2009/2/27

ファンの回ったヴィブラフォンの事など  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック


毎週金曜日はvibraphoneやmarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第百二十七回目の今日は「ファンの回ったヴィブラフォンのお話し」。

先週はファン(ヴィブラートを付ける為にパイプに仕込まれたプロペラ)が停まった歴史をゲイリー・バートンの初期のアルバムを元に検証してみました。

基本的にはファンを回さない奏法、4マレット奏法について書いていますが、実際にその歴史はまだ短く、これまでにココで解説しているヴィブラフォンの奏法や練習を生かすには楽器の歴史や演奏に触れておく必要があります。
ジャズや過去のヴィブラフォンの演奏を聴かずして得るものはありません。

やはり“耳”から得る情報は何よりも優るのです。

理論展開の前に、ファンを回すヴィブラフォン奏法についても書いておきます。

元々ヴィブラフォンはメタルフォン(メタル鍵盤のマリンバ)を開発中にパイプの中に電動による回転翼を仕込んでトレモロ効果を上げたのが原型で、後に余韻の長いアルミ合金の鍵盤に載せ換えて、長い余韻をピアノと同じようにペダルで操作するダンパーペダルを装着した瞬間に生まれました。

マリンバは打楽器、ピアノは鍵盤楽器、ヴィブラフォンはちょうどその中間にあたる性質を持った楽器なので、奏者も打楽器方面からヴィブラフォンに到達するタイプとピアノなどの鍵盤楽器から到達するタイプに分かれます。

オーソドックスなスタイルの奏者では、ライオネル・ハンプトン、ミルト・ジャクソンなどがヴィブラフォン以外を聞くジャズファンにも広く認知されています。

その後様々な演奏スタイルが生まれ、ゲイリー・バートン、マイク・マイニエリ、ロイ・エアーズ、ボビー・ハッチャーソンなどが一般に知られた奏者の代表でしょう。これらの奏者が注目を集めたのが1960年代。音楽の変化と共にヴィブラフォンの演奏も進化して今日に至ります。

さて、今でこそファンを回すスタイルと回さないスタイルが半々のヴィブラフォンですが、ゲイリー・バートンが1963年以降ファンを停めたスタイルを確立する以前は殆どファンを回すのが通常とされていました。

ハンプトン氏やジャクソン氏の演奏は今でも耳にする機会が多いと思うので、今回はそれ以外の奏者にスポットを当ててみました。


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『A JAZZ BAND BALL』(mode/1957年)

前にココで書いたと思うのですが、僕はあまりセピア色の録音が好きじゃありません。セピア色というのは写真のモノトーンのような録音です。なので紹介するには何がいいかな?と随分悩んだのですが、録音の状態といい内容といい、このアルバムを一番に掲げたくなりました。

このアルバムには三人のヴィブラフォン奏者が参加しています。
テリー・ギブス、ヴィクター・フェルドマン、ラリー・バンカーの三人です。

テリー・ギブスを除けばヴィクター・フェルドマンはピアニストとして、ラリー・バンカーはドラマーとして有名なジャズメンなんですが、演奏を聴けばわかると思いますが、それぞれの演奏にピアニストだから、とかドラマーだから、という前置きが必要ないほどヴィブラフォンが軽快にスイングしています。

三人ともファンを回していますが、奏者の違いは音色、すなわち使うマレットで表現されています。

テリー・ギブスは中では一番軽量硬質のマレットでアタック重視のスタイルでペダルの使い方はやや早めの(回転)ヴィブラートを聞かせるように長めの余韻で、ヴィクター・フェルドマンはアタックと倍音が鋭いマレットによってハーフぺダリングを使ってニアンスを、ラリー・バンカーはミディアムのマレットで三人の中では一番音色はソフトに。
もちろん使われた楽器の固体差もありますが・・・

この中で興味深いのがラリー・バンカーの演奏。
ギブスとフェルドマンの音色はヒットした鍵盤の8割にヴァイブレーションが感じられるのに対してバンカーの音色は3〜4割程度しかヴァイブレーションが聞こえてきません。
ぺダリングも常にドライで残響に対して他の二人とは考え方に違いがあるようです。実際に見たわけではありませんが、7曲目の“Softly as in a morning sunrise”のバンカーのソロの冒頭ではマレットダンプニングかそれに類ずるぺダリング等のミュート奏法を駆使しています。

先週のゲイリー・バートンの項でゲイリーとラリー・バンカーの出会いもファンを停めたヴィブラフォン奏法スタイルの一因になっている予測に繋がります。

ヴィブラフォンの軽快さを楽しむだけでもこのアルバムを聞く価値はありますが、やがて訪れるヴィブラフォンの大改革に向けてこの頃から奏法の開拓は進んでいた事も検証できます。

また、このアルバムでは三人の内誰かがシロフォンやマリンバに持ち替えて演奏しているテイクもあり、それらの楽器でのジャズ奏法がその後確立されていないので大いに参考になるでしょう。


さて、もう一枚。

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『VIC FELDMAN ON VIBES』(mode/1957年)

さきのアルバムにも参加していたヴィクター・フェルドマンの“ヴィブラフォンの”アルバム。
フェルドマンはマイルス・デイビスのバンドでピアニストと作曲家として有名になっていますが、元々はドラマーとしてわずか7歳でデビューした神童。9歳からピアノ、14歳からヴィブラフォンを始めたイギリスの神憑り的な存在で、アメリカのジャズシーンに乗り込んで後年はウエストコーストのスタジオミュージシャンの代表格となった人物。

もちろんファンを回しての演奏ですが、このアルバムを聞くと、フェルドマンがドラムとピアノの長所をヴィブラフォンに持ち込んでいる事が聞き取れて面白いのです。

例えば、1曲目のブルースなどでは、片手による細かいフレージングが聞こえてきたり、2曲目ではミュートによるアクセントが聞こえてきたりと、なかなか油断できない小技(笑)が満載なのですね。

振動する鍵盤を直接触れて効果を出す、というのはドラマーのシンバルや皮物の奏法に起源があると思えるし、片手によるニアンスはピアニスト的な発想でしょう。

それらが嫌味なく使われているところにフェルドマンのセンスが光っています。

ヴィクター・フェルドマンは1ヴィブラフォン奏者に留まらず、ピアニスト、作曲家として彼のセンスを生かせるものなら何でも消化して行きました。

ヴィブラフォン奏者としてのフェルドマンの映像をYouTubeで見つけました。→コチラ(victor feldman group)

恐ろしくモダンでコンテンポラリーな彼のハーモニック・センスが光る映像もYouTubeで見つけました。60年台初めにマイルス・デイビスが彼を雇った事が納得できるピアニストとしてのフェルドマンです。当時マイルスがハービー・ハンコックに「ヴィクターのようなハーモニーを弾け」と指示していたのは有名な逸話です。40年以上前のサウンドとはとても思えないモダンなものです。 →コチラ(roni scott and victor feldman/1965年)

さて、本日はヴィブラートを使ったヴィブラフォンのお話し。
同じヴィブラートを使った奏者でも様々なニアンスを演奏に注入しています。
やがてダンプニング等はもっとも効果が上がる方法としてヴィブラートの停止という結論も生まれました。
また、ヴィブラートの速度(回転)ひとつ取ってみても、それぞれの奏者にこだわりがあります。

個人的な経験では、楽器のビブラートは使わないくせに、エフェクターのコーラスを使った時は自分で新しい世界が開けた感じもしました。

人工的な音響装置でしかないヴィブラートも、人間の技とセンスでかくもヒューマンな響きとなるものなのか、いろいろと検証する必要があるでしょう。

それらと奏法理論が合体して、あなただけのオリジナルなスタイルが生まれる事がヴィブラフォンやマリンバの世界を広げる事に繋がるのですね。

耳から得る情報に優るものなし!
これを機会に歴史に残る様々なジャズのヴィブラフォン奏者のアルバムを聞いてみてください。
きっと発見があるはずです。


スペシャルライブのお知らせ
★2009年3月15日17:00開演(開場15:45)
○会場:横浜・関内「KAMOME」

http://www.yokohama-kamome.com/
○出演者:赤松敏弘/vib 川嶋哲郎/ts 生沼邦夫/b 小山太郎/ds
○チャージ:¥4,000
ご予約・お問い合わせは、主催者・森本まで。  
(TEL)046-248-8185
(e-mail) m22327@beach.ocn.ne.jp
taka2525@s2.dion.ne.jp

★25-25プレゼンツ・ライブ第5弾! 「赤松敏弘meets 川嶋哲郎、with 小山太郎、生沼邦夫」
赤松敏弘と、 テナー・サックスの雄、川嶋哲郎の初共演です。 どんな展開になりますやら!乞うご期待!

[アクセス] 市営地下鉄 関内駅 徒歩3分。 東急東横線直通 みなとみらい線 馬車道駅 徒歩5分。 JR 関内駅 徒歩5分。横浜市中区住吉町6-76


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チェキラ!

2009/2/26

ビル・エバンス・・・二匹めのモントリュー  木曜:Jazz & Classic Library


あまりにもライブで有名になってしまった演奏があると、その同じ会場で再演されるとなると期待してしまうのは仕方ないでしょう。

しかし、ライブというのは様々なアクシデントも伴ないながら行われるので、まったく同じ状態や雰囲気は作れないもの。それでも期待するというのは無茶。

特にジャズの場合は同じ曲でも演奏メンバー、テンポ、曲順、客によって全然違うものになる場合が多く、スタジオで録音された作品のように検討された上に成り立っていないライブ録音に意味があるかどうかは、大いに気になるところ。

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『BILL EVANS MONTREUX II/Bill evans Trio』(cti/1970年)

モントリューでのビル・エバンスと言えば“お城”のエバンスとして有名な1968年のライブ盤がある。(08年12月4日のブログで紹介)

その2年後に再び同じステージで演奏したのがこのアルバム。

メンバーはドラムがジャック・ディジョネットからマーティー・モレルに代わっただけ。
自由奔放なディジョネットのドラミングに比べると幾分地味に聞こえるモレルのドラム。しかし、本来のビル・エバンス・トリオという音楽にはこちらのほうが近い。

元来、ビル・エバンスが始めたピアノ・トリオ・スタイルというのは、ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれの立場から自由な発言を演奏に持ち込むというもの。オーソドックスなジャズ・ピアノ・トリオとは成り立ちが違う。

比較ではないけれど、2年前のライブ盤と大きく異なるのはベースのエディ・ゴメスの発言権。ドラマーは異なるからこの際外して聞くと、ゴメスがエバンスの領域に食い入るシーンが増えた。
インタープレイという言葉が3人の内の二人で成立(エバンスとゴメス)しているのだから凄い。

よく耳馴染んだ曲ばかりだから、その過密ともいえる技の応酬にドラマーは何をしているのか?

ココがモレルの上手いところで、二人が蜜になればなるほど、自分は隙間や音量をコントロールして縁取り役に徹する。
ブラシによる鮮やかなグルーヴも、スティックによるスインギングなプッシュも、前の二人が自在でいられるようにセッティング。デリケートにもワイルドにも演奏出来るドラマーとしての余裕さえ感じられる。

面白い!

もしも、スイスのレマン湖にドジョウがいたなら、確実に二匹めのドジョウをゲットしている好演。

ハイライトは最終曲にやって来る。

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7曲目の“Peri's Scope”でモレル相手にエバンスが仕掛ける8バース、4バース、2バース、そして何と1バース。(バースは小節単位の掛け合いと解せばいいでしょう)
滅多に1バースなんてやらないけど、この盛り上がりは凄い。いや、1バースでこれだけスリリングな演出が出来ると初めて知ったのがこのアルバムでした。

さて、LP時代の解説がそのまま入っていたので改めて読んでみて呆れた。
ライブ録音はライブのままアルバムになる事はまずない。
だから、自分がライブを見ていたからといってそれをライナーで暴露したところで、何の意味もない。
まして、アンコールで演奏された曲が5曲目に入っているのを「あきらかに曲の配列上のぬかりがあったように思えてならない」と。

ココでも書いたように7曲目にハイライトがくるこのアルバムの構成は間違っていない。
読みながら中学時代にこのような解説者によって余計な情報がインプットされた記憶が蘇って、少々腹立たしかった。

見たまま、聞いたままが全て!
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チェキラ!
タグ: Jazz ジャズ CD

2009/2/25

ハマってしまいました・・・  水曜:これは好物!


意外な組み合わせでも、ずっとこういうのがあったらいいなぁ、と思っていたテイストってありますね。
そういうのに出会った瞬間って、ただただ美味しいと思うだけじゃなく、自分のどこかで「そうでしょー、そうでしょー」と、その組み合わせに妙〜に納得している自分がいます。

日頃、どこかで想像しているイメージがあるだけに、ちょっとだけピントがずれていても「ううん、、なんか違うなぁ。。。」と、案外妥協していません。

よくパッケージから想像して買って「しまった!」っと思うアレですよ。

その、想像が付くだけに、ちょっとのピントのズレも許せない(?)、そんなテイストで、たまたまジャストミートされてしまうと、ハマってしまいます。

ある意味、音楽も同じですね。

生きるためには、ひょっとしたら無くてもいいものかもしれないけど、あったら人一倍ぞっこんに。
だからやめられないんだなぁ。



一口めで「お〜!来た来た〜!」と。
想像との見事な一致に思わず叫んでしまった。

「コレだよ、コレ〜」

はい、

それは、

これです!

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『オニオンと黒こしょうのクッキー』(静岡県・富士市クアトロ・エピス製)

ローストオニオンと黒こしょうの組み合わせは、ちょっと料理をする人なら想像出来るでしょう。
あの、こんがりとして甘味と深みが増したオニオンはグラタンはもちろん、煮込み料理には欠かせないベース。

市販の調理用のフライドオニオンなんか、オニオンチップスの代わりに“つまみ”になったりするし。

肉料理のベースやソースにも使えるし、結構重宝するアイテム。

それが「お菓子」の分野と出会う事は誰もが想像しているハズなんだけど、これがなかなか難しい。
というのも、いろんな料理のベースとなるだけに、お菓子らしさと結びつけるのは一苦労。

お好み焼きにフライドオニオンをチーズと一緒に入れて洋風お好みとして試した事があったが、これはこれでイケた。
調子に乗って、たこ焼きにも入れてみた。
どちらも合う。

粉物との相性はバツグン。

ただ、いちいち焼くのは面倒。

何かないかなぁ。
誰か作ってくれないかなぁ。
アレ(ローストオニオン)、絶対イケるのに・・

そんな事を思ってスナック菓子でオニオン・フレーバーを見つけると試していたが、ハマるほどではないものばかり。
だからこの十年くらいはすっかり忘れていた。


でも、

そう、

直球の焼き菓子があったね。

しかも、クッキー!

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クアトロ・エピスのこのクッキーは厚手のオールドスタイル。
しっかりとした歯応え。
それでもどこかしっとり感を失わず、
サクッと割れて口いっぱいにオニオン風味が広がる。

「そうでしょー、そうでしょー!」

この頃になると、想像通りのテイストに自分のどこかから納得と満足のサインが舌を駆け巡る事になる。

もうひとくち・・・

どんどんテイストに身体が染まって行く。

深く甘く、あの洋食のベースが食欲までも呼び起こし、そこに黒こしょうのほのかに香るエッジ。
クッキーのサクサク感。

いけません、いけません。。。

「おやつ」如きに、こんなに満足感を与えられては・・・・

と、

言いつつも、

既に手には二枚目が・・・・

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こんな罪作りなものを我が家に運んできたのは、静岡からレッスンに通う裕子嬢。

いけません、いけません、、(笑)

いけません、と言いながら、もはや三枚めに手を伸ばそうとするのでありました。

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可愛い手作りの包装とともに、

裕子嬢ありがとう!


コチラでは世界のヴィブラフォン奏者にハマってください!
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2009/2/24

当たり前の・・・  火曜:街ぶら・街ネタ


「当たり前」と思っていた事が、いつの間にか「特別」になっている社会的な錯覚。
「当たり前」じゃないことが平然とされている光景。
これは何とかしたいねぇ。

当たり前のものが当たり前に美味しい。

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東京に戻る今夜はJR松山駅二階の駅食堂で夕食。
一階のレストランのほうが少しは雰囲気もあって“それなり”なんだけど、僕はこの、な〜んにも飾りのない大食堂風の二階がいい。

昔、国鉄と呼んでいた頃、主な駅の構内にあった「日本食堂」のような雰囲気が残っていていい。
それにココだとちょっとした我がままを聞いてくれる。
なんの事はない。

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『親子丼セット』JR松山駅・レストつばき

メニューではセットの麺類が温かい麺類なんだけど“冷たい”うどんやそばに替えてくれる。
意外とコレ、店員に言っても「ダメです」というところが多いんだね。じゃセットや〜めた!って減収になるのに。。
まぁ、ほぼ月イチで顔を出すし、年中「冷たいので」と言うからそろそろ覚えられたかな?

また、意外とここの親子丼が好きだ。

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関西系のおつゆドボドボ、玉子半熟、ちょっと甘めで、玉葱は鳥肉と煮込み、青ねぎは玉子と一緒に最後に散らす感じ

まるで水曜日の“これは好物!”みたいだけど、こんなのは“当たり前”過ぎてネタにはならないと思うんだけど、それほど“当たり前に美味しい”ものが減った。

ほとんど形ばっかなんだよねぇ、流行るグルメ類って。
人気が2年も持たないものはグルメ類には入れない。と、自分では決めている。

“食堂”でうだうだしていたら、あっという間に出発時刻。

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慌てて一階に降りてホームに駆け込むと、乗り込む特急はすでに入線中で乗客が乗車済みのホームは人影もまばら。

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松山発19時34分上り特急高松行き「いしづち32号」

で、その先を見ると・・・

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松山駅名物?の向かい合わせに停まって乗車を待つ上下線特急。この駅では“当たり前”でも他の駅では見た事がないし、乗りなれた人じゃないと自分の乗るべき列車が何処にいるのかわからなくなりそう。

こちらが乗り込むと、下りの特急が逆方向へと一足先に出発。

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こんな光景、東京ではまずあり得ないなぁ。

“当たり前”でも、悪い“当たり前”は改善されてよろし。

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昔はお世辞にも綺麗とは言えなかった列車の洗面台付近も最近は綺麗に

シンクが陶器で、この地方特産の砥部焼とはかなりの凝りよう。
でもなぜかデカイ“うどん鉢”に見えるのは僕だけか?(笑)
あ、この特急は高松行きだから「さぬきうどん」もイメージしてるとか・・・んなわけないっか。

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そろそろ21:41分。この特急ともお別れ。

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坂出でいつもの寝台特急にバトンタッチ。
“当たり前”のようにドアが開くと間髪入れずにサンライズ瀬戸が入線する待たせないダイヤ。

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わざわざ2番線に入り3番線に来るサンライズと同じホームで上下の特急に乗換えられるのは楽。
ゴロゴロ荷物を転がして上下運動させられるのは避けたいもの。

大きな荷物が多い寝台族への、これも“当たり前”のサービスだ。

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部屋に入ってパソコンをテーブルにセット

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備え付けの浴衣もきちんと“当たり前”の定位置に。

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着替えて外を見ると夜の瀬戸大橋を渡るところ。

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最近どの街でも“当たり前の姿”が少なくなって久しい。
不況の嵐が全国を駆け巡っているようで、こんな時にこそ、“当たり前”の底力を発揮してほしいと思う。

この週末は故郷の松山で過ごした。
全国の地方都市の商店街できっと同じだと思うけど、昔からの店が少なくなった。
二代目、という世代が親の偉業を超せないのだ。

その為、立地の良い場所にあるにも関わらず客足が遠のいて苦戦、あげくに全国何処にでもある店に貸したりする。
どうもそういうのって面白くないね。

この週末は松山の若いミュージシャンとたくさん時間を過ごした。
若さと悩みは東京も松山も変らない。
それはそれで“当たり前”の姿だからいい。何よりも若手が街の店で厳しい客相手に定期的に演奏する土壌が残っているだけまだ「まし」なんだ。
ロートルだけになった街では音楽も老いてしまうからね。

街の音楽発信基地。
昔はライブハウスは少なく、ジャズ喫茶とレコード屋が中心だった。

僕は今でも探し物以外はネットショッピングでCDを買わない。
東京でも何処でも足を運んで店頭で買う。

店頭に行くと思わず欲しくなって買っちゃうものだってある。
それが新しい発見だったり、楽しみだったりする。

音楽が好きなら“当たり前”の事だ。

この街も昔はたくさん個人経営のレコード屋があったけど、今では中心街に半分も残っていない。

それでも頑張っているCDショップ。

日曜日の夜、時間があったので「レコード屋」に行った。

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中心部からアーケードをL字型に15分ほど辿ると、私鉄ターミナルの出口近くに「まるいレコード」がある。雨が降っても傘いらず。長居をして疲れた時はターミナル前から近所の大街道電停まで市電で戻れるので便利。

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「まるいレコード」(松山市・銀天街

この街で音楽に関わる人間ならこの店を知らないと“もぐり”。

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大きな店ではないが、2階はジャズとクラシック専門。
東京のジャズ専門店には及ばないが、近所のターミナルのデパートにある外資系のメガショップよりも品揃えはこちらが優る。
さらにフロアーにはジャズ・クラシック専門の店員がいる。

郊外のショッピングモールなどのCDショップにはジャズのコーナーが無いところすらあるのに。

僕はココに小学生の頃から通っている。
昔は店の一番奥のコーナーがジャズだったけど、中学の頃に2階が出来た。
当時の店長は、これまたこの街の音楽通なら誰でも知っていた「カンちゃん」。
今はリタイアして「Y」さん。
どちらもベテランで、ほとんどのジャズとクラシックの事は頭に入っている。

店内はジャズとクラシックのBGMが交互に流れる。

「景気はどう?」

「最悪ですねえ」

もはや合言葉。

CDショップに行って楽器名で並んでいない店だとまず100%店員は当てにならない。
何か尋ねても「ちょっとお待ちください」と売り場の影に消え、パソコンで検索しているのが関の山。だから個人の意見が聞けない。こっちはそれが聞きたくて尋ねているんだ。
ネットなら自分で見るよ。

こちらは足を運んで購買意欲満々なのだから、そこで「ソソラレル」一言でも言ってごらんなさい。即決で「買い!」。さらに横目で見てたものも「買い!」。ついでにこれも「買い!」。
1枚が3倍に膨れ上がること請け合い。

そうなると向こうも何かとサービスしてくれるもの。

商売は買う人と売る人の駆け引き。
だからCDショップで無言で探し物をして見つからず、そのまま帰っている人がいたらそんなもったいない事はしちゃダメですよ。

何でもいいから質問したり話したりすると、買いに行くのが楽しくなるから。

「それもいいけど、こんなのもあるよ」とか、
「コレちょっと聞いてみる?」と試聴させてくれたり、ね。
常連になれば客の好みもわかっている。

ネットでも音は聞けるけど、自分が知ってるものしか出会えない。
偶然出会う確率は、ネットよりも専門の店員がいるショップのほうが上。
知らないものをたくさん知る場所として、やはりCDショップは今でも宝庫なんですね。

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またまた買ってしまいました・・・(笑)

「最近はこの階段が辛いという人がいてねぇ。困ったもんです」
と、思わぬ高齢化現象に悩みつつも、いろいろと対策を嵩じて既に実践しているようでした。

「では、また帰ったら寄るよ!」

と階段を駆け下り、一階を抜けて外へ。

確かに日曜日の夜ともなれば表の人通りも少ないか。

僕のいる30分間に数人来たかな。曜日と時間帯を考えればまずまずでしょう。その内の一人がジャズ、一人はクラシックで店長に何やら質問していたな。これもココなら“当たり前”の光景。

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そうそう、この「まるいレコード」の6軒ほど先のアーケードの終点、ターミナルと地下街の出口にもっとディープなレコード屋が健在。

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「津田演奏堂」(松山市・銀天街口)

何とこちらは“演歌・歌謡”専門店。店内のCDは演歌・歌謡オンリー。
チラリとミュージックカセットも健在と見た。
さすがです。

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ナカムラミツコさんってだぁ〜れ?

なぜかターミナル側のシャッターはいつも閉まっている。
この街の演歌・歌謡ファンの“聖地”だそうな。
今まで一度も入った事がないけど、店内にはいつもオジサンやオバサンが溜まっている。

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こんな光景、郊外のショッピングモールじゃ真似できないゼ!

これが街の“当たり前”の姿。

個人経営のレコード屋はいわば街の“お宝”。

ただ、僕がこの先「ねぇねぇ、サブちゃんの新譜出た〜?」と津田演奏堂に駆け込む日は、、、、、、、、

まずないだろうけど。。。

せいぜい、まるいレコードの一階から二階のレジに向って「誰々の新譜入った〜?」と言う事はあっても。

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帰りは津田演奏堂の先から閉店間際で人影もまばらな地下街を抜けて、市電で帰った。

結局、「まるいレコード」にしても、「津田演奏堂」にしても、何か音楽でも専門化した分野の店が生き残った。今やポップスや流行音楽の愛好者はCDプレーヤーさえ持たず、iPodなどで音楽を楽しむ習慣が定着しつつある。
そういった層は購買意欲は旺盛だけど、気に入った曲だけしか買わない。
スーパーの特売品的感覚が“当たり前”に支配している。

アルバムごと買えばその内に好きになる音楽だってあるのに、それはそれ。今はこれだけあればいいって意外とお金にはシビア。
でも、音楽って娯楽なんだから、食料品とは違うのよねぇ。
無駄の中にもいろいろあるって思ってみれば娯楽らしくなるのに。

まぁ、数年経ってから、「あの時買っておけばよかったなぁ」という事になるまではこの状況が続くだろう。
まだユーザーが新しいメディアを自分の物として使いこなせていないからだ。
もっとも、数年経っても気にもならない音楽を量産してはかえってマイナス効果。
今は良質の音楽をたくさん作っておく必要が制作側にはある。“当たり前”だけど。

街のいろんな“当たり前”を、いつまでも残そうではありませんか。
郊外の画一的なショッピングモールと違って、これはこれでけっこう楽しいものですよ。
無くなってしまったら、結局困るのは・・・・・
そこで生活する人なんですから。


コチラはネットで世界中へダイレクトリンク!
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チェキラ!

2009/2/23

非情階段・・・  月曜:ちょっと舞台裏


ツアーや公演で宿泊するホテル。
近年は火災などの緊急時に脱出経路として非常階段の表示が目立つように掲げられている。

ホテルにもいろいろとあって、大都市やある規模以上の街のホテルは24時間出入りしてもまったく問題はない。
でも、かなり小さな町で、しかもチェーン方式ではなく個人が経営しているタイプのホテルでは「門限」というのがあってこれが我ら夜行族のミュージシャンには恐怖の素だったりする。

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午前3時過ぎの街はひっそりと寝静まっているようで実はまだけっこう多くの店が営業している(写真は本日の話しとは直接関係ありません)

9 to 5で働くビジネスマンの時間に置き換えると、コンサートや公演の場合、午後1時が午前9時の出社時間に該当する。リハや本番が終わる午後10時頃がいわば退社時間に相当。
ライブだと午後3時頃が出社時間に相当し、午前0時前が退社時間に該当する。

どちらにしても、グググっと夜に偏って生活のリズムがあるから、何処へ行ってもこのペースは崩せない。

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(写真はイメージで本文とは関係ありません)

ある程度の規模の街なら、この時間帯から打ち上げが始まり午前様は確実。街のどこかには必ず誰かが演奏している店や音楽通の溜まる店があり、そのまま一緒に混ざってシットインしたり、ワイワイガヤガヤ話に華が咲いたりする。

「さて、そろそろ・・・」と腰を上げる頃には丑三つ時。

そこからが大きな街と小さな町では事情が違う。
大きな街だとそのままホテルに戻ってフロントでルームキーを受け取り部屋に入って寝るだけなんだけど、ちょっと小さな町で、しかもそれがその町唯一の個人経営のホテルだったりするとホテルに着いたはいいけど・・・・・

うん?フロントに誰もいない??

手元に「御用の際はこの呼び鈴でお知らせください」とあったりするので、景気良く“チ〜ン!”と鳴らしてみると、奥からゴソゴソという感じで、今寝てました的な髪型と血色の悪い不機嫌さを押し殺したような顔のフロント係りが出て来て、

(・・・・てめ〜ら、今、何時だと思ってんだ〜!ピクピク)おかえりなさいませ」(声、枯れてるし)

・・・・

(・・・備え付けの便覧を見てね〜のかよォ、ったく〜!)お客様、当ホテルは午前0時で一応フロントを閉めさせていただく事になっておりますので、お帰りが遅くなられます場合は事前にご連絡いただきますようお願いいたします」(最後の“す”に力が入ってるし)

・・・「すいません」(かな〜りヘコむ)

(・・・・っチ、謝って済むなら警察はいれね〜んだよ、ったく〜!)あ、いえ、今後お気をつけくださいませ。場合によっては入り口の鍵を閉めて係りが帰ってしまう事もありますので・・・。本日はわたくしどもがおりましたので・・・・(だぜ、感謝しろバ〜カ!)。お客様、お部屋は?」

・・・「305」

(・・・もう数時間でブレックファーストだっちゅーのに何考えてんだか、ったく!)ご朝食はいかがなさいますか?」

・・・「いらない」

(だろ〜よ、ったく〜、こんな時間まで飲んでて食べれるわけね〜だろ〜が、バ〜カ!)承知いたしました。ではごゆっくり」

・・・「ありがと」

と、まあ(青文字は顔色からの想像ですが・・・)、こんなやりとりが続いた頃もありました。




帰国間もない頃、よくツアーで各地に行っていました。
とある小さな町でライブをやった時の事です。

その時はギターのM君、ベースのO君、そして僕というドラムレスのトリオでレンタカーを借りての移動中。
それまでにも何軒かのホテルで上記のような光景に遭遇していたので、まずホテルにチェックインしたら便覧に目を通すのが習慣になっていました。

ううん、、午前0時門限かぁ。。。

主催者が用意してくれるホテルなので事前に細かい情報が入らないのですね。
今ならネットで検索すればイッパツなんですが、送られてくるのはせいぜい電話番号と住所と地図。

チェックインして一汗流すと主催者が迎えに来るのでそのまま本番が終わるまでホテルに戻る事はありません。
部屋で待機し主催者がフロントに到着したというので部屋を出るとちょうど隣室のO君と一緒に。
「ねえねえ、また門限付きだぜ。やだね〜」と話していてふとエレベーター横の「非常口」という緑色の表示が目に入った。



「ちょっと待ってて」

「ど、どうしたんすか?」

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(写真はイメージで本文とは関係ありません)

「オッケ〜、オッケ〜!」

「なにが?」

「いやね、あの非常口ってあったじゃん。あれ、アラームが付いてないんだよね〜。っつ〜事はよ、と思って開けてみたさ、するとね、そのまま降りて下に出れる。ど〜よ!」

「いいっスね〜」

「だろ〜!」

まぁ、若かったしもう時効でしょう。

満員御礼で演奏は盛り上がり、そのままライブ会場で軽い打ち上げに。
いろんな人と話しをしていると、随分演奏が気に入ってくれてどうしても僕等を連れて行きたい所がある、という人達が。
全国各地には地元の人しか知らない旨いものや面白いものがたくさんあるから僕等も嫌いじゃない。
主催者も楽器はこのままで明日出発前に撤収と搬出でいいじゃない、と乗る気に。

そこで一旦ホテルで軽く汗を流してそれから出かけましょう!という事に。
午後11時半頃ホテルまで送ってもらいシャワーを浴びる。
ギターのM君は「さすがに連日の打ち上げで体調悪し、本日はパス」との事で、僕とベースのO君の二人で迎えの車を待つ。

エレベーターで降りる直前に、しっかりと「非常口」の鍵を開けて・・・・

迎えの車に乗り込み、いざ出陣!
盛り上がるに盛り上がった。

「さて、そろそろ・・・」と腰を上げる頃にはお約束の丑三つ時。

ホテルに送ってもらうが、今日は準備万端、フロント氏に嫌な顔をされる事もない。
なぜなら、ほら、そこの非常階段を登れば自分たちの部屋だもの!

「大丈夫ですか?入り口真っ暗ですよ?」

送ってくれた御夫妻が心配そう。

「な〜に、ちゃ〜んと策は講じてますって」

話すと馬鹿ウケ。

「一応ちゃんと部屋に戻るまで見てますね」

了解〜!

と、O君とともに非常階段を3階に向う。

「そ〜っと、そ〜っと」
「はいはい」

なぜか笑いが込み上げてくるのを押し殺しながら、真っ暗な非常階段をそ〜っと、そ〜っと登って行く。

下を見ると車の中でも笑っている。

3階の非常口に辿り着き、そ〜っと扉を開けようと・・・

開けよう・・・

開け・・・

うん?

おっかしいなぁ。。。

開かないゾ!

「ち、ちくしょ〜!閉めやがったな〜!」
「ガ〜ン!」

とりあえずこのまま非常階段で男二人が丑三つ時に居ても怪しまれるだけだ。

「退散〜!」

そ〜っと、そ〜っと階段を降りる。。。

下の車ではまた大爆笑・・・

そ〜っと、そ〜っと降りて車まで戻る。

「やられた〜!」
「締め出された〜!」

笑!!!

結局、その日は明け方まで御夫妻の家にお邪魔し、ホテルの営業開始まで時間を潰すハメに。。。
(ホント、お世話になりました!)

午前6時。

車でホテルまで送ってもらい、ソソクサとフロント前を通過。
知ってか知らずか、ちょっとフロントマンの目にキラリと勝ち誇ったような「上から目線」を感じたのは僕だけ?

シャワーを浴びて、寝るか寝ないかど〜しよう?と思う内に出発の時間。
結局一睡も出来なかった。

車に乗ると何もしらないM君。
「あ〜、今朝は快調そのもの!スッキリ!」

そのまま後部シートに倒れこむ僕とO君でした。

「あれ?なんか疲れてるね〜。さあさあ、今日はどこでしたっけ?がんばりまっしょうい!」

・・・

応える元気もなく、そのままお迎えが・・・・
スヤスヤと休む暇なく、昨夜の会場でフラフラになりながら楽器を分解しつつ、意識も分解するのでありました。

ああ、非情階段。。。

それでいて、その夜の演奏が素晴らしく良かったりするからわけのわからない世界です。
もちろん、その夜の打ち上げは短かったですが・・

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2009/2/20

ジャズにおける4本マレット奏法の誕生  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック


毎週金曜日はvibraphoneやmarimbaをやっている人向けのお話し。金曜第百二十六回目の今日は「ファンが止まった日」のお話し。

理論的な話しが連続していますが、楽器の機能と合わせて再確認をしてみると面白いかもしれませんね。

ご存知の通り、僕も含めてヴィブラフォンを4本マレットで演奏する奏者は、大なり小なりこの世界の先駆者であるゲイリー・バートン(Gary Burton)氏の影響を受けています。
今日ではヴィブラフォン奏者全体の過半数が4本マレット(My SpaceやYouTube等の映像からも判明)で演奏するようになり、大変ポピュラーで演奏スタイルも多種多様。

もちろん、バートン氏とは異なるコンセプトで演奏している奏者もいますが、ヴィブラフォンをピアノに匹敵するコード楽器として認識させた一つの指針としてバートン氏の存在は誰もが知るところです。10本の指を駆使するピアニストに多種多様なスタイルがあるのと同じですね。

ただ、バートン氏は4本マレットによる奏法全般の生みの親ではなく(クラシックの世界では木琴の時代からあった)、むしろ注目すべきはヴィブラートの使用を止めた事による奏法の開拓にあると僕は思っているのですね。

見た目には4本マレットほど派手にアピールする事ではありませんが、あまり他では触れられる機会も少ないので、その辺りの事を書いてみようかと。

そもそもヴィブラフォンはメタロフォン(メタル材質の鍵盤によるマリンバ)の開発途中でパイプの中に仕込まれた回転羽による電気的なトレモロ(当初、羽の回転速度は速かった)装置を、メタルよりも音の伸びるアルミ合金に載せ換えて、その余韻を調節するダンパーペダルが装着された時点で誕生しました。(メタロフォンはマリンバと同じで消音ペダルは無かった)

メタロフォンよりもアルミ製の鍵盤は余韻が長く続くので、トレモロ装置の回転速度を調節して緩やかなヴィブラート効果も加えたと考えるのが一般的でしょう。これが1930年頃にアメリカのディーガン社が作った「Vibraharp」で、ヴィブラフォンの元祖とされます。

この音響効果は当時としては最新の音響装置(エフェクター)で、同時代にヒットしたハモンド・オルガンの回転スピーカーによる効果と似ています。
これによってヴィブラフォンは世界中に広まりました。(当時の音楽を聴くとどこかでヴィブラフォンが使われているのも最新流行だったからです)

その間にジャズでも使われるようになってライオネル・ハンプトン、レッド・ノーヴォ、ミルト・ジャクソンらの有名プレーヤーが誕生しています。

本日はヴィブラートの話しなので先に進みますが、1943年生まれのゲイリー・バートンがリーダーとしてデビューしたのは1961年に録音されたこのアルバムでした。

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『NEW VIBE MAN IN TOWN/Gary Burton』(rca/1961年)

ヴァイブ・トリオによる4本マレットを駆使した演奏ですが、この頃のバートン氏はヴィブラートを使っています。また、(今にして思えば)それまでのヴィブラフォン奏者の演奏からの決定的な飛躍という印象よりも、若干18歳のフレッシュでテクニカルな演奏が冴え渡ったアルバムです。

この後、バートン氏はボストンのバークリー音楽院(現・バークリー音大)に入学するのですが、本人によれば当時はバークリーにヴァイブの先生がいなかったからピアノで入ったとの事。

実はココからの数年間に大きなヒントがあったようです。

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『WHO IS GARY BURTON?』(rca/1962年)

在学中に録音されたこのアルバムは、先のデビュー作「NEW VIBE MAN IN TOWN」がスタンダードばかりだったのとは異なり、バークリーでの同窓生でもある、マイケル・ギブスやクリス・スワンソンらのオリジナルが登場します。
バークリーでの成果がそのまま反映されているようですが、ヴィブラフォンにまだヴィブラートを使っています。

バークリー在学2年の時にピアノのビル・エバンスを聞いて感銘したとの事なので変化はこの頃から起こり始めていたようです。
また、僕がバークリー時代に聞いた話でも、ゲイリーはドラムのアラン・ドーソンからも影響されたと。ドーソン氏と言えば打楽器をやる人なら誰でも真っ先に浮かぶのが「ルーディメントの祖」です。

ビル・エバンスのサウンドとアラン・ドーソンのルーディメント。
そう、その後のバートン氏の演奏スタイルの核となる二大要素をバークリー時代に発見したと思えるです。

1963年は、恐らくヴィブラフォンにとって革命的な年と言えるでしょう。

大ベテランのソニー・ロリンズとクラーク・テリーに挟まれたオムニバスによるこのアルバムではヴィブラートこそ回していますが、ハーモニー・センスはよりピアノに近くなり、さらに初めてオリジナル曲“Gentle Wind and Falling Tear”を吹き込んでいます。

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『3 IN JAZZ/G.Burton,S.Rollins,C.Terry』(rca/1963年)

このアルバムの半年後に吹き込まれた3枚めとなる次のアルバムでとうとうヴィブラフォンからヴィブラートが消える事に。

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『SOMETHING'S COMING!/Gary Burton』(rca/1963年)

この年にバートン氏は在学中にオーディション(当日指定された課題曲は偶然にも前夜にチェックしたJoy Springだったとバークリー時代に教えてくれました/笑)で入ったジョージ・シアリングのバンドでソルト・レイク・シティのサマー・ミュージック・クリニックに出かけドラムのラリー・バンカーと出会っています。
よほど意気投合したようで、その直後に吹き込まれたこのアルバムにバンカーも参加しています。

ジム・ホール(g)といい、チャック・イズラエル(b)といい、ラリー・バンカー(ds)といい、このアルバムに参加しているメンバー全てがピアノのビル・エバンスのブレーン。

そして、決定的なのは、ココでノン・ヴィブラートと共にハーモニーを生かすべくマレットダンプニングに着手している事です。
ノン・ヴィブラートでも表現力を失わないためにはマレットダンプニングが必須だったのですね。

デリケートなジム・ホールのギターとの相性を考えるとそれらの結論に至るのは当然とも思えますが、もう一つ、それはラリー・バンカーの影響も。(これについては改めて書きます)

その年の秋までにはジョージ・シアリングのバンドを辞めてフリーランスとなり、ロスでバンカーと再会した次のアルバムでは完全にノン・ヴィブラートのスタイルが聞こえてきます。

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『LIVE AT SHELLY'S MANNE-HOLE/Larry Bunker Quartette』(nberty/1963年)

また、このアルバムで試用した4オクターブのヴィブラフォンも新しいヴィブラフォンの表現の一つかもしれません。

その頃のレコーディングでもすでにヴィブラートの使用をやめていてスタイルを確信しているのがわかります。
63年からギタリストの代わりに参加したスタン・ゲッツのバンドでの演奏は耳慣れたものですが、他のアルバムでもそれは聞かれます。

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『BOB BROKMEYER AND FRIENDS』(cbs/1964年)

それらが結実した今日のバートン氏の原点となるのが、この4作目となるアルバム。

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『THE TIME MACHINE/Gary Burton』(rca/1965年)

完成した4マレット奏法とノン・ヴィブラートによるサウンド。さらにはマレットダンプニングや4オクターブのヴィブラフォン、自身のオリジナル曲、そして録音技術の多重録音まで駆使したこのアルバムはヴィブラフォンの世界に革新を齎したエポックメイキングな発想と実践が記録されているのですね。

その後のラリー・コリエルとのセンセーショナルなジャズ&ロックの世界の前に、ジャズのヴィブラフォンとして一つの新しいスタイルが確立されていたのです。

幸運にも楽器を始めた比較的初期にこの事に興味を持ち、運よくリリースされていたこれらのアルバムを聞き、無意識のうちにルーディメントとピアノのコードワークにヒントを見つける事ができました。さらにその後ゲイリー本人の指導を受ける頃には、想像でしかなかったこれらの事がほぼ自分の中で解き明かされていたようにも思います。
また、その秘密の最後の部分を僕もバークリーで吸収出来たと思うのですね。
その「最後」の部分とは、みなさんが自分自身で見つける事なのです。

金曜日では様々な演奏講座を展開しますが、「4本マレットを持つには意味がある」という発想が根底にはあることを知っておいてくださいね。

奏法のための奏法はないのです。

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2009/2/19

ジョージ・ラッセルとツワモノ揃い・・・  木曜:Jazz & Classic Library


一種独特のサウンドで印象深いコンポーザー&アレンジャーの代表格となればやはりジョージ・ラッセル。
そのラッセルにエリック・ドルフィーが加わるとなれば、、、
トランペットのドン・エリスが乱入しているとなれば、、、、
さらにベースがスティーブ・スワロウとなれば、、、

まさに正しく試聴などせずにレジへと向う・・・・そんな時もあった。

その記憶がこのアルバム。

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『GEORGE RUSSELL SEXTET』(riverside)

まず目を引いたのがマイルスの“NARDIS”、パーカーの“AU PRIVAVE”、モンクの“ROUND MIDNIGHT”という名立たる有名曲をラッセルがどのように料理しているんだろう?という事。

さらにラッセルの曲としては比較的ポピュラーな“BLUES IN ORBIT”が入っていること。

このアルバムを手にした動機はそんな事だった。

いそいそと寮(当時は音高生)に戻ってターンテーブルにのせて針を下ろした瞬間・・・・

お・み・ご・と!

一曲めの“NARDIS”で完全に吹き出してしまった!(笑)

「・・・こ・・こ・・・・・・
こんな、、、ナーディス、、、、、、
・・・・・聴いた事ない、、、、、」

笑うというのは、もちろんサウンドがコッケイな事もあるけど、自分が予想したよりも遥かに“壊れてる”状態。
こうなると、もう、「やった〜!」としか言いようがありません。

「けだるい」というのを音で表現するとこうなるのでしょうか・・・。

さらに二曲目の“AU PRIVAVE”になると、さらに別の笑いがこみ上げてきます。

ドン・エリスがまるでニワトリを演じているような感じで、餌場をせわしなく動き回るニワトリそのものがソコに聞こえるんですね。

ラッセルの魅力、一体なんでしょうか。
僕はこの不思議で愛してやまないラッセルの音楽が好きなのです。

クラシックなどの表現で形態模写的な音楽描写がありますが、そういった受け止め方も出来る、このユーモア。
でも、これは実に真面目な音楽なのです。

リセット王!

もしもこのような形容があるなら、ラッセルの音楽は正にそのものズバリです。

人の曲でも自分の曲でも、まずは破壊から全てがスタートしているんですね。
自分の曲なら、最初から白紙で始められますが、人の曲はなかなか破壊に持ち込むのが大変です。

破壊と言ってもメチャクチャにするフリージャズとは違って余計な飾りを全て取り除く作業なんですね。
それでも、なお崩れない部分だけがより一層美しく残り、他は新しくラッセルが注入するエキスによって聴いた事も無いパワーを得て輝くのです。

このアルバムでは特に“ROUND MIDNIGHT”でのエリック・ドルフィーが聞き物。
破壊の後の恍惚にも似た「美」がドルフィーの肉厚な演奏によって立体的に描かれているのですね。
また、同曲のイントロなどでも聞こえるスティーブ・スワロウの演奏も冴えています。
ドルフィーはアヴァンギャルド、と思っている人は是非。
彼が紛れもなくチャーリー・パーカーの延長線上にあった事を実感できるでしょう。

メンバーは

Don Ellis(tp)
Eric Dolrhy(as,b-cl)
John Pierce(as)
Paul Plummer(ts)
Garnett Brown(tb)
Steve Swallow(b)
Pete La Roca(ds)
Joe Hunt(ds)

George Russell(p,arr)

凄いメンバーですね。


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タグ: Jazz ジャズ CD

2009/2/18

やはり華です!  水曜:これは好物!


「っと言う事で課題はかくかく云々。ではまた来週」。
本日最終のタカハタ〜ナのレッスンが終わってレッスン室を出ると、何やらリビングのほうから賑やかな声。

うん?

とっくに今日のレッスンは終わったはずのN崎嬢が家人相手に何やら話しに没頭中。
タカハタ〜ナのレッスン中ず〜っと家人相手に話していたようだ。

若いからいろいろと世の中の理不尽な事にストレスが溜まっているらしい。
わかる、わかる。大いにココで発散しなさい。

「あ〜話してスッとした〜!」

そう言ってN崎嬢がタカハタ〜ナを連れ立って我が家を後にしたのが午後8時過ぎ。

いつもならこのまま家人と夕食になるのだけど、本日は慌ててパッキング。タクシーを呼んで駅に向う。

それにしても、いつの時代も音楽の周りには“笑っちゃうしかない”困った奴がいるもんだねぇ。ある意味“趣味”が嵩じての人は自己完結しているからなぁ。僕らも若い頃に腹が立つを通り越して“笑っちゃうしかない”困った人、たくさん見てきたもの。

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さて、午後10時東京駅発のいつもの寝台特急。

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急いで買い物を済ませて乗り込む途中、ふと見上げるとこんなものが。

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さすが東京駅。国際的です。

はい。

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ちなみに高松(TAKAMATSU)の「T」を外すと僕の名前に・・・

マーヒだねぇ(笑)

今夜は売り切れ続出で、この時期定番のコチラ!

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『吹き寄せ弁当・ふゆの華』(NRE・日本橋大増製)

何度も書いているけど、近年の東京駅の駅弁は充実している。
種類も豊富だし、味付けも昔とは比べ物にならないほど良くなった。

さて、この四季シリーズの冬版。
何と言っても“かに御飯”が目を引く。

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一見普通の惣菜に見えるものでも、よく見ると意外と凝っている。

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白身魚のマリネ風に見えるのは何と“アンコウの唐揚げ”を南蛮漬けにしたもの。
ガンモかと思ったら“ひじきこうふ”というひじきと魚のすり身を合わせ炊き上げたものだったり。

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目立たないところではしし唐揚の横のパプリカ揚なども。
コリコリ食感がたまらない“くらげのレモン酢和え”など、たかが駅弁と侮れない見た目も楽しいもの。

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添えられた「おしながき」

やはり大増との提携の成せる業でしょうか。
恐らく日本一バリエーションが豊富な東京駅の駅弁事情。

時期的に、もうそろそろ“ふゆの華”も終りでしょう。
次は当然ながら“はるの華”。

さてさて、今年の“はる”はどんな華になるのでしょう。
今から楽しみなところです。

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食後はパソコンをセットしたものの、
さすがに疲れて東海道は夢の中・・・・

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2009/2/17

クロッシング・・・  火曜:街ぶら・街ネタ


そう言えば、夜と言える時間帯にココへくるのは初めてかもしれない。

一番頻繁に行き来していたのは80年代。
人を迎えに来たり、送られたり。
公私共に何かと足を運んだ。

でも、記憶する限り、早朝や午後の到着便だったり、午後や夕方の出発便だったりで、夜という時間帯の姿を見た覚えがない。

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成田国際空港第一ターミナル

やはり馴染みは第一ターミナル。昔はコレしかなかった。
第二ターミナルは何となく手狭で落ち着かない。
やはり僕はこちらが「しっくり」とくる。

今でこそネットを介して海外と繋がっているけど、一昔前までは国際電話かFAXが関の山で、リアルタイムにポンポンとメールでのやり取りや、サクサクとデータ交換や閲覧が部屋にいながらに出来る事など予想もつかなかった。

90年代にスタジオで、「今、アメリカのスタジオと回線を介してレコーディングデータを送受信中だけど一晩掛かりそう・・・」と言われ驚いた。
わざわざアメリカまで行かなくとも、スタジオでキッチリとミックス出来る時代なんだ、と。

しかも一晩でデータが送られてくるなんて・・・・!!!

今や一晩どころか数分で送受信が可能だ。

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それにしても、夜の空港は静かだ。
日中の喧騒が嘘のように。

雪の降りしきる中、ココに車を飛ばしていて突然“ガリガリガリ・・・”という異音に驚いて車を路肩に停めてみたら・・
見事にチェーンが切れていた。
初めてチェーンを切ったのもこの成田行きだった。

夕方に腹ペコで乗り込んだ便が水平飛行になっても一向に機内食が配られない。
機内食どころかドリンク類だってまともに回ってこない。
「なんじゃコリは!」
と思っていると、、、、、
そのまま深夜のアンカレッジに緊急着陸というアクシデントもあった。
沈む夕陽越しに尾翼の先から燃料を海上に捨てる一筋の線を初めて見たのも成田からの便だった。

何だかアクシデントの記憶ばかりが出てくるけど、大抵の時はごく平穏な記憶ばかり。
前途洋々に乗り込んだ記憶や、心機一転に踏みしめた記憶。
そしていつも空港内は人出でごったがえし。

そんな記憶しかなかった場所の、ちょっと違う表情は意外と新鮮。

様々な交錯と喧騒の余韻が、まだロビーの空気の中には感じられているのを見逃さなかった。

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2009/2/16

結局、独でも英でもなく伊太利亜  月曜:ちょっと舞台裏


さすがに2月で冷房を入れたのは記憶に無いなぁ。。。
週末はグングン気温が上がり、日中のリビングは27℃を超えた。
オート設定のエアコンは遂に冷房へ。
まったく冬はどこへ?の東京地方です。

ちょうど静岡から来ていたヴィブラフォンの弟子Y子嬢も「そう言えば来る時の特急も冷房が入ってました」と。
日曜日は少し気温も落ち着いたとは言え、20℃前後。
安易に地球温暖化などと言いたくないが、さすがにバレンタインで冷房となると・・・・。

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多摩丘陵に沈む夕陽も春そのものの09年バレンタイン・デー

さて、

先週金曜日の「固定ド」と「移動ド」の話は予想以上の反響があり、やはり「固定ド」で頭を悩ましていた人が多いのがわかった。

実はこの「固定ド」とか「移動ド」と書くのもちょっと抵抗がある。
「ド」とはあんまり書きたくないからだ。

と、言うのも、少し音楽に興味がある人はご存知だと思うのだけど、この「ド」という奴が実に厄介。

「では、このメロディー“C”“D”“E”を日本語で歌うと何になる?」

音楽教室でも、音大や音楽学校でも、いや、音楽サークルでもいい、この質問を投げかけると八割は間違った答えが返ってくる。

「ハイ!簡単ですよ〜、ド・レ・ミ!」








ブーーーーー!残念、ハズレ〜!







「正解は、ハ・ニ・ホ」

一同ガ〜〜〜ン!
と、いうのがオチである。

「ハ長調、ニ短調、とかって言うじゃん」

と言ってもまだ半分は納得していない。

「だってドレミファソラシドって唄うもん」

と、頑張る人もいる。

「あのね〜、ドレミファ・・ってイタリア音名だぜ・・・」

再び・・・一同ガ〜〜〜ン!
と、いうのがオチである。

そう、ドレミファはイタリア音名。
でもイタリアではドレミファとは書かない。
あまりにも当たり前だけど、イタリアにカタカナは無いもんね。

日本では音名よりも歌う時の階名としてイタリア風カタカナ音名が使われている。
音名じゃなく階名、というのがネック・・・
元々カタカナじゃない音がカタカナとして頭に植え付けられているから困ったものだ。
「ド」は本当に厄介。

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楽器を始めると、最初は譜面に従って「固定ド」で楽器のポジションと、譜面に書かれた音符の位置関係を覚える事から始まる。自分の楽器の何処に何の音があるのかを覚える必要があるからだ。
しかし、ハーモニーやコードとの関係が深まって来ると、徐々に頭の中は「移動ド」に変ってくる。
しかし譜面を見る限り音は「実音」と言って音符に書かれた音を楽器で奏でる音域の音を示すのだけど、ここに今度は言葉の壁が出て来る。

僕は高校で音楽科に入ったからこの時点で「音名」はドイツ音名という、これまた厄介なものと触れ合う事になった。

いわゆる、日本式イタリア風カタカナ階名のドレミファソラシドをドイツ音名で発音すると・・・

ツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー、ツェー。

一方、同じ頃からジャズも始めたのでコチラは英音名で、

シー、ディー、イー、エフ、ジー、エー、ビー、シー。

どちらも、コレ↓を見てそう呼ぶものだ、と教えられる。

C-D-E-F-G-A-H/B-C

唯一見た目にもH(独・ハー)とB(英・ビー)の違いはあるが、他は同じアルファベットの音名が並ぶ。
まったく似ても似つかないものだったら楽なんだけど、、、、、見た目は殆ど同じだからかえって厄介。

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なので、最初の頃は時々頭の中が混乱して・・・

シー、ディー、イー、エフ、ゲー、アー、ハー、ツェー。?あれ〜?あれれ〜??

な〜んて事になった。

慣れない頃はギャラだって大変だった。
この世界は業界用語の嵐。

「じゃ、ひとつエ〜万でヨロシク〜!」

と言われて、「エ〜?、うん?E(独・エ〜万=3万)??A(英・エ〜万=6万)?どっちよ〜??」
とか。
エー(独・E)とエー(英・A)ではギャラが倍違うからねぇ。。。
学生にとっては一大事で一応そういう時は英音名で確認したものだ。「すいませ〜ん、さっきのは、ABCDのA? それともEですか?」と。

ジャズメンなら英音名で確信出来るが、音大とかだと両方入り混じっているからねぇ。

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まぁ、ギャラの話しはともかく、初期の頃はドイツ音名と英音名で思わぬ音程の違いを引き起こし、音合わせではリハーサルレターの読み違えで「じゃエ〜から行くよ。せ〜の!」、と同時に「E」セクションと「A」セクションをかき鳴らすような事故も度々あった。

しかし、もっと問題なのが「ドレミファソラシド」。

少なくとも、僕の周りには日本人だからと「ハニホヘトイロハ」と唄っている奴はいない。
また、ドイツ音名や英音名で歌っている奴もいない。唄うには発音で舌が回らない。

100%がイタリア音名らしきカタカナ階名で歌っている。

が・・・・

それがカタカナのイタリア音名だと音の変位を表すのが欠如していてまたまた混乱してくる。

「そこはミが半音下がってミ〜、いや、ミー、うん?ミ〜フラット〜?う〜い、わからんゾ〜!」・・・
音程だけ変えてもず〜っとミ〜、ミ〜、ミ〜、だからね。

ドイツ音名では音程が半音上がると音名の横に「is」、半音下がると「es」を付ける。
但しEとAには「s」しか付けないのと、Hは半音下がると「B(ベー)」になるという少々混乱気味な法則が出て来る。

Cis(チス)-Dis(デス)-Fis(フィス)-Gis(ギス)・・・又はAs(アス)-Ges(ゲス)-Es(エス)-Des(デス)・・・

英音名では単純に半音上がるとシャープ、半音下がるとフラットを付ける。

C#-D#-F#-G#・・・・又はAb-Gb-Eb-Db・・・
読み方はそのまんま。

さらに、日本音名でもこの音の変位は表現出来る。
半音上がる時は頭に「嬰」、半音下がる時は頭に「変」を付ける。

嬰ハー嬰二ー嬰ヘー嬰ト・・・又は 変イー変トー変ホー変二・・・

但し、これらをそのまま唄うのは・・・・まず困難。

そうなると、イタリア音名らしきカタカナ階名が出て来るのだけど、これがどうしてどうして・・・音程の変位にまったく対応していないのですね。

さらにもう一つ大きな問題があって・・・

この音程の「変位」を無視した事によって、短調の階名を「ラ」から始めてしまったのです。。。

だから、今でも短調の曲を階名(移動ド)で唄うと、主音を「ラ〜」と唄ってしまう人が多いのですね。

そもそもはイタリア音名をカタカナに変換した事が全ての混乱の元凶のようです。

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赤松著レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』(ヤマハ)“コード奏法基礎編”より

近代ソルフェージュの中で一番進んでいると思われるのがMovable do solfège。訳すと「移動ド階名唱法」とでも言いましょうか。19世紀のトニックソルファに似ています。

まず音の変位に対しては、ドイツ音名の変位を参考にシャープには「i」、フラットには「e」を付ける事に。
但し最初から階名に「e」を含む“re”に対してだけ「a」を付ける事に。
ドイツ音名では音程の変位に対していくつもの例外があったのに対して1音のみという改善が成されています。

次に、音程を示すアルファベットの頭文字をオクターブ内でそれぞれ固有化させる為に、本来「Si(カタカナ階名のシ)」の「S」を「Ti(ティ)」として、「Sol(ソ)」の「S」と分化。

長調do-re-mi-fa-sol-la-ti-do

短調do-re-me-fa-sol-le-te-do

これらの音の変位に対する施策によって、長調でも短調でも主音を「do」から唄う事が可能となり、誰でも唄いやすい(発音しやすい)イタリア音名をベースとした「移動ド階名唱法」が確立されています。

それが先週金曜日に書いた「移動ド」による和声学(コード理論)との連動に繋がるわけです。

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現在の小中学校では「移動ド」が主流になりつつあるようですが、相変わらずカタカナ音名で短調は「ラ」から唄っているようです。

Movable do solfège(移動ド階名唱法)が定着するにはまだ少し時間が掛かりそうですが、少なくとも「固定ド階名唱法」よりは一歩進んだ事に違いありません。

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C-D-Eb-E-を「ド(do)−レ(re)ーメ(me)ーミ(mi)ー」と唄うようになれば、もう少しコードに関するセンスが磨かれて、僕らが散々経験した音楽教育の大矛盾も解決に向うのではないかと。

こうなると独でも英でもなく、これからはやっぱイタリアですかねぇ。
さすがです。

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