2008/5/30

使い方を考えよう!4マレット奏法・・・その5  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第九十六回目の今日は先週からの続きで「使い方を考えよう!4マレット奏法・・・その5」です。

このところオープン・ヴォイシングの話しを連続させていますが、ピアノのように10本の指で自在に音を組み合わせる事が出来ないヴィブラフォンやマリンバにはオープン・ヴォイシングが必須です。

奏法としては現在マレットを片手に3本ずつ、計6本を持つ事がヴォイシングの理屈では可能ですが、実は6本は「臨機応変」なコード・カンピングには向かないのです。
なぜなら、6本の内、開閉を自在にコントロール出来るマレットが何本あるでしょう?
マレットを6本持つだけでも必死で、基音側と派生音側の鍵盤を自在に組み合わせての演奏はほぼ不可能。少なくともクロスグリップでは限界で、インディペンデント・グリップにはその可能性が残っているかもしれませんが、誰かが新しい事を開拓しないと無理です。

コードの勉強をすれば和音としては4個の選ばれた音があれば十分コードサウンドの演出が可能な事がわかるので無理に6本もマレットを使う必要はありません。
たくさん音を出すとそれだけ他の和音楽器やベースの音域との干渉が増し、アンサンブルやバンドとしてのニーズを自ら閉ざしてしまう危険性があるからです。
この点はこれから勉強する人は十分理解してチャレンジしてくださいね。

■モードジャズに見るオープン・ヴォイシング

さて、オープン・ヴォイシングは解説すると(特に譜例などを見ると)厄介な物のように感じる人がいるかもしれませんが、アドリブの物真似をするよりもサウンドの真似事が簡単に出来るのです。旋律となって常に動くインプロのメロディー・ライン(ソロ・ライン)には一人の演奏者でも様々なバリエーションがあり、とても全てをコピーして真似事に至るには時間がかかります。でもそれぞれの奏者独特のコード・サウンドを真似するのはメロディー・ラインに比べればバリエーションも限られていて簡単なのです。
それは法則さえわかれば誰でも「だれだれ風」のコードサウンドが弾ける、という言わば音符に書かれたサウンドの次に簡単に“似た”音が出せるものです。

自分の話しをすると、オープン・ヴォイシングとの出会いはジャズを聴き始めた直後にこのアルバムを聴いてピアノで真似して弾いた事から始まりました。

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『KIND OF BLUE/Miles Davis』(cbs/1959年)

その中の超有名曲の“So What”(マイルス作)の冒頭のサウンドは実にピアノで真似しやすかったのですね。ちなみにアルバムのピアノはビル・エバンス。

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この曲はKey of D minorですが、調号の付くBbの音をナチュラル(13th)にするドリアン・モードで作られています。途中敢然にキーを半音上げてEbm (もちろんこれもドリアン・モード)への転調を行き来する曲で、コードは二つしかありません。

冒頭のピアノのヴォイシングの内、ヴィブラフォンやマリンバの伴奏として使える音域(ヤマハから出版している「レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン/赤松著」などを参照)は上部4声。これをピアノで弾いてからヴィブラフォンに置換えて練習したのですね。なので最初の頃はDm7というコードネームも知らずに「ピアノの白鍵だけで演奏出来る」。「次は黒鍵だけで。でも“ド”はいいみたい」という実に直感的で(笑)あやふやな感じで始めたのです。

今考えると「完全な誤解」なのですが、1小節めの各和音毎にコードネームがあるのものと勘違い。形が違えば何か変わるのだろうと思うのは理論を知らなければ当然の事です。だから譜面に書かれた重音符(和音)は全て個別のハーモニーと思っていたフシがあるんですね。それを高校でコードの勉強を始めた頃まで誤解していたのですから、もう、中学時代は感覚だけで演奏していたと言ってもいいでしょう。
ただ、ラッキーにも、それがモードというコード進行の簡素化を狙った音楽だったので小学生から中学生の時期の耳でも「かろうじて」自分の中ではサウンドや遊びが成立出来たのですね。
レコード(当時はCDじゃなかった)を流しながら一緒に演奏するのもギリギリながら出来たのは最初にモード・ジャズに興味を持ったからかもしれません。

この頃にもう一つ演奏した(正確にはサウンドの真似事をして遊んでいた)曲があります。

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『The Time Machine/Gary Burton』(rca/1966年録音)

先の“So What”はまだヴィブラフォンよりもフルートやギターに興味が沸いていた時期のものですが、ギターのラリー・コリエルを追っかけている内に出会ったゲイリー・バートンの“The Sunset Bell”(バートン作)という曲の別バージョン(元バージョン)を求めて辿り着いたこのアルバムで決定的にヴィブラフォン奏者を志す切っ掛けを得ました。

それが2曲目に入っている“6-Nix-Quix-Flix”(バートン作)という6/8拍子の曲。
この曲のバックでは次のような(今思えば)オープン・ヴォイシングのバリエーションが聞こえていたのです。

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このバックグラウンドの上にテーマのメロディーが加わるのですが、僕の耳はこのバックグラウンドに釘付けでした。
家のピアノでコピーして(当時は家にヴィブラフォンがなかったので)中学の吹奏楽部のヴィブラフォンを口実を付けては放送部で借りて密かに練習(笑)。このバックの音を出すとこれが実に「快感」。ピアノでは得られない“フンコー”があり、一気にヴィブラフォン道へ突入です。

この曲はKey of E ですが4番目の音が半音上がるスケール(リディアン・モード)で出来ています。(途中でEbのリディアン・モードに転調)
スケールの中で僕は一番リディアンが明るいと感じるのですが、いかがでしょう?

ちなみにこの『The Time Machine』はCD化されていないアルバムなので以下のスタン・ゲッツのアルバムで聴く事が出来ます。

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『NOBODY ELSE BUT ME/Stan Getz』(verve/CD化1994年/1964年録音)
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『GETZ AU GO GO/Stan Getz』(verve/CD化2006年/1964年録音)

今日の2曲で見るように、伴奏としてオープン・ヴォイシングを考える時に、一つのコードネームからいくつものバリエーションを作る事がサウンドの面白さの発見に繋がります。
演奏する上でもドリアン・モードとリディアン・モードはアヴォイドノートを含まないスケールなので組み合わせも自在に遊べます。
なので、ここに出した伴奏はその小節に記されたコード・ヴォイシングのバリエーションである、という事を理解し音を出して確認しましょう。出来れば12の調に移調して練習するのを勧めます。

先週のオープン・ヴォイシングと合わせて考えると、カンピングのさらに大きなヒントが広がります。

チャレンジあるのみ。

そして、世界中のヴィブラフォン、マリンバ奏者のヴォイシングも聴き比べ!?
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チェキラ!

おしまい

2008/5/29

隙間に見えるもの・・・Miles Davis & Marcus Miller  木曜:Jazz & Classic Library

そこにある音楽が好きなら今すぐ交流を深めよう!
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さて、本日のLibraryは・・・・

サウンド・トラックと言うとココで取り上げるのには抵抗がある人もいるでしょう。
でも、これはタダのサウンド・トラックじゃないんです。

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『SIESTA/Miles Davis & Marcus Miller』(warner bros/1987年)

映画“シエスタ”のサウンド・トラック。
しかし、クレジットの通り、ここで音楽を演ずるのは言わずと知れたジャズ界の帝王・マイルス・デイビス。そして事実上このサウンド・トラックの采配をしたマーカス・ミラー。

昔のミュージカルと違って近年の映画音楽はシーン展開に合わせて断片的な音楽が多い。ある意味でコマ切れ的、イメージとインパクト優先。つまり音効化しているんですね。
それはあくまでもスクリーンに写し出される「画」が主役であるから仕方ないのですが、中には「画」を見なくともシーンを連想させてくれるような優れた作品もあります。

これはボストン時代に映画を見る前に買ったCDなんですが、最初に音楽だけでどんな性質のストーリーなのか、どんな色調で写された映画なのか、そんな事を勝手に想像してから映画を見る、という経験をしたのですね。
しかも映画は10年以上経ってから・・・という。

元々、ジャズはインスト(ヴォーカルを除けば)としての面白さを追求した音楽ですから、演奏の中にすでにストーリーが形成されている場合が多いのです。
少なくとも、僕が聴いて育ったジャズの大半は、そのストーリーに比重を置いたものが中心でした。やたらとスピードとスリルを求めただけの音楽には興味が無かったからです。

そんな中にマイルス・デイビスという人もいます。
比較的ジャズを聴き始めた初期の頃に出会ったミュージシャンの一人ですが、とても大きな感動と共感を持ちました。

最初の頃に手にした「カインド・オブ・ブルー」というアルバムが決定的にマイルスの虜となる切っ掛けで、その中の“フラメンコ・スケッチ”という曲を小学校の頃に窓の外に流れる雲を見ながら何度も何度も聞き返しては楽しみました。

この人の音楽にはいつも「絵」があるんですね。
グワングワンの大音量ファンク・ビートで連続演奏している時代も、スタンダードを新しい解釈でアナグラムしていた時代も、クール・ジャズを演奏していた時代も。。。

もちろん「死刑台のエレベーター」という映画のサウンド・トラックを本人も演じているのですが、サウンド・トラックでなくても「絵」の見える音楽でした。

なのでこの「シエスタ」を聴いた瞬間にそのサウンドから思い出したのが数十年前に聴いた“フラメンコ・スケッチ”だったのです。

もちろん周りのサウンドは1980年代らしくエレクトリック。世の中にはそんな事に目くじらを立てる人もいますが、僕はどうだっていい、と思っています。
音楽は何もアコースティックだけが優れているわけではありません。
一番大切なのは、その時代のその瞬間に必要な音が存在するかどうか、です。

このアルバムはそういう意味ではとても“聴きやすい”仕上がりでしょう。サウンド・トラックという事で音楽の密度が少ないからか?
いえいえ、そこにマーカス・ミラーという才能が全体を上手くバランスさせているのです。
完全な背景と成り得ないサウンドに隙間を与えて「真ん中」に画が入るスペースを作っているのですね。
それが音楽だけを聴く時、聴き手が安心して入りこめるスペースでもあるのです。
通常のアルバムよりも安心して入れるのですよ。

マイルスのアルバム「カインド・オブ・ブルー」にも「イン・ナ・サイレント・ウェイ」にも「パンゲア」にもそのスペースがあります。それはそこで演じているミュージシャンの為のものなんですが、いい具合に聴き手も入りこめるスペースなんですね。

前に僕はマイルスのアルバムで空白地帯があるとココで書きました。
バンドからジョージ・コールマン(ts)が去ってウェイン・ショーター(ts)が加わってからジョー・ザビヌル(kb)が入るまでの数年間のアルバムです。
ウェイン・ショーターは大好きなサックス奏者なのですが、僕の個人的な好みでは、ウェインが入ってからのマイルス・バンドは、その隙間がウェインの才能で埋まってしまった感じがしてならなかったのです。

この、隙間だらけの「シエスタ」を聴きながら、今はっきりとその事がわかりました。
不思議ですね。

でも世の中のジャズファンはウェインの入ったマイルス・バンドが大好きです。
僕はきっと“あまのじゃく”なんでしょう。
いいんです。それで(笑)

おしまい

2008/5/28

非常時じゃなくてもイケます・・・  水曜:これは好物!

昨日は五月晴れの東京でした。
オフだったので久し振りに昼から聴きたい音楽を聴き、やりたい事をやり、と過していますと、ジリジリと背中からインパクトを与えるモノがいるじゃないですか。

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太陽。

強烈な光線がガラス越しに部屋の中にいる僕の背中を照らすのですね。

気が付けば、もう夏のような陽射し。

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西側のベランダに出て太陽を仰ぐと気持ちいい。我が家の西側のベランダは屋根がないので開放感はバツグン。

そうだ、この光線の感じ。五月のサラっとした風が心地よい中で急に聴きたくなって取り出したのが師匠のこのアルバム。

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『RING/Gary Burton』(ecm/1974年)

パット・メセニーのデビュー作でもあるこの「RING」、この季節になると1曲目の“Mevlevia”(もう一人参加のギタリスト、ミック・グッドリックの曲)が聴きたくなるんですね。ミディアムの五拍子なんだけど、妖艶でエキゾチックな感じがこの五月の乾燥した空気にピッタリ、と高校の時、発売と同時に買ってインプットされたままウン十年。未だに色褪せません。

そうやって1曲かけるとCDは罪深い。LPの時は片面で区切りを付けて「さて、次は何をするかな?」と腰が上げられるのに、そのまま最終曲まで聴き切って至福の時を過してしまう。

聴き終わる頃には太陽も甲州の山々を赤く染めつつ・・・

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この時代(70年代半ば)が色濃く反映されたこのアルバムを聴きながら、初めて生で師匠の演奏を見た事なども思い出しつつ、いやぁ、この夕陽ですから感動的ですらあります。
この時間帯にピッタリの音楽だったのですね。


さて、何だか木曜日みたいな出だしで始まってしまいましたが、本日は“これは好物”。
季節と時間帯に合わせてお気に入りの音楽を聴く、というのは子供の頃からの“大好物”なんですが、それではみなさんが許してくれません(笑)

まったくもって前口上と関係のない方向へワープ!

缶詰。

先日ちょっと触れましたが、今の時代に缶詰ってなかなか“イイ”感じをかもし出しているんじゃないでしょうか。

非常食、という捉え方としても、この先どれだけ天変地異が起こるかわからない様相。少なくとも冷凍食品やチルド加工品よりも生命維持の為に頼りになる存在です。

生命維持はちょっとオーバーかもしれませんが、最近の“缶詰事情”にちょっと注目しているんです。

冷凍食品やチルド加工品が「どれだけ調理品の味と見た目に近付けるか」に焦点が置かれているのと違って、缶詰は“缶詰としての理念”に基づいて長期保存から姿形が出来上っている独特の食文化だと思うのですね。

料理の素材やフルーツ類の缶詰めは「長期保存」一徹主義ですが、調理品を容器に閉込めた類の缶詰加工品は「保存」と「味覚」という難しい共存を狙っている優れた食品の形。お湯が出なくても、電子レンジに頼る事もない英知の結晶。

最もポピュラーなのが「さんま」と「 いわし」の加工品。
これらの蒲焼きは日本が生んだテリヤキに次ぐワールドテイストなんです。

圧力鍋で作られるから骨まで味わえるカルシウム抜群の食品。

まずは定番の「ちょうした」

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『板長さんシリーズ・さんまかば焼きどんどん・炭火焼』(千葉県銚子・田原缶詰株式会社製)

大手メーカーのものもありますが、僕はココのが好きです。東京に出て来た頃「ちょうした」というのは、魚かさんまの別名なのかと勘違いしていました(笑)。「ちょうした」は「銚子」の「田原缶詰」の略(商標の名称)。

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味は濃いめなのでホッカホッカのご飯とかあるとイケます。それもそのはず、この「板長さんシリーズ」はご飯との相性を考えて作られている新作。だから馴染みプラス旨味が増している感じ。魚介専門の加工メーカーなので安心。

ちょっと高めですが・・

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『さんまの蒲焼』(千葉県銚子・信田缶詰株式会社製)

千葉県は優良缶詰メーカーの宝庫です。この信田缶詰は日本で一番最初に缶詰を作ったメーカー。ちなみに名称は「シダ・カンヅメ」で通称「シダ缶」。老舗だからとタカをくくっているんじゃなく「サバカレー」など臨機応変な商品を開発してヒットを飛ばすなどちょっと面白い会社のようです。

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で、この「さんまの蒲焼」は、とにかく食べてびっくり、このままでもOKなくらいの素晴らしい出来。控え目の味と長期保存という難題に真っ向からチャレンジしている。しかもサンマの味を生かしつつ。ううん・・・脱帽。

さんまだけじゃありませんよ・・・・今の缶詰事情は。

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『うなぎかばやき』(東京・明治屋製)

調理用のイールのオイル漬けは知ってましたが、かばやきもあったのですねー。
MEIDI-YAと言えばジャムや輸入食材と高級食材、あるいは子供の頃食べた「かき氷のシロップ」とかがピンとくるけど、しっかりと加工缶詰もラインナップ。

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甘さを控えたシャキッとした醤油味で食べやすい。鰻の「臭い」に敏感な家人もまったく気にならないと御墨付き。味付けは濃いめなのでやはりご飯との相性が良い。

と、魚介類に留まる事なく進化する缶詰の中で最近見つけた究極の品・・・

それが・・・・

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『焼肉・豚塩だれ』(青森県八戸・宝幸製)

「HONIHO」というラベルで見るように現在は日本ハムの子会社としてある宝幸。その青森は八戸工場でのみ作られるこの「青森の正直シリーズ」。その中でもこの「塩だれ」は絶品。
缶詰という概念を吹き飛ばすようなナチュラルな仕上がりに、冷凍食品ともチルド加工品とも違う缶詰の可能性を見るような気がする。
とことん青森県産にこだわった意味もこの出来にあるのでしょうね。
もはや缶詰とは呼ばせないほどの勢いあり!

災害の時に「持ってて良かった〜」必須の品々。
どうせ食べるなら、美味しいほうが少しでも元気が出るよね。
ちょっと缶詰を見直してみましょう。

で、
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おしまい

2008/5/27

郷土料理と・・・・・?  火曜:街ぶら・街ネタ

世界は広い。
土地それぞれの気候風土と共にある音楽文化。
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さて、本日は・・・・街ぶら街ネタ

日本も広い。
土地それぞれの気候風土と共にある食文化を見るだけでも実に面白い。
元々高校の頃から「ワイド周遊券・学割版」の愛好者だったのでふらりと列車に乗ってあちこちブラリ旅を楽しんでいろんな文化に触れられた。(今のJRの“周遊きっぷ”と違って発駅から周遊区間内の急行が乗り放題という素晴らしいきっぷだった)

あちこち行くと必ず気になるのが「郷土料理」。
どの土地にもそれぞれの気候風土が生んだ英知の結晶としての食文化があって、それを巡る旅は今でも飽きる事がない。

そんな中でも、提供されるお店の「しきたり」にインパクトがあった記憶に残る店。それが岩手県の盛岡市にあった。

もうこのブログでも盛岡は何度も出ているように、僕のお気に入りの街なんだけど、今となっては“幻”となったそのお店。なかなか凄かったんですよ。

盛岡市を大別すると、駅前から城趾にかけての繁華街、城趾を挟んで反対側のバスターミナル(ここも昭和レトロチックで味わいがあったけど今はどうなってるんでしょう?)辺りの繁華街と二つに商業エリアがある。そのバスターミナル側の言わば旧市街的な街の一角にそのお店はあった。

その店は悪友“マコティー”からの情報で仕入れたもので盛岡に寄る事が決まった時点で予約しておいたんだ。「とにかくオモロイですから・・味もままイケます」
彼は東北エリアをくまなく駆け回っていた時期があるので、いろんな店の情報にくわしいのだ。

地図を見ても見当がつかなかった(今では盛岡は大体わかるよ)ので駅前からタクシーを飛ばした。

ヤツがオモロイと言うからには期待度大である。

ちょっとした裏通りのような道筋に「南部百姓炉端」(と記憶しているが間違っているかもしれない)という店があった。現在は「南部百姓家」という店が盛岡では有名で実際にその店に入って“どぶろく”の旨さに開眼し重い一升瓶を抱えて新幹線に乗り込む始末。でも当時“マコティー”はコッチが絶対お薦め、という事だった。

「予約制」という事なのでどんな店かと思ったら、重厚な玄関を入ると南部(この辺りの旧名)の古民家風の作り。木の作りながら黒く塗っている独特の雰囲気のものだ。

時代劇に出て来る「紀伊国屋」のような帳場があってジサマが座っている。その先が店内なんだけど、「予約してたんですが・・」と言うと「●番の席へお座り下さい」という。店内に入ってちょっと戸惑う・・・だって客席と言っても土間に据えられた椅子。椅子の前は椅子と同じ高さに一面の床。そう、テーブルではなく、能舞台のような大きな床が目前に広がるのだ。

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民芸調を通り越してレアな店内

「ま、状況設定としては、こんなのも“あり”かな」

取りあえず納得させている内に、他の予約客も入ってきて隣りの土間の椅子に案内される。

予約客で席が埋まると同時に、さっきの帳場にいたジサマがシズシズと後ろの(恐らく)調理場に下がり、しばらくするとアシスタントとおぼしき女性が膳を運んで客の前の“舞台”にセットして行く。

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「床でご飯かぁ。。」

南部鉄で出来た“どびん”が運ばれてくるとセット完了のようである。

「ほうほう、なるほど珍しい郷土料理が並んでいるな。では、頂こうか」

と、膳に手を伸ばし始めた時に、さっきのジサマが目の前の“舞台”に座って何やら口上を述べ始めるではないか。

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「まずは鉄瓶の中のお酒を・・・・・」

あ、なになに、解説付きって事なのね。
じゃ、取りあえず鉄瓶の中の冷酒をコップに注ぎ・・・

う、旨い!

う、旨い、、んだけど、ジサマがまた何か口上を述べ始めた。

「小さな器に入っておりますのは・・・・」

ど、どれ? 小さな器いっぱいあるんですけド・・・ってこれか。

「ミズと申し秋田のジュンサイのような・・・・」

な、なるほど、確かにジュンサイのようなヌメっとした感じ、、、

でも、何だかいちいち説明するまで他が食べれないの?
ううん。。自分のペースで食べたいなぁ、、ううん、、、ダメ?

「次は手前の小鉢にありますハラミとイクラの・・・・」

ダメみたい・・・
あ、これ、これね。イクラもハラミも確かに旨い。

旨いんだけど、なかなかペースっちゅーもんがないと、感激に至らないんだなぁ、コレが。

「上の膳の中央にあります・・・・・」

ジサマの口上は延々と続いています。

まぁ、これはコレで、せっかく来たのだから味も雰囲気も演出って事で楽しめるかもしれない・・・

いや、楽しむ、というよりも、何だかだんだん“ありがた味”のような感じがしてきて・・・

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で、結局最後まで食べて、どれも珍味で味わいもあって、お酒も美味しく、ジサマの口上の南部弁も味わいがあって、旅のヒトコマとしては申し分のない時間だったのだけど、一体何を食べたのか、さっぱり今では思い出せないのでありました。

写真を見ても、コレは一体何だったっけ? という始末。
でもこれも記憶に残る、お気に入りの盛岡の1ページなんですね。

残念ながらその後何度か盛岡に行ったものの、このお店は発見できませんでした。。
今となっては、妙に懐かしくて、前回は腹ペコで行ったのが良くなかったんじゃないかと思い、今度は腹七分にしてから行こうかとも。あのジサマの口上ももう一度聞いてみたいような・・・

誰か知ってますか?

バブルがハジケて東京では急速に“もつ鍋屋”が流行っていたものの、地方ではまだバブルの余韻の勢いがあった不思議な時代のお話し。

おしまい

2008/5/26

実家の謎?・・・・・  月曜:ちょっと舞台裏

本日の“舞台裏”は・・・・

実家に住んでる人なら家の中の様々な事は百も承知でしょう。

「あそこの部屋のドアは閉める時にはコツがいる」とか、「照明のスイッチのオン・オフが一つだけ逆配置」とか、他人ではわからないその家独特のルールというか仕様、しきたりみたいなもの。
最初はごくごくノーマルであっても長年住む内に住人の手が加わって、それがその家独特の仕様となって存在しているんじゃないかな。一戸建てでも集合住宅でも何か一つくらいはその家族によって付け加えられた「おかしなモノ」が潜んでいる、それがそれぞれの家なんですね。

先日、実家(松山)の風呂のリニューアルがあった。
田舎とは言え街の真ん中なので、建て替える時はビルじゃないと認可されない理由から、元からある家を半分ずつに区切ってビルに建替えた。父親が家でレッスンを行っていたので、その大勢の人を受け入れられる場所が見つからず一時的とは言え引っ越す事が不可能だったんだ。

最初は小学校の時。
その時に1階のテナントにジャズ喫茶が入って、それで毎晩大音量のジャズが店の換気扇を通じて聞こえてきて僕のジャズ人生が始まったのだけど、風呂場のある側は僕が高校で寮生活の為に家を出たら「これ幸い」とばかりに建替えたフシがある。そんな感じだから随分経っているので水回りは大幅なリニューアルとなった。

急遽、工事の立ち会いで実家に向かった。
その時に、前から気になっていた事があるのを思い出したんだ。

この家が出来た頃、実際に僕が生活をするのは学校の長期休暇の時に限られていた。その後東京へ出たりアメリカへ行ったりだから、実家にいるのは学生時代の多い時でも年間に数カ月、演奏の仕事を始めてから東京がベースだから年に数回って事だ。

そんなだから、実家の細部は自分の部屋を除くと帰る度に両親の手が加えられているから「慣れる」のに時間がかかる時すらある。
いや、一度だったか、演奏の仕事で実家(松山)対岸の広島で仕事が終わり、楽器は飛行機で運んでくれたので後は身一つで東京へ帰るだけ、という時に「抜き打ち」帰省したら・・・ナント僕の部屋は親の仕事関係の物置き場と化していた事だってある(笑)。

そて、その「前から気になっていた」事というのは、今回リニューアルで崩される風呂場近辺にあった。

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脱衣所のところのタイルに、なぜか一つだけシールのようなものが貼ってあるんだなぁ、これが。

いつからあったのかは定かではないけど、高校時代にはすでに気が付いていた。
何の為のものなんだろう??

その形から、僕は風呂から上がる度に「カマキリとキツネ」の不思議な柄、と思っていた。まぁ、何となくロマンチックでもあるな。

もしもこの家を僕が幼稚園の頃に建替えていたのなら、きっと僕が何かのシールを貼ってそれがそのまま残っているんだろうと思えるんだけど、高校だからなぁ、ありえないなぁ。。。

でも風呂から上がって髪とかを乾かしている内にいつも忘れてしまう。そう、だからって親に聞いたからって何になるわけじゃぁない。そんな調子だからこの事はすぐに忘れてしまうんだけど、たまに実家に帰って風呂から上がった時に目に入ると気にはなっていたんだ。

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まぁ、「キツネとカマキリ」に何の意味があるのか、その時はその謎がちょっと気にはなるけど、またすぐに忘れてしまう。そんな事ってみなさんもあるでしょ?

しかし、流石にリニューアル工事で風呂場とかの内装が崩される前日。その事を急に思い出してちょっとカメラに納めておいた。見納めって意味もある。

リニューアルっていうのはやっぱりちょっと悲しいもんですねぇ。
長年使っていたものが無惨にも壊されるわけですから。
前日に「アレ」を撮っておいてよかった。

しかし、もっと悲しいかな、人間、新しいものにもすぐに馴染むのですねぇ。浅はか、、、でしょうか。

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早速リニューアルが完成した風呂周りは見違えるよう。

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なんせウチよりも新しいんですから(当たり前ですが・・・)

窓のある風呂っていいですねぇ。
ウチは風呂場に窓がないからチト羨ましいゾ!

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予定があるので家人を残し一足先に東京へ戻る直前、思い出して母親にカメラに撮った「キツネとカマキリ」を見せた。

「ねえ、コレ、な〜に?」

パソコンの画面で大きくした「キツネとカマキリ」を見て、母親はキョトンとしている。

「何処にあったの?」

「脱衣所のいつも脱衣篭が置いてあったところ」

「知らない」

え? えええ?

まったく記憶にない、と言う。

ちょっとちょっと、僕はこの数十年も風呂から上がる度に気になってたんだよ〜。
じゃ、これは一生謎のまま、記憶の片隅でいつも亡霊のように出て来るわけ〜。ううん。。。

と、その時に母親が一言。

「それ、ひょっとしたら・・・・何かフックを付けた跡じゃないかな?」

「ふぇ!?」

「裏に接着剤を付けて貼るの。最初の頃にそう言えば何かお父さんがソコに付けていたような、すぐに剥がれたような。。。。」

するってーと、僕はその接着剤の跡を見てロマンチックだとか何だと思いを巡らせていたわけ?

ふぇ〜〜〜

・・・・・・・・

こちらは見て聞いたまんまデス!
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謎とは別に拡大中!チェキラ

おしまい

2008/5/24

暑い!・・・  日記

暑いですねぇ。早くも今日は日中30℃に達しました。
明日には雨で少しクールダウンするようですが・・・

ネットを介した人との関わり合いもいろいろで、頻繁にメールをいただく人もいれば、何年間もズ〜ッと御無沙汰の人も。
先日ボストン時代の友人から突然メールが来て、「ホームページを作ったのでリンクお願いしま〜す」と。
バークリーを卒業してかれこれ20年近く、彼が帰国したというのは知り合いを通じて知っていたし、当時はメールのやり取りもあった。
それから完全に7〜8年は経ってる。

何をしてたんだろう?と、そのHPを覗いてみると、ナント今彼はサウンドクリエーターの世界にいた。J-Popとかの。ヒット曲もいくつかあるらしい。
便りの無いのは元気な証拠、と言うが、たしかにこれは当たってる。
その間に彼も「熱い」季節を過ごしたのだろう。

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暑くってもクールなヴィブラフォンの世界
赤松敏弘MySpace只今全世界的に拡大中!チェキラ!

熱いと言えば、ソフトの世界。
僕がパソコンと関わりを持ってから随分になるが、最初の頃はMacとWinとどちらが優れているか・・・などと、まぁ、車の品評会のような談義が行われていたんだけど、結局専門の業界はMac、オフィス関連はWinという事で住み分けが出来た。

でも、ココで言うWinとはマシーンの事よりも起動するソフトの事だった。

僕がネットに参入した頃、Macはネットスケープ(ネスケ)、Winはインターネットエクスプローラー(IE)がブラウザとして標準。実に明確に住み分けが出来ていたのに、徐々にIEがMacに進出してきた。
マイクロソフト社のソフト戦略黄金期の始まり。

たかだかパソコンと言えども、操作のレイアウトがMacは右基準、Winは左基準だったからどちらかから乗換えた人は戸惑ってしまうものだ。
このMacとWinは左ハンドルと右ハンドルの車の違いに例えるといい。
僕はこれまでに両方の車を運転したけど、結局どちらも慣れれば操作に違和感はない。要は走る道路が右側通行か左側通行か、という事が選択の基準になる。

走る道路があればいいんじゃん・・・

こんどはMacがiPod経由のiTuneでWinの中に入り込む作戦に出た。
音と画像はMacの独壇場だ。業界の基準がMacなのを見ればわかる。

それが証拠にiTuneをインストールすると現在のMac標準のブラウザ“Safari”が着いてくる。
WinでSafariを起動すると、まぎれもなくMacの世界が開く。

熱いソフトの世界は切磋琢磨と新陳代謝がうごめいている。
それはそれで熱くいい事。

でも、言いたい!
お願いだから、旧式ソフトへの対応も継続してちょーだい!
進化に抵抗はないが、進化するばかりが販売戦略じゃないだろう。

「あ。あれは使えなくなりました」

この言葉にブチ切れて「乗換え」に走るユーザーだっている。
もはやパソコンユーザーは成熟期に達している。
用途によってマシーンを選ぶ時代だ。
パソコンの特殊性を求めるんじゃなくてテレビのように日常の器具として使いたい、そう思うユーザーが多い。
ある意味、地デジでもたもたしているテレビを相手にするチャンスかもしれない。

そんな時に、今まで使っていたものがなぜ使えなくなるんだ!
例えばWinのXP。後継ソフトは殆どのユーザーからソッポを向かれた。
XPで十分。そういう人が僕の周りにも多い。
これじゃアナログ放送のデジタル放送化の問題と同じだ。
今まで使っていた物を変える意味とメリットが伝わらない内に「更新」をかけると失敗する。

最初の頃は、進化が珍しく、新しい物に着いて行くユーザーが多かったけど、ゲームを除けば、ソフトではなく使うコンテンツの時代に意識は突入しているような感じ。
iTuneとiPodもコンテンツとシステムの連携でヒットした。コンテンツに辿り着く過程(つまりソフトだ)の事には興味が無く(ストレス無く繋がればどうでも良い?)、コンテンツそのものに魅力がなければ意味がない世界だ。

いわゆるソフトなどは「更新商法」と呼ばれるもので、それは他の分野でも日常茶飯事で、日本の規模だと5年、長くても10年というのが過去の自動車や楽器などの販売実績からも読めると思えるのだけど・・・

「新型です!」

そういって屋根に窓を着けたり、ドアが自動で開いたり・・・・
でも、立体駐車場に入らなかったり、横風ですぐに横転したり、ガソリンを浪費したり、デカイだけで国情に合わない意味の無いもの。そこにユーザーが気付けば売れるはずないじゃないですか。ガソリン価格もその内に200円と噂されるほど“熱い”のですよ。

ねぇ。

おしまい

2008/5/23

使い方を考えよう4マレット奏法・・・その4  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaを演奏する人向けのお話し。第九十五回目の今日は先週からの続きで「使い方を考えよう4マレット奏法・・・その4」です。

毎回冒頭の前口上が長いゾ〜!との御指摘もありますが、、、、

このブログの読者でもあるAさん(イニシャルじゃないよ)からこんな質問のメールが届いた。
「赤松さんのプロフィールには著作権があるのでしょうか?」
内容を要約すると、ある電脳サイトに掲載された僕のプロフィールがHPの著作権を侵害するかもしれないという事で審議されている、というのだ。

思わぬところで著作権の話しが出るものだと思ったけど、通常我々ミュージシャンのプロフィールというのは公開する為のもので著作権は主張しない。雑誌や新聞でソースとして使われる事も多い。
通常外と言うのは誰かが紹介や付加価値としてコメントを寄せた文章が引用されている部分や、キャッチコピー、あるいは使われている写真やロゴ等の素材など「公開のために新たに準備された制作物」には著作権がある、と思っている。また、新たに出稿者のコメント等が付け加えられたものも同じ。

なので「僕のプロフィール文に著作権はありません。但し写真とかはダメですよ」とお返事した。
再度Aさんから「プロフィールを投稿したいのですが、私なりに書いた物を使ってよろしいですか?」というメールと原文が届いた。どうやらAさんは最初のメールの時点で、僕がプロフィールの著作権を侵害する、と動議をかけたと思ったらしい。とんでもない!
Aさんの原文を見ると妙な誇張も脚色もなく、僕のHPのものよりも簡素で見やすいものだったので心良く承諾した。

今週再びAさんからメールがあり「再び著作権を侵害すると言われてしまいました・・」と。
考えてみれば、確かに事前承諾を証明する方法って?
そこで一番簡単な方法としてHPのプロフィール欄に注釈を加え、ここに事の経緯を公開する事で誤解もなくなるでしょう、としました。
微妙な問題ですが、関係者のみなさん、Aさん、よろしいですね?

さて、本題です。

先週コードのヴォイシングに触れたらたくさんの人からメールが届いた。もちろんブログのコメント欄に書込んでくれていいんだけどやっぱり個別に聞きたい部分があるらしい。ここで一つ一つに答えるのもいいんだけど、今日の続きを読んでから、ではどうでしょう。

■ヴォイシングの準備
伴奏(コード・カンピング)と違ってソロ(インプロ)の途中でメロディーに対してヴォイシングするには何が必要か?
まずはコードスケールの解釈とアヴォイドノートの分別、それらから得る「使える音」と「使えない音」の見極め。何だか難しい事のように思われるかもしれませんが、調号とコードの関係を鍵盤を見ながら探ってもよいし、「レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン」(ヤマハ)に書いているように、曲全体のハーモニーをコード化してコードスケールを割出す方法を参考にするのもいいでしょう。無調でない限りどんな音楽でもコード分析は可能なのです。

その「使える音」の中で再三ココで登場しているハーモニー(コード)の中で重要な音。それをまずメロディーに対して伴奏の音域に配置してみましょう。

コードネームを見てソロ(メロディー)はこんな感じで演奏しようとしています。

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(クリックで拡大/以下同じ)

*(余談ながら本日の冒頭の話しとリンクすると、メロディーには著作権が存在するのでココで説明の為に作る譜例には赤松作としてコピーライトを明記しています。しかし、コードのみの表示やメロディーと呼べない音符には著作権を与えていません。コードに著作権を与えてしまうと世の中の音楽を誰かが独占する事になってしまうからです。但しオーケストラなどのスコアは全パートが著作物として適用されます)

各コードのアヴォイドノートを調(この場合は調号が無いのでkey of Cを基準に考える)と照らし合せて割出す。

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それぞれのコードで伴奏の音域にあるトライトーンを割出す。

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この場合は最初のコードで3rdが選ばれるので、以降も近い位置のトライトーンを選ぶ。コードが平行移動しているので各コードとも3rdを選択するのが望ましく、演奏上最も簡単な選択でしょう。


■ヴォイシングをやってみよう!

メロディーの動き(リズムと上下動)に合わせて近い位置の「使える音」を見つける。

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この場合は全て9thで揃ったが、コード進行によって選択する音は変化するので臨機応変に。

同じコードの中でヴォイシングする場合、同じヴォイシングを連続(連打)するとメロディーよりも内声がうるさくなってしまう。そこでそれぞれのコードスケールから「使える音」で一番近い位置にある音を内声に用いるとメロディーを殺さない。

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こうして集めるとコードスケールの内、ペンタトニックスケールとして使える5音を二つのヴォイシングで使い分けているのに気付くでしょう。

さて、そういう事を元に、世界中のヴィブラフォン、マリンバ奏者の演奏を見たり聞いたりすると発見があるかも、ですよ!

チェキラ!
赤松敏弘MySpace 日々拡大中!

この項さらに続く

2008/5/22

5月の空に・・・Ralph Towner(g)  木曜:Jazz & Classic Library

今日はオーストラリアに注目中
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世界の今が見える、聴ける!

新たに今日フレンドシップを結んだオーストラリアのユニット“Mukti”。
その編成(アコースティック・ギター、タブラ、パーカッション&ヴィブラフォン、チェロ)から、微妙に楽器は異なるもののちょっと昔の「Oregon」を彷佛とさせるようなスペース感、それでいてオリジナリティー溢れたオージーらしいサウンドが実に爽やか。お薦めです。

さて、本日はその「Oregon」のリーダーでもあるラルフ・タウナーのギター・ソロ。このところ雨模様が続いた東京もちょっと小休止。五月晴れの予感がするこの季節にピッタリ。

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『SOLO CONCERT/Palph Towner』(ecm/1980年)

ラルフ・タウナーと言えば12弦アコーステック・ギター、12弦アコースティック・ギターと言えばラルフ・タウナー。僕の頭の中は真っ先にその方程式を持ち出してきます。高校時代に大阪のサンケイホールでゲイリー・バートンとの共演を見て以来、四半世紀以上そんな仕組みになっています。

ところが、最近になってラルフ自身がエピソードとして「実は12弦ギターが嫌いで仕方なかったんだよ」という証言があって面白いなぁと思いました。そう言えば近年のアルバム(「Oregon」名義ではなくソロ・アルバム)では久しく12弦ギターを使っていなかったのですね。最新作(現在のところ)で久し振りに12弦ギターでのソロを披露しているのですが、このエピソードはそのアルバムに載っていたと記憶します。

そんなラルフの心中を察する事もなく、少なくとも70年代ECMのタウナー・ファンは僕と同じように彼の12弦ギターに心酔していたのですね。

12弦ギターの妖艶とも言えるサウンドが辺りを支配する1曲目"Spirit Lake"。80年当時国内のギタリストの間でも流行っていたアコースティックギターに持ち替えて綴られるギター友達John Abercrombieの作品"Ralph's Piano Waltz"。再び12弦ギターに持ち替えてこの楽器の効果を余すところなく発揮する"Train of Thought"。この2曲はアバーコロンビーとのデュオが当時の若手ギタリストには衝撃的だったようで、このような音楽を目指したギタリストを何人も知っている。

改めて聞くと、本当に12弦ギターが嫌いだったの?と思うくらい個性を発揮した演奏。

ライブコンサートを記録したアルバムなのに、この臨場感と迫力は凄い。ジャケットに見る限りステージには椅子とマイクだけ。マイクはギターホールとフレットの側、そして少し遠隔に3本のノイマンのマイクがあるだけ。あくまでも録音中心のセッティングで客席の音は控え目に入っているから聴きやすい。わざわざ客席にマイクを立てて拍手を拾っているライブ盤は曲間になるとうるさくて好きじゃない。ECMらしくシンプルだ。

さて、マイルスの"Nardis"なども織りまぜながら最終曲は"Timeless"。
12弦ギターで哀愁を綴るシンプルなこの演奏で幕を閉じる。
こんなシンプルなコード進行でもサマになるギターって羨ましい。

全7曲48分の世界。
70年代と80年代の境目が今にも零れ落ちそうな、この音の隙間が好きだ。

おしまい

2008/5/21

郷愁の味かも・・・?  水曜:これは好物!

人生いろいろ、世の中いろいろ。
誰かの名言ですが、いろいろあるから人生は面白い。
いろいろあるから音楽も面白い。
時代の目撃者になりましょう!

赤松敏弘MySpace
日々増殖中!チェキラ。


さて、本日は“郷愁の味・・・?”なんてタイトルで始まりましたが、郷愁と言っても、どこか特定の土地を示すものではなくってある程度の世代を越えて共有する味。

今二十歳くらいの人まではきっとコンビニのお菓子とかにいつか郷愁を持つ時期が来るでしょうが、僕らの時代はコンビニも全国一律ではなかったし、地方都市では終夜営業の店も街に数軒あればいいほうで、24時間営業は吉野家くらい。だからコンビニから文化が生まれるなんて事はなかった。

そんなだから全国津々浦々にまで浸透していたのは大手製菓メーカーの製品で、それはテレビが文化の中心だった事を示すようにCMで流れる大手メーカーの製品が、今では信じられないけど一種ブランドのような存在性を持っていたんですね。

「マーブルチョコレート」や「ルックチョコレート」、「エンゼルパイ」などね。。。

それに準じた「似たような製品」もたくさんあったな。するとテレビでバンバン放映される大手メーカー品がブランド性を増す、という縮図。

そんなだからか、今でもこの時期に登場した多くの製品は存続していつでも手にする事が出来る。累計すれば本当にメガヒットでしょう。

その後に発売された「新商品」がどんどん消えて行くのとは対照的。

別にみんな「チェルシー」が初恋の味でも、「かっぱえびせん」がやめられないとまらない、わけでもないのに。やっぱり変わらない事が一番なのかも。

そんな中に・・・・
殆どテレビでCMなど流したりしなくてもヒットしていた商品。

それが・・・

「フレーバー牛乳」

僕は牛乳を飲むとお腹がゴロゴロするのでそんなに飲まなかったのですが、牛乳の変化球や〜(彦麻呂風に)の代名詞、「コーヒー牛乳」は好きでした。

コーヒー牛乳好きには雪印派と明治派がいて、僕は少し苦めの明治派でした。
確か雪印は丸瓶、明治は四角い瓶だったと記憶します。

それと並んで、「フルーツ牛乳」というのがありました。

なんのフレーバーをミックスしていたのかは忘れましたが、ミックスの「フルーツ牛乳」「苺牛乳」、「ピーチ牛乳」なんて〜のもありました。

コーヒー牛乳は今でも時々ちゃんと瓶に入ったものが店頭に並んでいるのを見かけますが、「フルーツ牛乳」系となると滅多に見ません。
まぁ、果汁や果実の入った乳製品が溢れているのですから、フレーバー牛乳に手を伸ばす人がどれだけいるか・・・・?

でも、そうなると一度飲んでみたくなるのですね。まったく勝手なもんです(笑)


ところが

あったのですよ、しかもまだ未知の体験ゾーンのフレーバーで。

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『飛騨パイン』(飛騨牛乳・飛騨酪農農業協同組合製)

名古屋から名神に入ってしばらくの養老サービスエリア。
小休止にエリア内をブラブラ。
おや?っと目に入ったのがコレ。
小瓶ながらちゃんと牛乳の姿をしているのは立派です。

牛乳と言えば僕らが小学校の頃に三角形のテトラパックというのが出て来て瓶が姿を消しましたが再生利用が出来る瓶は今の時代でも環境に優しいスグレモノ。テトラパックから四角い容器に変わっているものの、原油に頼る容器から瓶に戻せばいいんじゃないかとも。。

さて、牛乳のパイン味というのは未体験。
はたしてどんな味なのでしょう・・・

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ちゃんと紙の蓋。コレは空けるのが難しい・・・と昔の記憶が蘇ったんですが、案外簡単に空きました。

「ほ〜ぉ」

パインというイメージをデ〜ンと構えていると肩透かし、しかし牛乳だけじゃないこの味覚。それもどこか記憶に残る味・・・・

あ、そうか〜!

コレ、昔の「フルーツ牛乳」に限りなく近いんですね。
フルーツフレーバーの中で甘味として最も使われるモノ、そう、それがパインだった。
嫌味がなくて料理でも違和感無く甘味を演出してくれる。
広島は呉の銘菓「鳳梨萬頭(おんらいまんとう)」(07年10月31日のブログに紹介)のような和菓子系でも大活躍。

そうか、すると・・・このパインのフレーバーが中心となったものが昔の「フルーツ牛乳」だったのかも。

“郷愁の味・・・?”というのを飛騨パインを飲みながら思い浮かべるのでした。

おしまい

2008/5/20

大騒ぎ・・・?  火曜:街ぶら・街ネタ

北米や南米、欧州ばかり向いているのではありませんよ。
近隣の韓国や中国、台湾にもジャズはあります。
まだ数は少ないですがソコにジャズがあればフレンドシップ!

赤松敏弘MySpace 世界的に拡大中!
チェキラ!

近隣でもある中国の四川省大地震が想像を絶する被害をもたらしている事を連日テレビが伝えています。地震を引き起こすプレートの淵にある日本は他人事ではありません。我々には何も出来ませんがダイヤル募金に参加して被災された方々を少しでも支援出来ればと思います。

TBSカンガルー災害募金「中国・四川省大地震」義援金
0990−51−6000

NTTダイヤルQ2のシステムを利用して1回105円の情報料を募金とするもの。通信料は要別途(120秒10円)。残念ながら携帯電話・IP電話・公衆電話からは利用できません。

さて、本日は“街ぶら街ネタ”。

この前の日曜日は朝からサイレンは鳴るわ、防災放送はあるわ、ヘリコプターは飛ぶわ、で大騒ぎでした。
このブログでも書きましたが60年ぶりに発見された不発弾の撤去のためです(5月6日)。

半径500m以内にお住まいの方全員に避難命令が下り早朝から大変だったようです。深夜から病院も例外ではなく入院患者を他の病院へ搬送する為に救急車のサイレンが街中に。

5月6日の記事とテレビなどでの報道は一部が異なるものの、大筋はほぼ一致。爆弾は撃墜されたB29のものだったようです。

こんな時にノコノコと出かけて騒動に巻き込まれるのはゴメンなのでテレビをつけてみると・・・・

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うん?テロップに「1万6千人避難」?
前夜は1万5千人と市の広報が言ってたんですが・・・ま、千人くらいはこういう場合勝手に増えるのは報道ではよくある事。イベントの入場者数やCDの売り上げ枚数など、今の世の中数字ほど当てにならないものはないですから。それに踊らされないように。

驚いたのは、その爆弾の発見場所。

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せ、せ、、線路からたったの2m!?

右の線路が京王線の上り本線。
こ、、、、こんなに近かったとは・・・

その地中約2mのところに埋まっていたのですから、今まで数分おきに行き交う電車の振動でよく爆発しなかったものだと・・・
ちょっとゾッとしました。

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前夜車に乗っていた時に聞いたラジオによれば、同じような不発弾は1発ではないかもしれない的な発言もありました。京王線沿線という事ではありませんよ。
それほどB29による空爆は激しかったという事です。
戦争は嫌ですね。

さて、作業は優秀な自衛隊の処理(これまで数万回の不発弾処理で一度も失敗がないそうです)で無事に30分で終了。昼前には避難命令も撤回され、午後は普段の日曜日に戻りました。

やれやれ。

と、一つ気になる事が残りました。

前夜車のラジオで聞いたんですが、今回の不発弾処理に関して、もしも(もしもですよ)作業中に事故で爆発した場合の保障に関しての質問があったのですが・・・

「もしも事故が起こって爆発し器物等に破損等の損害が出た場合の保障はどうなるんですか?」

この問いに関しての回答は次のようなものでした。

「保障はありません」

つまり戦争という異常事態である事、自然災害ではない事からだそうです。
確かにこの爆弾は米軍の物だが打ち落としたのは日本側であるという証言もあり、責任の所在は定かでは無い、という事なのかもしれません。

歴史は更新されているのではなく、地中に埋もれた不発弾のように戦争の上に歴史は重ねられているのですね。

もう一つ気になる事・・・

「この避難世帯の方々の避難場所は確保されているのでしょうか?」

という質問に対して。

「特にありません。行く先のない方には近隣に避難場所を設けていますが・・」

という。

1万5千人分の避難場所は確保されてなかったというのですね。
微妙だったのが「強制避難命令」ではなく「自主的避難」を促しているようで最後まで「命令」とか「強制」という言葉が聞こえなかった事です。

「この地区は避難する事になりました」

過去形であちこちに掲げられた不発弾処理に関する広報。
何だか事後承諾みたいで妙なんですね。
もちろん「強制」とか「命令」とか軍隊のような口調が良くないのはわかっているんですが・・・

行き先の無い人と言われても、自主非難出来る人もいればそうじゃない人もいるだろうし、難しい問題です。避難に介護が必要な人には市の職員やヘルパーさんが総出で避難場所まで移動させたのは申し分ないのですが、要はこれが「命令」なのか「自主的」なのか微妙に感じた人達。「義務」という解釈もありますね。

平和というのは何事にも代え難い尊いものですが、果たしてこんなに緩〜い感じでこの先に大災害が起こった時は大丈夫なのかしらん?と。

前提に「善良なる市民に向けて理解を求める」があって口調を考えたのでしょうが、災害時のパニックを鎮める広報(今回は災害ではなかったが)としては優しすぎるようにも思いました。

パニックの時は、誰に着いて行けば良いのか、どの情報を信じれば良いのか、というき然とした物が準備されないと今の日本人ではダメかな・・・

連日の四川省の大地震報道を見ながらフト思うのでありました。

おしまい



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