2008/7/31

“AOS PES DA CRUZ”の聴き比べ・・・  木曜:Jazz & Classic Library

今夜は外を歩いているとなぜか秋を感じてしまいました
これから夏本番というのに、確実に季節は秋に向かっているのですね。
それともあのジメジメした梅雨からやっと解放されて、忘れかけていた清々しさがこれなのでしょうか。

ちょっと早いですが、秋と言えばBOSSA NOVA。
夏の夜から秋にかけて僕のモードはボサノヴァに切り替わります。

そんな好きな季節の兆候を歓迎して、今夜は珍しく“夏の夜の聞き比べ”など。

“AOS PES DA CRUZ”という曲が先週末くらいから頭の中で何度も再生されているんですね。ボサノヴァのナンバーとして有名な曲ですが、“WAVE”や“CORCOVADO”などのポピュラー全集に載るような大ヒット曲ではありません。少しボサノヴァに興味がある人にとっての有名曲。

“AOS PES DA CRUZ”(アオス・ペス・ダ・クルス)はどんな意味の曲名なんだろう?とちょっと調べてみたら、“十字架のもとで”という邦題がありました。
ボサノヴァの曲はポルトガル語なので僕にはさっぱりわかりません。
でもこれまでで一番長い時間聴いている音楽かもしれません。
だから歌詞を聴いて楽しんでいるとは到底思えないのですが、なぜか相性の合う音楽なのですね。

訳詞があったので見てみると、、んまぁ、この音楽に“つきものの”恋愛沙汰です(笑)。
ある意味で女々しい音楽なのかもしれませんが、ここまでベタな歌詞だと、かえって哲学的かもしれません。だって殆どの歌詞には“おネィさん”しか出てきません(爆)。
もっとも訳詞ですから、、、、いや、訳して何とかしてもこれが限界だったりして(笑)
要するにボサノヴァは軟派で肯定的な音楽、いや、ラブソング。後年のBPMとしての発展では哲学的でもあるんですが、源流には「ありのまま」「本能のまま」があります。

“AOS PES DA CRUZ”を演奏している手持ちのアルバムで一番古いのが、やはりボサノヴァを作った神様のこのアルバム。

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『THE LEGENDARY JOAO GILBERTO』(EMI/1995年)

発売は10年ほど前ですが収録されているのはボサノヴァがこの世に躍り出た1958年から61年の間に記録された音源が集められています。
大ヒット曲のオリジナル録音からひっそりと録音された(当時はレコードなのでB面が該当)名曲まで、実に38曲も録音されているお宝。ボサノヴァが知りたければ一家に1枚の必需品。

“AOS PES DA CRUZ”(1959年録音)はこのアルバムの中でも比較的地味な曲の部類に入ります。ジョアン・ジルベルト27歳の若き歌声。
「歌は祈るように歌わなければならない」という彼の言葉のとおり、無駄に大声を張り上げる事なく、淡々と、それでいて正確に難しい音程を苦もなく軽やかに。
ボサノヴァ唱法がすでに完成している初々しい“AOS PES DA CRUZ”。

ちょっとこの神様の“AOS PES DA CRUZ”を聞き比べてみましょう。

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『AO VIVO/JOAO GILBERTO』(epic/1994年)

ジョアン63歳の時のライブアルバム。(1931年6月10日ブラジル、バイーア州ジュアゼイロ生まれという説が有力)
いきなりブリッジ(サビ)の部分から歌い始める“AOS PES DA CRUZ”。
オリジナル“AOS PES DA CRUZ”から35年後の姿。
確かに声もキーも下がったけど、「祈るように歌わなければならない」という彼のポリシーは少しも変わらない。
ボサノヴァ唱法を作っただけでなく、今日でもボサノヴァといえばみんながギターで奏でるあのシンコペイトしたリズムも、実はサンバで使われるタンブリンの奏法をギターに応用してジョアンが作った。
円熟の歌と共にギターもここでは情熱的。

さらに“AOS PES DA CRUZ”となると、ジョアンが続く。

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『JOAO GILBERTO in Tokyo』(universal/2004年)

突然やって来て僕らを驚かせた2003年9月の“初”来日のライブ盤。
もちろん行きました。神様が来るなんて予期してませんでしたから。
会場にどれだけ知り合いのミュージシャンがいた事か・・・・そんなアーチスト公演は他にありません。
広い東京国際フォーラムを埋め尽くした聴衆が1時間遅れで到着(これは毎度の事で文句を言うような奴は一人もいない)した神様を熱烈に歓迎してから5年の歳月が流れた。

このテイクでは「祈るように」にさらに磨きがかかっているように聞えます。
ジョアン72歳。
この人ほど年齢なんてどうでもいいと思わせてくれる人はいません。
歌手の多くは歳と共に歌う歌が変わって行きますが、ジョアンはまったく変わりません。
歌は一生の変化が一番現れる“声”と共にあるわけで、若いときだからとか歳をとったからとかはただの言い訳にしか過ぎないようです。

“AOS PES DA CRUZ”はアルバムで最終曲になる事が多い。
やはり何かこの曲に対しては本人も思い入れがあるのだろうか。

ある日本の歌手の人が「日本語の歌詞であるがゆえに世界進出できなかった」と言う話しを聞いた事がありますが、それは間違い。
皆目わからないポルトガル語を歌う神様にどれだけの人間が惹かれている事か。
歌は歌であると共に音楽として聴かれているわけですね。
音楽が良ければ世界中で受け入れられるはずです。


さて、ジョアンばかりでは聞き比べとはいえませんね。

もうひとつはコチラを・・・

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『QUIET NIGHTS/MILES DAVIS』(cbs/1962年)

マイルス・デイビス(tp)とギル・エバンス(arr)の共演の中でも一番地味な評価のこのアルバム。制作側がボサノヴァ・ブームに乗ったアルバムを作らせたいと持ちかけたという逸話も聞きますが、その思惑とは裏腹にマイルスとギルの個性がこれほど光るアルバムも珍しい。
ハープまで使ったジャズ・オーケストラの作品は滅多にありません。
僕はコレ、愛聴盤です。

“AOS PES DA CRUZ”は3曲目に収録。
その前の“ONCE UPON A SUMMERTIME”(2曲め)があまりにも感動的に美しい作品に仕上がっているので、次にくる曲は難しいと思うのだけど、“AOS PES DA CRUZ”が何とも自然に入ってきます。

メロディーにはオリジナルでジョアンが口笛を吹いていた部分も現れるので『THE LEGENDARY JOAO GILBERTO』に収録された1959年のジョアンの演奏を元にギルがアレンジしているのでしょう。
聞き比べの最後に相応しい“AOS PES DA CRUZ”です。

世界のミュージシャンを聞き比べ
赤松敏弘MySpace
“AOS PES DA CRUZ”で検索するといろんな演奏が聴けるゾ!

おしまい

2008/7/30

いざとなったら、コレも好物!続編・・・  水曜:これは好物!

ここ3〜4年で東京の雨の降り方が変わってきました。
前日には神戸と金沢で甚大な被害をもたらした雨。被災された方に心からお見舞い申し上げます。

昨夜も新宿区と練馬区で局地的な集中豪雨。JR山手線もストップ。雨に強いといわれるサッカーの試合すら中断(その後中止)という強烈な雨と雷。
でも一歩新宿区を外れると殆ど雨らしい雨は降っていません。

確か3〜4年前の夏に赤坂近辺だけの集中豪雨に遭遇した記憶がありますが、完全に亜熱帯地域のスコール化しています。

いつだったか「新宿雲」(ブログ内検索でワード検索してみてください)のタイトルで副都心の上空にだけ雲が出来るのをカメラに収めましたが、どうやらそれと同じ原理で局地的な雨や雷を引き起こすようです。

こうなると予測も何もあったものじゃありません。ものの10分くらいで急速に積乱雲が発達するのだそうです。
これをただちに地球温暖化と言うのは軽率ですが、日本の気候が亜熱帯化しているのは、みなさんもここ最近感じているのではないでしょうか。

さて、

ミリメシというのを御存知でしょうか。
最近密かにブームなんだそうです。
そういえば、先日立ち寄った中央高速の石川SAでも「ミリメシあります」な〜んて看板を見掛けました。

このブログで「いざとなったらこれも好物!」(08年6月18日他の記事で掲載)などと、非常時に心強い味方となる“カンズメ”に着目したりしてましたら、その方面の関係者の方から「じゃ、コレどうです!」と頂いたのですね。

そう、ミリメシとはミリタリー(軍隊)の非常食。正式には「レーション」と呼ぶのだそうです。
一般に売られているのはパッケージデザインも普通の缶詰ですが、やはり戦地でも目立たないデザインという事で御覧のとおり。

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そりゃそうですね、派手なデザインじゃ目立って相手に居場所を知らせるようなもの。
このダークグリーンに黒文字ですから、何が書かれているのかもなかなか判別できません。
(ちなみに、これは売り物ではありません。あしからず)

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中でも評判との「たくあん漬け」に挑戦。

もちろんプル缶ではありませんから“缶きり”でオープン。

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ほ〜お!

固まりが昆布の出汁に漬かっていますから、取り出して切らなければ。

一口・・・

う、、う。。っまい!

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しっかり味付けされているのに、くどくなく、あと味はスッキリ!
一般のスーパーなどで売られている漬物よりも旨いかもしれない。

過酷な状況下でこの味に触れると、きっと元気になる事間違いなし。
これが人気というのも納得です。

災害時の非常食にもなるんでしょうね。

やはり「味」というのは、非常時にどんな大金よりも心の支えになるんじゃないかと、改めて感じさせられました。

「いざという時に、好物が一つでもあると心がリフレッシュされる」

缶詰を見直す時代になったようです。
一家に美味しい缶詰の常備を!

世界が平和でありますように・・
赤松敏弘MySpace
音楽も缶詰に負けないゾ!

おしまい

2008/7/29

あ・・・ホントは。。。  火曜:街ぶら・街ネタ

街の中には、まぎらわしいモノもたま〜にあります。

例えば・・・

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どこからど〜見ても“お城”ですね。

しかし・・・

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ある時は草原を爆走し、

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ある時は山間を激走し、

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ある時は海沿いのカーブを車体を傾けながらスラロームよろしくスイスイ〜っと駆け抜けた特急が向かうは今治市。

海沿いを走る車窓をカメラに収めようとする人も多い車内に「まもなく今治に着きます」という車内放送が流れ、街並みが見えてくると一気に高架を駆け上がった電車がホーム進入で少しスピードを落とし始めた頃に、突然車窓左側前方(下りの場合)に見えてくる光景。それが冒頭の写真。

「これはブログのネタかな?」と僕がカメラを構えておりますと・・・

「あ、お城だ」パチリ!

僕の後ろの席からカメラのシャッター音が。。
どうやら僕がカメラを構えていたのに気付いて撮ったようだ。

「今治城ね」カシャッ!

そのうちに車内のあちこちからシャッターを切る音が・・・

「ほ〜お」パチリ!

車内の空気につられた横の席の爺さままでも写メール。

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日本全国何処へ行ってもランドマークの筆頭となるのが「お城」。
愛想のない建物に比べれば立派だし、よく見れば一つも同じ形のものがない。

平地にあるとなかなか見つけにくいが、ちょっと小高い丘や山にあると旅の記録として格好の被写体に。確かに「お城」は日本独特の建築様式だからね。

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やがてホームに入る頃には周りの建物に隠れて見えなくなってしまう。

でも・・・

僕は知っている・・・

あの建物は・・・・

城なんかじゃない。

だって、、よく見てごらんなさい。

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屋根の下に何が見える?

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もうおわかりですね。
そう、これ、実はマンションなんです。
最初は丘の上の一棟だけだったのが、いつの間にか周辺に何棟もの「お城形マンション」が建ち並び、まるで本ノ丸に二ノ丸に、、、と遠目には城と見紛う様相に。

これじゃ、何も知らない人はすっかり「今治城」だと勘違いしますね。

ホントの「今治城」は・・

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駅を挟んだ反対側。そうです、さっきまで座っていた爺さま、アナタの席のズ〜ッと向こう側、ビルに隠れて車内からは見えないのです。

でも、ココを通る度に「あ、お城だ」という声を聞きますから、一体何人くらいの旅人が「お城マンション」を今治城と思っているのでしょうね。

え?アンタがややっこしいところでブログネタにカメラを構えるからだって?

す、、、、、、
、、、スマソ。。

お詫びに・・今治市は、岡山から特急で約2時間。松山から同35分。古くから瀬戸内海の海運業の中心として栄えた港湾商業都市。近くに瀬戸内海大橋(通称:しまなみ海道)があり、瀬戸内海の三大橋の中で唯一歩行者・自転車の通行可。歩いて瀬戸内海を渡るウォーキングが人気。穴場的には「焼肉焼いても家焼くな!」の日本食研の本社があり、工場見学が人気(かなり凄いらしい・・・)。本物の今治城は港の近くにあり海水を引き込んだ堀と五層の天守閣がある。
しまなみ海道をウォーキングして、お腹が空いたら日本食研へ直行(但し要予約)。夜はこの街の名物“焼き鳥”を。普通の焼き鳥と違って鉄板で焼く焼き鳥が美味。
なんだか「お城マンション」といい、型破りな「日本食研」(そういえばココの工場も西洋の“宮殿”を模したもの)といい、鉄板の「焼き鳥」といい、この街は一筋縄では行かない気配・・?

夏休みの1ページにドゾ!

こちらはフェイクじゃありません。
赤松敏弘MySpace
チェキラ!

おしまい

2008/7/28

アルバム・ジャケ写のタネ明かし・・・  月曜:ちょっと舞台裏

暑いですね〜。。。
まぁ、夏ですからこれでいいんですが。

夏の副産物でしょうか、昨日帰ったら夕陽が一段と綺麗でした。
大気が不安定で全国的に荒れ模様のようでしたが、駐車場に車を止めた時にはまるで北欧の白夜のよう。
西の空に映えた夕陽が上空の厚い雲に照らされて乱反射、すっかり陽が暮れているのにその夕陽の乱反射で辺り一面が明るいのです。
直接太陽に照らされるわけではないので影というものが出来ません。
影のない、まるでハレーションの世界を歩くみたいな、それは不思議な光景でした。

さっそく家に駆け上がり、西の空を見ると・・・・

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「7月27日の夕焼け・東京自宅より」

刻一刻と赤味を増す夕焼け。

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ちょっとした自然界のショーです。

そうそう、実はこの方向にある被写体。
これがアルバムのジャケットになっているのですね。

2005年10月発売のアルバム『FOCUS LIGHTS』(VEGA)。1曲めの“Nostalgia”は発売直後から「お気に入り」に入れてくれた人が多く、MySpaceでも海外から一番反響の多い曲です。
このアルバムのジャケットの被写体、それが我家からこの方向に。

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『FOCUS LIGHTS/赤松敏弘』(VEGA/2005年)全国の有名CDショップやサイト、amazon.co.jp、やau「着うた・着JAZZ」softbank「着JAZZ」、iTunes Storeなどで好評発売・配信中!

アルバムのジャケット写真は殆ど自分で撮った素材をデザイナーさんにお願いして使ってもらっています。
元々、音楽を自然の中で聞くのが好きだった事や、音のイメージにそのような空間的な連想を持てる音楽が好きだった事、過去に自分のアルバムのジャケット写真選考に立ち会う機会があり「自分で撮ってみたいなあ」と思った事、デジカメという文明の利器が生まれた事、、、そんな要素が作用して近年のアルバムは自分でジャケ写を撮る事に。


初の自己ジャケ写採用作品↓
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『STILL ON THE AIR/赤松敏弘』(Three Blind Mice/2003年)


で、昨日の夕映えの中でその被写体の種明かしを・・・・

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この夕映えの下にタネ明かしが、、


「フォーカス・ライツ」の時は、同時にアルバム「シナジー」のジャケ写素材も撮っていました。(これは2007年7月2日のブログで種明かし済み)

アルバムのタイトルはレコーディング中には決まっていましたから、後は「顔」となるジャケットをどうするか、です。
僕は自分の音楽が日本で生まれているので「顔」は必ず自分が知っているモノであるべき、というささやかな主張があります。
自分が知らないモノや見たこともないモノは使いたくない、という。

で、

いろいろと時間のある時にデジカメに被写体を納めていたのですが、「フォーカス・ライツ」というイメージになかなか合う素材が出てきませんでした。

ううん。。。

と悩んでいたある霧の深い早朝。
(こんな事をあれこれ考えるのは深夜〜早朝と決まっているのです)

霧のおかげで?普段ならバリバリ元気な朝陽が、弱々しく昇るか昇らないかという時間帯にリビングの窓を開けて白々と明けて行く空を見ていたんですね。
何の気もなく傍らにかったデジカメで隣り街の方向にファインダーを合わせようとすると、これが霧でなかなか合わないんですよ。オートフォーカスで撮ろうとすると。

ピント、フォーカスが合わない。
うん?フォーカス?

普段なら手動モードに切り替えてピントを合わそうとするのですが、
「ちょっとまてよ?」
と思って、そのままオートフォーカスで霧の景色を撮ってみました。

案の定まだ太陽が昇りきらない朝霧の中で、オートフォーカスがピントになる光体を探してウィ〜ンウィ〜ンと呻きながら迷っています。
その中で隣り街のある光景のところでオートフォーカスの「呻き」が一段と激しくなるんですね。

それがココ。

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三棟の高層建造物の上にある、赤いパイロットランプと、高速道路の黄色い照明。
朝靄の中でそれにオートフォーカスが反応するのですね。
それとて弱い光体ですからピントが「滲む」わけです。
でも、その滲むのがなかなか良くて、「コレだ!」と。

つまり、オートフォーカスいじめ?(笑)

偶然とは言え、明け行く蒼い空と滲んだ光源。
「フォーカス・ライツ」というタイトル直球のショットの誕生。

あまり直球ストライク的なジャケット・デザインは好みではありませんが、この「フォーカス・ライツ」に関してはこのような遊びの中から生まれたので良しとしています。

未来へのフォーカスは
赤松敏弘MySpace
チェキラ!

おしまい

2008/7/25

ちょっと臨機応変なドミナントコードのヴォイシング・・・  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第百四回めの今日は『使い方を考えよう!4マレット奏法』シリーズその11、「ちょっと臨機応変なドミナントコードのヴォイシング」です。

先日弟子の演奏を聴く機会がありました。
まぁ、当たり前と言えばそれまでですが、演奏にどこか似たところがあるもので、聴いていてその心理までもが手に取るようにわかって、ちょっと照れくさかったです。そんなものなのでしょうね。

他の師匠のお弟子さんの演奏も最近見ました。
もちろん僕はその師匠をよく知っているので、動作から何まであまりにも「くりそつ」で、思わず笑ってしまいました。
いくらなんでもあそこまで「くりそつ」な弟子はいないなぁ、と。
面白いですね。

かつてバークリー時代に、学内のリサイタルやコンサートをやっていると、時々師匠のゲイリー・バートン氏が聴きに来られました。
ある時、盟友小曽根真氏をデュオコーナーのゲストに迎えて、当時のバートン氏のデュオレパートリーを二人で演奏していると、知らぬ間にバートン氏が客席で聴いているのを本番が終わってから気付いたのですね。
滅多に生徒の演奏を聴きに行かないバートン氏(もっとも学校の激務で時間が無かったのが真相ですが)だったのでちょっとびっくり。
しかもあのバートン氏がまるで「巨人の星」の星由理子(字あってるかな?)のように柱の影からひっそりと・・ですよ。「頑張るのよ、飛馬!・・・」みたいに(笑)。

小曽根氏が終わってからバートン氏に「デュオどうやった?」と聞くと、「何だか不思議な感じがしたよ。とても新鮮」と。自分が普段やっている曲を、目の前で自分以外のプレーヤーが演奏するのを見たのが初めてだからとても不思議な気持ちだったそうです。
あれから20年経った今、その気持ちがよくわかります。

さて、未来のマレット・プレーヤーの前に今日は「難題」が立ちはだかります。
それは、、、

「ドミナント・セブンス・コード」

ヴィブラフォンやマリンバのコード観念はピアノとまったく同じです。
しかし、同時に発音出来るヴォイシング数が最大4音(6本マレットはカンピングには向かない)なので一工夫が必須です。

メジャー・セブンス・コードやマイナー・セブンス・コードはダイアトニック・スケールコードを見ればわかるように、その位置(ディグリー的な)によってコードスケールの形が固定されているので、調性さえ見失わなければノープロブレム。カンピングのヴォイシングもアヴァイドノートを割出してサクサクと演奏が可能です。

ところが、、、、

ドミナント・セブンス・コードは一筋縄では行かない「臨機応変」なもの。コードスケールの割出しでも一苦労。当然カンピングのヴォイシングでも一苦労です。
端的に言えば、「ドミナント・セブンス・コードを征服すればジャズの8割はわかる」とも。

■ドミナント・セブンス・コードのヴォイシング

通常の位置(曲、叉は機能的に調のV7)にあるドミナント・セブンス・コードのヴォイシングは、アヴォイドノートを除いたコードスケール上の音を組み合わせばよいので省略します。それらのメカニズムはこれまでに触れたMaj7などのヴォイシングや、『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』(ヤマハ)巻末にある「コード基礎編」を参照して下さい。

ここでは通常とは違う形を持つドミナント・セブンス・コードについてヒントを記します。

(1)ハーモニック・マイナースケール・パーフェクト・フィフス・ビロウ

長くて舌を噛みそうな、それでいてジャズの曲を演奏すると、しょっちゅう登場するこのコードスケール。主にマイナーのV7(b9)として使われますがアレンジとして突然登場する事も。コード表記ではV7(b9)とb9thを掲げますが、実際にはb13thもコードスケールに含まれています。b13thはコード表記で省略される場合が多いのでコードスケールのアナライズが必要なのですね。略してHMP5と呼ぶと舌を噛まなくて済みます(笑)

・b9thのみをヴォイシングに含めた例

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(クリックで拡大/以下同じ)

この場合トライトーンをどこに配置するかでヴォイシングの音域が決まります。通常はあまり高い音域へのヴォイシングを避けます(目安としてはD辺りまで)。
一小節めと二小節めのヴォイシングがカンピングとしては好ましく、ソロの途中にメロディーがEbになった場合などは三小節めのようなヴォイシングも出て来ます。
但し、この例では残した5thの音をb13thに置き換える事もありますが、二小節めのようにヴォイシングの最低音に(5th → b13th)という配置をすると、ベースラインとの干渉(他のコードではコードトーンの半音上の音はアヴォイドノート)が起こるので避けます。


(2)リディアン・フラット・セブンス

曲の途中に別の調のドミナント・セブンス・コード(セカンダリー・ドミナント)を置いて気分を変えるのはジャズやポピュラーではお馴染み。特定の調に属さない証にドミナント・セブンス・コードのコードスケールからアヴォイドノートを取り去ったものがリディアン・フラット・セブンスと呼ばれるコードで、これもお馴染みのコードですね。

・コードスケール内のもう一つのテンションとの組み合わせ

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トライトーンをどこに配置するかが決まれば後はコードスケール上にあるテンションを一つ選んでヴォイシング。このコードにはアヴォイドノートがないので様々なバリエーションが考えられます。
好みになりますが、二小節めのヴォイシングは内声で3rdと#11thが至近距離の配置。間違いではありませんが、やや#11thが強調されるので使う場所を選ぶかもしれません。


(3)コンビネーション・オブ・ディミニッシュ

これも頻繁に登場するドミナント・セブンス・コードです。主にメジャーの調に向けて展開する時に使われますが、HMP5と同じくアレンジとして突然登場する事も多いです。

・組み合わせは自在。但し調性が感じられる範囲に留める工夫を

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コードスケールを見ればコードトーンの間にテンションがたくさんあります。しかしコード表記ではHMP5と同じようにV7(b9)としか書かれてない場合が大半。メロディーや調号、前後の調などからのアナライズが必要。

b9thと書かれていてもコードスケール上には#9thもあります。#9thはかなり特徴のある響きなのでコンビネーション・オブ・ディミニッシュを強調する場合に有利(→HMP5との差別化)。
三小節めと四小節めにその#9thを含むヴォイシングの例を記しました。
コードスケール上にある#11thと13thもコンビネーション・オブ・ディミニッシュを特徴付けるサウンドです。五小節めと6小節めの例の通り、これらのヴォイシングはリディアン・フラット・セブンスと共有するわけです。ひと粒で二度おいしい? ヴォイシングですね。

ここに示した例以外にもたくさんヴォイシングはあります。要点だけを把握して自分なりのサウンドを開拓しましょう。

世界のヴォイシングをウォッチング
赤松敏弘MySpace
ドミナント・コードはセンスと直結

おしまい

2008/7/24

これをエレガントと呼ばずして・・・・C.Bley & S.Swallow  木曜:Jazz & Classic Library

未明の岩手・青森方面の地震で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。
頑張れ!
東京も少し揺れました。

さて、
音楽に男の子の音楽と女の子の音楽があるとしたら・・・・

何とも野暮な仮定ですが、実はこれはとても的を得ている音楽分析じゃないかと思うんですね。地球上に民族、人種、肌の色は数あれど、一番大きな「括り」はこの二つ。これ以上もなければこれ以下もない音楽の振分け。そんな事をついつい思ってしまうアルバムが
コレ

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『DUETS/Carla Bley & Steve Swallow』(watt/1988年)

もちろん男の子だから、とか、女の子だから、と目くじらをたてるのではなく、その根本的な違いが音楽をより豊かにしていると思えるのです。
さらに、男の子でも女の子と同じような感性を持つ場合だってあるし、女の子でも男の子と同じような感性を持っている場合だってあります。どちらでなければいけない、というのが音楽にはないからいいのですが、その根本には男の子と女の子がはっきり分かれているから「あり得る」事なのです。

僕らが子供の頃にピアノを弾いてると「フン、男の子のくせに」な〜んて若干白い目で見られた経験がありますが、ある意味でそれは正解なのかもしれません。
男の子がピアノを弾いたからと言って女の子になるわけではありませんから、見当違いもいいとこなんですが、だからと言って聞こえてくるピアノは男の子のピアノなんですね。

見かけの行為について中傷は仕方のない事としても、その中身は男の子の音楽がその時点から始まっているわけです。

じゃあ、男らしいピアノとかってあり得るのか?

答えは「ノー」。

それと同じように女らしいピアノというのもありません。

言ってる事がチャランポランじゃないかって?

ふむ。
一見そういう風な言い回しかもしれませんが、中途半端という言葉が世の中にはありますね。その中途半端な状態には「男らしい」とか「女らしい」という形容に当てはまる音楽はたくさんあります。
中途半端だから男とか女という見た目に左右される音楽になってしまう。そういう事です。

で、
完成度の高まった音楽には「性別」がありません。
中性というとちょっと意味が異なりますが、少なくとも音楽のベクトルの中で性別は存在しないものです。

では、冒頭の言葉はどういう事か?

それは聴き手として受ける印象のお話し。
「男の子の音楽」?「女の子の音楽」?
最初からそんな耳で音楽を楽しんでいる人はいないでしょう。
あくまでも聴き手の自由な解釈。
「都会的な音楽」「大自然な音楽」「明るい音楽」「暗い音楽」などと同意語です。

さて、こんなヘンクツな事を書きたくなるのも、この二人のアルバムが正にその部分を包み隠さず突いているからです。
カーラ・ブレイ(p)はジャズ史上に残る女性の作曲家。スティーヴ・スワロウ(b)も多くのミュージシャンに愛される曲をいくつも残す男性の作曲家。共に1960年代の怒涛のジャズシーンに登場して、カーラはスコアに個性を反映し、スワロウはベースに個性を反映してきました。

しかも、どう見ても二人とも「ヘンクツ」(ゴメンなさい!/笑)
まぁ、ジャケット写真からしてそうですが・・・

このアルバムでは過去に他の編成やアルバムで発表されている曲を主として、改めて二人だけで演奏しているところが「わかりやすさ」に繋がっています。それはきっとこの企てが成功したという事でしょう。

全9曲中、カーラから6曲、スワロウから2曲、カーラのアレンジによるトラディショナルソング1曲という構成。
色彩的にはカーラに傾いているようにも見えますが、しっかりと演奏で存在感を出すスワロウの印象がカーラを支えている感じなのでデュオとしてはパーフェクトなバランス。

このアルバムを1曲目から順に聴き進む内に、僕がここで書いた「男の子の音楽」と「女の子の音楽」の意味がわかってくるでしょう。
カーラの音楽は限りなく「女の子の音楽」、そしてスワロウの音楽は限りなく「男の子の音楽」なんです。
ともすれば、周りのメンバーによって上手にそれらを包み隠してしまえるこれらの音楽が二人だけで演奏されているこのアルバム。
余計なものを一切廃した「男の子と女の子の音楽」の逸品。

それは単にプレーヤーが二人集まって繰り広げる世界とは違った、作曲者同士によるデュオという点に成功の秘訣があり、何年経っても聴きたくなったら取り出して「フムフム」とか言いながら客観的に聴いて楽しめる事に感謝すらしたくなります。

ジャズという音楽は自ら演奏も作曲も行える自由度の高い音楽(しかも本番毎に違う事をやっても許される)なので、この完成度の高い「男の子と女の子の音楽」が聞こえてくるのですね。

えっ?
何ともヘンクツな文章だって?

どうやら今日はこのヘンクツな二人に感化されたようです。オッホン(笑)

エレガントやクールという言葉、そして何よりも「男の子と女の子が考えるジャズ」が聴きたい人には超お薦めの名盤です。

ヘンクツではない(かもしれない・・・)世界への窓
赤松敏弘MySpace
チェキラ

おしまい

2008/7/23

これだって好物!  水曜:これは好物!

好物と言っても、たまには食べ物以外のネタもいいんじゃないでしょうか。

元々鉄分多めのこのブログですが、同じ鉄でも・・・・

夏と言えば、海。もちろん山もだけど、今日の話しの都合から半ば強引に「海」。

海、と言えば・・・・・
最近とんと御無沙汰なのが船旅。。。

そもそも船に乗る機会が少ないから仕方のない事なのだけど、ヘタすると2年ほど前の横浜湾内のディナークルーズ以来、船旅もしくは船旅モドキと疎遠になっています。。

その横浜湾内クルーズだって、船旅と言うにはチト寂しい1時間ちょっとのランチクルーズだったのですが、そもそもそのランチクルーズに乗船したのは、就航している「ロイヤル・ウイング」という船に乗りたくて(正確には会いたくて)行ったのでした。

この船、僕が子供の頃に瀬戸内海航路で活躍していた関西汽船の観光船(と、関西汽船では客船の事を総称してフェリーと区別していた)の一つ、「くれない丸」だったのですね。(当時の新造船「こばると丸」「あいぼり丸」と勘違いしていた事が諸氏からの指摘で判明)

船旅も好物。

先日、ちらりと入った書店で“うぬぬ”と目に入って買ってしまったのがこの本。

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『にっぽん全国たのしい船旅2008-2009』(イカロス出版)

なんだか“楽しい”を“たのしい”と平仮名で書かれると対象年齢がグッと下がる本のようにも見えますが、おとな向けの本です(笑)。

瀬戸内海の船旅、と言うとやはり関西汽船が忘れられません。
何と言っても、あの白い船体の腰から下を二層の“ハーバーグリーン”に包んだカラーリング。船として気品のある配色で、派手さこそないものの海で見掛けると実に景色に映える姿でした。

今の船は白い船体に何か絵が書かれているものばかり。
確かに海に白は映えるが、それでもあの“ハーバーグリーン”と白のツートーンの関西汽船は特別だったなぁ。
瀬戸内海の島をイメージしたのだろうね、あの配色は。

ペラペラとページをめくっていますと・・

あっ、まだ残ってたんだー。“あの”関西汽船のハーバーグリーンを身にまとった船が。

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しかも、なんと、僕の故郷の松山と九州の小倉を結んでいるじゃありませんか。
残念ながら客船ではなく長距離フェリーですが、ちゃんとバス・トイレ付きの特等室もある。
これはちょっと盆休み頃に実家へ立ち寄る際に乗ってみたくなるような、かなり船旅モードにグググッと拍車がかかるような。。。。
ったく混雑する時期に何を考えてるんでしょーね。用も無く小倉に行ってどーするんでしょう!?

ふうーっ

さらにパラパラとページをめくっていますと・・・

おおっ!

なんと、その全盛期の瀬戸内海航路のパンフが・・・

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『関西汽船』のパンフ
まさにコレが最も好きだった関西汽船「あいぼり丸」「こばると丸」の勇姿

白の船体に由緒正しくハーバーグリーンのライン。
テッペンの赤いドームは展望室でした。その下のデッキにはパーラーとかあって、、ああ、ソソラレる、、、船旅。

瀬戸内海航路では、もう一つ好きでよく利用していた船がありました。
それもこの本にパンフが載ってるじゃありませんか。

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『ほわいとさんぽう2』のパンフ

この船は東京に出て来てから、たま〜に車で帰った時などによく乗りました。当時ではまだ珍しかった船内エスカレーターや公衆電話(船で使えるものは珍しかった)などを装備して「白」い船体に描かれた“赤い鳥”が印象的。確かこの船と“さんふらわあ”くらいしか当時船体にイラストが描かれている船はなかったと。

神戸から松山までの一夜を過すのに快適な船。(当初はパンフのように今治〜神戸間でスタート)
逆に松山から神戸を目指す時は日中の便を使っていたのでまさに船旅と呼べる航海でしたね。まだ瀬戸大橋のない時代だったので車で帰る時はちょうど良い休息でした。何しろ東名・名神と来てその先をさらに走るよりも楽ですから。

初期の頃の西日本ツアーでもこの船を利用しましたね。船内にはラウンジの他、割烹や寿司屋まであり、看板まで寿司屋のカウンターに陣取ってメンバーと飲みながら談義したものです。寿司の醤油が大分の醤油で甘かったのを覚えています。

そう言えば、悪友某●コティーが船内の大浴場にあるサウナを見て「これ何度使ってもタダやで!?」と調子にのり、「やめとけよ」という僕の忠告もなんのその。結局一晩に何度も入って“のぼせる”事件もありました(笑)。

この船は船マニアの間ではかなり有名な船だったようで、素晴らしく詳しいページを見つけました。(→PAHYAさんの「伝説の鳥、ほわいとさんぽう2 の私設ホームページ」。この船の事が詳しく書かれています)

残念ながらこの船は2000年7月に退役し、その後フィリピンに売却されて使われていたようですが、PAHYAさんによれば2004年にテロに遭い爆発炎上、沈没したとの事。ああ、、(悲)

ううん、、、しかし、船旅。。。。

どうです?

今年の夏は是非船旅とか計画されては。

今はネットの繋がる船も出現。
是非船旅のお伴にもドゾ
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チェキラ!

おしまい

2008/7/22

近所の並木街・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

大通りであれ、小路であれ、うっそうと繁る並木がある街は印象的。

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近所の並木街・東京都府中市“けやき並木”

府中市は人口25万弱の東京の衛星都市で、新宿から京王線の特急で20分の距離。
何と言ってもこの街ではJRAの東京競馬場が有名。(って、競馬やりませんけど)

まぁ、70年代からユーミンの「中央フリーウェイ」で歌われている、右に見える競馬場(上記)も、左に見えるビール工場(サントリー武蔵野ビール工場)も府中のお話し。言わば府中市の観光ガイド唱歌みたいなもんですが、府中市のホームページを見てみると・・・・・市政施行50周年記念“北島三郎さんが唱う府中小歌CD発売中”とか。
ユーミンじゃなくってサブちゃんだった!

それはさておき、府中は東京に出て来た頃に毎月お世話になったライブハウス「バベル2nd」(前身は「ナチュラルボックス」というライブハウスだった)もあって、何かと親しみのある街。

若いモンのバンドはいきなり都心のライブハウスのレギュラー入りは難しく、まず東京近郊のライブハウスに根城を置いてから中心に攻めて行ったのでした。もちろん80年代の事で今では過去のお話し。

京王線の府中駅前に降り立つと不思議な空間があります。

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京王線府中駅南口ペデストリアンデッキ

駅は構造上北口が正面のような造りですが、街は南側に商業施設が固まっています。
高架の駅のホーム(三階)から改札のある二階に降りて、そのままペデストリアンデッキに出て地上を歩く事なく周辺の商業施設へと繋がっているのですが・・・

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この二層構造の地上部分には「昭和」がそのまま残っているのですよ。

駅が高架になったのが1993年で近辺の商業施設の整備も合わせてペデストリアンデッキで結ばれる風景は「平成」の姿。まぁ、近年の駅前再開発で全国に似たような造りの駅がたくさんありますが、その典型でしょう。

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しかし、このペデストリアンデッキの地上(つまり駅を一階まで降りて)南口に立ってちょいと辺りを見回すと・・・

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細い小路、赤いのぼり、電柱に電線・・・昭和のどこにでもあった駅前の光景がそのまんま!

駅と商業施設(伊勢丹)の間に残る「昭和」の光景にどこか安堵感を持つのは僕だけじゃないでしょう。

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上空をデッキで覆われて昼なお薄暗くちょっと可哀相な従来の南口駅前商店街。まぁ、アーケードと思えば雨の日や陽射し避けにはいい。

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伊勢丹側のペデストリアンデッキ(左)から地上の駅前南口商店街(右)を眺む

駅と新しい商業施設と伊勢丹が“逆コの字型”に繋がっているので周りを囲まれた感じになってしまいましたが、いかにも駅前の小路、あるいは路地といった趣きの筋が何本もあって昭和のジオラマのようです。

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確か、この辺りのテナントビルの二階にジャズ喫茶「JAZZ INN」という店があって、自分のバンドでも何度かライブをやった事がありましたが、さて、何処にあったのか、周りの変わり様からさっぱり思い出せません。ううん。。。

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それでも元気な駅前商店街。いいっスねぇ。

さてさて、その府中駅南口の東側で混在する「平成」と「昭和」とは裏腹に、西側を南北に貫く並木路。

“けやき並木”として親しまれている道です。

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この南端には大国魂神社がさらにうっそうと繁る緑をたたえていて一段と落着きのある光景。この“けやき並木”の両側も商店街で、ここは昔と変わらぬ散歩道。府中と言えばココなんですよね。

近隣の街でも、なかなかじっくりと歩く事が無かったので「懐かしさ」と「新鮮さ」が交錯しながらのミニ・トリップでした。

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並木路はちょっとだけ街を表情豊かに演出してくれるようです。
夏のキビシーイ陽射しも並木の下は過しやすい。
これでバンドとかパントマイムとかのストリートパフォーマンスが盛んになればもっといいんじゃないかな。

音楽の世界散歩はこちらから
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チェキラ!

おしまい

2008/7/21

バニラ・エッセンスで飛びなさい・・・?  月曜:ちょっと舞台裏

僕らにはあまり関係ないですが全国的に夏休みが始まった昨日の夕方、トランキーロというユニットでヴィブラフォンを担当して活躍している元弟子sa-ki-koが遊びに来た。随分久し振りで結局御帰還は午前3時という長丁場。まぁ、いつもの事である(笑)

夕食と共に近況報告から話しはどんどん脱線して行き、何の話しが切っ掛けだったか忘れたけど、家人が「子供の頃にバニラ・エッセンスを舐めて死にそうになった」と。
僕も経験があったので「そうそう、冷蔵庫とかにあって舐めてエライ事になったよなー」と言うと、キョトンとしているsa-ki-ko。

「あれ? ひょっとして、、、舐めた事ないの?」

どうやらそうらしい。

ついつい“あの”甘〜い香りに騙されて子供の頃にエライ目にあった人って多いと思っていたんだが・・・。疑る事を知らない純真無垢な頃に身を持って「世の中そんなに甘くない」を経験したあの瞬間・・・・あれ? ない?

え? そんなに興味があるって?

ヨシヨシ、じゃ「今からでも遅くは無いバニラ・エッセンスの洗礼」しますか?
早速家人が探して「知らないよー」と言いながら・・・・

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びえ〜〜〜!by sa-ki-ko

「世の中そんなに甘くない!」の図。


そんなに甘くない、と言えば「原油価格の高騰」。
今年前半の予想通り来月にはリッターあたり190円を突破して秋頃には200円台に跳ね上がるという勢いだ。

さすがに僕らも秋の長距離移動の経費がどんどん跳ね上がって折衝が大変。
予測がつかないからだ。

しかし、もっと深刻なのは漁業関係や陸送関係の方達だ。
先週には漁業史上異例の操業ストライキが行われた。
燃料費の高騰分を上乗せ出来ないシステムと言う、消費者に今まで知らされていなかった流通の“からくり”が露見して、これは単に原油価格の高騰だけが原因ではないような気がした。

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我が家では最近魚の料理が増えていたのだけど、確かに魚の価格は思ったよりも高くはない。でも、肉などに比べると微妙な位置にある。
正体不明の“刺身”を買うんじゃなく、煮魚や焼き魚として食べようとすると、微妙な価格帯。

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野菜にしてもそうだけど、どうして日本は「形」にこだわるんだろうねぇ。別にちょっとくらい形が不揃いでも、鮮度が良ければ買うのにね。
魚でも売れる魚とそうじゃない魚に分別されて流通に乗るんだそうな。
「味」じゃなくて「見た目」で。

ここから「やり直し」しなきゃ無理なのかもなぁ。

同じような事を考える人はいるもので、漁港に水揚げされる魚をネットで中継配信して販売しているところがあるそうな。
そういうシステムが家庭に入り込む時代になればいいかもしれない。
共同購入で港から直接宅配するシステムもあるんだそうだ。
品物をセレクトするのは漁港の“おかみさん”達らしいので何が届くのかが楽しみにもなる。もっとそういう情報を表に出してほしい。

と、みんな原油価格の高騰で、あの手この手で苦労しているというのに・・・

「燃料サーチャージ」はおかしくないかい?

航空運賃に含まれない「燃料価格高騰分」を正々堂々と取るというのは、他とのバランスに問題があるように思えてならない。
結局、名目は違っても変動制の運賃なのだから正規料金として明記した方がよい。
「原油価格が変動するタイミングに合わせられないから」という理由は他の実情を見れば明らかにアンバランスな主張に聞こえる。タイミングが合わないからみんな苦労しているんだし。

どうも航空運賃だけ「高騰分は自分の責任じゃない」と言って利用者に丸投げしているように感じるのは僕だけかなぁ。(既に海外では利用者数が採算に合わないとフライトをキャンセルするところまで出てきたらしい)

事情はいろいろとあるにせよ、「燃料サーチャージ」という別名を付けて運賃を「曖昧」にするのはやめてほしい。

ついでに、飛行機の出発時刻は搭乗手続き終了の時刻にするべきだよね。
空港のエプロンを離れる時の時刻というのは、利用者にとって何の意味もない時刻なんだから。
新幹線を見ろ。
発車時刻と記された時間にドアが閉って動き出す。
ドアが閉る瞬間まで利用客は階段を駆け上がって乗り込めるチャンスが与えられているんだ。

こちらの出発時刻は自由です
赤松敏弘MySpace
フレンド・リンクをクリックした瞬間が世界への窓口

おしまい

2008/7/18

使い方を考えよう!4マレット奏法・・その10の続編・・・  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第百三回目の今日は先週からの続きで「使い方を考えよう!4マレット奏法」シリーズその10の続編。

コードを見ながら共演者の演奏を聞きつつ、伴奏をその場で作る事をカンピング(Comping)と言い、ヴィブラフォンやマリンバでジャズやポピュラーを演奏する場合には絶対必要とされるものです。

先週はコードのヴォイシングとリズムについて書きましたが、コードトーンの内のrootと5thを極力テンションに置き換える事で新たなサウンドが生まれる事がわかったでしょう。

しかし、音域(楽器叉はセクションとしての常用音域)と同時発声音数(4マレットなら4個)に制限のあるヴィブラフォンやマリンバでは、テンションの多様によって和音の具体性が薄れる事も事実。たった4個の音でコードの素性を表現する為には、より合理的に和音としてのサウンドを作る事も考えておく必要があります。

譜面に書かれた音符を丸暗記する音楽と違ってその時の状況(共演者や共演する楽器)はまったく予測できないもの。自分の中に一つの確信を持って演奏しなければカンピングにはなりません。様々な方法がありますが、今回は「ヴォイシングの共有」というヒントに触れておきます。

ヴィブラフォン叉はマリンバ奏者で、ちゃんとインプロヴィゼーションを演奏している演奏者のサウンドにはそれぞれ個性があります。

それは演奏者の趣向の反映で、自分の趣向に合うプレーヤーのカンピングを研究する事で「目指すサウンド」を早く手に入れる事が出来る反面、画一的に「こうあるべき」という法則を当てはめてしまうと自分の個性を伸ばす事への弊害も生みます。
「入口」は好きなサウンドを持つ奏者であれば誰でも良いですが、いつかは「出口」から外に出て自分の足で歩かなければならないのはこの世界の宿命です。最初は真似でも、一人立ちの時に真似では音楽に発展がないからです。

コード楽器(ピアノ、ギター、ヴィブラフォン、マリンバなど)の演奏スタイルの中で最も真似しやすいのがカンピング。メロディー(インプロ)の演奏は同じプレーヤーでも日々変化するのでインプロ(アドリブ)のコピーは「人生の中の一瞬」を切り取ったに過ぎずあまり意味がありません。
少なくともコード楽器の演奏者は自分が作るコードサウンドを根底に持ちながらソロを演奏しているものなので、カンピングのスタイルをコピーする方が得るものも大きいのです。

たとえば、デビッド・フリードマン氏はマイナー・セカンド(短二度)の音程を持つヴォイシングに美学を持って演奏しているし、師匠でもあるゲイリー・バートン氏は内声のラインクリシェに美学を持って演奏しています。そのカンピングにおける美学は必ずソロに反映されてそれぞれのプレーヤーの個性となって音楽が生まれているわけで、実は音楽の中でカンピングの占めるウエイトはかなり大きいのですね。
かくいう僕もココで解説しているようなサウンドに美学を持っているわけです(笑)

どんなスタイルであれ、自分で「確信」を持つ事が目標ですから、そういう耳や目で音楽に触れる事を勧めます。

■ヴォイシングの共有

例えば、Medのテンポで目まぐるしくコードの変わる曲。
しかし、よく見ると同じトナリティーの中で行ったり来たりしている場合があります。
スタンダード曲「My Funny Valentine」のブリッジ(Bメロ)の部分など。

コード進行に対して基本的なヴォイシング(左手にトライトーン、右手にRootと5th)を配置してみましょう。

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(クリックで拡大/以下同じ)

この曲はCマイナーの曲ですがブリッジはEbメジャーに転調します。
このブリッジ冒頭の部分はコードこそ三種類ありますが、みなEbメジャーのダイアトニック・スケールコード。(EbMaj7=Tonic、Fm7=Sub_Dom、Gm7=Tonic)
今日のテーマが「ヴォイシングの共有」ですから、同じトニックのIMaj7とIIIm7のヴォイシングを共有させてみます。
ダイアトニック・スケールコード等の基本的な音楽用語の解説は『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』(ヤマハ)などのコード理論書を参考に。

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このようなヴォイシングを使えば、「あっちへ行ったり、こっちへ行ったり」という目まぐるしさから解放されて、サウンドに耳が集中出来ます。

さらにこのEbMaj7(=Gm7)のヴォイシングは同じEbメジャーのダイアトニック・スケールコードのAbMaj7(=IV Maj7)にも適用出来ます。
同じキーのダイアトニック・スケールコードであれば、ヴォイシングにトライトーンの3rd又はb3rdがあれば共有する事が出来るわけです。

『ひと粒で三度美味しい』?ヴォイシングって事ですね。

この事はスケールを弾く時のダブルストロークによる手順の共有化と同じ発想で、発声に制約のあるヴィブラフォンやマリンバを演奏する上で知っておかなければ「取り越し苦労」してしまうポイントなのです。(スケールの練習法については06年10月6日の第二十八回:基本はRudimentsを参照)

世界のマレット奏者の手元に注目してみよう!
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チェキラ

おしまい



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