2008/8/31

雨に終わる夏・・・・かな?  日記

先週は木曜日から土曜日まで、東京は毎日決まったように午後3時頃と夜中に雷雨。
各地で甚大な被害を出している“ゲリラ豪雨”というやつだ。

バサーっと来た時にカメラで撮ってやった (何故か抗戦的?)

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雨粒が大きいので画面に筋のようなものがたくさん出来る。



それだけ“土砂降り”という事です。

いや、これじゃ東南アジアのスコールだね。
でも、あちらのスコールよりも規模が大きい。

雨は嫌いではない。
むしろ木や草の色が映える雨模様はピーカンの晴天よりも好きかもしれない。
しかし、こう続くといいかげんうんざりする。

でも、続くとお天気博士でもないのにちょっと詳しくなる。
元々空を見るのは好きだが、こんなに空を気にしながら生活した事はないものね。

天気概況などで大気の流れについて話していた。
ちょっと晴れ間が覗いた時に上空を見上げてみた。

たしかに・・・・

高層圏の雲は時計回りに、低層圏の雲は反時計回りに動いている。
へえ〜っ、
ちょっと感心。

「ぶつかる」という表現はこれだったのか。大気が。

そう思いながら見ていると、

またまた青空が見えていたはずの空が一面黒くなってきた。
この間ほんの15分。

雲というのは日常茶飯事的に「発生」しているものだ、というのを実感。

雲はどこかから流れてくる“クラゲ”のようなものという印象もあるが、それは大気が安定している時に偏西風によって、あるいは地球の自転によって西から東へと流れている時のお話し。また一つ勉強したような気分。

そう言ってるうちに、またやってきた。
いや、正確には、また「生まれた」。
これじゃまるで生き物。

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某国ではオリンピックの開会式と閉会式の天候が不良と予測されるや、雨雲にナントカロケットを打ち込んで散らしたという・・・
ホンマかいな

蝉がなかなか鳴かない夏は大雨になる?

8月最後の今日も同じような天気らしいですよ。
お出かけの方は御注意を!

天候には左右されないけど、雷はチト怖い・・・
赤松敏弘MySpace
チェキラ

おしまい

2008/8/29

ラインを使ったソロの組み立てとヴォイシング  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

昨夜、一昨日と東京地方は異常なほどの雷と豪雨。とてもパソコンを起動して作業などとはとんでもない状態でした。最近のPC周辺機器は省エネ化が進んだ反面微量の加電圧にモロいようで雷が大敵なのです。
そんなわけで1日遅れとなりました。お許しを・・・

毎週金曜日(今回は土曜日になっちゃいましたが)はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。
第百九回目の今日は『ラインを使ったソロの組み立てとヴォイシング』です。

先週からの続きになりますが、コードスケールの割出しがソロのコツです。
しかし、この割出しに関して「不具合」が改善されないままになっている物もあります。

それが「譜面」。

世の中には様々な譜面があってしかり、ですが、クラシック流とジャズ、ポピュラー流の譜面では書き方に違いがあります。
僕もジャズに触れた最初の頃、自分が「コードスケールもどき」を何となく予想していたにも関わらず、それが確信に変わるまでにちょっと時間が掛かりました。
その理由は譜面への過信。

実は先週ここで例として出したデイブ・ブルーベックの“In Your Own Sweet Way”で、ヤマハから出版している『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』を御購入いただいた読者から、「一時的な転調ではない部分の調号は書き換えなくてもいいのでしょうか?」という質問をいただきました。(Bセクションの事を言っているのでしょう)

ちょうどよい機会なのでお答します。

書き換えなくてもよい。
いや、この曲のような場合は「書き換えてはいけない」です。

この曲は大まかにAセクションはkey of Bb。Bセクションに入るとKey of D に転調したように見えます。実際に転調しているのですが、この曲のように再びCセクションで元のキー(Bb)に戻るような曲では、中間の部分(ブリッジ)の調号は書き換えません。

“In Your Own Sweet Way”Bセクション最初の2小節の譜例

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(クリックで拡大/以下同じ)

左の「良い譜例」は元のキーのまま書かれています。
右の「混同する譜例」は転調を示しています。

この曲のBセクションは8小節。前半4小節は確かに転調していますが、後半4小節は元のキーに戻るコード進行が続きます。従ってこの部分は転調した調号では臨時記号だらけになってしまうのですね。
ではBセクション前半の4小節だけシャープ2つの調号を用いて、後半は元の調号にすれば良いかと言えば、これも違います。
セクションという尺はジャズやポピュラーにとって重要に意味があり、途中で調号を加える事=セクションの区切り、となってしまうのですね。

また、便宜的に調号を付け替えるというのは、コードスケールの割出しにとって混同を招くばかりで避けるべきです。
コードミュージック的な曲で、マリンバやヴィブラフォン用の譜面として出版されているものの中には、時々この辺りがかなり怪しい譜面も見掛けます。数小節だけ調号が変わってすぐに元に戻ったりする譜面は要注意です。

さて、先週の続きとしてこの“In Your Own Sweet Way”のBセクションの2小節を例として解説しましょう。

まずは、ラインを設定してみます。
コードスケールは『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』43ページにある通り。この場合のA7(b9)はメロディーに#9、コードネームにb9、この二つがある事からコンピネーション・オブ・ディミニッシュである事がわかります。

では、上行のラインをいくつか作ってみましょう。

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上記4例の中で、Em7(b5)のスタート音がトライトーンになる場合、メロディーを軸にトライトーンが構成出来るので伴奏側には残りのコードトーン(b5th)を入れます。
偶然にも左手のパートは「増4度」のヴォイシングとなり伴奏として落着きのあるサウンドが生まれます。

さて、その事と同時にソロとヴォイシングを同時に進行させる時に連動して出て来るのが「手順」。
作っているメロディーに伴奏を加えるには左右のマレットを同時に鍵盤にヒットさせなければなりません。

ここまでに解説している「ダブルストローク」がここでの発想(ソロの)と連動する事が演奏には不可欠になりますね。

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(↓=アプローチノート)

このように、コードネームを見て、コードスケールを瞬時に割出し、ヴォイシングする音を選びつつ、メロディーと、それを弾く手順を想像する、という事が演奏として重要になるのです。

これまでに説明している「コードスケール」「トライトーン」「ダブルストローク」そして余裕があれば「マレット・ダンプニング」を連動させる訓練を始めましょう。
一つ一つの事を理解してチャレンジすれば、けっして難しい事ではありません。

いつでもブログ内キーワード検索でこのコーナーの過去のページから情報を引き出してトライ、です。

みんな“ココんとこ”を考えながら大きくなったのよ〜!
赤松敏弘MySpace
ココで悩んだら観る・観る・観る・観る
観て発散!チェキラ!

おしまい

2008/8/28

秋色が見えたら今年はリピューマ?  木曜:Jazz & Classic Library

例年だとこの時期になると聴きたくなるラルフ・タウナー率いる『OREGON』にはまだちょっと早いような気がする。
別にこの夏の暑さが普段と格別に変わっていたわけじゃないのに。



なんでしょう? ひょっとすると、ベイジン・オリンピックが予想以上に面白かったりして、身体の熱線にまだ火照りが残っているからでしょうか。

それでも、季節は確実に「秋」モード。
日暮れから早朝にかけては、頭のテッペンというか鼻の奥のほうで“ピン”っと秋を感じるセンサーが動き出しているのです。

ちょっと早めにブログも秋モードに衣替え。

そんななので、今日は『この夏の終わりに秋を感じて聴く』お薦め盤。
過去に紹介したアルバムでも、今年のこの時期イチオシ(いやニオシか?)。
是非聴いてみてね。

■その1

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『ABANDONED GARDEN/Michael Franks』(warner bros/1995年)

マイケル・フランクスと言えば、1970年代後半に“アントニオ’ズ・ソング”が日本でもヒットしたAOR界の今や重鎮。
80年代から90年代にかけて数々のAOR(アダルト・オリエンティッド・ロック)の歌手が登場するも、常にマイペースにコンスタントにアルバムリリースを続けている。
他のAOR歌手がポップ指向、大作指向だったのに比べて、マイケル・フランクスはよりジャズ指向。これは登場以来変わらない。
人を無理やりのせてやろう、こうやれば感動的だろう、みたいな「大見得」性がこれっぽっちもない。
もちろん、彼独特のヴォイスもそうだけど、音楽の背景が実にジャズ。ジャズコンボ的な隙間だらけのサウンドがいい。
それでいて曲の完成度が高いから、ちょっとジャズが好きな人には抵抗がないだろう。

だからいつも彼のアルバムを見かけて買う時は視聴などしなくても“安心”して買える。
そして、必ずその時代の音が聞こえる。

このアルバムは1994年に亡くなった偉大なブラジルの作曲家、アントニオ・カルロス・ジョビンに捧げられている。
思い返せば、あのヒット曲“アントニオ’ズ・ソング”も敬愛するジョビンへのオマージュ。
このアルバムは全編にジョビンへの憧れが散りばめられている。

チャック・ローブのギター・イントロから入る1曲目“This Must Be Paradise”からして背景はボサノヴァ。
このアルバムのコンセプトにごく自然に誘われる。
1曲目だからと気負った空気など微塵も無い。
後は“安心”してステレオのヴォリュームをミドルにセットし、くつろげばいい。

中にはジョビンの隠れた名曲“Cinema”が、これまた実にいいラフなジャズセッション風に聞こえてきたり(サックスのソロが今は亡きマイケル・ブレッカーでこのソロがまた泣かせる、、、)、突然イントロで聞こえるフリューゲルがあの伝説のアート・ファーマーだったりする“In The Yellow House”(しかもこの曲のベースはスティーブ・スワロー!)、ジャズファンなら驚きの連続のサイドメンが集結している。ファーマーとスワローの組み合わせなんて、かつてのアート・ファーマー・カルテットを知るコアなジャズファンは腰を抜かすだろう。

そんなエピソードを除いたとしても、これは近年のマイケル・フランクスのアルバム中最高峰の出来だと思う。
かつての『スリーピング・ジプシー』(“アントニオ’ズ・ソング”収録)と双璧のお薦め。
去り行く夏の陽射しと、辺りを静かに染めて行く秋の気配にピッタリ。


■その2

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『AMOROSO/Joao Gilberto』(warner bros/1977年)

あれ?偶然にも二枚ともワーナーブロスのアルバムだ。
今でこそレコードレーベルというのはディストリビュートの元締めでしかないけど、80年代までは各レコード会社毎のカラーがはっきりしていた。
アーチストがレーベルを移籍するだけでプロデューサーや周りのブレーンも変わり、当然音楽の方向性、サウンドまでも変わったものだ。
今や大半がチープなアイデアを販売戦略に載せるだけに躍起で、嫌気が差した優秀なプロデューサーがみんな独立してしまって久しい。
ある意味メジャーレーベルの音楽がプライドを持っていた全盛期のサウンドとも言えるこのボサノヴァの神様・ジョアン・ジルベルトのアルバム。
これがまた秀逸。

ふんだんに取り入れたストリングス・セクションによるアレンジはアントニオ・カルロス・ジョビンのアルバムでもお馴染みのクラウス・オッガーマン。
ゴージャズとも言える彼のサウンドはこのアルバムの要で、特に2曲目の“Estate”では普段通りのジョアンのピュアな歌声を叙情的な世界へと誘う。
ボサノヴァのアレンジャーとしてこれほど無駄のない、それでいて豊かな背景を演出するアレンジャーはいない。

僕は特にこの“Estate”のテイクが好きだ。
昔々、感傷に浸りたかった時に夕焼けで染まる海を見ながら聴いたことがある。
何度もこの曲をリピート(当時はカーステレオ)して思いっきり感傷に耽ろうとしていたのだけど、だんだん感傷よりも夕陽とこの曲とのコントラストの見事さにハマッテしまい、結局夕陽と海と曲に感動して帰ってきた(笑)。ま、音楽は何ものよりも大きいのだ、と結論。若かったね〜。

それはさておき、このアルバム、そのメジャーらしさが実に良いバランス。
時に“Besame Mucho”なんかも聞こえてきてジョアンのアルバムとしては破格のアピール。
1曲目からしてジャズ・スタンダードの“'S Wonderful”がボサノヴァに化けてるし、ボサノヴァで一番ポピュラーなジョビンの“Wave”や“Triste”まである。

こりゃボサノヴァのベストアルバムみたいな企画臭プンプンか・・・・?

そう思いたくなるような選曲も、ジョアンとオッガーマンの組み合わせで至高のアルバムに早変わり。
この辺りがインディーズでは決して出来ないメジャーならではの見事なトータルバランスが生きてる時代だった。

なので、最初にレコード店で見かけた時(当時はLP)、「どうかな〜?」と一瞬迷ったくらい。

でも、帰って聴き始めてから、今日まで最も繰り返し聴いたジョアンのアルバムとなった。

プロデューサーはトミー・リピューマ。

なんと前出のマイケル・フランクスの、あのミリオンセラー・アルバム『スリーピング・ジプシー』を手掛けたその人だ。


ぼちぼち世界の秋を探しに行こう!
赤松敏弘MySpace
チェキラ!

おしまい


2008/8/27

世の中メガヒットよりもロングセラー・・・  水曜:これは好物!

この夏は各地で駅弁の売上げが伸びているそうです。
原油価格高騰から夏休みの移動を車から鉄道に切替えた人が多かったからでしょう。
それに加えてこの夏は「青春18きっぷ」が爆発的に売れているようで、鉄分多めの愛好者に限らず節約好きの女性に大人気なんだそうです。

年齢制限無し、1枚辺り全国のJRの普通列車や快速列車をどこまで乗っても2300円なのですから、北は北海道から南は九州まで、縦横無尽に駆け回る人には心強いアイテム。宿代以外はコレ一つで5回(つまり5日)使えるのですから。(5枚セットで11.500円/この夏は8月31日まで発売/有効期限9月10日)

普段、新幹線や特急であっと言う間に到着していた場所でも普通列車を乗継いで行くと途中にいろんな発見があるもの。途中下車も自由だから気ままに列車から降りてフラフラ。
そうなると、ちょっとお腹が空いた時に手が出るのが各地の駅弁。
全国何処にでもあるコンビニのビニ弁じゃ旅としてはあまりにも味気ないですからね。

さて、そんな駅弁にもいろんな種類があります。
ここでも旬のお気に入りは随時紹介していますが、世の物事にヒット商品とロングセラーがあるように駅弁にもヒット商品とロングセラーがあります。
えてしてその時期に目立つヒット商品は言わば期間限定のようなもの。
そうなると、売り上げ累計ではロングセラーの足元にも及びません。

先行き暗雲のこの国も、ここへ来てやっと一発屋のメガヒットよりも長く愛好されるロングセラーの時代へとシフトしそうな気配です。

では、ロングセラーの駅弁の一つのコレ、食べた事ある人多いんじゃないでしょうか。

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『チキン弁当』(日本レストラン・エンタープライズNRE製)

東京駅の駅弁は、現在では恐らく日本一種類が豊富でしょう。僕も頻繁にお世話になっていますが、昔に比べると随分“美味しく”なりました。

で、

じゃあ、昔はマズかったのかい?
というツッコミもあるでしょう。

はい。全国でもマズい上位にありました

と、言うよりも今のように種類も豊富ではなかったので選択肢も無かった、という事です。

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そんな中で現在まで生き抜いてきた優良選手のこの「チキン弁当」。
違った意味から見れば、これこそが東京駅の駅弁代表格なんですね。


そもそも、この「チキン弁当」が登場したのは、新幹線(東海道)が開業した1964年頃。時は「東京オリンピック」前夜です。(正確には1963年には発売されていたらしい)

この頃はまだ在来線の特急にも食堂車が完備されていましたから、今よりも旅としての鉄道が大きなウエイトを占めていた頃です。

その頃の街中でもそうですが、ちょっとお洒落な気分で食べるのが洋食。ステーキにハンバーグにシチュー、こういった物が日常の中では「やや上」とされた時代。
デパートの食堂では「お子様ランチ」が人気で、僕は三越の旗が必ず山型に盛られたチキンライスの上に誇らしくのっていたのを覚えています。

さて、そんな時代の大衆的な洋食メニューでもあるチキンライスを弁当にしたのがこの東京駅の「チキン弁当」。もちろん当時の特急の食堂車でもちゃんとメニューにありました。

全国津々浦々、いろんな駅弁を食べてきましたが、意外にもチキンライスがメインという駅弁はコレ一本。東京オリンピックを境に西洋社会への脱皮が色濃く反映されたアイテムの一つでしょう。

いい意味で、これは「昭和な時代」を今に伝えるジオラマ弁当。

今は何代目になるのかわかりませんが、僕がこの弁当に一番お世話になったのは1974年頃。月イチで東京へマリンバのレッスンに通っていた時の帰りの新幹線で夕食として買っていた頃です。ううん。。。30年来のおつき合い?

当時は正方形のようなやや大きめの紙箱に入っていて上段に“サラダ”や“から揚げ”や“ゼリーのようなデザート”が入って、下段に“チキンライス”が入っていました。

いつから横長のこの一段パッケージになったのかは知りませんが、80年代に東京へ出て来た頃にはこの形になっていました。
微妙に「つけ合わせ」は変わっていますが、基本的には“チキンライス”と“から揚げ”があれば良しとしましょう。

この最近は東京駅の駅弁も充実したので、この弁当をわざわざ買う事もなかったのですが(実に10年振りくらい)、今日は久し振りという事と、このところベイジン・オリンピックなどもあり、そう言えば今に残る「東京オリンピック」時代の貴重なアイテムだ、とばかりに購入。


さて、お味のほどは・・・

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何だかこういうのって、昔のGFの手料理みたいな感じで、な〜んか不思議。

あ〜、確かに、こうだったよな〜、という部分と、おや?これはその後に身に付けた技かな〜、ってな部分。

これが和系の駅弁なら、この例えは“おふくろ”の味的に例えられるんですが、そこまで郷愁を呼ぶものでもなく、、、そんなところも東京らしいって事ですね。なんせ“チキンライス”と“から揚げ”ですから。(笑)


早朝の新幹線に飛び乗る時、ホームの売店にあるのは「幕之内弁当」「すき焼き弁当」「チキン弁当」「帝国ホテル列車食堂製サンドウィッチ」。

メニューはこれっきり。
選択肢なし。

すき焼きと言ってもごはんの上にどうすればこんなに薄く肉を切れるのだろう、、という薄切れ肉に白滝となぜかタケノコがのってるだけだし味付けも無味乾燥、幕の内と言っても今ほどおかずが美味くなく濃い味付けに早朝の胃がムカムカする始末、サンドウィッチはちょっとソソラレるものの半分がサラダとかでパン(確か二色)に対して具が極少で物足りず、、、結局手が伸びるのは何となく無難な「チキン弁当」。僕と同じようにそんな時代をこの弁当に刻み込んだ人も多いんじゃないでしょうか。


思い出しましたが、チキンライスの色ももっと薄い感じで、玉子のそぼろなどはかかってなかったなぁ。マシュルームとグリンピースが目立ってチキンはどこだ!? と思った記憶も。
なぜか小袋の「塩」が付いていた時期もありました。「塩分控え目」な〜んて盛んにテレビで言っていた頃だったかな?

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これが旨いか、と問われると、「特に旨いわけじゃない」と答えます。
じゃ、まずいのか、と問われると、「いいや、 マズイわけじゃない」と答えます。

では、お薦めか、と問われると、「一度は食べておくといいよ」と答えます。
飛び抜けて「旨い」というものではないけれど、「たいして旨くはないよー」と言いながら、知らずの内に手が伸びる駅弁、実はここには「昭和な時代」が淡泊な見た目とは裏腹にぎっしりと詰まっているのです。

昭和な時代って、結局「たいして盛り上がってるわけじゃないよー」と言いつつも、今から振り返れば、アレがフツーだったんだねぇ、、、と驚くようなハイテンションの中にいたのですね。

世の中“美味いもん”や“上手いもの”は増えたけど、結局基準が高くなったわけじゃない。それらはただ増えただけでロングセラーのような基準を知らないと価値観さえも見失ってしまう。どこかの国の現状と一致ですね。


東京駅を代表する弁当と言えば?

僕は間違いなく、「チキン弁当」と答えます

世界の中では平成なんて通用しないゾ
赤松敏弘MySpace
21世紀流に盛り上がれ!

おしまい


2008/8/26

やりゃ〜いいってもんでも・・サバイバル花火?  火曜:街ぶら・街ネタ

まだ夏休みなんですね、子供達は。
オリンピックとともに今年の夏は終了したかのような、まるで秋雨前線のようなぐずついた天気が続く東京です。

ぐずつく、という言葉。不思議な言葉ですが、的を得てますね。

そんなぐずついた天気の先週末、我が街では「強行的花火大会」が行われておりました。
いや、無理矢理強行していました。

毎年時間があれば楽しみにもしているのですが、、、、、

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御覧のように完璧な雨。ベランダの手摺もベッタリと。

花火大会が行われる方向を見ても・・・・

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完璧に雨雲が次から次へと来襲しております。
しかも肌寒い。気温は22度くらいでしょうか。

十中八九、今年は延期だろうと予測するに足りるこの状況下じゃ、いくらなんでも・・・

とぉ、

ちょうど夕方にヴィブラフォンのレッスンにやって来た“N崎嬢”曰く、「電車混んでましたよー。特急まで布田に臨時停車してました」。

マジっすか!?

続いてやって来た“あっきぃ”も同様に「電車、浴衣姿の人多かったぁ」

マジっすか!?

雨、気持ち良く降ってますぜぃ。

そんなこんなで、いくら何でも無茶だ、と思いつつも“あっきぃ”のレッスンが終わる頃には、四方八方に「ド〜ン。ドド〜ン。バリバリバリ・・」と花火を打ち上げる音が響き渡っています。

そう言えば、去年の花火大会の日も小雨降りしきる中での強行開催。(07年9月29日開催/同年10月2日のブログで紹介)

でも、去年はまだ何とか傘をささずに済む程度だったから、家人と“あっきぃ”と三人で観に行った。但し気温16度という、とうてい花火大会とは思えぬ小雨まじり。

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これは去年の霧雨&9月下旬&気温16度のサバイバル花火大会

あの時は夏の開催日が参院選とかち合い敢え無く延期・・・7月下旬の予定が9月下旬に。
これはかなり顰蹙(ひんしゅく)をかった。

その前の年は、ナント台風の直撃を受け、河川敷に設置した発射台が流された。それで延期でこの時は10月下旬に近かった。

“夏の風物詩”でもなんでもない花火大会が連続している事もあってか、どうしても今年はココでやる!、と少々意地もあるのかもしれない。

にしても、雨。
去年よりも強い雨脚。
雨男か、ココの市長さんって?
さらにサバイバル化の一途を辿る我が街の花火大会。。。

当然、雨は低気圧だから、雨雲は上空低く固まりになって雨をまき散らしながら通過しています。

レッスンが終わってついつい打ち上げ音でソソラレてしまった“あっきぃ”は落着かない。

「だって、雨じゃん」

家人と二人で今年はパス、を強調。

それでもウズウズしている様子。

じゃ、ウチから見えるところで傍観しよう、という事になり、傍観スポットへ移動。

あらら・・・

確かに打ち上がってはいるのですが・・・・

上空に低く立ちこめた雨雲に全て吸収か・・・

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「ドド〜〜ン」、と爆音は轟くものの、肝心の花火は雲の中。

「あ、コレきっとバカでかい奴」
と、轟音と破片?から勝手に想像。

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「お、今度はきっと赤い奴ね」

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「うん、これは、いろんな色が飛出す奴かな?」

と、何だかかなりお間抜け。
肝心の花火がフレームアウトしたビデオを観てるような感じだ。

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「バ〜〜ン」とかなり立派な爆音はするのだけど、落ちて来る火の粉がちょっと見えるだけ。

「な、これじゃー無理して傘までさして行く価値ないだろー」

“あっきぃ”ご納得の様子。

しかし、お間抜けで済ませていいものか、あれも税金なんだし、もうちょっと考えてくれてもいいのにねぇ。

でも、一度開催宣言しちゃったら、「それでも観に行く」何十万人という人と、会場で仕込みをして待っている花火師やテキ屋の人達をどーする。。。

去年延期したら小雨だったけど何十万人も来たので、それなら今年は雨でも夏に強行しちゃおう、いろんな契約上の補償問題もあるし、、、と、苦しい財政事情もチラチラと見えるヤケクソ的な打ち上げ花火。

ここでパァ〜っと夜空に大輪の華を咲させましょ・・・と、いう悲願も虚しく、たれ込めた雨雲の中にヤケクソで花火をブチ込んでいる、というのが現状か。


散る華や、、、、
帯びれだけでは
皆うわの空。
みえぬ華なら
さぞ大きからんや・・・

冷雫


どうせ観るなら確実なコチラ、、、、かな?
赤松敏弘MySpace
チェキラ

おしまい

2008/8/25

オリンピックとロードサイド・ビジネス・・・  月曜:ちょっと舞台裏

賛否はともあれ、約二週間のベイジン・オリンピックが無事に終了しましたね

今度は上海万博だそうです。

何だか40年前の日本と同じコースで発展途上国から先進国の仲間入りという事でしょうか。

アレ? 

そう言えば日本って一体いつ発展途上国から先進国の仲間入りをしたのでしょう。

東京オリンピック(1964年)と同時に新幹線や首都高速や名神高速道などのインフラ(これらも家や掘を埋め立てたりして出来たのだからベイジンと何ら変わらない)、その後数々の公害を経て大阪万博(1970年)に至る高度成長期のシナリオはまさに今の中国そのもの。

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(午前6時の道路/東京・箱崎)

1960年代をたくましく生き抜いた子供の周りから「スモッグ」「公害」や「学生紛争」「反戦」という言葉が日常からすっかり消えたのは70年代の終わり頃だったような気がするけど、活気があって何事も面白そうな時代に子供の目には映った。



スモッグで霞む街とて景色の一部だったテレビっ子は、大人が煽る「危機感」をウルトラQやウルトラマン、はたまたゴジラをはじめとするアナログ的SFに置換え、
サイケとピースマークに溢れる街はロン毛のオニィーサンやグリグリパーマのおねぃさんが短くなったり長くなったり太くなったり細くなったりを繰返すファッションで行き交い、何だか子供にはさっぱりわからなかったが、夜の街は人で溢れていた。
恐らくみんな“自分の溜まり場”を持っていた時代なんだろう。

で、一体いつ日本が発展途上国から先進国になったのか、学校で「ライダ〜、きーッく」とかいいながら隣のジャズ喫茶から漏れ聞こえる騒がしい音楽を夜食とかこつけてカップヌードルをすすりながら聞いていた子供の記憶にはないんですけど・・

でも、全然面白い時代だった!
今、身の回りにあるモノの殆どは僕らの子供の時代の「産物」。
無かったのは、、、、、ネットくらいだ。

ベイジン・オリンピックを観た彼の地の子供達が「国産視野」から「国際視野」へ転機するインパクトは十分あったと思うので今回は成功でしょう。大人の世界はともかく。

と、そんな連日のオリンピック報道一色になっていた約二週間も終わり、そろそろこの国もクールダウン。ところがこの二週間で気分だけじゃなく、社会全体もクールダウンしているようです。


ロードサイド・ビジネスという言葉を御存知ですか?

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午前6時の道路/富山

読んで字の如く、道路沿いでのビジネスの事。
実は今の日本ではかなり大きな分野なのです。

これがオリンピックの期間に突入すると同時に失速している、というのです。

この産業枠は元々ガソリン高騰の影響をモロにかぶる、と言われていましたが、オリンピックの中継が始まると人出が過去最悪のペースにまで落ち込んでしまったのだそうです。

ロードサイド・ビジネスの代表はガソリン・スタンドと言われますが、この半年でかなりの数のスタンドが閉鎖されました。
そればかりか、外食産業も過去最悪の事態に陥ってオリンピックの影響はとんだところに飛び火しているようです。

ファミリーレストラン業界が真っ先にこれに耐えられず、「メニュー値下げ」で対抗した大手Dは今後1年間に約100店舗を閉鎖、さらに最大手のS系に至っては300店舗を何らかの整理対象とする動きになっています。外食という観念を変えたファミレス業界が曲り角に差し掛かっているわけです。全国一律のメニューに頼る外食を見直して、どうせなら何処へ食べに行くかを考える機会になるかもしれませんね。便利だけではもう済まない、というのは文化として悪い事には繋がりませんから。

もっと深刻なのが郊外型ショッピングモール。
タヌキやキツネしか出ないといわれる土地に出店した店舗は客が激減。2〜3日おきに通っていた食品関係の買い物客が週イチの「まとめ買い」に変わってしまったのです。
比較的住宅地に近い場所や旧市街地の店は横ばい状態。
理由は単純で、電車・バスなどの公共交通機関や自転車で行けるところに客が落着きつつある、と言う事。
このブログでも指摘してたよね。

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午前6時の道路/栃木

連動するのが自動車販売店。
こちらも新車がさっぱり売れなくなった。
でもそれは自業自得。
明らかに「個々の事情にちょうどいいサイズ」を逸脱した車ばかり揃えていたのだから売れるわけがない。今買い替えていないユーザーは求めている「自分にちょうどいいサイズ」がないって答えを出しているのに。
「買い替えない族」にこれでガソリン高騰による「燃費重視族」が加わってしまった。
ほしくないものはやっぱり買わないものね。

「もう少し乗れるけど、地球環境を考えて買い替えました・・・」みたいなCMを流すお金があるのなら、ユーザーの心理を突いて買い替えたくなる電気自動車の開発投資に回して下さい。
まったくお間抜けで無神経なCMに反感さえ持ちます。

原油価格高騰の余波は、オリンピック中継によってさらにこの国の生活習慣を一変させようとする夏を、終わりへと誘うのでした。

どんな時代でも音楽は面白かったゾ
赤松敏弘MySpace
これからも面白い!
世界中をチェキラ

おしまい

2008/8/22

ラインを使ったソロと伴奏の組み合わせ  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。
第百八回目の今日は『ラインを使ったソロと伴奏の組み合わせ』のお話しです。

先日「グルグル」の状態でアップしたブログで、大阪のジャズクリニックの事にちょっと触れたところ、何人かの読者から問い合わせがありました。
とてもありがたい事なんですが、残念ながら9月に大阪国際交流センターで行うジャズ・クリニックは楽器メーカーさんのシンポジウムなので一般公開はありません。
御了承下さい。m(_ _)m,,,

前回の大阪クリニック(2004年)みたいな感じで出来るといいんですが、今回は無理。
でもせっかく大阪にいるので何人かのマレット族と会えるかもしれませんね。
9月24日-25日辺りでインフォメーションがある人、メールで連絡して下さいませ。

さて、今日は後追い更新でスマソ。
さっそく本論に突入です。

4本マレットの使い方について書いてきましたが、実際にソロの途中で伴奏を入れながら演奏するのは“見た目”ほど大変ではありません。
ここまでに説明した用法を理解している事を前提に、次はソロを作りつつ、というスタンスに移ります。

練習素材として、昨年出版した『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』(ヤマハから発売中)でも掲載しているデイヴ・ブルーベックのスタンダード・ナンバー“In Your Own Sweet Way”冒頭の8小節を取り上げてみます。

この曲は一時的な転調の連続ですが、コードスケールを割出して転調しているキーさえ理解出来れば難しい曲ではありません。
『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』ではヴィブラフォン(1名)、マリンバ連弾(2名)、の計三人によるマレット・アンサンブル用のスコアと演奏解説を掲載していますが、ここではソロパートを演奏する時の一つの方法について記します。(ヴィブラフォン、マリンバ共通)

まず最初の8小節のコード進行はこんな感じ。

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(クリックで拡大/以下同じ)

さぁ、インプロ(ソロ)をやろう!という段階です。(もちろんコードのお勉強はしてね!)
この時に必要なのは、

・それぞれのコードのキー
・それぞれのコードのコードスケール

調号を見ながらフラットやシャープがどのようにコードと共に変化しているかを分析すると、使えないスケール上の音(アヴォイドノート)がいくつかありますね。(『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』では43ページに詳しく書いています)
使えない音を避ける練習として一番シンプルで有効なのがラインを設定する事です。
ソロといっても、いきなり何処かで聞いたようなフレーズをコード進行が同じだからと無理矢理押し込むのは避けるべき。
また、ジャズはフレーズを知らなきゃ何も出来ない、なんて言う“噂”に悩んでいる人には朗報。

まずはコードスケールをシンプルに横方向に繋いでみましょう。

・どの音から始めてもOK (但しアヴォイドノートを除く)
・1コード1音で一定の方向 (上叉は下) に動く
・決めた方向で隣合うコードのコードスケールで一番近い音に繋ぐ
・一番近い音がアヴォイドノートの場合は飛ばして繋ぐ

では、最初の4小節は上行、後半の4小節は下行とだけ決めてラインを演奏してみましょう。

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どこから始めてもこの形でコードスケールを結ぶ事が出来ると、自分が今は何調の中にいるのかがわかるでしょう。
また、コード音だけでコードネームを読んで「どーすりゃいいのよ」と途方にくれていた人でも簡単にコードサウンドに乗っかる練習になります。

こういう動きは伴奏をしている時に、「シングルノートで何か」という場合にも使えます。簡単なアレンジの入口でもあるんですね。

さて、これだけでは無味乾燥なので、少しリズムを付けてバリエーションを演奏してみましょう。

この曲のテーマに出て来る「タラ〜」という短いフレーズをさっきのシンプルなラインに当てはめてみます。
また、後半の4小節は2小節単位で「コール&レスポンス」っぽく動いてみます。
この部分は奇数小節は奇数小節に、偶数小節は偶数小節に対して等しい動きを組み合わせてバリエーションを作るようにしています。

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この方法でインプロのメロディー・ラインを作って行くとコードの流れから逸脱する事はありません。また、フレーズを知らなくても、サウンドで遊べるのです。


さて、次はこのメロディー・ライン (モチーフ) に対してコード伴奏を付ける方法に。

単純にメロディーの休符の部分にコードを入れる事が一番シンプルな方法でしょう。
使う音は各コードのトライトーン。(3rd and 7th/フラットも含む)
要点としては、メロディー (さっきのモチーフ) にトライトーンが含まれている箇所は伴奏にその音を加えない、です。

例として、前半4小節の内の2小節間と、後半4小節の内の2小節間を記します。

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音符の旗が「上向きは右手」「下向きは左手」で演奏

この場合、各小節の3-4拍間のメロディーにトライトーンが含まれるのでコード付けはシングルノートになります。

この曲は昨年リリースした以下のアルバムでも演奏しています。

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『TIDE GRAPH/赤松敏弘』(VEGAレコード/2007年)
Amazon.co.jp他全国のCDショップ&ネットショッピングで発売中

自分でコードスケールを分析してラインを作り、いろいろと試してみて下さい。
思ったよりも簡単に仕組みがわかるはずです。


世界のマレットプレーヤーに直結
赤松敏弘MySpace
チェキラ!

おしまい

2008/8/21

これは記録型ピアノトリオかな? Steve Kuhn(p)  木曜:Jazz & Classic Library

奇妙なパフォーマンスとキンキラキンのシューズが見ていても楽しいジャマイカのスプリンター、ボルト選手。

いいですねぇ、ああいう型破りの選手を見ているとちょっと記録型スポーツが楽しくなります。

持って生まれた身体能力で世界記録を塗り替えちゃった。

オリンピックの競技は大別すると、実数がそのまま記録となる競技と、審査員が評価を下す評価型競技の二つにわかれますね。

みなさんはどちらが好きですか?

僕は記録型ですね。
見たまんまだし。
評価型競技というのは多聞に好みが反映されるので納得出来ないものもありますから。

でも、もしも、陸上競技に評価型の審査(例えば、走る姿の芸術点とか)があると、ボルト選手とかボロクソかもね(笑)

「ありゃただ早いだけだ」な〜んて評価する審査員もいそうです。
所詮、評価とはそんなもの。

そうなると音楽ってどうなんでしょ。
音楽に得点とかは無いですが、古典的な音楽は評価型、近代の音楽は記録型という見方もできるような気がします。
要するに、誕生の瞬間を目撃出来るものと出来ないもの、そんなところに分かれ目があるのではないでしょうか。

今日のスティーブ・キューン(Steve Kuhn)については二度目。
この人の音楽も賛否両論を撒き散らしながら今日に至るのですが、ある意味で時代にとても敏感に反応した「ストレート」な音楽を演奏していると言えます。

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『THREE WAVES/Steve Kuhn』(flying dutchiman/1966年)

この「スリー・ウェーブス」は数あるキューンの作品の中でも評価の高いものです。
ことあるたびにキューンとなるとこのアルバムを引き合いに出す人もいますが、僕としてはこのアルバムと双璧に思って07年1月11日のブログで紹介している『CHILDHOOD IS FOREVER/Steve Kuhn』(BYG/1969年)のほうが自分の好みには合います。

ただ、「チャイルドフッド〜」のほうは、そのアルバムのドラマー、アルド・ロマーノがヨーロッパにいたキューンと、ヴィブラフォンのゲイリー・バートンのバンドでツアー滞在していたベースのスティーブ・スワローを引き合わせてプライベートに録音したセッションだった事、スワローは当時完全にアコースティック・ベースを卒業していてエレクトリック・ベースしか持ち合わせていなかったので急遽ロマーノの友人のアコースティック・ベースを借りて演奏している事など、コンセプトにはかなり曖昧さがあって評価がわかれているのですが、演奏は凄い!

その点ではこの「スリーウェーブス」はコンセプシャルに構成された作品であることが今でも高い評価が聞こえる所以でしょう。

いきなりカーラ・ブレイの名曲“IDA LUPINO”から始まります。
僕はこの曲が昔から好きで、究極のお気に入りはポール・ブレイのピアノソロアルバム『OPEN TO LOVE』(ecm)なんですが、同じポール・ブレイのピアノトリオによる同曲の演奏よりはこのキューンの演奏は好きかな。
・・・かな、そう言いたくなるほどにこのアルバムではホントに序の口なんですね。

グッとムーディーなアル・コーンの“AH - MOORE”が一瞬緊張の糸を解すかに思えたのもつかの間、ソロが進むにつれキューンのピアノ独特の恍惚美に惹き込まれてゆく。

続くオリジナル“TODAY I AM A MAN”辺りからトリオの演奏はヒートアップ。
ピート・ラロッカ(ds)とスティーブ・スワロー(b)が最高のグルーヴを提供し、キューンのピアノが自由奔放に駆け回る、というこの頃のキューン・トリオの醍醐味を存分に。

やはりオリジナルでコンテンポラリーな“MEMORY”になるとキューンの恍惚美は最高潮に達する。

まるでここまでの緊張から身体を解すかのようなボサノヴァ“WHY DID I CHOOSE YOU?”でホッと一息。

ちょっと当時のキース・ジャレット・トリオを思わすようなワルツのタイトルチューン“THREE WAVES”、等など、、かなりコンセプシャルに曲も演奏の表情も変化しながら、スタンダードチューン“NEVER LET ME GO”なども交えて到達するのが8曲目のオリジナル“BITS AND PIECES”。
ピアノトリオという枠を三人の演奏者がどこまで広げられるかにチャレンジした記録。

そして最後にまるでバンドのテーマソングのように短い“KODPIECE”でビシッとアルバムを締め括る。

なんというのでしょうね。
まだ誰も踏み入れていない音楽のエリアがたくさん残っていた頃のパワーというか創造心というか、そんな「真っ直ぐ」な視線を感じるアルバムなんですね。

その先に見えていたものを今日まで繋いでいるキューンに脱帽。

世界には未来へのチャレンジもたくさん
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チェキラ!

おしまい

2008/8/20

あわわ・あわわわわ・・・  水曜:これは好物!

いけません、いけません。。

何がって?

いけませんねぇ、オリンピック。

どうしてって?

ちょっと休憩とかいってオリンピック中継をテレビで眺めたりすると、途端にハマッてしまいます。短い時間に結果の出るものなどは特にいけませんねぇ。。

このところお盆の休みとかライブとかあって、気が付けばいくつかの原稿を書き上げなきゃならない。いかん。いかん、いかん、と思いつつ、パソコンにベタ付きで書いていると、何時間に一度くらいの割合で頭のリフレッシュとか言ってソファーに座ると、いけません。あー、見ちゃったーぁ。なーんてね。
しかも真夜中にダイジェストとかやってるし・・・。

まあ、作曲にしてもそうですが、ペースが上がるまではあれこれと他人から見るとナントも落ち着きのない怪しい奴に見えることか。
でも、ひとたびペースが上がるとあ〜〜〜〜っという間ですから。
“来る”のをひたすら受身で待っているのであります。はい。

で、

ブログの更新もままならぬ状況で、やっとこさ最後の原稿をさっきPDFで送信して無事に締め切りピッタリの入稿。これは来月大阪で行うジャズセミナーのもの。文体がコロコロ変わってたらその間にオリンピック中継を観てた、なーんてツッコミされそう(笑)。

さて、取りあえず無事入稿完了に祝杯。

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『泡泡酒』(岡山県浅口市・丸本酒造製)

え?もう、こんな時間(午前7時半)??
っま、いいっか。
今日はゴゴイチからのスケジュールだけど、ね(笑)。

こんな時に、この小瓶はいいですね。
絶対深酒にならない。
しかもこれはアワアワの発酵酒。

キンキンに冷してますから(^o^)

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泡泡酒と書いてホウホウシュと読ますのだそうな。

ひゃーーー

こりゃ、爽やかーでワインみたいなテイストだなーーー。んまいっ!

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グラスに注ぐとアワアワーでちょっとピールみたいですね。


これ、東京駅の“グランスタ”にある「はせがわ酒店」でみつけたもの。
このお店、小瓶も様々な銘柄が揃っているのでお薦めです。

夏になるとなぜか飲みたくなるものの一つかな、発酵酒って。
去年も「涼音」飲んでたし。

ところで、岡山は住んだ事があるのに、浅口市って・・・・ドコ?
思い出せないのは、けっして酔ってしまったからではありません。

どうも新しい市町村名は苦手だなぁ。
やっぱり昔からの地名がいいよ。ちゃんと意味や所縁もあるしね。
北杜市(岩手県か宮城県かと思ったら山梨県だった)以来、また知らない市が登場してしまったゾ。。。。

こちらは世界各国へとリンク
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チェキラ!

おしまい

2008/8/18

すいんぐ・がーるず・・・  月曜:ちょっと舞台裏

雨が降って急に涼しくなって鈴虫なんかが鳴いている東京です。ヲイヲイ極端だなぁ。。

こんな御時勢だからミュージシャン同士の“溜まり場”というのが難しくなって久しい。
仕事場の一つでもあるジャズクラブですら諸般の事情からリズムセクションが店の楽器を使う時代。自分の楽器を車に積んで移動なんて僕らヴィブラフォンのような店に置いてあるはずのない楽器のプレーヤーだけになりつつある。

そんなだから演奏が終わると、終電に飛び乗る為に蜘蛛の子を散らすように解散。
ましてや、昔のように他の店が終わってから遊びにやってきてアフターアワーズが始まるような気軽な環境じゃない。

昨日はピアノの市川秀男さんのライブで、休日とあって珍しく昼(と言っても午後3時半から)のライブだったので後のライブに出演する人達との短いミッションがあった。

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帰りは雨に降られて楽器も湿り気味。今夜はバラバラのまんまで乾燥中

夜のステージのバンドマスターというのが、ベーシストの鈴木勲さん。
今年75歳という鈴木さん(以下通称のOMAさんと略)は、演奏がオフの時でも時間があればあちこちのライブハウスに顔を出しては新しい情報を仕入れている。

春頃に会った時も「ちょっと行ってくるよ」とその後マレーシアのインターナショナル・ジャズフェスに自己のバンドを率いて出演、会場の人気投票で欧米勢を抑えて見事1位という快挙を遂げている。
「オレが出演者で一番チャンジーだからってさ(笑)」と笑い飛ばすけど、そのバイタリティーには昔から敬服している。

ピアノの市川さんとはもちろん旧知の仲。1970年世代のミュージシャン。
本番の何時間も前に店に顔を出して市川さんと二人の話しに華が裂く。ついつい僕らも巻き込まれる(笑)。でもそういうミュージシャン同士がいろんな話しをする場がジャズクラブでもあったが、御時世からもう当たり前ではなくなりつつあるんだけど、そんな時代でもペースを崩さないOMAさんはやはり凄いね。

途中姿が消えたが、恐らく近くの別のライブハウスに顔を出していたのだろう。

いつもOMAさんの周りには若手が集まる。
最早自分の息子、娘は通り越して孫と言える世代のミュージシャンだ。
そして次々に新しいミュージシャンを輩出する。
僕もその中の何人かと共演した事があるが、若手らしい新鮮さを持った連中だった。

孫のような世代のミュージシャンとも違和感なく時間を共有出来るその才能は日本にジャズメン多しと言えどもOMAさんの右に出る者はいない。
何がこの人の魅力なのか、いつも不思議に思うのだけど、人を受け入れる度量の広さだと思う。

「いやぁ、ウチはアマチュアの集まりだからね」と軽く笑い飛ばすが、いえいえとんでもございません。日本では珍しいアメリカンな肌合いのバンドリーダーです。

鈴木勲(b)オフィシャル・サイト
http://www5d.biglobe.ne.jp/~isaojazz/

鈴木勲という名前を最初に覚えたのは、未だに名盤と呼ばれるこのアルバムから。

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『BLOW UP /鈴木 勲』(Three Blind Mice/1973年)

当時、高校の音楽科在学で住んでいた岡山の津山市にあるジャズ喫茶“邪美館”で聴いたのが最初だった。

後に僕もお世話になったジャズ専門の老舗レーベル、スリー・ブラインド・マイスの名前と共に、このアルバムはそれまで日本では作れ得なかった欧米とは明らかに違う「和ジャズ」の代表作でしょう。
何がどうの、という事ではなく、1970年代の熱い日本がソコに閉じ込められているリアルなジャズです。

あれから35年・・・。未だに鈴木勲さんは若者と一緒に進化し続けているのですから、これは凄い。
「ウチは下手っぴばかりだからリハーサルを繰り返して、ライブやって、ツアーやっての繰り返しだよ」

75歳とは思えない若々しいOMAさんバンドのYouTube

そう言えば、今のOMAさんのバンドでは若いサックスとドラムが活躍しているようです。その二人ともが女性。

最近、やたらと「女性ジャズプレーヤー」とか記事がチラチラしますが、何の事はない、クラシックの世界では当たり前だった事がジャズでも起こっているだけ。
その分、若手の男性プレーヤーが不遇をかこってしまうみたいですが、全体の中での女性プレーヤーが増えたという事なので別に不遇ではないでしょう。

確かに昔はピアニストとヴォーカリストでは当たり前でしたが、今では各楽器で当たり前になりつつあります。
女性だから、とか、男性だから、とか言うのはナンセンスなのが音楽の世界。
「音楽など女・子供のやるものだ!」な〜んて昔から言われてたじゃないですか。
その通りになったまでです。

で、

そうなると、昔、若手男性プレーヤーにあった雰囲気が今の女性プレーヤーにあるはず。
鈴木さんのバンドでアルトサックスを吹く纐纈(こうけつ)雅代さんのHPを観ると、何だか「いたいた! こんな奴!」って感じで頼もしく思ってしまいました。どうやら女性のジャズミュージシャンの世界も本物になりつつあるようです。

纐纈さんって絶対一度聞いたら忘れない名前だよなー、とその場にいた市川さん達と盛り上がった。
「読めるけど、書けないかも」(笑)

「パソコンの変換で苦労するかも・・・」(笑)

「いやいや、大丈夫、纐纈染めってあるから一発変換よ」

「ホントに? マックでも?」

「ああ、大丈夫さ。簡単なもんよ」と、マスター談

って、帰って

只今マックで打ち込みますと・・・

「高潔」

ほらみろ!

「膏血」

なんじゃそりゃ?

「こう血」

あのねーーー。

「纐纈」

あ、出た!

と、このくらい話題になる名前って、、

いいねぇ。

話題にしちゃったので御紹介。

纐纈(こうけつ)雅代オフィシャル・サイト
http://masayo.xxxxxxxx.jp/index.html

xxxxの連打とは、また凄いURL。
OMAさんが一目おくはずです。

こちらには世界の女性ヴィブラフォン奏者も
赤松敏弘MySpace
やはり女性はマリンバのほうが多いようですが・・・

おしまい



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