スティール・パンの音色で驚かされたのは、むかしジャコ・パストリアス(b)のオーケストラで物凄くインパクトのあるアドリブをやっていたオセロ・モリノウが最初でした。1980年代の事です(ジャイアント・ステップスとか)
それまでもスティール・パンは知っていましたが、モリノウが自在にこの楽器(音の配置が独特で僕は何処にどの音があるかわからない)を使ってインプロヴィゼーションしているのを見て、遂に出て来たな(そういう奏者が)と嬉しくなったものです。

さて、今夜紹介するのは、そのスティール・パンの音楽を広げた改革者の1人アンディ・ナレルのアルバム。

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『THE HAMMER/Andy Narell』(Windham Hill Jazz/1987年)

ウインダム・ヒルは1980年代にブームを作った現在のヒーリング・ミュージックと呼ばれる分野の先駆的なレーベルで、当時ドイツのECMレーベルが70年代のジャズテイスト的なチェンバー・ミュージックからの脱皮を目指していた状況の中で、よりポップでキャッチーな感覚でセールスポイントの明確なインスト・ミュージックを提示して一大ブームを作り上げた功績のあるレーベル。ジョージ・ウインストンのピアノをキース・ジャレット(ECM)のピアノと平行して楽しんでいた方も多いでしょう。

そんなウインダム・ヒルがジャズ部門を作って新風を吹き込んでいた頃に見つけたのがこのアンディ・ナレルのアルバムでした。

サウンドは当時のフュージョンと呼べるもので、スティール・パンをどのようにそのサウンドの中で“生かす”かにこのアルバムのコンセプトがあります。
スティール・パンを少しだけ触った事がありますが、この楽器をコントロールするのはとても難しい。ヴィブラフォンやマリンバのように成形された楽器とは比べ物になりません。
ちょっと強く叩くとすごくヒステリックに響き、構造上倍音が綺麗に響かない音域もあり、それらをソロ楽器としてコントロールする事が如何に難しいか、、、

でも、このアンディ・ナレルのアルバムを聞いていると、そんな難しい事はすっかり忘れさせてくれます。

うん「誰でも出来そう」

そう、インスト奏者として実はそう思わせる事が楽器をマスターした証しだと思うのですね。難しそうに簡単な事を見せつけるのは実はとても簡単な事なのです。

今までナレルの事をよく知らないままでいたので調べてみると、彼は十代ですでにスティール・パンを教わっていたそうです(カリブの海賊からだって!!ホント?)。それよりも先にピアノを弾いていたというのも重要なキーワードでしょう。

民族的な楽器としてスティール・パンを聴こうとすると、このアルバムは肩すかしになるかもしれません。これはあくまでもポップな音楽に挑戦している途中経過のような内容に聴こえるからです。

でも、
それがいいんですね

ナレルは作曲と編曲にも長けています。いや、逆にそのセンスが無ければスティール・パンの響きを広く一般にまで浸透させる事は出来なかったでしょう。実際にスティール・パンだけではサウンドがバランスしない部分には様々なキーボードでのフォローを施しています。サウンドの構築無しにはポップに成り得ない楽器の弱点を知り尽くしたクリエーター。ナレルの音楽的なセンスをこのアルバムが実証しています。

・周りのサウンドの中で楽器が自然に主張している事。
・それでいて絞られたジャンル(この場合はジャズ、フュージョン)の中に違和感なく納まっている事。(実はこれが難しく過保護なカラオケ状態で何一つエモーショナルな事が描けない民族系のインスト作品が多い)
・楽器の様々な音色が楽曲(叉はアレンジ)で生かされている事。

そして何より大切なのは

「誰が聴いてもスティール・パンのアルバム」として楽しめる事。
「この楽器は特殊ですよ〜」って主張していない事。

この絶妙なバランスを保ちつつ、音楽の流れに緊迫感もあり、スティール・パンのちょっと哀愁のある音色も生かされ、バンドの勢いに「コーフン」させられたり、儚さに気持ちが「ホッコリ」させられるアルバム。特殊な楽器のアルバムとして構えて聴かなくてもいいって事なんです。むかしのオセロ・モリノウのインパクトに比べると大半がアレンジされてサウンド重視でインプロは僅かな部分にしかありませんが、それをトータル・コーディネートして「スティール・パン」に全方向からスポットを当てています。

何処かで見掛けたら是非一度聴いてみて下さい。


おしまい

2006/11/22

気軽にパクッ!  水曜:これは好物!

今夜は気軽にパクッと楽しめるもの

実は同じ種のものを6月21日のブログでも紹介してるんですが、こちらは今まで手をつけていませんでした。
一つ気に入ると長きに渡って愛好するのが人間の心理というものなのですが、その愛好しているハズのものが製造側の勝手であらぬ方向へ進路変更?してしまう事の多い昨今、「二番目」をしっかりとキープしておくのも消費者としては賢明な手立てだと言えます(そんな畏まった話しじゃないんだけど・・)。

家人が出掛けた時に買ってきてくれたんですね(自分じゃなかなか手を出さないから)。

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『たいめいけん ひれカツサンド』(日本橋たいめいけん

今まで『まい泉』派の僕は見掛けてもず〜っと素通りしてました。
デパートや空港で見かけても・・・
それが、遂に我が家に上陸(オーバーな)して来たのです。

来たな!オヌシ。

右斜め35度の角度で構えて、やや威嚇気味に蓋を取ります。

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うぬぬ。。
なかなか敵も手強く、箱の隅々までビッチリと包囲網よろしく詰まっております。
『まい泉』のお気軽な真空パックでホイ、という受身に徹した姿勢とは正反対。
ううん、、、立錐の余地なし。

ならば、いざ攻め行かん、、、と端から攻めるも、しっとりと柔らかいパンの部分が力任せに引き出さんとする我が軍の指をふわふわとかわすではないか!

うぬぬ、、タダモノではない。

「端から摘んで引き出し作戦」を一時撤収し、潔く真ん中からその懐深くに侵入する正攻法に変更。

すると。。。

まあ、なんと、ふわふわしたパンにしっかりと挟まれたひれカツがナントも食欲をソソルではないか。

う〜ん、っまい!

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あっと言う間に半分を制圧してしまった

カツサンドは津山にいた頃に京町の外れにあった「とんき」(目黒の老舗とは関係なし)というトンカツ屋の大将が学生だった僕らに特別メニューで作ってくれてから好物入りしている。早大在学中にトンカツに惚れ込んで修行し卒業後開いた店で、関東風にサクサクでカラッと揚がったトンカツは絶品だった。それを、ほんのちょっとトーストしてソースでパンがベチョベチョにならないように工夫したカツサンドは今でも忘れられない。数年前に同じ場所に店を見つけて入ったら全然違うオーナーで勿論カツサンドなどメニューには無かった。カウンター越しにオーナーと話したが「以前は確かにあったがもう随分前にやめてその後何処へ行ったかは知らない」と。僕がトンカツ好きになったのはこの店の影響かもしれない。

さて、たいめいけん。
いわずと知れた東京の洋食屋で最もポピュラーなお店だ。
破格のサイドディッシュのコールスローとボルシチ(各50円)は必須だけど、僕はこの店では、たんぽぽオムライスには脇目もくれずにメンチカツを食べるのだ。
昔、両親とよく銀ブラ(なつかし〜言葉)をした昼食はココか日本橋高島屋の特別食堂が定番だった。古き良き時代の味わいが僕には新鮮で、また親の世代はそういう所をよく知っていたのだ。

この店に限らず洋食屋と看板を掲げている店に入ったらメンチカツから味わう(西日本ではミンチカツ)。
どんな突飛なメニューよりもどんな話題のメニューよりもそれを選ぶ。
ハンバーグでいいじゃないかって?
全然別物なんだよ、これが。
こんなに手間のかかる、それでいて地味〜なメニュー。それだからこそ作り手の腕がわかるって事。中まで火が通り過ぎても台無しだし、衣が厚すぎてもダメ。しかもハンバーグのような濃いソースでコテコテの味で誤魔化す事が出来ない。グレビー風のメンチカツ専用のあっさりしたソースが用意されている店は案外少ない。
だからか最近はメニューから外されてる店も多い。

家人の話しではメンチカツサンドもある、という事なので、その内に是非チャレンジしてみたいと思う。

おしまい

2006/11/21

駅を降りると上り坂・・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

いよいよ今週末に迫ってきましたのでお知らせから
久々にバンド・スタイルでやります!
11月25日(土)午後7時より(午後6時Open)
@ 横浜・関内ライブ・レストラン『KAMOME
出演/赤松敏弘(vib)+吉田サトシ(g)+佐藤有介(b)+橋本学(ds)=nu jazz session 
料金/3000円(学割あるよ〜) 
予約/問い合わせ:045-662-5357(KAMOME)
若手メンバーで固めた「初」ステージ(但しリーダーを除く/笑)。
楽しい週末のライブとお食事をドゾ!

・・・・・・・・・・・・・・

『駅』を降りると上り坂。

ある人は渋谷、ある人は五反田辺りを連想するでしょうね。
でも意外と駅前から上り坂に続く街のロケーションって少ない気がします。
電鉄会社が行きは楽(下り坂)でも帰りがキツイ(上り坂)のを避けて駅を作ってるんでしょうか。それとも上に見えるとランドマークになるから?
理由はさておき、『駅』を降りると上り坂の街でお気に入りなのが・・・

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信州は松本。
初めて来た時は感動でした。
何がって?
駅を降りたら一直線に延びる街並の先に美ケ原のある山並がデ〜ンとそびえ立ってるわけですから。しかもその街路はずっと上り坂。コレ、なかなかインパクトがあります。

街ブラの基本は駅から
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松本駅

これは偶然だと思うのですが、これまで何度かの訪問はいつも晴れ
よっぽど日頃の行いが良いのでしょう。(←ヲイヲイ)
澄み渡った空と美味しい空気(車はけっこう走ってますが)、信州っていいなぁ、と思う瞬間です。

十代の終わりに学割を使って、しかも確か「信州ワイド周遊券」という格安切符で当時通っていた岡山の学校からノコノコとここまで来た時は雪景色でした。名古屋から急行で「もーいーかげん腰痛いけんね」というくらい乗って(特急じゃなかったのはその切符が急行ならタダで乗れたというわけ)駅に降り立った時も、この街並の向こう側の山とのコントラストがたまりませんでした。松本という街の事を知らなかった子供の頃から、なぜかこの街の印象がありました。何かで断片的に知識が入っていたのかもしれませんが、そんな想像とピッタリ一致した数少ない街。

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観光ガイドでも当たり前の松本城ですが、この城はいつ眺めても素晴らしい。素人写真でもクッキリハッキリと城が生えるのも空気が綺麗なんだと思います。ロケーションも含めて日本でこれだけ「絵になる」城も珍しいかもしれません。

昔は千歳橋の手前のアーケード街が賑やかでしたが、今は少し淋しい感じがします。それよりも橋の横に女鳥羽川に沿ってある「市場」がなかなかいい味わいで散策にはもってこいかも(ナワテ通り商店街)。

この女鳥羽川沿いに初めて訪れた時から松本に来ると必ず入る店があります。
それは、喫茶『まるも』。
松本民芸調の店内ですが、最初に来た時にあまりの寒さに何処かでコーヒーが飲みたくてウロウロして偶然入ったのがココでした。それ以来、何年かの間隔で来る度にコーヒーを飲みに行きます。
その時にもう一軒ザクザクと雪を踏みしめて迷いながら行ったジャズ喫茶の「ブラウニー」(確か・・・間違ってたらゴメンなさい)は次に来た時にはありませんでしたが「まるも」は今でも健在。
「まるも」は旅館が本業で、行く度に一度ゆっくりと泊まってみたいと思いつつも、ネット時代のこの御時世で出先でもパソコンが必須になってしまった為、まだ一度も泊まった事がありません。

旅館・喫茶『まるも』のホームページ

「まるも」ってきっと「丸茂」だと思うんです。
なぜかって言うと、帰国直後の事実上デビュー・アルバムとなった『アンファン』のポリドールレコードの僕担当のプロデューサーが丸茂さんだったから(笑)。彼もこの近くの出身で、レコーディングの途中の雑談で「毎年春になるとうちの山に“たらの芽”を取りに行くんだよね」と言っていたのを覚えてる。
バタバタとしたレコーディングの中で、信州の人って自然とうまく付き合う方法を知ってるんだなぁ、、と思ったものでした。

そう言えば、この喫茶「まるも」の周辺は「蔵の街」として再開発されて新しい松本のスポットになっているようです。

信州・松本。

いいなぁ。

蕎麦も旨いし。


おしまい



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