2007/1/31

ケーキかな?タマゴかな?  水曜:これは好物!

10年という時間は振り返るとあっという間だなぁ。
プランニングの最中で昨夜から様々な記録音源のメディアを移し変えながら聴いているんだけど、やはり記録はどんな物でも自分の宝だ。自分で作っておきながらすっかり忘れてしまっていて、今になって聴いて驚いたり、新鮮な事この上ない。
しかし、肝心の再生メディアはどんどん代わるから思いついた時にデータの移し変えをやっておかないと、もう二度と聞けなくなってしまう物もある。
我家では10年前にあれだけ勢力を誇ったDATがそろそろ危うくなっている。100本は軽く越えるDATの山を前にうかうかしてる時間はないんだ。

で、本日はそのDAT音源を移しながらの“これは好物!”

静岡県と言えば、お土産に“お茶”“わさび”“うなぎ”がフレーバーとして使われるイメージがあった。
もっともだ。
静岡県に行ったのだから(あるいは静岡県のお土産だから)御当地の香りを届けてくれるんだもの。
福岡に行けば“明太子”、愛媛に行けば“みかん”、大阪に行けば“たこ焼き”、仙台に行けば“牛タン”・・・御当地の香りをお土産の菓子に詰め込むのもある意味「ウケ」もあって楽しい。北海道出身の弟子Nっちがお土産にくれた“塩ラーメン・キャラメル”なんかもそう。
でも、やはりその土地で美味いと言われてる御菓子に出会うと「ほぉ〜」と感激もひとしお。

静岡県出身でヴィブラフォンの弟子のYUKOさんが新年もどっぷり明けた頃に「どうぞ」とオミヤに持ってきてくれたのがコレ
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なんでも、最近地元でも評判のお土産らしい。

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『こっこ』(静岡市・ミホミ製)

パッゲージを見て、「あ、カモメの玉子みたいな感じ?」と聞くと「いいえ、違います」と言う。「カモメの玉子」は8月30日のブログでも紹介しているように岩手県は大船渡の銘菓。そのインパクトが実に強く、また各地で「カモメの玉子」に似た商品まで生み出している。それは仙台の“萩の月”なども同じで一度ベストセラーとなった商品はその後各地に飛び火して浸透する。
音楽で言う著作権の製造特許はどうなってるのか気になる所だけど、やはり「元」を食べると「なぜこれがベストセラーになったのか」を実感させてくれる。やはりオリジナルは強いのだ。特許の醍醐味なんでしょうか。

さて、この「こっこ」。YUKOさんによれば洋風なんだそうな。
早速蓋を開けると・・・

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ほぉ〜。
見た限りでは、和な感じの雰囲気です。
お饅頭でも入ってそうな、、、
和洋折衷が珍しかった頃のモダンな和菓子って感じなんですが、、


ううん、、


想像が付かず、

包みを開けると

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ふわふわの蒸しケーキ

そうかぁ、蒸しケーキって和洋折衷菓子の元祖、カステラから流れを汲む由緒正しいお土産だよね。

そのフワフワの「こっこ」を一口食べると

中からミルククリームが口の中いっぱいに広がる。
絶妙のバランス、実にお見事

あっさりした蒸しケーキだからミルククリーム入りと言ってもクドくなく、ついつい次に手が伸びてしまう、誘惑度大の新銘菓。
シンプルに和洋折衷をまとめた勝利ですね。

静岡土産に迷ったら、是非お薦め

おしまい

2007/1/30

決死回生で攻めに転じたアーケード街・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

先週の盛岡からポ〜ンと飛んで

シュラシュシュシュ、と高松!

香川県の高松市は人口約42万で、政令指定都市のない四国では松山市(約52万)に次ぐ中核市。近年では“さぬきうどん”で知られる(過去にも何度か“さぬきうどん”ブームあり)。地理的に国鉄連絡船(宇野ー高松)が就航していた事もあって本州から四国へ入る時の玄関として栄え、殆どの国の出先機関(松山に統括局のあるNHKと日銀を除く)や企業の統括支店が集中し四国の中心地として古くから栄えた。かつて香川県は人口密度が神奈川県に等しく、高松は近隣に衛星都市群を持つミニ都市圏を形成している。鉄道(JR)も道路も高松を起点として四国各地を結んでいるので交通の要だった。

政治経済的に集積力のある高松が大きな曲がり角に差し掛かったのは、他ならぬ“瀬戸大橋”の開通だった。橋の架かった位置が高松ではなく西方の坂出市で高松までは少し距離があり、開通後鉄道も道路も松山・高知方面からは高松を経由しないで岡山に直通するようになってしまった。さらに“明石海峡大橋”の開通により徳島方面に限らず四国各地からは走行距離が短縮できる為道路交通はこちらがメインとなりつつある。
このような経済の分散動向に危機感を持った高松は都市再生に早くから力を注ぎ、サンポート高松と称した元貨物ヤードや湾岸埋立地に高層ビル群を設ける再開発事業が完成している。

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全面改装されたJR高松駅。日本では少ない行止まり式ホームは昔と同じ。
ドーム型の駅舎の向こうは再開発地区の“サンポート高松”が広がる。

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右から「岡山行き快速」「松山行き特急」「東京からの寝台」「近隣ローカル」
高松に広範囲から列車が集まるのは今も昔も同じ

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高松駅構内名物“連絡線うどん”のスタンド
朝の7時過ぎというのに満杯で入れなかった。さすが“うどん王国”

さて、高松が開発した新都心「サンポート高松」が完成したからこの街は安泰だろう、、と思うと実は大間違い。
再開発が駅周辺で行われてしまうとそこから人が外に出なくなってしまうのだ。この現象は首都圏の“エキナカ”と同じだ。

元々高松の中心街はJR高松駅から伸びる私鉄・高松琴平電鉄で2駅の瓦町周辺。ここも関西圏の街と同じように私鉄優勢の街。アーケード街の総延長が日本一の長さの高松中央商店街があり賑わっていた。
それが信じられないほどに衰退してしまった姿を2002年にマリンバの松島美紀さんのコンサートで何年振りかで訪れて目撃した。金曜の午後9時というのにアーケード街は人通りが皆無。悪い事は重なり電鉄会社と提携してオープンしたばかりの瓦町「コトデンそごう」が「そごう」破綻によって撤退し電鉄本体も倒産(再生中)。さらに企業の統廃合によって支店が撤退(大阪に集約)し四国経済の中心としての地盤が崩れてしまった。

高松に住む人は郊外のショッピングモール(ゆめタウン他)に出掛け、観光客は駅周辺のサンポート高松で事足りる。これでは中心街が寂れるのも無理はない。
都市再生で行政もテコ入れした新都心が逆に中心街を衰退させてしまう、今後多くの地方都市で見掛けそうな嫌なパターンだ。

しかし


衰退を指を加えて見ている商店街が多い中、高松の中央商店街は“攻め”の姿勢に転じて決死回生を目指し始めた。これは応援したくなるじゃないですか!

中央商店街の中でも中心的な“丸亀町”が立ち上がってアーケード街の一大改革を遂行している。

丸亀町商店街・壱番街

昨年12月に改装(全面改築)した丸亀町壱番街。
従来のアーケード街の地権者が土地を提供し、商店街の青年会を中心に設立した再開発会社で建物を建築し所有運営するという上下分離。形は昔から欧米によくある街中のショッピングモールだ。1階から4階まで回廊式の吹き抜け構造で、主に1階は大手ブランドショップ、2階は集客力のあるフランチャイズ店、3〜4階は専門ショップや地元商店という陣容。

20年前に僕らがボストンやワシントンでショッピングしていたモールがやっと日本の街にもお目見えしたというわけだ。
異なっているのはモールの上層に居住区(マンション)を建てた事。
近年地方都市でも郊外の家から都心部のマンションに引っ越す高齢者層が多い。そこに目を付けてホテル等の商業施設ではなく居住区としたのが新しい。
住居の至近距離に商店があるのはかつてのアーケード街が近隣に居住区を抱えていた仕組みを横から縦に替えたというわけだ。
「地元民を増やす」というのがこの再開発のキーワードなのでしょうね。

今後この再開発は5年間でアーケード内に6つの異なったテーマの“街”を作って行くという。
改装後一時的にかつての通行量が丸亀町アーケードに戻ったと報道され、毎日全国の商店街組合からの視察が絶えないらしい。

衰弱する全国アーケード街の起爆剤となるか・・・
キーワードは「郊外型モールでは出来ない地の利」を生かす工夫と「個性作り」。郊外型の強みは車社会指向、しかし公共交通は無視している弱点がある。食事時に飲酒も出来ないのだ。中心地であれば公共交通機関が放射状に伸びる。高齢化社会ではこちらが断然有利なのは明白だ。
但し一歩間違えると商店街を「箱ごと」大手資本に乗っ取られるリスクもある。
喫茶店のメニューにも“うどん”のある高松だ。個性で企業の誘惑ぐらい振り切れるだろう。
大都市圏では無い地方都市の再生例として今後注目し応援したい。

おしまい

2007/1/29

グローバル化の裏側には・・・  月曜:ちょっと舞台裏

社会のグローバル化は地域間の物流を豊かにし、全国どこでも欲しい物が手に入る時代になった。それはそれで「便利」な事だ。
でも、それと引き換えに忘れられるものもたくさんある事実。

グローバル化の中の「便利」というのは、決して「良い」という意味ではない。
本当に良い活用に対しては個人が「重宝する」という評価を用いて口コミやネットで伝える。逆に見れば世間一般で「便利」とされている物に含まれないで見落とされている物がネットで見つけられ「重宝」している。捨てる神あれば拾う神あり、というのはひょっとして。。。。もちろん怪しいものもたくさんあるからネットは注意が必要だが、某テレビ番組の「やらせ」など、ネットで早々にねつ造が暴かれていたし、騙された(いや、テレビを過信した)人に責任がないでもない。飛行機のチケットを正規の料金で利用する人など何人いるのだろう、、、知らないと損をする社会に企業も知らずの内に足を踏み入れているように見える。

「滅多に手に入らないものが入りましたよ」
「えっ?ホント!!」

この感激は「便利だねぇ〜」ではなく本当は「重宝するねぇ〜」だ。

「便利」というのは元々に不便というあからさまな障害が存在していただけの事。大概の場合が時間と距離に起因する障害だ。だから「あからさまな障害」をちょっと取り除くだけですぐに「便利」になる。
しかし、一度使うと次からはそれが普通(当り前)となり、やがてもっと効率的な結果を求めようとするのが人間の心理だ。どんどん便利になる、というのは物事がどんどん効率的になってるだけで、進化や発展しているのではないから感激する時間もとても短いのだ。

「重宝」に値するものになると、「便利」という対価(マス)では計り知れない領域に達する。しょっちゅう手に入らなくったっていい。千差万別に人々が「愛着」さえもってしまうもの、そんなものだろう。価値観は好みと同じように千差万別。ある人にとっては「ゴミ」であっても、ある人にとっては「お宝」である場合が多い。そのような千差万別なものに対しては「便利」という対価(マス)では対応出来ないものだ。出来れば「コレがいいんだ!」と言う価値観を持たせ一つの事に注目させるなどして本来千差万別な趣向を「野放し」にしたくないからだ。例のねつ造番組のシナリオなどはその最たるものかもしれない。

「みんなと一緒だからいい」

この価値観はある意味で危険かもしれない。
義務教育などでこういう価値観を増大させるから陰惨な事件に結びついているのかもしれない。

「みんな違うから面白い」

になればよいのだろうなぁ。
でも、これは個人主義の事じゃない。
違ってるからいいわけでもない。要はその違い方の度合いなんだと思う。

「みんなと一緒の時間もあって、違う時間もある」
そうなればいいんだけど、それを誰がどのように評価するのかは難しい。
教員免許の更新制などはある意味では有意義で、かつ更新内容によっては多大なリスクも含む。やってみなければわからないだろう。

難しいけど、人に「便利」に利用されるのと、「重宝」がられるのと、どっちも選べる社会になるといいねぇ。ツキナミに共存って事よね。

美しい国、日本。
どうしたんでしょ、突然。
スローガンとしてはさっぱり意味がわかりません。

あなたは何に美しさを感じていますか?

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『いなり寿司』
何処にでもある、それでいて地方によってかつては全然違う味付けが楽しめた「いなり寿司」。発祥は愛知(豊川稲荷)とも名古屋とも言われる。関西系は狐の耳を模した「三角いなり」、関東系は俵型に包んだ「篠田鮨」にルーツがある。関西系は薄手の揚げを斜めにカットし薄味に仕上げ、酢飯に味付けした椎茸、蓮根、人参等を混ぜた全体の風味とバランスが美味しい。関東系は厚手の揚げを真ん中で二つにカットし油落としして裏返してあっさりと甘辛く煮込み、酢飯には何も混ぜずシンプルに仕上げた飽きのこない味がこれまた美味しい。

しかし近年は「コンビニいなり」に見られるように俵型の揚げに濃い味付けをしてシャリは白米だったり山菜を混ぜたりする変形いなりが幅を利かせ「三角いなり」「篠田鮨」とも急速に勢力分布が縮小気味。「コンビニいなり」は一見「篠田鮨」に似ているが濃い味付けに油落としをしない為にやたらと甘くかつ濃くヘビー(油ぎってれば濃くしないと揚げに味が入らないよな)。調理が簡単な為に全国に普及し今では「コンビニいなり」しか知らない人もいる。
「三角いなり」はいなり用の薄揚げを製造する所が減り(裁断前の揚げの大きさも異なる)西日本の多くの地域で絶滅し関西と四国に残るのみ。
グローバル化の弊害はこんなものにまで影響が及ぶ。

いなり寿司なんかなくったってい〜や。
そう思ってしまうと一事が万事、誰かの思うツボになってしまうんだよ〜。

おしまい

2007/1/28

奇妙な光景・・・  日記

駐車違反の摘発強化と摘発の民間委託が施行されて半年が過ぎた。

勿論違法な駐車違反は摘発されて当然。
違法駐輪や放置バイクももっと取締りを強化しても良いと思う。

しかし、、、


である。


物事は一括りに考えては間違いの素。
そういう事が積み重なって世界中で戦争が繰り返されて来た。
何事にも「配慮」と「現場対応」が必須。

東海道・南海道右往左往で実家松山に滞在した時の「奇妙な光景」

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駐車違反の摘発ですか。

ご苦労様です。

でもね、

その車って、市電を運営する電鉄会社の作業車なんですケド・・・

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そこの皆さんはどちらから来られたのか知りませんが、この界隈で育った者なら日中に保線作業員のみなさんが線路の点検や補修、電停の掃除から蛍光灯の取替え、線路の溝に詰まったゴミの撤去からポイントやガイドレールへの潤滑油撒布などをして市電を安全に運行する作業をしている事ぐらい承知してます。

それでも違法駐車で摘発するんですか?

その光景を見た近所のおばちゃん曰く、

「ありゃ無茶やね。そんな事するクセに深夜暴走する車の摘発は甘い。わたしらヤカマシイんでなんべん通報したやろか。弱いものいじめもええかげんにしなさい」

同感!

無意味な事は早くやめようよ。
第一、一体何人がゾロゾロ来てんの?
彼方達にはもっと他にやってほしい事が世の中にはあるんじゃないの?

それとも、何も世の中の事を知らないの?

それでは自らの無知をさらすだけですよ。

奇妙な国になってきたものだ。。。

おしまい

2007/1/27

ショート、ショート・・・  日記

今日タクシーに乗っておりますと・・・・


。。。


信号待ちで停まって・・・

目に入ったクリーニング屋さんのこの光景に、、、

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うん?

なに?


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スボン

運ちゃんに「ねえねえ、ほらほら、、」
と教えると、バカうけ。

朝10時に出して夕方仕上がりは早い。
でも、なんかボタン取れそう(笑)
誰か教えてやれよぅ〜。

再びタクシーが信号で停まりますと・・・

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駐禁

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証拠




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証拠・駐禁・バンク


い、いかん、、、

去年施行された“あの”コッケイな「駐車違反摘発」がトラウマになったか、、

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おしまい

2007/1/26


毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第三十九回目の今日は演奏に不可欠なカンピングのお話しです。

Comping

ヴィブラフォンやマリンバでジャズやポピュラーを演奏しようと思うとメロディーやソロ(アドリブ/インプロ)の他にやらなければならない事がある。
それがカンピング(Comping)だ。

Compingとは、コードの流れに沿って、ソリスト又はメロディーに最良のハーモニー・クッションを瞬間的に提供する事で、ジャズやコードを使う音楽で普及している伴奏形態の事。演奏者の音楽的なセンスが問われる瞬間だ。
特にジャズにおいては演奏者全員がお互いを聴き合いながら曲のストーリー、ニアンス、さらにソリストに対するコール&レスポンスを提供しながらその場で演奏を組み立てる為、アンサンブルという意味ではソロ以上に重要な基礎だ。

ヴィブラフォンやマリンバの場合、楽器の構造から誰が見ても簡単に和音が出せるのは明白。おのずと「じゃ、この曲は伴奏お願いします」となる事が多い。ピアニストに至っては伴奏が上手くないと仕事にならない。仕事にならないとそのミュージシャンの明日は保障されない、、、重要でしょ?

少し(コードを見ながら)楽器が弾けるようになった人に、「ソロなんか練習しなくてもよいから曲のアナライズとカンピングの練習をしっかり!」と言う事が多い。
自分が演奏する曲のソロの練習用オケを毎回シーケンサーやパソコンを使って用意するのも悪くは無いけど、本来ならそれをソロではなくカンピングの練習用に使えば効果的なんですよ。学校などのように相手と時間を共有している環境を除けば、いちいち練習の為に人を呼ぶのも考え物で、個人的なバンドの基礎練習ではどしどし効果的に機械を使うべきだと思う。


じゃあどうやってカンピングの練習をすればいいの?
誰もが最初は何から手を付けてよいのか困惑するよね。僕も最初はそうだった。
ギターの人のようにタブ譜があるわけでもない。


■カンピングはソロよりも裏切らない友達!

まずチャレンジしたのは、好きなミュージシャンがどんな構造の中で演奏しているのかを分析する事。構造=楽曲。本来ならこれは楽しいハズ。

譜面にない事をソロパートで演奏しているだけと思われがちですが、伴奏も要点以外は譜面に書かれてないものです。あるのはソロパートと同じコードネームだけ。演奏を生かすも殺すも彼方次第。自分が気持ちよく出来る前に相手に気持ちよく演奏させる耳と技を身につける事。

コードネームに沿っての演奏だから、そこには必ずガイドと規則性があるはず。

ソロの部分はその人なりのガイドと規則性をありとあらゆる方向から紡ぎ出し限りなく直感に近い状態で演奏されてるもの。それに感情や表現意識が加わるから毎回異なる。
それ故にコードの流れの中の一瞬の切り取り(耳コピフレーズ)はアドリブの「方法論」の中では重要な位置を占めるが、コードを弾きながらソロを演奏する楽器を除くと採譜したメロディー(ソロ)がいちいちどのコードのどんなコードスケールを使って演奏しているのかを実感するには理論的な学習や指導や体験が必要。大概は自分が大好きな単旋律フレーズが弾けて満足するに終わってしまう。手っ取り早いがその為には100も200ものソロコピーがあっても足りない。

そこで伴奏ならど〜よ、とカンピングに目が行った。

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ソロは音域も広く、音符も細かい。動きに規則性はあるが毎回形は異なる。
でも伴奏は音域はそんなに広くないし音符も細かくない。動きはあるがソロよりも衝動的なヴァリエーションは少ない。規則性が認識しやすいんだ。

まず始めたのが採譜。曲のテーマの部分をコードネームで書き表す事だった。
ソロの部分は奏者によっては「ソロがやりやすいように」テーマと異なる進行を用いたり、「より雰囲気を出す為に」アレンジやリハモナイズしている場合もあるので対象から外した。

ポイントは次のような事。
・メロディーとベースラインは必ず採譜する。
・和音として聞こえる音の中でどれがコードの根音となるかの選別
・メロディー、伴奏に聞こえる音、あるいは調性からコードスケールを分析

メロディーを採譜するのは聞いたままなので正確に。出来るならメロディーをフェイクしていると思われる部分は元のシンプルな形を予想するまで聞き込む(最初のテーマと後のテーマを比較するなどして)。ベースラインはコードの形を決定するのでこれも正確に採譜。和音として聞こえている音は常にベースラインの音と照らし合わせてコードネームにする。ベースがコードの根音とは限らない場合もある(転回形など)から要注意。
(例:Bm7→G/B)

何度も聞き返しながら和音をコードネームに表記する訓練を行う。

それらが揃ったら、さあ、これで準備は完了。
コードが聞き取れて頭の中にはサウンドのイメージがある。テンションなどもコードスケールから割り出せる。採譜元の演奏者がどのような音をコードネームからピックアップしているのかも分かってる。
自分が好きなミュージシャンの演奏を流しながら一緒にカンピングしてみよう!

楽しい。気持ちいい。やったぜ!

でも、ソロパートに入ったら、、、、
なんか、もうちょっと「いい感じ」なやりかたがあるような気がするんですケド、、、、

そう、

コール&レスポンスの基礎、カンピングで重要なリズムのお話し。

それは来週のこの時間に。

続く

2007/1/25

僕のジャズへの入口・・・Larry Coryell(g)  木曜:Jazz & Classic Library

昨日は師匠でもあるヴィブラフォンのゲイリー・バートン氏の誕生日(現地時間)。バースデー・メールを送ると「トシ、また会おう」とレスをくれる。
数々のグラミー賞を受賞しヴィブラフォンの世界を一変させた偉大な人。そして僕がヴィブラフォン奏者を志す切っ掛けとなった人。お互いに歳は取りつつあるけど気持ちも音楽も“青年”のまま(笑)。

彼の音楽に触れる切っ掛けは今夜御紹介するギタリスト、ラリー・コリエル(Larry Coryell)にのめり込んだのが発端だった。

ジャズとの出会いはHPの「音楽体験記-1」に書いてるように小学校の低学年だった。ジャズのウンチクなど知らないで時々テレビで目撃していたんだけど、それが急速に膨らんだのは小学校5年の時、実家のテナントにジャズ喫茶が入って僕の部屋に毎晩アート・ブレイキーだのリー・モーガンだのビル・エバンスだのが店内から漏れ聴こえてきからだ。
小学生でも覚えられるメロディーとちょっと興味をソソラレるギターが聴こえてきたのはハービー・マン(fl)のアルバムだった。

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『Memphis Underground/Herbie Mann』(Atlantic/1969年)

ジャズ喫茶から漏れ聞こえる曲は覚えて自宅のピアノで真似して遊んだりしていたが、その中で普段ジャズ喫茶から漏れ聞こえるサウンドとはちょっと異質で、当時ラジオやテレビから聴こえてくるロックのようなサウンドのギターに惹かれ、そのアルバムがどうしてもほしくなり近所のレコード店の店員の前でメロディーを歌ってゲットした(この時のエピソードは上記『音楽体験記-1』に掲載)。

ジャズの人名などまだよく知らないからアルバムの解説を食い入るように読んだ。「ラリー・コリエルはヴィブラフォンのゲイリー・バートンのクァルテットで注目されたが常識人的なバートンとは合わずに飛出してしまった」と書いてあった。
子供心に「何をして“常識人”」なのかさっぱりわからなかったけど、取りあえず翌月にお小遣いをもらったらレコード屋に直行して「ゲイリー・バートン下さい」と
再びジャズコーナーの店員をつかまえて買った。
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『Lofty Fake Anagram/Gary Burton』(RCA/1967年)

何枚かのアルバムを出してくれたが迷ったあげくにこのアルバムにした。理由は単純。このアルバムのタスキに邦題で大きく「サイケデリック・ワールド/ゲーリー・バートン」と書かれてあったから。当時街中にヒッピー文化(フラワームーブメント)が溢れ、「サイケデリック」がファッションだった。
最初はコリエルのギターばかり聴いて、徐々にゲイリーの他のアルバムも集めつつ、家にあったガットギターにマイクを入れてレコーダーからステレオに繋いで音を歪ませてコリエルの真似をするものの、ギターのフレットがさっぱり判らず断念。気が付くと徐々にゲイリーのヴィブラフォンに耳が惹かれて行ったが、しばらくの間お小遣いを溜めつつコリエルのアルバムも買い揃えた。

コリエルのアルバムで最もジャズ色が強くしっかりとジャズ&ロックの香りがしてお薦めなのがこのアルバム。

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『SPACES/Larry Coryell』(Vanguard/1970年)*CD盤とはジャケットが異なる

何と言ってもコリエルの荒削りなピッキングで押し切って弾く勢いが痛快。参加しているミュージシャンもJohn McLaughlin(g)Chick Corea(el-p)Miroslav Vitous(ac-b)Billy Cobham(ds)と当時のコリエルのどのアルバムよりもジャズ度が濃い。
中でも06年10月19日のブログで紹介しているヴィトウス(b)は絶好調で鬼気迫る演奏。
1曲目「Spaces」と3曲目「Gloria's Step」はコリエルとヴィトウスの骨太ジャズが圧巻。マクラグリン(g)とのデュオで演奏される2曲目「Rene's Theme」は技巧派のマクラグリン相手に「気合い」のコリエルが炸裂。
ゲイリー・バートンとのラスト・パフォーマンスとなった68年2月のバートン・クァルテットのカーネギー・コンサートのライブ盤に収録されていたB面1曲目の「Wrong is Right」はテンポを上げてエネルギッシュな演奏に変化。コリア(el-p)が参加するB面2曲目の「Chris」はコンテンポラリーなワルツ。最後は抽象的なギターソロ「New Years Day in Los Angeles-1968」。
最近CD化された。

この頃コリエルもバートンもアルバム構成に共通点がある。
ひとつのバンドで全編を演奏するのではなく、編成の中で組み分けたり、独奏を入れたり、曲に対して最も的確な編成でアルバムを作る。
だから今聴いてもその時に本人達が「やりたかった事」が余計な飾り無く聴こえてくる。最初から最後まで同じサウンドでは時に時間が麻痺してしまう事も。「わかった、もういいよ」。
この渾沌とした時代にそれを実践していた事に改めて敬服。


最近になって当時入手出来なかったコリエルのアルバムがCDに。

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『CORYELL/Larry Coryell』(Vanguard/1969年)

バートン・クァルテットを退団した直後に発表した「Lady Coryell」と本作「Coryell」は当時のジャズのウルサガタからは不評で、地方でこれらのアルバムに出会う事はなかった。35年も経って(もちろん既にその当時のコリエル狂ではない僕)白紙の状態で聴きました。
しっかりしたコンセプト・アルバムだったんですねぇ。
翌年の「SPACES」がジャズ度85%とすれば、このアルバムはロック度85%。
60年代後半から70年代前半のグルーヴ感や世相が見えてきます。音楽はやはり時代の空気そのものなんです。

おしまい

2007/1/24

品評会07  水曜:これは好物!

先週の中程、帰って来るとリビングにデ〜ンと紙袋が





来ましたね


今年もこの季節が

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ちょっと馴染みの無い百貨店の袋?
三越や高島屋に比べれば東京に住んでる人でも「どこよ?」って思うかも。東京以外の人にはさっぱりだね。

これならど〜よ。
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な〜んだ京王かァ、って?
でも、この時期となると東京の新宿と聖蹟桜ヶ丘にしかないこのローカルな百貨店が全国の“ある信者達”の聖地に。
東京ローカルの電鉄系百貨店で、小田急でも、東急でも、東武でも、京成(もう東京には無いけど)でもない、京王なんです。

それが、コレ
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『第42回有名駅弁と全国うまいもの大会』(新宿京王百貨店)

元々京王百貨店は高島屋と業務提携していたけど、新宿に高島屋が出店した事から友好的に提携解消し独自路線を歩み新宿百貨店戦争の勝ち組に。現在は阪神百貨店(大阪)と丸栄(名古屋)と業務提携し東京で唯一阪神タイガースの公式グッズ売店がある事でも知られる東京ではかな〜り異端な百貨店。

しかし、京王百貨店の名前が全国に知れ渡っているのは、いわゆる百貨店での「駅弁大会」発祥の地として。毎年この時期になるとテレビで報道されるので地方にいても京王百貨店と言えば「駅弁大会」。

たかが駅弁が集まるだけじゃん、って思うかもしれませんが元祖を冠するだけあって毎年全国から話題の駅弁を社員が食べ選び「対決」させるというパフォーマンスが大うけ。
ちょいと覗いてやろう、なんて甘〜い考えで行くと人混みに酔うだけで何にも買えずに御帰還。
だから店も客も新年早々気合入りまくりで、誰もがフロアマップ片手に駅弁オリエンテーリング状態。
勝者ブースは長蛇の列、敗者ブースは閑古鳥、それは想像を絶するし烈な戦いの二週間。「京王を制する駅弁がその年の天下を取る」と言われる所以です。

今回は昼から用事で新宿に出掛けていた家人が「気合」をいれて駅弁大会巡りをして来た。その戦利品なのだ。サンキュー。

さっそく品評会!

我家は購入にあたって“定め”あり。

「生ものに手を出すことなかれ」

うにやいくら、魚介類の駅弁は必ず調理人の一工夫が施されない限りご法度。素材の新鮮さなら地下の食料品売り場や寿司屋に行けばよく、駅弁というからには「味付け」の工夫を楽しむべき、と長年各地の駅弁を食べた経験からの定め。

さて、今年の我家の品評会に並んだ駅弁は以下の布陣。

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今年の「対決」の一つ、横浜と神戸のホテル駅弁対決
「やまゆりポーク二豚弁当」(横浜ロイヤルパークホテル)製

残念ながら相手の神戸の駅弁は早々に完売。それは完全にこちらが敗北した事を示す。参考までに家人が購入してくれたのですが、何がやりたいのかさっぱり分からない。これでは敗北やむなし。頑張れ横浜ロイヤルパークホテル!

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「フジザクラポーク甲州カツサンド」(丸政/山梨県北杜市)製

薄切りポークを重ねて肉の間にもソースを染込ませたアイデアは◎。ガッツリ食べた感触があるのに意外と軽い。しかし肝心のフジザクラポークのテイストという決定打が感じられないのは残念。ソースの味をもう少し薄くし旨味を引き出せばいいのでは。

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「いかめし」(北海道・森駅/阿部商店)製

超有名駅弁。シンプルだからいつ食べても飽きない。スーパーなどで売られている空輸物と違って烏賊が適度に柔らかく弾力がある申し分のないベストセラー。厚岸の氏家商店の「かきめし」かこの「いかめし」のどちらかは保険に購入。今回は烏賊が小振りだったのか3個入り。その辺りも正直な商売をしていて好感。

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「うな丼」(静岡県・浜松駅/自笑亭)製

うなぎの名駅弁自笑亭の「うな丼」。いつもは四角い折詰め形の「うなぎ弁当」ばかりで「丼」は初めて。丼にはあの「わさび漬け」が付かないのね〜ぇ。ちょっといつもの自笑亭のうなぎらしくなく、硬く味もイマイチ。駅弁大会用に運送されて来た「それなり」グレードと見た。試しにレンジで温めたらOK、、惜しい。

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「活あなごめし」(広島駅/広島駅弁)製

実演販売で人気の広島「あなごめし」。やはり広島のは美味い!。良質のあなごは焼くだけで美味い。ご飯は脂ののったあなごのあらで炊き込んで少し醤油で風味付けしていてこれがめっぽう美味い。当社は「夫婦あなごめし」と「しゃもじかき飯」がメインだったと思ったけど、今回は「あなごめし」で勝負。駅弁らしくあつあつよりもちょっと冷めたほうがご飯と馴染んで美味い。今年の我家の新春駅弁大会チャンピオンに決定!

た、食べ過ぎたァ、、

おしまい

2007/1/23

昔わんこ、今じゃじゃ・・・でもね、  火曜:街ぶら・街ネタ

本日は東北は岩手県の盛岡市。
東北の街の中で最もお気に入りの街だ

盛岡市は人口30万の中核都市入りを目指している街で、城下町独特の“懐”がプンプンする街(と、勝手に思っておりやす)。

盛岡駅を出ると、これまた縁起のいいネーミングの開運橋を渡って中心街に入る。
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遠くには岩手山。下を流れるのは北上川。(旭橋より)

開運橋からブラブラ歩くとほどなくしてアーケード街の「大通商店街」に辿り着く。
全面式アーケードではなく歩道(両端式)のアーケードで、新しい感じもするが、なぜか懐かしい感じのアーケード。歩道の幅が狭いので妙に軒が高く感じるけど、それがかえって開放感に繋がっているから気持ちが良い。要するに中途半端じゃないって事ね。昔からの店も多く新規店と共存。所々に空き店鋪はあるものの至って健全に街のランドマークとなっているので心強い。

アーケードを抜けると岩手公園。城は無いが立派な石垣が往年を忍ばせる。紅葉の季節に来るととても鮮やか。
この岩手公園の手前には掘があるのだけど、大通から掘を渡ると普通なら城下のお膝元、ナントカ公園とか行政がテコ入れするような美観整備が行われているだろう地区に個人の商店が林立する。さっきまでの垢抜けたショッピング・ストリートとは正反対の感じ。言わば掘の中に私有地があるというあまり他では見掛けない光景なんだけど、これがまた好いんだナ。

その多少ゴミゴミした一角に今や盛岡の味覚を全国に広めた「パイロン(白龍)」がある。言わずと知れた“じゃじゃ麺”の老舗だ。付近はお世辞にも綺麗とは呼べない雰囲気だけど、それがリアリティーに繋がって味のスパイス。
じゃじゃ麺の詳しい説明は「盛岡じゃじゃ麺ファンクラブ」さんに教えてもらおう。

初めて食べた時は「味噌」の風味が独特で、しかもフニャフニャのうどんにキュウリという組み合わせに西日本生まれの僕は困惑してしまった。
でもそこは探究心旺盛な御当地グルメ好きの事、どんどんモードが「うどん」から新ジャンルの「じゃじゃ麺」を形成して、今ではすっかり好きになってしまった。
しかも、最初入った時に同席の高校生達が「チータンタン」と言って皿に残った肉味噌に生卵を入れ麺のゆで汁をかけたものを食べているのを見て、即マネ。これがまた旨いし身体が温まる。今では盛岡に行くと一度は食べないと気が済まないから不思議だ。

で、そのパイロンは今では観光ガイドにも載る人気店で行列が出来たりするのだけど、旅人はそのパイロンの向かいにある、これも入るには勇気のいる中華料理店「パイカル(白乾児)」に惹かれてズルズルズルと店の引戸を開けた。

細長いカウンター沿いに大衆食堂基本の丸イスが並ぶだけの店。カウンターの中では初老の御夫婦が黙々と餃子を包んでいる。
「何にしましょ」。
「そうだなぁ、、、、餃子と焼そば」
少し不安のある時はベーシックなものをオーダーするというのが基本。
でも不安は店構えだけの問題でお客は結構入っている。
「はい、餃子」
と、運ばれてきた餃子。
厚手のふっくらした皮、張り裂けんばかりに膨れた具。
餃子で好きな笹塚の「鍋家(こうや)」に良く似ている。

一口食べて、

わお

これは旨い!
皮の弾力感といい、具から染み出る肉汁といい、全体の旨味といい、洗練された餃子とは違う「温かく、何処か懐かしい」味。
一発でファンになってしまった

続いて「焼そば」。

ほぉ〜

やや太めの麺、中華ベースの味付け。これ、昔から馴染んだ「焼そば」だよ。ソース味とかじゃない。
この店、サイコー!

こうなると自分の胃袋の許容量も忘れ、「スンマッセ〜ん、焼めし一つもらえる?」と。。

どれもこれも全て「懐かしい(関西、西日本方面のですよ)」味に虜になってしまった。
以来、パイロンに少しでも行列が出来てると速攻で「パイカル」に突入するという盛岡詣。
どうも盛岡の店はネットに無関心なようでホームページがありません。
公共の「岩手めんこいテレビ」の番組山・海・漬で紹介されていましたのでチェキラ!

さて、城下町盛岡の懐はこのままでは済みません。

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岩手銀行中ノ橋支店(どこか似ていると思ったら東京駅と同じ設計士)

パイロン、パイカルのある内丸を過ぎて駅と反対方向に進むと今度は全面式アーケードの肴町商店街があり、規模からすればこちら側が従来盛岡の商業の中心地であった事がわかる。また東北ネットの中三百貨店(青森本店)などがあり、城跡の向こうの大通とは違った生活密着型の商店が並んでいてなかなか街ブラが飽きません。

中でも、注目は超昭和レトロな建物(早く言えば古い)の「盛岡バスターミナル」(昭和35年竣工)。
ここも「岩手めんこいテレビ」の山・海・漬に詳しく載っているのでチェキラ!
バスターミナル、しかも地平式。本当は鉄道駅にしたかったような施設がズラリ。
ここを見た時、なぜか60年代のアメリカ映画で登場するバスターミナルを思い出してしまった。まだまだしっかり昭和が現役の街、盛岡。いい街です。

そしてココでのもっと好物があるんだけど・・・・それは水曜日の「これは好物!」にいずれ登場させよう。

おしまい

2007/1/22

夏から秋の功労者06  月曜:ちょっと舞台裏

ある番組で「納豆」の事を誤報したら街中の売り場から「納豆」が消えていましたね。ところが先週末辺りから何処へ行っても「納豆」が見られるようになり、おやおや?っと思っていたら、番組制作者がデータを改ざんしていたとの事。

飛びついた人?います・・・・ね(笑)

僕は昔のオイルショックの時を覚えているのと、納豆は食べないので横目で「ふ〜ん」と観察していました。

テレビはバラエティーとして楽しむもので、例えデータを脚色していたとしても、バラエティーとして「楽しめれば」いいんじゃないでしょうか。その番組もきっと番組の最後に「フィクション」に近い(あるいは効果に個人差がある)等のテロップが出てたハズ。真意の程を追求する報道番組ではないのは確かですね。
それで「勇気が沸いてきたり」する事だってあるし、納豆屋さんが喜んだり、と誰かが何処かで喜ぶ顔が増えれば社会も明るくなります。
第一に健康食品としてある物だったのですから、身体に害が出たわけでも無さそうだし、決して高価なものでもなかったし、、、。

「フィクション」を前提に作られている番組なのか、「ノンフィクション」なのかは受け手が決める事だと思いませんか?医学博士が直接出演して説明したのであれば別ですが。。。
テレビには「間違い」や「思い込み」もある事を知った上で楽しみましょうよ。ネットでは放映の直後から「ガセ」との情報が飛び交っていました。今はマスコミ以外のネットの口コミもあるので冷静に比較する事も可能ですね。何かあった場合の良い教訓だったと思います。
それよりも地球温暖化のゴア氏の話のほうがこの時期は大切ではなかったのでしょうか。10年、20年なんてあっと言う間ですね。


さて

何の社会的価値もない、まして小さな結果発表です。
ココに集まるみなさんがどのように僕らの音楽を楽しんでくれているのかを公表しましょう。
せっかく本人がブログってるのですから、他にはない情報もネ。

これを励みに僕らは明日を生きるのです

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去年の夏から秋にかけて頑張った赤松作の「功労者」ベストテンは次の通り。
( )内は前回06年10月2日発表の功労者順位。

1.The Gleaner (IN SECRET)
2.Ring (STILL ON THE AIR)
3.Nostalgia (FAIRY OF FOREST)
4.Fairy of Forest (NOSTALGIA)
5.Swift Doll (RING)
6.Close on Tail (PLEIADES)
7.ジョビンに捧ぐ (BIRD SONG)
8.Bird Song (ジョビンに捧ぐ)
9.Flip Flop (CLOSE ON TAIL)
10.Still on the Air (FLIP FLOP)(FRAME OF CIRCLE)

♪順位は06年7月〜9月期に携帯のau着Jazz、着Jazzフル、他PCでDL購入いただいたリーダー作から配信販売中(現在5アルバムより20曲選曲配信)の音源販売数合算(06年12月発表JASRAC集計報告ベース)

去年はなかなか秋っぽくなりませんでしたね。ヴィブラフォンの音色は涼やかと言われますが、どうなんでしょ。
この時期になると赤松・アリマサDuoの「The Gleaner」が毎年上位に上がってきます。ヴィブラフォンとピアノのデュオは秋に似合うという事でしょうか。
第二位の「Ring」は00年発売のNext Doorバージョンと05年発売のFocus Lightsバージョンがありますが今回は続く第三位の「Nostalgia」と同じFocus Lightsのバージョンです。
赤松・養父・村井トリオの「Fairy of Forest」はCD、Six Intentions未収録曲とあってか毎回上位にランクイン。この曲のCD化を望まれる声が発売当初から多いので何とかお応え出来るよう現在努めています。良いお知らせが出来るかも!
第四位の「Swift Doll」はNext Doorの中でも比較的地味な曲でしたが今期は赤丸急上昇。やはり“秋”に聴きたくなる曲なのでしょうね。
五位以下の「Close on Tail」、「ジョビンに捧ぐ」、「Bird Song」、「Flip Flop」は安定した人気があるようでベストテンの常連。

全体的に数字も上がり気味で、近々には遅ればせながら“iTune”と“ソフトバンク”での音楽配信も始まりますので、今までPCやauだけで残念(?)に思っていたみなさんも是非ご利用下さい、ネ。

毎回このデータを見て、みなさんとの繋がりや、全体の傾向を分析しながら新しいプロジェクトに向かっています。

さァて、年末と冬場に掛かる前期はどうだったのでしょう?
また次回の音楽配信ベストテンをお楽しみに!

おしまい



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