2007/8/31


毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第六十三回目の今日はBluesのお話しです。

今夜は“耳”からいろんな情報をキャッチしましょう。(目からだけじゃ楽しくならないものね)

Bluesという言葉は誰しも聞いた事があるでしょう。
渋い!

ブルースにはそういうイメージもあるでしょうね。

ヴィブラフォンでブルースと言えば、やはりミルト・ジャクソン氏が筆頭に挙がります。

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『OPUS DE JAZZ/Milt Jackson』(SAVOY/1955年)

ちょっとジャズを知っている人なら必ず知っているアルバムです。1曲目の“Opus de Funk”のヴィブラフォンとフルートによる印象的なチェイサーから始まる軽快なブルース。このアルバムでのミルト・ジャクソンはとてもクールにブルースを演奏しています。躍動的なメロディーライン、それらに付け添えられるアプローチ・ノート、どこを取ってもブルースのお手本のような演奏なので是非聴いてみましょう。
メロディーの中でどれがアプローチ・ノートでどの音に向かって解決を繰り返しながら演奏しているか、なんてココでこれまでに触れた知識をベースに聴いてみるのもいいでしょう。

ところでこのアルバムは殆どがブルースなのですが、3曲目の“You leave me breathless”だけはバラードで僕はこの曲が一番好きなのです。おもしろい事にジャクソンはブルースを演奏している時よりも、こういったバラードを演奏している時のほうが“熱く”なっているのですね。
僕の大好きなパブロ・レーベルのオスカー・ピーターソン(p)との共演による炎のようなモントルー・ジャズフェスティバル'75でのライブ盤でもバラードになるととても“熱い”のです。
その“熱く”なる瞬間にブルースの特徴であるブルーノートを実にスムーズに使いこなすのです。ヴィブラフォンを始めた頃、ジャムセッションに混ぜてもらっていつも思っていたのですね。「どうすればジャクソンのようにスムースなブルーノートが浮ぶのだろう」と。

もう一人ブルージーという事で僕が好きなヴィブラフォン奏者がいます。

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『ALBUM/The Dave Pike Set』(MPS/1971年)

ヴィブラフォン奏者デイヴ・パイク氏が60年代後期から70年代初期にかけてドイツで結成していたジャズ&ロック・ムーブメントのバンド“デイブ・パイク・セット”のアルバムですが、この中の3曲目“King of the tumbas”での演奏はブルージーという点で素晴らしいのです。クールかつソリッドでミルト・ジャクソンとは違った到達点を持つ演奏。アルバム最終曲にはモロにブルースがあるんですが、そちらはジャクソン氏とダブる部分もあってこちらがお薦めです。


幅広いコンセプトでブルージーなヴィブラフォン奏者と言えばこの人がいます。
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『SMOKIN' IN PIT/Steps』(Better Days/80年)

ステップス(後のステップス・アヘッド)のリーダー、ヴィブラフォン奏者マイク・マイニエリ氏。この人も実にブルージーなヴィブラフォン奏者だ。77年のリーダー作「ラブ・プレイ」や翌年の「ブルー・モントルー」で聴かれる近年の演奏スタイルは新世代ヴィブラフォン奏者の代表。このアルバムは今は無き六本木ピットインでのライブ盤で、これがまた“熱い”。
ところが、やはり“熱い”演奏の合間にホロリとさせられるバラード“Lover man”や“Song to seth”“Soul eyes”、そしてこの上なく美しい“Sara's touch”が入っていて、僕はまたこれらの演奏に惹かれてしまうのです。
この2毎組8曲のアルバムの内4曲はバラードと言ってもよく、それらの中で展開されるブルージーな演奏に注目してしまうのですね。

さて、ココまではヴィブラート(ファン)を使う演奏者達。


では、ヴィブラートを使わないと?

やはりこの人の演奏の中にもあります。
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『THE NEW QUARTET/Gary Burton』(ECM/1973年)

師匠だからと言うのではなく、ゲイリー・バートン氏の演奏にはブルージーというサウンドがこれまでに取り上げた人達とは違った形で聞こえてきます。
スタン・ゲッツのバンド時代の演奏やラリー・コリエル(g)を加えた初期のゲイリー・バートン・カルテットを聴くとカンピングのサウンドの中には必ずブルーノートのアプローチが見られ、それらはビル・エバンスやエロール・ガーナーなどのピアニストと同じです。ソロの中でもコードを弾きながら演奏するので、メロディー・ラインの中にブルーノートを入れなくてもサウンドで描く事が出来るという事なのですね。

このアルバムを取り上げたのは、いつになくその部分が多く、その後のECMサウンド構築に至る寸前でRCA時代のニアンスが残った最後の作品と思ったからです。4曲目“Brownout”はバンプこそありますが完全なブルース。バークリー在学中だったメキシコ出身のベーシスト、エブラハム・ラボリエルを起用してのジャズ&ロック風なサウンド。

ヴィブラートを使う人達とは逆にブルースになると“熱く”なる、という逆転現象が面白いですね。

You tubeに貴重な映像がありました。

RCA時代の演奏
http://www.youtube.com/watch?v=NjawOCLFFeE

もう一つヴィブラフォンの祖レッド・ノーヴォとゲイリー・バートンの連弾。ジェリー・ハーン(g)スティーヴ・スワロウ(b)ロイ・ヘインズ(ds)の69年頃のバートン・カルテットにノーヴォがゲスト出演というもの。僕が聴き始めた頃の師匠。若い!
http://www.youtube.com/watch?v=_GtFwwGWiPQ


おしまい

2007/8/30

別れの時に・・・Bill Evans(p)  木曜:Jazz & Classic Library

最近アクセス解析で気が付いたのですが、このブログではスパム防止の為にコメントは認証式を採用しています。その関係でコメントを書き終えてクリックすると再度送信の可否を尋ねられます。そこで「もう一度クリック」しないとサーバーにデータが届かないのです。不愉快なスパムが横行する以上お手間をとらせてしまいますが「再度クリック」をお忘れなく。
アクセス解析を見ると、結構「コメント」そのままで送信されないままと思われるデータが増えてきたのでヨロシク。認証には24時間程度かかる場合もあります。(って僕が見れる時間が限られてるので)

本日のLibraryはコレ
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『I Will Say Goodbye/Bill Evans』(Fantasy/1977年)

数多いビル・エバンスのアルバムの中で、どちらかと言えば「控え目な評判」のこのアルバム。でも、一人のエバンス・ファンとしてとても愛着を持って聴いているんですね。

僕がビル・エバンスに触れたのはジャズを聴き始めた初期の頃。当時小学生だったのでジャズ雑誌を眺めながら「さて、どれを買おうか」と毎月の楽しみにしていたので、誌面でよく見掛けるネーミングから手を伸ばすという構図だった。それと共にジャズを聴く切っ掛けとなっていたハービー・マンがフルート奏者であった事から最初のビル・エバンスのリーダー・アルバムは当時新譜として紹介されていたフルート奏者ジェレミー・ステイグとの共演盤『What's New』(Verve/1969年)で、それが気に入ってすぐにトリオのライブ盤『At the Montreux Jazz Festival』(Verve/1968年)を買いにレコード屋に走った。

『What's New』のほうは輸入盤を買ってしまったのでさっぱりライナー情報が得られず、後で買った“お城のモントリュー”でエバンスのいろんな事がわかった。
すると、既に購入していたマイルス・デイビスの『Kind of Blue』(CBS/1959年)でピアノを弾いているピアニストであった事などがどんどん情報としてインプットされた。

ビル・エバンスと言うと長らく50年代から60年代半ばにかけてのRiverside Recordsの名作(Portrait in Jazz、Waltz for Debbyなど)ばかりにスポットが当り、僕のような「エバンス中途組」は悶々とした気持ちでいたのだけど、これだけ時間が経つとようやく平等な目で全体を見渡す人が増えたので一安心(笑)。

ビル・エバンスの魅力とはなんだろう。
自分がヴィブラフォン奏者としてもエバンスからの影響は大きい。
まだ、自分の楽器を持てなかった中学生の頃は毎日のように実家のピアノでビル・エバンスの伴奏の物真似をやった。メロディーなんか弾かなくてもエバンスの左手を真似するだけで“ワクワク”していた。

それだけではない。

ピアノ・トリオというフォーマットの中でエバンス・トリオほどベースとドラムが自由に演奏しているチームは無かった。ドラムが規則正しくハイハットを裏拍で踏まなければならないという規則性もないし、ベースがウォーキングベースに徹する必要もなかった。このスタイルを生み出したのがビル・エバンス・トリオだった。
つまり、ピアノは大半の事を表現しているから、それに合う「空間」をリズムセクションが担うというアンサンブル・スタイル。必要なければ弾かなければいいし、必要ならばメロディーにだって絡み付く。
今日、ピアノ・トリオの大半が演奏しているスタイルを作り上げたのがビル・エバンスだったという事。
雑誌などで触れられるビル・エバンスについての記述では、この点に触れられる事が少ないのは昔から意外だ。
ミュージシャンはそれを知っているから、どんどんそのスタイルを取り込んで自分の演奏スタイルを確立させた。チック・コリアしかり、キース・ジャレットしかり。
だからエバンスの影響はピアノ・スタイルに固着せず、僕のようなヴィブラフォンやギター、管楽器など、様々な楽器にまで幅広く及んでいる。

師匠のゲイリー・バートン氏もまったく同じでピアノを弾くとビル・エバンスそっくりなんだ。

そうさせる要因は、エバンスの左手にあると思う。リズム、ハーモニー、タイミング、それらが共演者に自由なスペースを与え、そして同時にゾクゾクするような時間とサウンドを作って行く。

このアルバムは大好きなスティーヴ・スワロウの曲(Peau Douce)が入っているので買ったのだけど、実は先にワーナーに移籍後の『Affinity』(1978年)を買ってエバンスを再発見した気持ちで手を伸ばした。

1980年9月。

僕は東京に出てきたばかりの頃で毎晩演奏をしていての帰り道。
カーラジオから突然信じられないようなニュースが流れた。

「米国のジャズ・ピアニスト、ビル・エバンスさんが昨夜お亡くなりになりました。享年51歳でした。」

目の前が真っ暗になるとか、衝動で記憶がなくなるとか、そういうんじゃなく、とても冷静に、でもそれまでに味わった事のない気持ちのまま家まで車を走らせた。

そしてこのアルバムをかけた。

最初の“I Will Say Goodbye”

泣けた。

それからしばらくの間、ピアノの前に座ってもまったく弾く気になれなかった。

おしまい

2007/8/29

今や全国で・・・  水曜:これは好物!

昨日の夕方の雷雨は凄かった
ちょっと車から数十メートルの距離でザブザブ。
車に戻るのにザブザブ。
人間ある限度を超えると心は凪のように穏やかになり「な〜んも知らんけんね〜」と開き直って靴が水没するのもなんのその、平気でザブザブ。
駐車場の水はけが悪いのか、それとも雨の勢いが凄いのか、みるみる内に踝(くるぶし)まで溜まった水の中をザブザブ。

家に戻ると、どうやら一瞬停電したらしく、家中の液晶時計が一斉に点滅しているんですね。壮観な眺めとしか言い様がありませんでした。
パソコンや地デジテレビは異常なし。ふうーっ。。

その雨のお陰か、幾分涼しくなった夜中に月イチのHP更新を終えたところです。あ、9月14日に発売する曲集&演奏ガイダンス『レパートリーで学ぶ“ジャズ・マリンバ&ヴィブラフォン”』も昨日無事に印刷工場にまわったと出版社から連絡がありました。その内にあちこちで宣伝されるでしょうが、どこよりも早い詳細はコチラ→赤松敏弘HP(トップからズズズ〜っと下がって「ディスコグラフィー」へ)


さて、本日は“これは好物!”

今や全国区となった名産でも、やはり本場に行かないと出会えないものって案外たくさんあります。
近所のスーパーで売られていたとしても、それはほんの氷山の一角。
そう思わせてくれるほどに、メーカーが競って味で勝負しているもの。

それが・・・・

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“辛子明太子”

先日遊びに来た(いや、遊びじゃないんだけどね)マコティーが前日まで九州出張中で、そのお土産として持ってきたのが辛子明太子。

九州には辛子を使った名産がある。火の国・熊本の辛子レンコン、そして博多の辛子明太子。辛子を冠した昔からの名産があるのは九州だけじゃないかな。
それだけ炎のように燃え滾った熱き血潮が騒ぐ九州・・・・ううん、、、でも九州男児の知り合いはむしろ穏やかで冷静なタイプが多いゾ。すると・・・・(やっぱり)九州女児。あまり突っ込んで書くと返り討ちに遭いそうなので、この辺でお茶を濁そう。。

あの、真っ赤な辛子明太子。実は諸説いろいろあるが、どうやら韓国から下関に製法が伝わり対岸の九州に広まったようだ。太平洋戦争の後というから意外と新しい食文化なんだ。その後新幹線の博多開業を機に博多の名産として全国に名前が広まったという事らしい。なるほど。

僕の勝手な好みで書くと、歴史の偉匠ふくや、宣伝と創意工夫のかねふく、味と風格の福さ屋、バリエーションのやまや、と、大手有名店を食べ比べてみても、まったく違う印象がある。
これらは全国区だけど、それ以外にも数え切れないほどの店がそれぞれの個性を、あの小さな姿に託しているのだから凄い。
最近は無着色の辛子明太子もあるが、やっぱい辛子明太子は“赤”くなきゃ。

一度、元弟子のH君が博多の市場で「絶対、コレ!です」と買ってきた明太子には驚いたなぁ。彼の同僚の博多陣全員が「コレ!」というだけあって、ワイルドで豪快な味が素晴らしかった。「そこのおばちゃんが作って売ってるんですわ」との言葉通り見た目はスーパーのパックみたいな、とてもわざわざお土産で買ってくるような姿ではないんだけど、これが旨いんだな。こんなのを毎日食べられたら辛子明太子嫌いなんてきっといなくなるだろうなぁ。

マコティーが推薦で買ってきたのはコレ
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『めんたい切子』博多料亭 雅加榮(ちかえ)

雅加榮の明太子も博多でしか手に入らない。空港で一度見掛けたがそのままだった。しっかり味の漬かった艶のあるボディー。ストレートながらスケトウダラの風味がしっかりと残っていて誠にシャープな味わい。

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たったこれだけのシンプルなものなのに、ホント各店毎に味わいが違う。だから飽きられないのだろうね。
東京では手に入らないからと言って旨いとは限らない物も全国には多い。

その中で、本当に個性や主張が味でバランスしている物は、競合店が多いほど旨さが二乗すると言っても良いでしょう。

それがシンプルであればあるほど、一つ一つの個性が光るわけです。

局地的に磨かれた創意工夫の名産品。讃岐うどんしかり、大阪たこ焼きしかり、信州&江戸前蕎麦しかり。

その中でも博多の辛子明太子は局地の極み的に博多でバリエーションを持つ奥行きの深い文化だと思う。

おしまい

2007/8/28

とかく日本人は・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

とかく日本人は略すのが好きです。

不思議な事に数字では6が付くと略しやすいのでしょうか、大阪では上六(上本町6丁目)、谷六(谷町6丁目)、天六(天神橋6丁目)と子気味いい略式地名が揃踏みですね。
ひょっとすると、これらは上方歌舞伎の助六と関連して語呂合いがいいので使われているのかも、、、。そう言えば助六寿司も歌舞伎から広まっています。

日本の略語文化のルーツは歌舞伎から!?

そう言えば、昔のバンド用語、今の業界用語(それらを今頃使うヤツはアホですが)も歌舞伎の楽屋言葉から来ていると聞いた事があります。

そのDNAをしっかり受け継いだ為か、一般の日常会話でも平気で略して使われます。略語というよりも愛称といったニアンスでしょうか。

マクドナルドなら「マック」又は「マクド」。ロイヤルホストなら「ロイホ」。

中には半ば公然と略語を商品名や愛称に取り入れた企業すらありますね。

ファミリーマート → ファミマ (ファミマカードなど)
ミスタードーナツ → ミスド (ミスドカードなど)
日本テレビ放送網株式会社 → 日テレ(にってれ)
株式会社テレビ朝日 → テレ朝(てれあさ)
株式会社テレビ東京 → テレ東(てれとう)

これらは消費者やユーザーが自然に口走ったものが企業に受け入れられた例でかなり歴史が長いですが、最近は自ら略して会社名よりも愛称をアピールするものもあります。

名古屋テレビ放送 → メ〜テレ(2003年から正式愛称に採用)
ならば中京テレビか中部日本放送が「チュ〜てれッ!」(意外といいかも)って名乗りを上げても良さそうなんですが。。。

ちなみに業界では、日テレ(又は4チャン)とかフジ(又は8チャン)とかの愛称で呼ばずに局のコールサインを使って「それなり」に見せる人がいます。
横で聞いていると、、
「あ、もしもし。うん、あ、そう、ゴゴイチで、TX、はい」(午後1時にテレ東と言えばよい)
「あ、ど〜もど〜も、そのせつわッと!え、はい、AXで、はい、はい、う、じゃぁ、はい〜」(では日テレで、と言えばよい)
TBSならRX、フジならCX、テレ朝ならEXなんだけど、CX以外はTBS、テレ朝の場合が多いから複雑。
なんだか車のグレードのようで(車メーカーに言わすと日本人は何とかXと付くのが好きなんだそうです)知らない人にはチンプンカンプンですね。新人さんほど張り切って使うので微笑ましいです。

オーダーを取った飲食店の店員さんなんかもそうですよね。何でも略してる。
専門用語も略語が多いですが、それを覚える事で一人前とされる部分もありますから、それは除外しましょう。

逆に略して同じ愛称になってしまいエリアが変わると通用しないものもあります。

愛知大学 → 愛大(あいだい)→中四国地区では通じない
愛媛大学 → 愛大(あいだい)→東海地区では通じない

サンデン → サンデン交通。山口県にあるバス会社。元々下関市で山陽電気軌道という路面電車を運営した会社が前身。
サンデン → 三共電機。群馬県の電機メーカー。自動車用エアコン、自動販売機、石油暖房機器など。現・サンポット。

外資系であれ、大学であれ、放送局であれ、何であれ、日本の文化に根付くにはどんどん略されてナンボのもんなんですね。

長い前フリでしたが(笑)
ここからが、本日の主題。

先日、ある街の信号で停車していた時の事。
。。。

「うん?」
と目に飛び込んできたのが・・・・・

これも、略語文化のDNAが成せる技でしょうか。。。
公共の案内にまで使うとはねぇ。。。。

ふ〜っ、
って、いいのか悪いのか、わかりませんけど、、、

一応紹介!

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たしかに、目を引く、その効果には、、、

10点差し上げる!

ただ、タダぁ、、、、、
これを外国人になんて説明するかは、、、
ううん、、、

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ピカチュウ(ピカチュー)、知らんっちゅーの。
せめて“チカチュウ”だったら、もう10点差し上げた!

おしまい

2007/8/27

夜の訪問者・・・  月曜:ちょっと舞台裏

灼熱の今夏もそろそろ終わりのようです。
昨日は近所の三箇所で花火大会が同時に行われていてドドドドド〜っと連発する花火の爆音が響き渡っていました。

花火大会と言えば、わが街の花火大会は7月下旬の予定だったのですが、延期されてナント9月下旬とな。
そうです、参院選の投票日と見事にぶつかってしまったわけです
夏休み前半の楽しみにしていた家族連れ、浴衣を揃えて出掛けようとしていたカップル、今年は雨が少ないから商売に期待していたテキヤのみなさん。。。
その楽しみをぶち壊してくれたみなさんの怒りは、投票結果が示すとおり。

某党さん、花火大会を潰したら無党派層じゃなくても「ふんっ!」ってされてしまいますよ。まったくもって気配りの足りない「美しくない国」です。

さて、

夏休みというのはネットの社会でもいろんな影響を与えるものです。
自分の身近なところでは、このブログに御訪問いただいているみなさんの動行にもあらわれています。



このブログに御訪問いただいているみなさんの傾向はアクセス解析からもこちらに伝わるのですが、夏休みの期間は、普段とはかなり異なった動きを示しています。

僕は一定期間をまとめて解析するのですが、お盆明けから昨夜までの状況を見て普段とは違うパターンが多い事に気付きました。
御覧になっているみなさんもこのブログの動行に多少なりとも興味があるかもしれませんね。
本日の舞台裏は、正にココにスポットを当ててみましょう。

データは全て07年8月13日(月)〜26日(日)までの二週間の動行

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曜日別のアクセス解析では月曜日が極端に少なくなっています。これは13日がお盆という事もあってアクセスも100代に留まっていたからと思われます。
週末に向かって増える傾向が通常のパターンですが、この期間は火曜日、金曜日、土曜日がそれぞれ二週合計で1000を超えています。日曜日で900強のアクセスに減りますが、実はこれが通常の数値で、常連さんはいつものパターンで過しているのだから平日の増加分は夏休みと関係して訪れてくれた人達という事になります。

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時間帯別のアクセス解析ではさらにこの時期特有のデータが残されています。
元々、ホームページ時代から御覧になっている常連さんは「昼休み閲覧組」と「深夜閲覧組」にわかれています。最近では「会社始業前閲覧組」の方も増えてはいましたが、この期間では午前7時台に大きなピークがあり、びっくりしました。
普段学校などでこの時間帯にネットを覗かない人達が集中しているのでしょう。
8時台、9時台のピークは「始業前閲覧組」の方達ですから7時台は移動中ですね。

その代わりに夕方の6時〜7台、夜の10時〜11時台はピークが無くなっています。
恐らく平日のその時間帯に御来訪されていたみなさんが朝に移ったという事でしょう。


ついでに、みなさんがどのような環境でココを御覧になっているかも発表しておきましょう。

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OSはWin XPが最多で51.3%、Mac OS Xが5.31%、続いてWin 2000が5.22%、MacのOS9までのバージョンが5.1%、続いてWin Vistaが4.98%、以下Win MEやNT、98を御利用の方と続き、DoCoMo、au By KDDI、Linuxなど様々なOSを使われている事がわかります。

表示に直接影響のあるブラウザは、IE 6.0が最多で59.63%、IE 5.0が10.51%、続いてNS 7.xが3.15%、Firefox 2.xが2.15%、Safari321.xが2.03%と続きます。AOL 7.xなどのブロバイダ専用ブラウザも多くみられ、Opera 9.xや8.xとか、Sleipnir 2.xなど、僕はあまり馴染みのないブラウザもたくさんあり、表示設定には気をつかいます(御覧のブラウザで表示がおかしい場合はお知らせ下さい)。

嬉しいのはまだまだ現役でネスケが活躍している事。NS 4.x、5.x、3.xの方もいらっしゃいます。ネットを始めた頃はIEよりもネスケが好きでしたから。

初めての方が何処から訪ねていらっしゃるのかは沢山あります。

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解析データではブログのトップからカテゴリーやコンテンツに飛ばれた数値も反映されているので正確には2番目以降のリンク先からの御訪問が多いという事になります。既にブックマーク登録されて入られた方の数は反映されていません。

トップはyahoo.co.jp/searchで全体の7.27%。
続いてGoogle.co.jp/searchで全体の5.74%。
次にホームページ(members.aol.com/vibstation/)からで全体の3.32%
と続きます。

みなさん、よくぞココに辿り着いてくれました


さて、最後にこの時期にこのブログの中で移動されて一番アクセスが多かった記事は何でしょう?

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トップページが一番多いのは閲覧後に「メイン」をクリックするとカウントされるので除きます。
すると、二番目がどの記事だったのか、という事ですね。

それは
http://diary.jp.aol.com/vibstation/503.html

さらに三番目のURLも実は
rswbx7nu/20070808/archive
で同じURLだったのです。(このURLはカレンダー内リンクなのでクリックしてもここからは繋がりません)
この二つを合わせると全体の13.04%という事になります。

いろんな事や傾向を教えてくれるアクセス解析。
「今年の夏休み」の動行の一端をみなさんから教えていただけたような気がします。

これからもドゾよろしく!

おしまい

2007/8/26

久飲・・・  日記

今日は起きてから今朝届いていた『青焼き』のチェック。
ず〜っと。
「青焼き」とは出版物の最終校正段階で、本そのもののイメージでまとめられた原稿の事を言うのだそうです。CDのサンプル盤のようなものでしょうか。

完成まで秒読みを迎えたのはコレ
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『レパートリーで学ぶ“ジャズマリンバ&ヴィブラフォン”/監修:赤松敏弘』(ヤマハ・ミュージックメディア出版)
9月14日発売。全6曲スコア&パート譜、演奏法解説、コード演奏ガイダンス、オリジナルコラム、参考演奏CD付きで\3.150。

マリンバやヴィブラフォンをある程度弾ける人が「手を出したくてもなかなか敷居が高く感じて」躊躇する事の多かったジャズ。
コードは苦手で、、、とか、分厚い理論書は読んでるだけでも眠くなる、、とか理由は様々。

アルバム『TIDE GRAPH』や『SYNERGY』のレコーディングで使った譜面に解説(つまり演奏のヒント)を付け、さらにコード演奏のガイダンスと収録曲を演奏するのに必要なコード理論を「基礎編」と「応用編」に分けて付けました(さらに一部の曲には参考演奏CDも付属)。

・今まで「感覚的に」アドリブをやっていた人には根拠とヒントで演奏に自信を。
・マリンバなどのアンサンブルでジャズっぽい曲を探していた人にはコード分析やヒントで自力でアレンジする勇気を。
・本邦初のジャズマリンバ&ヴィブラフォンの実用書。

もちろんマリンバやヴィブラフォン以外の楽器の人や、小編成のアンサンブル曲集を探している人にもお役立ちです。
ドゾよろしく!


と、

完成に向けての最終チェック。

不思議なもので、この段階になって出てくる小さな修正ってあるもんです。
マーキングしながら、レコーディングとはココが大きく違うのだなぁ、と「青焼き」と睨めっこ。
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夕方まで掛かって一応のチェックはピリオド。

よっしゃ〜!


で、午後7時。
ピンポ〜ンと我家を尋ねる客人あり。

隣町に住む悪友マコティーだ。
チャリンコでやって来たのだが、汗びっしょり
今日の夕方は涼しいゾ。
曰く「パンクしてて修理屋に寄って遅れそうだったからグリングリンに飛ばして来た」
それは感心。でも、そんなになるまで飛ばさなくてもいいんだけど。。。

彼のチャリンコは変わっている。

「元々息子のスポーツタイプのチャリ」

かっこいい〜!

「20段変速や!」

かっこいい〜!

うん? 
でもこれは何だ?

と僕が指差したのはかっこいいスポーツタイプのチャリにはアンバランスな
荷台に無骨に取り付けられたママチャリ用の買い物かご!

「・・・・」

「あ、コレ、たくさん物が入っていいんですわ」

「・・・・」

「でもこれ付けたら、息子は二度とこのチャリに乗らんなりました」

「・・・・」

「自転車屋にも言われたんですわ。“ホントに、、コ、コレ付けていいの?”」

「・・・・」

それはともかく、我家に来るのは久し振り。
お互いになかなか時間が合わずだった。
特に彼は今や役職の身。

でも、久し振りだけど何も変わらない。
マコティーとは彼が高校で僕が大学の時からだから人生の半分以上(いや、恐ろしくなるほどもっとだ)の付き合い。高校の頃からちっとも変わらない。
まあ、僕もちっとも変わらないからお互い様だ。

真面目な話〜笑い話〜ビジネスの話〜笑い話〜趣味の話〜笑い話〜食べ物の話〜笑い話〜社会的な話〜笑い話〜ドジな話〜笑い話〜ケッタイな話〜笑い話〜
コロコロと目まぐるしく変わる我々の話題にいつしか家人はノックダウンで別室に退散。

しかもこの 〜 の間は家人と僕の料理を食べまくる。

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ツワモノどもの夢の跡

あっという間に午前1時半。

「え! もうこんな時間!! イカン、明日仕事やったんですよ」
と、突然正気(?)に戻って一目散にチャリに跨って帰って行く。

相変わらずこのパワーは凄いな。

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しっかりとお土産をゲットして(笑)「ほな、さいなら〜」

嵐のような悪友だったが、でも久し振りに飲んだ気がするなァ。
この数ヶ月、ゆっくり飲む時間も無かったし。
これを見て、少なくとも九州で約一名地団駄踏む我々の悪友がいるハズだ。

さて、もう一回「青焼き」に目を通して寝るとしましょうか。
完成まであと少し!

おしまい

2007/8/25

スコール・・・  日記

昨日夕方の東京地方は大気が不安定で晴れ間と雨が交互にやって来る亜熱帯気候でした。
それも完璧なスコール
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余りに凄い雨音に思わずカメラを向けたら雨筋が写るほど。
隣りの競馬場のある街はすっぽりと雨雲に包まれて霞んでいます。

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これで雷が鳴らないのですから、完璧なスコールと言っていいんじゃないでしょうか。

2〜3年前から雨の降り方が変わったような気がします。
この間久し振りに会ったギタリストの話では「道を境に晴れと雨」とか。
温暖化と言われますが、東京は南に3〜400km移動したような気候になりつつあります。

温暖化と言えば、北極の氷が溶けるのは温暖化のせいだけではないのですね。最近ではワイドショーでも取り上げられるものの、正確な情報じゃなく一部分が誇張されて多くの人が誤解してるようです。

調べてみると、北極の氷が溶けるのは海流の勢いによるものが大きい要因のようです。たまたま氷が薄い状態にある時期に強い海流が起こると氷はクルクル回りますね。

冷蔵庫の氷で考えると製氷皿に水を入れてそのまま時間を置くと製氷皿の周りから凍って行きます。氷が固まる絶対条件には「安静」がありますから海流の弱い静かな海でなければならないわけです。北極圏の場合、氷は海に浮かんでいますから「安静」になるには陸地と繋がっていないと浮遊して凍りにくくなるわけです。製氷皿をちょくちょくイジると氷が薄い表層状になってなかなか凍らないのと同じ。

なので今年の北極圏の氷が「溶ける」現象は、陸地との接点が緩く、氷が北極海の中をプカプカ浮遊しているというのです。これは海流が強いという事と風に影響されてのようです。

温暖化の影響がゼロとは言えないみたいですが、海流は常に動きを変えるので、その強い流れが北極海に流れ込んだという事のようです。
「北極の氷が溶けて海面上昇」などと言う報道を見た時は唖然としました。体積の事を考えればそれが根拠のないデマだと誰でもわかるのに。

温暖化を見るなら、森林伐採よりも、排気ガスよりも、もっと自然に大きな影響を出している人間自体を考えないと。僕らが教科書で習った世界の人口は40億弱。それが現在では66億人と推測。人間が大気中に放出する二酸化炭素の量って一体?
その内に「外出時には“二酸化炭素浄化マスク”着用の義務」な〜んて時代が来るかも。。「あら、おたくのタンマス、カッコいいわね、どちらでお求めに?」なぁ〜んてみんなヘルメット着用で外出するようになったら・・・・どうでしょ。

どうも最近、報道を見ていると「マジっすか」と思えるような事が多くないですか?

朝青龍が仮病の疑いでバッシングされているのも、耳にすると何か大人げなさを感じてしまいます。まだ若いのだし異国の地でホームシックにかかる事だってあるでしょう。真意の程はわかりませんが、どちらにしても「出場したくない」という意志をどう捉えるかはセンスの問題で、バッシングするほどのものじゃないはず。

介護医療の問題でも散々コムスンをバッシングしていますが、コムスン問題の根源は介護医療ビジネスの難しさを露見させているのですから、制度そのものに問題があるとも捉えられますね。「合法的」な抜け道という事を奨励する気はありませんが、他に引き受け手の無い介護ビジネスを誰が擁護するのかを見てみると、「違法」ではない「合法」という微妙な選択を取らざるを得なかった企業をバッシングして誰も得をしません。介護医療に関わる人が想像も出来ないような苦労をしているようで、このままでは介護医療業界は年金と同じように崩壊してしまうのでは、と危惧します。

音楽で言えば、最近の学生の口から「音楽療法」という言葉をよく耳にします。
これも難しいビジネスだと思います。
ミュージック・セラピーは欧米では80年代から盛んに大学の授業でも取り上げられていましたが、今一つ「コレ」という物の確立には至っていないような気がします。もう少し様々なデータの蓄積が必要なのでしょう。
日本ではそのライセンスすら確立されていないのが現状で、何をして「音楽療法」なのか明確なビジョンがいつまで経っても聞こえてきません。
中には音楽のボランティア活動やリトミックと勘違いしているような風潮もあり、それではライセンスどころの騒ぎにもなりません。もっと根拠が証明された未知の音楽分野であるべきです。

音楽は聴く人に様々な効果を齎します。
その効果のメカニズムを化学と医学の見地から分析・応用するレベルの音楽教育システムが確立される時期まで、もう暫くは待たなければならないのかもしれませんね。

今日は何だかニュースを見るのが嫌になりました。

明日はきっと晴れるでしょう!

おしまい

2007/8/24


毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第六十二回目の今日は管理のお話しです。

先週の手順に関してコメントの他にもみなさんからメールで質問が寄せられましたのでまとめレスです。

Q.「おへそ」を中心に左右に振り分けるとスケールを弾く時はどのようにすればよいか?(同様の質問全てに対して)

a-1.通常スケールを弾く場合基音から2オクターブの往復(ヴィブラフォンの場合)をどうするかと言う質問ですが、最初の(この場合は基音)音を左手から始めるのが基本と考えて、後はそれぞれに手順を組み立てると良いですね。
通常の音階はオクターブが7音なので左右交互に弾くと1オクターブのところで左右が逆転してしまいます。そこでオクターブ内に何処かでダブルストロークを挿入すればどの基音の位置でも左という手順になります。これがミソです。(どのオクターブ間も同じ手順で弾く訓練)
ターン(下降)する場合は上行最終のオクターブでダブルストロークを省くか、ターン手前に一つ挿入することで解決します。(下降の最初は右になる)

a-2.ルーディメントを導入したダブルストロークの場合は基音側(原則右手)と派生音側(原則左手)の手順に沿ってターン直前にクロス(交互)を入れる場合もあります。ルーディメント応用のダブルストロークについてはこの金曜特集の第二十八回で説明していますからそちらを御覧ください。

いずれも先週の「自分が演奏する方向」という部分の解釈が難しかったみたいで、本論の説明とは連動しませんが、関係があると思えたので回答しました。わからない事を質問してくれたほうが僕も書きやすいので遠慮なくどうぞ。
アドレスはホームページにあります。

それと関連して、スケールの練習をするなら、楽器の全音域を使って練習してみましょう。だって曲の中に出てくるメロディーや音列は基音から順次出てくるわけじゃありませんからね。

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D MajorとEb Majorを例に出しました。
手順は示した通り。これを楽器の最低音と最高音の間に拡張して全調を。
ヴィブラフォンの場合、全ての始まりはFかF#(Gb)という事になります。
全調を練習する内にアベイラブル・ノートスケールのヒントにもなります。
マリンバの人はC以外のスタート音を設定して練習すると良いでしょう。

さて、毎日こうも暑いと楽器にも多少変調がみられます。
まず、楽器を車に積んだままには出来ない、という事。
東京でも37℃とか灼熱で完全に熱帯化してますから車も中はとてつもない温度まで上昇しているわけです。
ヴィブラフォンでもマリンバでも、この熱というヤツは大敵で、ピッチの狂いの原因にもなります。

また、分解出来る楽器というのは、結合部(ジョイント)が多いため、組み立ての時に「あらら?ねじが入らない・・」とか、パーツとパーツの結合が上手く行かないとか、その手のトラブルが続出します。



この間は、車内温度が最高潮に達していたとみえシリコンダンパーの接着部がデロデロになってパッドが剥がれそうになりました。
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両面テープで接着しているので灼熱には弱いのですね。
但し、鍵盤を載せる部分なので組み立ててしまえば事無きを得るのですが。。

炎天下での駐車も禁物です。
楽器を積んでいる時に一時駐車する時は必ず立体駐車場に入れます。
だから1ボックス車はお薦め出来ないのですね。
(防犯上の事もあります)

なのでこれから車を購入する予定の人は、1ボックス車は避けたほうが良いでしょう。

灼熱は楽器に大敵なのです。

おしまい

2007/8/23

ちょいワル風なジャケットの・・・・・・Joao Gilberto  木曜:Jazz & Classic Library

昨日ゴゴイチは『ジャズライフ』誌のインタビューでした。(無事に起き顔で/笑)
新しいアルバム「TIDE GRAPH」の事やヴィブラフォンやマリンバの事など、いろいろと喋ってきましたので発売をお楽しみに。9月14日発売『Jazz Life 10月号』(三栄書房)

さて、

本日はもうお馴染みのジョアン・ジルベルト。
ところが、ちょっとこのアルバムのジャケットに見るボサノヴァの神様は普段とは少し様子が違います・・・

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『Ela E' Carioca/Joao Gilberto』(ORFEON/1970年)

数々の奇行で有名でもある神様ですが、このジャケ写は神様と言うよりも「ちょいワル」風な出立ちで、おやおや? と思わせます。

ボサノヴァがブラジルで盛んに生まれていたのは1950年代の後半、それがアメリカに渡りビジネスに乗って世界中に広まったのが60年代前半。ブームというのは一過性の姿ではせいぜい2〜3年、ブラジルのミュージシャンが大挙してアメリカに移り住んだのもこの頃で、ブームの終焉と共に再びブラジルに戻ったのでした。
その中でも台風の目だったアントニオ・カルロス・ジョビンは作曲家としてマイペースな活動を行っていましたが、もう一方の台風の目(のはずだった)ジョアン・ジルベルトは60年代中盤からしばらくの間はまったく消息不明の時期があるのです。

(はずだった)と書いたのは、スタン・ゲッツと組んだアルバム「ゲッツ〜ジルベルト」は(今となっては)紛れも無くジョアン・ジルベルトにスポットが当たったアルバムと見てもよいでしょうが、当時はアメリカ人に意味のわからないポルトガル語で歌うジョアンよりも、キュートで愛らしいブラジル訛りのある英語で歌っているジョアンの奥さん(当時)だったアストラッド・ジルベルトをアメリカのレーベルが売り出す構図が見え隠れします。

そんな状況であった事は誰でも想像出来るものですから、当然本人はブームが去った後の不遇の時代に陥って行ったようです。アストラッドとの離婚や自分を取り巻く由々しき環境。73年の『おいしい水』やゲッツと再び組んだ76年の『ゲッツ〜ジルベルト'76』、さらに名盤の誉れ高い77年の『イマージュの部屋』という完全な復活までジョアンはまったく消息不明になっていたようです。
このアルバムのライナーノーツによれば、ブームが去った後にアメリカから離れてスペインを放浪していたようです。

その為か、このアルバムは長らく陽の目をみなかったらしく、この「荒れ果てた」出立ちの神様がジャケットに登場しているわけですね。

では、内容も「荒れ果てて」いるのか?

いやいや、これがそんな上辺の事とは別に、実にマイペースなジョアンなのですね。
きっと神様の中では、そんな事はどうでもよかったのでしょう。
精神的には打ちのめされていたと想像出来ますが、それで妙に変わってしまうようでは僕らから神様とは呼ばれないでしょう。
今だって開演時間にステージに現われたりする事のない神様ですから。
だから来日公演のチケットでも「開演時間は目安です」と記載されていましたね。
現実味の無いところに、この神様の魅力はあるのです。

この後に続く「イマージュ」までの作品と比べても何ら遜色がありません。ただ、少しだけブランクの影響か曲によっては珍しく音程が定まっていない曲もありますが、それは続作でどんどん払拭されて行くわけです。

2曲目“ELA E CARIOCA”のイントロで見せるトロンボーンのようなスキャット、3曲目“O SAPO”(カエルという意味)のユーモラスなスキャット、ボサノヴァの真骨頂のような4曲目“ESPERANCA PERDIDA”でも見せるトロンボーンのようなスキャット、さらには後のMPB(Musica Popular Brasileira)に繋がる作家アルベルト&ヴァスコンセロスの“ASTRONAUTA”を取り上げる先進性、ボサノヴァのルーツの一つにあるボレロ“ECLIPSE”(10曲め)など、ボサノヴァがブームから離れて向かうべき流れをしっかりと捉えていた事がわかる興味深い内容です。

秋はボサノヴァの季節。
(南半球のブラジルは北半球とは季節が逆)
ボサノヴァやMPBではよく「3月」が歌詞に登場します。
日本で言えばそれは「9月」。
一番ボサノヴァが心に染みる季節は、もうすぐそこなんですね。

おしまい

2007/8/22

塩梅二題・・・  水曜:これは好物!

まだまだ残暑というには程遠い灼熱の猛暑が続きますねぇ。



普段はあまり塩分がどうのこうの、というわけではありませんが、こうも暑いとやはり身体は塩分を少し求めるようです。

そこで今夜は塩梅二題。
ちなみに塩梅(あんばい)って意外と読めない人が多いのですね。
「うん。いい塩梅」な〜んて言う人も少なくなったから?
でも、なんでも「美味しい〜!」とか「マジうめぇ〜」よりはいいかも。

。。。。
先日、松山からの帰りに立ち寄った「しまなみ海道」。愛媛と広島の県境に架かる多々羅大橋の袂にある瀬戸田SAで目に付いたので買ってみたのがコレ
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『しおもち』本四バス開発(株)飲食売店事業部/広島県尾道市

なんと、バス会社の飲食部門が販売しているという一風変わった商品。千葉県の小さな私鉄・銚子電鉄なども経営危機に瀕して「ぬれ煎餅」をネットでガンガン販売して収益を赤字の補填にまわしてたりします。商魂逞しい運輸業者は好きですから物珍しさ&応援の意味もあって購入。

お土産物というのは、そんなに味に期待してはいけません。あくまでも記念なのですから・・・・・程度の気持ちで帰ってから開けてみた。

夏は冷蔵庫で冷やしてどうぞ! なんて書いてるので冷やしてたんですね。

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開封すると、小さく包まれた「しおもち」が登場。

ま、お土産ですから、、と、家人と一緒に一口パクリ。



こ、これ。

うまい!

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冷やしても固くならずに弾力のある“もち”に、塩梅のいい粒あん(塩餡)。これがいい感じなのです。

「ほ〜う」

もちろん、その日以降数日間に通って来た弟子達の胃袋にもしっかりとお裾分けされたのでありました。


塩梅その2。

これは何処にでも売ってるものなので、しかもたいそうに書くほどの物ではないと思っていたのですが、ちょうどいい“塩梅”なので登場願います。

ごはん、好きです。
いいね、ごはん。
でも、こう暑いとそう食べられるものではありません。

が、

これは、こういう時期に限らずイケるんですね。
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『豆ごはん』カトキチ/香川県観音寺市

今や冷食産業の大手メーカーにまでなった加ト吉食品の冷凍ごはんシリーズ。昔は「冷凍うどん」や「コロッケ」が主力商品でしたが、レンジクッキング品の新商品開発速度たるや他のメーカーが追い付けないほど。続々と生まれるラインナップに圧倒されるのですが、やはり外せないのが冷凍うどん。そして僕はこの「豆ごはん」

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地味ィ〜ですよ〜、決して豪華ではありませんよ〜、コマーシャルでガンガン宣伝してるわけじゃないですよ〜、パッケージだってダサ〜ィですよ〜(失礼)。

でもねぇ。
これ、いい塩梅なんですよ。はい。
僕は小腹が空いた時にお茶漬けとかは食べないんですが、この「豆ごはん」はイっちゃいマス。
豆(グリンピース)と米を繋ぐ塩加減。これが実にいいんですね〜。

偶然にも二つとも瀬戸内海沿岸のメーカーですが、やはり瀬戸内の塩加減が僕にはちょうどなのかもしれませんね。

うん、いい塩梅。

などと書いていたら、ドアが開いて家人が
「いつまで起きてるんですか。明日は取材で早いんでしょ。起きれなくても知りませんよ」

ふん。
せっかくいいい塩梅だったのにィ。。
でも、確かにそろそろヤバイ時間帯に差し掛かっているので、
ここでおしまい



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