’09年 1/30 移行のお知らせ  分類なし

AOLブログサービス終了にあたって、このダイアリー、及び「英検対策」別ダイアリーは保存のため、記録が自動移行出来るこのAutoPageブログに移行しました。

当ダイアリー「KYOKOU」URL:http://sun.ap.teacup.com/autumn/
(別ダイアリー「英検対策」URL:http://sun.ap.teacup.com/eiken/



記事のTB送受信やコメント受信、その他、何か触れる折もあるかもしれませんが、今後は当面、気分を新たに、下記のブログにマイペースで書いていきたく思っています。

これまでこのダイアリー、またスレッドに投稿、TB、また読んで下さって有難うございました。今後も、何か折あれば宜しくお願いします。

新ブログ名:Something Impressive(KYOKOV)

URL:http://autumnnew.exblog.jp/



1/31追記:ブログトークスレッド「GSワンダーランド」は、作成時近隣で上映終了していた事もあり、削除しました。

2/1追記:ブログトーク新作スレッドは、このAutoPageに内容の移行不可で、ファイル保存はしましたが、現状URL消滅でリンクが効かずリンク集から外しました。前MB分も同様ですが、何故か音楽スレ「About ユーミン」だけは、ファイル名がURLで生きており残しました。 

2/2追記:記事中リンクしたこのダイアリー内記事も、AOLのURLのままで無効になっていて、記事への受信TBはそのままですが、送信TBのURLも無効になっており、各記事もURLごと移行でなかったのは残念、記事内のものは追って少しずつteacupURLに直していきたいと思います。


6/14 修正・補充終了、50音別作品目録再作成

昨日新ブログの方にも書いたのですが(50音別鑑賞作品目録再作成)、一昨日で一通り、記事リンクの、無効になっていたAOLURLからteacupURLへの修正、スレッドの保存ファイルURLへの変更・追加、補充が終わって、一息つきました。

その過程の随時メモ記事は、自分のチェック用だったので削除しました。新ブログのリンクに入れた再作成の50音別作品目録は、こちらのリンク集にも入れ直し、ここでも挙げておこうと思います。


★50音別鑑賞作品目録 (随時追加)

あ行作品(106)か行作品(94)さ行作品(88)た行作品(70)な行作品(35)は行作品(116)ま行作品(37)や行作品(21)ら・わ行作品(49)



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2009/1/31

WALL・E/ウォーリー  映画

★今日(1/31)新作スレッド「WALL・E/ウォーリー」にトラックバック有難うございます。1月末の今日でこのAOLサービス終了、1月から編集機能も停止でこちらからTB出来ず、送信下さった「yanajunのイラスト・まんが道 」ブログには、コメント欄が見当たらないので、こちらのブログに転記してTBお返ししました。


12/4 明日5日(金)公開の「WALL・E/ウォーリー」(←関連サイトです)は、先日の東京国際映画祭クロージング作品として知り、私は同祭で気になった作品、としてダイアリーで挙げていたのですが、東京テアトル系鑑賞券がある折もあり、いずれ見てきたいと思います。

「ファインディング・ニモ」のアンドリュー・スタントン監督らが創り上げた、ピクサーの新作、29世紀の地球で、人間達に取り残され、700年間たった一人働き続けるゴミ処理ロボット、ウォーリーが主人公の壮大なSF冒険ファンタジー。

一昨年のピクサー前作「カーズ」も、擬人化された様々なキャラクターの車達が、アメリカの荒野を駆けめぐる、話的にハートウォーミングさもあり、視覚的にも見応えでしたが、

今回ロボットのウォーリー、そして恋に落ちる相手、という白いロボットイヴ達の、CG駆使での人間のような微妙な感情表現とか、壮大な宇宙の背景等、楽しみです。また今回もやはり環境問題等を、思わす部分もあるかもしれません。

声の出演は、ウォーリー役ベン・バート、イヴ役エリサ・ナイト、その他フレッド・ウィラード 、ジェフ・ガーリン 等。日本語吹き替え版は、ウォーリーが横堀悦夫、イヴが園崎未恵、その他草刈正雄、江原正士等。

先日通知で、このブログトークも1月末まで、新規スレッドが立てられるのも今年一杯、とのことで、最近新作鑑賞も減っていたのですが、ずっとこうして掲示板という形態の中で、新作感想を募ってきましたし、期限まで、この形で全うしたいと思います。

ご覧になった方、なる予定の方の、率直なコメント、感想等、あればどうぞ!(投稿でもメールでも結構です) もう最後ですし、これまでスレッドにアクセス下さった方も、何かあれば、書き込み下されば嬉しいです。<訂・修正、TB送受信の度に更新に。ダイアリー表示ではコメント欄クリックで感想等投稿欄に。>


12/18 機会社会の壮大冒険ラブロマン

昨日上映時間との都合もあって、日比谷スカラ座で見てきました。この劇場では午前の初回が吹替え版、それ以降の回が字幕版上映、ここは私は年頭の「サーフズ・アップ」以来でした。

ニューヨーク等の高層ビル街が、そのまま廃墟になったような、未来の殺風景な元都市空間で、せっせとゴミ処理作業に励むウォーリー、四角ばった胴体から出し入れする丸い大きな目、最初、「E.T」のような印象が。他の「動く物」と言えば、彼の周りを飛び跳ねる小さなバッタのような虫ですが、踏み潰されても再生、これも柔軟なロボットの一種だったかもしれません。

そこへ巨大な宇宙船が降り立ち、現れた探査ロボットイヴ、そのスラリと白い楕円形の体で、容赦なくレーザーで怪しい場所を破壊していくクールさ、当初ウォ−リーも恐れているようで、恋に落ちる相手、にしては、無機的過ぎ、

ピクサーアニメの主演キャラクターの中でも、今まで知る中で一番無機的なヒロイン、という気もして、顔になる藍色部分に映る青い目の形、だけで表現される感情ですが、見ている内に、朴訥なウォーリーの仕草に、三日月目で微笑んだり、

ウォーリーの住処の大倉庫で、ライターの小さな灯火、贈られた靴片方の中の土に生えた植物の芽、という自然のものや、ウォーリーのお気に入りビデオの、ミュージカル映画の中の男女の姿をじっと眺めたり、そういうものに何かを感じているような様子が、人間的、というか女性的に感じられてきたりもしました。

この映画は「ハロー・ドーリー!」('69)というジーン・ケリーが監督、バーブラ・ストライサンド、ウォルター・マッソーらが出演のミュージカル映画、とのことで、折あれば見てみたいと。前半地球のシーンで、レトロなルイ・アームストロング版「バラ色の人生」が流れたのですが、ルイ・アームストロングは「ハロー・・」にもカメオ出演していた、と。

イヴが連れ戻される宇宙船にウォーリーもしがみついて、宇宙に飛び立ち、汚染のため地球を離れた人々が暮らす巨大宇宙船アクシオムにやってきますが、ここでの、未来都市的な世界での、人々の暮らしぶりが、徹底したオートメーションで、いつも動く椅子に乗って、歩く必要さえなく、そのせいか皆肥満型の体型。

その椅子に備わった薄い電子画面を通して、色々な情報を得たり、人と話したり、食事や、美容院でもロボットが世話してくれる、至れりつくせりの、機械社会。バーチャルな娯楽設備、プールが並ぶ洒落たリゾートセンターのような場所もありましたが、そこでも泳ぐ訳でなく、プールサイドで思い思いに画面に向かってくつろぎ、何だか今のIT社会の極端な投影、風刺のような感も。

ウォーリーがイヴに贈っていた小さな植物の芽が、地球が、光合成が出来る状態に戻っている証で、宇宙船が700年ぶりに地球に戻るキー、になるのですが、船長の行動を阻止しようとするコンピューターロボットの反乱シーンは、「2001年 宇宙の旅」が浮かんだり。

その宇宙船での冒険を通して、ウォーリーとイヴの絆も深まりますが、ウォーリーは混乱の中奮闘してボロボロになり、無事宇宙船は帰還、イヴが倉庫で必死に修理、動くようにはなったけれど、記憶をなくしてしまっていて、淡々と作業だけをするロボットになってしまい、機械社会の心ない空虚さ、とか感じましたが、

イヴが見せたライターの灯火が、温かな記憶を呼び起こして、めでたく元のうォーリーに、というハッピーエンドで、今改めて、という目新しいテーマではないですけれど、やはり地球汚染への憂い、警告とか、どんなに能率化、機械化が進んでも、それに冒されるべきじゃない人間性や愛情、というようなニュアンスの感触も。

宇宙舞台のスケール感はほぼ期待通り、CG駆使での宇宙船の未来都市の華やかさ、シュールさ、スピード感+交わす言葉は互いの名前を呼び合ったり、「(これは)指令」というような短い単語だけでしたが、健気なウォーリーとクールなイヴの、ユニークラブロマンス、でもあって、一時和みとリフレッシュ作品でした。(修正再投稿)


12/22 ハロー・ドーリー!(’69)

本作劇中使われていた「ハロー・ドーリー!」('69)DVDが近隣店にあって見たので、感想は昨日ダイアリーに書きました。ウォーリーが住処の倉庫で、古いテレビで繰り返し見ていた、お気に入りビデオ、として登場でした。

大ヒットブロードウェイミュージカルの映画化で、「雨に唄えば」等懐かしい俳優ジーン・ケリーが監督、ヒロイン結婚斡旋業のドリー役がバーブラ・ストライサンド、相手役が「シャレード」等に出ていたウォルター・マッソー、ルイ・アームストロングもカメオ出演で、ミュージカル版挿入歌だった「ハロー・ドーリー」をバーブラと歌ってました。

19世紀末のNYとその近郊の街で、ドリーが自分の恋のため巻き起こす騒動、本作劇中、ウォルターが見入っていた躍動感ある歌とダンスシーン、ロボットながら感化される、カップルが向かい合い手を取り合っているシーン、等、本作の29世紀近未来テクノロジー的舞台に対して、レトロな賑やかな人情味ロマコメ、の味わいでした。

この作品でも、これを機会にご覧になった方、既に見ていた方の感想、批評、コメントある方等、伺えれば嬉しいです、自由にどうぞ!(投稿、メール、ダイアリーコメントでも結構です)(修正再投稿)

http://sun.ap.teacup.com/applet/autumn/20081220/archive


1/21 祝・受賞

先日11日、第66回ゴールデングローブ賞授賞式が行われ、本作がアニメ賞で、「カンフー・パンダ」「ボルト」を抑えて最優秀賞とのことで、祝・受賞、です。昨年度第65回は同時期に「エディット・ピアフ 愛の讃歌」2に書いていたのですが、改めて本作は、CGでの、ロボットながらほのぼの感情表現、スケール感ある宇宙、未来都市映像、等、ほぼ期待通り味わえた作品でした。

その他各部門受賞は、

☆作品賞(ドラマ部門):「スラムドッグ$ミリオネア」
☆作品賞(ミュージカル/コメディ部門):「それでも恋するバルセロナ」
☆監督賞:ダニー・ボイル「スラムドッグ$ミリオネア」
☆主演男優賞(ドラマ部門):ミッキー・ローク「ザ・レスラー」
☆主演男優賞(ミュージカル/コメディ部門):コリン・ファレル「イン・ブルージュ」
☆主演女優賞(ドラマ部門) :ケイト・ウインスレッド「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」
☆主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門):サリー・ホーキンス「ハッピー・ゴー・ラッキー」
☆助演男優賞:ヒース・レジャー「ダークナイト」
☆助演女優賞:ケイト・ウィンスレット「愛を読むひと」
☆外国語作品賞:「Waltz With Bashir」(イスラエル)
☆脚本賞:「スラムドッグ$ミリオネア」
☆音楽賞:「スラムドッグ$ミリオネア」
☆オリジナルソング賞:「ザ・レスラー」

この中で個人的注目は、6月公開のウディ・アレン新作、「マッチポイント」「タロットカード殺人事件」に続いてスカーレット・ヨハンソン起用の「それでも恋するバルセロナ」。バルセロナ舞台の恋愛劇、ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデムという顔ぶれも気になる所です。それと、来週末公開の「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」。’50年代の若い夫婦役で、「タイタニック」以来11年ぶり、ディカプリオとウインスレッドカップルは、懐かしいです。

http://www.dondetch.com/movie/golden.html
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2009/1/29

AOL時代の総括として  分類なし

明後日で終了になりますが、5年間投稿してきた、AOL時代の総括として、色々と具体的に回顧し始めたら、様々な思いも、キリがありませんし、とりあえず、今、振り返って、何らかのインパクトの残り香ある劇場鑑賞した作品を、ベスト〜という事ではないですが、鑑賞順に、感想を書き込んだ現状のスレッドと共に、ここに挙げる形でしておきたいと思います。

私は’04年の2月に、AOL前メッセージボードの映画カテゴリーに「KYOKO」というスレッドを立てて参加して、自分で作品スレッドを立てたり、他の方のスレッドに投稿を始めたのは、その5月頃からでした。以前のものからピックアップしてきて、切りよく30作品にしました。


〜メッセージボード期(〜’05年11月)〜

花とアリス’04年5月鑑賞:
’04年度個人的ベスト1、蒼井優のバレエシーンや、トーンの柔らかな映像の「宝石箱」のような作品。

タカダワタル的’04年5月鑑賞:
高田渡氏健在の頃、上映後、初めて体験の同氏のライブ付きでした。

スクール・オブ・ロック’04年6月鑑賞:
ジャック・ブラックの破天荒ロック教師が、炸裂はまり役、の可笑しさ。

ジョゼと虎と魚たち’04年6月鑑賞:
ジョゼはサガン作品のヒロイン、池脇千鶴+妻夫木君の、気丈で切ない恋物語でした。

永遠のモータウン’04年7月鑑賞:
チャカカーンの「What’s Going On」等、迫力のモータウンサウンド。

下妻物語’04年7月鑑賞:
ロリータ深田恭子+ヤンキー土屋アンナの、ミスマッチコンビの友情の疾走感。

ロスト・イン・トランスレーション’04年8月鑑賞:
スカーレット・ヨハンソンとビル・マーレイが、まったりと東京を漂うムード、「風をあつめて」も使われました。

千の風になって’04年8月鑑賞:
オムニバスの、天国への手紙、形式作品。歌のブレイク前で、ひっそり上映、という感じでした。

スウィングガールズ’04年9月鑑賞:
ラストのステージに盛り上がっていく、上手くはないけれど、生徒達が楽器に取り組み健気な演奏ぶりでした。

プリンス&プリンセス’04年9月鑑賞:
いまだに壁にパンフレット兼大判ポスターが張ってある、影絵の素朴なタッチのアニメ。

オーバードライヴ’04年10月鑑賞:
柏原収史や、三味線演奏家達の、迫力津軽三味線パフォーマンス。

岸辺のふたり’04年12月鑑賞:
DVDも買いましたが、たった8分間の珠玉の短編アニメ。’07年春、「春のめざめ」と共に再度劇場で見られたのでした。

清河への道’04年12月鑑賞:新井英一が、叩きつけるように歌い上げる、カツ入れ曲でした。

イブラヒムおじさんとコーランの花たち’05年12月鑑賞:
オマー・シャリフの懐深い渋さ+エスニックなトルコ舞台の作品。

ニライカナイからの手紙’05年6月鑑賞:
’05年度個人的ベスト1作品。沖縄発、蒼井優の繊細な魅力と、作品のてらいない優しさでした。

四月の雪’05年10月鑑賞:
ヨン様+ソン・イェジンの抑え目ラブストーリー。時が経って、もう一度見てみたい気もする作品。

春の雪’05年11月鑑賞:
三島由紀夫世界を、大正時代の背景、妻夫木君のナイーブさ+竹内結子の優雅さ、で映像化。


〜ブログトーク期(’05年12月〜現在)〜

「ダ・ヴィンチ・コード」’06年6月鑑賞:
作品、というより、原作に意外にはまり、当時MBにいた方と「映画しりとり」でシリーズ化もありました。

フラガール’06年8月鑑賞:
’06年度個人的ベスト1作品。蒼井優達のフラダンスシーン+人情テイストで、久方の感涙作でした。

リトル・ミス・サンシャイン’06年10月鑑賞:
映画祭で見て、ラストのアビゲイル嬢のパフォーマンスには、やはり久方に可笑しく感涙しました。

ウインターソング’06年12月鑑賞:
これは、見た当時より、時が経って、意外と叙情性が良かったのでは、という気がした作品。

マリー・アントワネット’07年2月鑑賞:
マリー・アントワネットというテーマを、コッポラが華やかに斬った、徹底した絢爛さ。

アズールとアスマール’07年9月鑑賞:
’07年度個人的ベスト1作品。独特なタッチの色彩で描かれた、イスラム世界の渋味アニメでした。

エディット・ピアフ 愛の讃歌’07年10月鑑賞:マリオン・コティヤールが、波乱の歌姫人生を、情感豊かに再現してました。

マイ・ブルーベリー・ナイツ’08年3月鑑賞:やはりアメリカ舞台でも、レトロな味、カーウァイ色、を感じた作品。

タカダワタル的ゼロ’05年逝去、再びライブ映像等でのオーラ。「生活の柄」等、やはりある意味生活テンポの指針、とも。

崖の上のポニョ’08年7月鑑賞:
’08年度個人的ベスト1作品。ポニョ、というコケティッシュなヒロイン、海舞台、絵本タッチ、何にせよ、この宮崎アニメが昨年マイベストになったのでした。

赤い風船’08年9月鑑賞:
意外と余り古さを感じなかった、瑞々しいパリの風船+少年のファンタジーでした。

WALL・E/ウォーリー’08年12月鑑賞:記憶に新しい、ロボットながら(なり)の感情表現、スケール感あるCG映像堪能でした。

ザ・ムーン’09年1月鑑賞:
先日見たばかりで、やはり、この時期の締めの作品、として良かった、とつくづく思う作品でした。


以上、やはり、こうして挙げてみて改めて、嗜好で音楽ものが多い、という事と、’06年冬から並行して、ダイアリーへの旧作感想もしてきたのでしたが、全く個人的な枠のブログとは違うのは、その時々の、メッセージボード、ブログトークの様子が重なって、この作品の時は、ああいう事があった、とか、同時に記憶に残っている場合も、割とあったりする点だったかと思います。


現各自スレッド保存はしましたが、終了後は、ブログトークと共に前MBも、ついに本当に閲覧出来なくなるのか、どうなのか、AOL側からは以前、’05年末ブログトークに移行後、まもなく消滅、とは聞いてましたが、いまだに生きているし、なってみないと判らない、という所で、折に関連作品感想中、リンクしたりもしてきたので、私は残る事を、願いたいのですが。

何にしても、この5年間の私の生活の軌跡の一部、と思います。改めて、ですが、自分のスレッドに投稿、トラックバック下さった方々、他のスレッドマスターだった方々、アクセスして、自なりにしか書けませんでしたが感想を読んで下さった皆さん、どうも有難うございました。

*今日’08年度ベスト10作品スレッド3〜7に記述した分、転記しました。

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2009/1/28

ぼくの大切なともだち(’06)  ヨーロッパ

日本では昨年公開のパトリス・ルコント監督作品。中年の美術商の主人公フランソワ(ダニエル・オートゥイユ)と、博学のタクシー運転手ブリュノ(ダニー・ブーン)が、紆余曲折しながら友情を築いていく物語。

ルコント作品は、2年前シンフォニー音楽+映像の「DOGORA」('04)DVD以来だけれど、その前見た「列車に乗った男」('02)も、ジャン・ロシュホールとジョニー・アリディ演じる2人の男の人生の交錯劇で、ブルーがかった映像も渋味だったのだった。

今回も、主役はタイプの違う2人の男、ダニエル・オートゥイユは「そして、デブノーの森へ」('04)以来だったけれど、仕事はやり手でも、そのため周りが見えず他人に対する不器用さ、というのは「八日目」('97)のセールスマンアリー役のイメージが重なった。仕事仲間との賭けで親友を得るため、真剣に自分を”感じよく”見せようと奮闘するコミカルさ、

そういう彼を見守る、愛想のいいブリュノを演じたダニー・ブーン、「戦場のアリア」(’05)に出ていたのだったけれど、実は妻と親友に裏切られた傷を隠し持つ、という繊細な役。運転しながらの豊富な話題に、歴史や、フランソワとの、この通りにルノワールのアトリエがあった、それはロートレックだ、住んでいたのは息子ジャン・ルノワールだった、等の応酬も。

互いの家に行って両親、娘と交流したり、サッカー観戦したり、自然に近寄っていたものの、フランソワがブリュノを”試そう”としてしまった、信頼、というものへのスタンスの違い、から、決裂してしまったけれど、

ブリュノの武器、積み上げた膨大な知識で、欠員で出場出来たフランス版「クイズ・ミリオネア」で、緊張しながらもクリアしていき、押し迫っての美術問題で、「ライフライン」で頼みの綱にして電話したのは、TVで見守っていたフランソワで、生番組の緊迫の場で、解けていったわだかまり、という展開が、ちょっとしたスパイス。音楽も、アコーディオンの変拍子の曲等、エスプリが効いていた。月曜夜「ガレージ・デイズ」録画。AOL時期総括の整理、等途中。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%戦場のアリア八日目(’96)そして、デブノーの森へ(’04)DOGORA(’04)

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2009/1/26

ザ・ムーン(’07)  映画

12/30:来月16日(金)公開の「ザ・ムーン」(←関連サイトです)は、先日東京国際映画祭で知り、気になった作品の一つに挙げており、公開されたら見てきたいと思います(来月ですが、新スレッド作成が今年一杯なので、今の時点で)。

奇跡の生還映画化、トム・ハンクス主演だった「アポロ13号」のロン・ハワード監督が提供、NASA提供による初公開の映像や、アポロ計画で月へ向かった10人の宇宙飛行士たちが、当時の体験を語るドキュメンタリー。

’69年アポロ11号が初めて月に着陸、当時の具体的な記憶はほとんどないですが、その時のアームストロング船長以来、月に降り立った飛行士は12人、その中には、やはり地球を外から眺める、という劇的体験で価値観が変わり、帰還後宗教活動を始めた人も、等という話を聞いた覚えあります。

そういう、飛行士の生の体験談、また、環境問題が深刻な今の時代、地球、という宇宙の中では、奇跡のような恵まれた星を見直す、という狙いもあるのかもしれませんが、スクリーンでの異次元スケール、ファンタジックだけでない、月の荒涼とした素顔の映像が、一時浮世を離れられそうでもあり、楽しみです。

やはり字幕版の方が好ましいですが、日本語版テーマ曲担当が平井堅、名曲「ムーンリバー」をカバー、とのことで、硬派ドキュメンタリーとのマッチ具合はどうなんだろう、と思うのですが、そのカバー版自体は聞いてみたいとも。

ご覧になった方の感想、批評、なる予定の方、コメントある方等、自由にどうぞ!(投稿、コメント、メールでも結構です)


1/15:公開、バズ・オルドリン氏インタビュー

いよいよ明日公開になったのですが、6日「報道ステーション」の、本作に出演しているバズ・オルドリン氏への松岡修造のインタビュー部分を録画で見たので。まずダイアリーに書こうとした所、昼前からずっとInternal Service Error表示が出てサインオンが出来ず、AOLに問い合わせたら、おそらく一時的、のようですが、いまだに同じだし直接ここに、と。

同氏はアポロ11号飛行士で、アーム・ストロング船長と共に、人類で初めて月に降り立った人、とのことで、厳密には順序は同船長に続いた2人目、でも私は余り表立っては馴染みない人でした。

本作PRのため10月末来日していたようで、今回映像は出たものの、直接作品についてのコメントはなかったですが、この公開に先駆けて、の企画だったようで。本作は’69年のアポロ11号月面到着から40周年記念作、でもあったのでした。

78才の同氏、松岡修造のことは知らなかったようで、最初「背が高いですね」「以前テニスをしていました」「なるほど素晴らしい体格ですね」等のやり取り。着陸直前、コンピューターの不具合で、船長の緊急判断で手動での着陸だった、とか、月面上で、どこにいるかは判っているけれど、非現実的、地球は頭上に見えかなり近く感じた、本物なのに本物に見えず、現実を超えたような感じ、等のコメント。

帰還後、世界中が賞賛、でも同様の体験をした宇宙飛行士達の中にも、様々な心境の揺れがあったようですが、同氏は、目標を見失ってしまい、鬱、アルコール依存症、離婚、等、いい状況ではなかったようで、

そのどん底の中で、自分の体験を話す事が、意義ある事、と気付いた、というのも、自分個人の大偉業、という誇りとして語れる姿勢なら、そういう苦悩、の回り道はなかった、少なかったのではないかと思えるし、そういう点、真面目・誠実さを感じたり。

宇宙科学は他分野より、経済的見返りは少ないけれど、自分への見返りばかりを求めず、自分が人類の進歩の一部に参加している、というのは素晴らしいし、未来にどれだけ貢献出来るかを考えるべき、と。そう並べるのは容易いですが、実際、命を賭け体を張って、月まで行って探索してきた人が言うだけに、ただ絵空事、でない誠意、という感も。

古館氏が、月の探査計画は、豊富な地下資源を狙って、と聞いて、宇宙開発での米ソの軍事的覇権争いがあったけれど、今度は月か、と複雑な気持も、等と述べていたりしましたが、これまで莫大な労力、経費、犠牲を積み重ねてのアポロ計画等が、そういう妙にキナ臭い方向には、向かわないように、とは思いたいのですが、

松岡修造が後で、同氏が強く訴えていた、という、行ってみたら荒涼とした月、に対して、改めて、何でもある豊かな地球、というような事も、やはりこの作品を見たら思えるのだろうか、というインタビューでした。(http://www.tv-asahi.co.jp/hst/contents/movie/090106http://www.shuzo.co.jp/from/index.htmhttp://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/topics/20081031et10.htm)(スレッド1,2に記載分)

*1/17:「ブロードウェイ♪ブロードウェイ」同様、12/30に作成していて自動的ダイアリー表示不能になった新作スレッド(「ザ・ムーン」)分、先日関連番組の記事投稿していて、今日システム障害が復旧したので、これもこちらに転記しました。また1/10のコーラスライン(’85)で、最後の方サガンとアガサ・クリスティを混同して書いていた所があり、その部分は削除しました。


1/26追記:月面体験、という無類の軌跡

昨日、池袋シネマサンシャインで見てきましたが、観客年齢層は若〜中年層、やはり当時の映像+月に向かった10人の宇宙飛行士達の語り、という構成でした。

「報道ステーション」で、オルドリン氏が触発された、と語っていた、ケネディ大統領の、’60年代の内に人間を月に送って無事生還させる、という演説、彼が実際どれだけその価値を判っていたかは不明、というようなモノローグに被さって、暗殺された事を示す、短い悲しむ人々と棺の映像、

また、ベトナム戦争の爆撃シーンが映って、宇宙飛行士の一人が、自分はアポロ計画に選ばれて戦地に行かずに済み、その活動が、一面に報道されたりするけれど、同胞は次々犠牲になって、罪悪感のようなものも、感じていた、と語っていたりもして、改めて、そういう時代背景も、と。

やはり飛行士達の、ロケットが打ち上がる瞬間〜帰還の間の、それぞれの、さまざまな体感、心に浮かんだ事、が、当時の任務時の映像に被さって、代わる代わる簡潔に語られ、

その中で印象的だったのは、暗黒の宇宙と月面の、鮮明なコントラストに畏怖を感じた、宗教的でも霊的でもない、それを超えた創造主の存在を感じた、というような、月面での光景、地球への帰途、月、地球、太陽が代わる代わる見え、素晴らしい光景のプレゼントだった、というような回想。

また、アポロ11号の指令船パイロットだった、マイク・コリンズの、月の裏側について、危険な禁断の地に思えた、というコメントや、アームストロングとオルドリンが月面にいて、指令船で待っている時の、今地球には30億人、月には2人の人間がいて、ここに自分は一人でいる、という不思議な状況、でも、孤独は感じなかった、というようなコメント。

このコリンズ氏は、昔3人が並んだシーンで、周囲を和ますキャラクター、というような紹介もありましたが、インタビューシーンも多く、人懐っこい表情に快活な語り口で、やはりオルドリン氏同様、余り表立っては馴染みなかった人ですが、今回出演者の中では、一番頭に残った人、でもありました。

その他、やはり「アポロ13」でも詳細描かれた、唯一失敗した13号での危機、その船長だったジム・ラヴェル氏の、何とか命が助かって、任務の失敗、という事が浮かぶ余裕はなかった、と短く語っていたのは、それはそうだろうと思えたり、

コリンズ氏が、帰還後、人々の歓迎パレードのシーンに被さって、どこに行っても各地で「私達は、やりましたね」と言われ、同氏も触れていたように、そういう風に、世界中の人々が、国の境を越えて、「私達(人類)」の偉業、として話したり、誇れるのは、思えば現実的には、この出来事、位で、

後はSF作品で異星人を撃退したり、隕石激突を回避したり、というフィクションの世界で位、と思えば、その後の具体的な科学的意義等さておき、とにかく、当時の技術で、月まで実際人が行った、というアポロ11号、というイベントの大きさが、改めて、思えたり、

コメントの中にも、月面には着いたものの、帰途を思うと、果てなく遠い道のりに感じた、というニュアンスや、コリンズ氏の語りの中、11号着陸船のエンジンは一つしかないので、何かあれば2人は帰ってこれず、当時、そのアクシデント用に、ニクソン大統領のお悔やみ演説、も用意されていた、との事で、その一部シーンが映ったり、という周到ぶりも、実際科学的に未知数の冒険だった、という背景が偲ばれ、半ばSF感覚漂う感もしたりしました。

また、余談ですが、一時期話題だった、アポロが実際月には行っていない、という陰謀説について、パンフレットで、昨年日本の月探査船「かぐや」が、月面のアポロ15号の噴射後の撮影に成功、アポロ計画実施を証明、という記述があったりも。

コリンズ氏と同じ11号の、実際月面への第一号者ニール・アームストロングは、インタビュー出演はなく、回顧フィルムで、パイロット時代、1.5秒遅れたら命がなかった、という事故の脱出劇の後も、平然としていた、という冷静沈着ぶり、の紹介等はありましたが、

サイト等では帰還後有名さゆえのトラブルもあったようで、本人自身の性格、考えもあるかと思いますが、パンフレットでは、世捨て人のような生活をしていて、たまたま初めて月面を歩いたのが自分だった、というスタンスで、宇宙飛行士A、として、その姿を現さない事で、彼の偉業がより引き立つ、というのも、出演はなかったですが、やはり、思う所あった人物、でした。

また、彼に続いたオルドリン氏が、月面に足を下ろす前、体制を整えるため少し留まり体を揺らす慣例の時間に、実は生理の要求に従って、尿パックを満たした、とのことで、パンフレットで、奥さんが、それを語った事で文句を言い、「19年結婚しているけれど、聞いた事のない話だったわ!」というのは、多分その部分を指していると思われえますが、

そういうユーモラスなエピソード暴露もありましたが、やはり、帰還後については、コリンズ氏のくったくのなさ、に対して、やや重いトーン、というのか、「報道・・」でのように詳細は語りませんでしたが、短く、月を歩いた人間、というイメージに付きまとわれた、と個人的苦悩、を匂わしていました。

でも今回、一番インパクト、というか、心に残ったのは、12号のアラン・ビーン氏だったか、地球に帰還後、ショッピングセンターに行って、アイスクリームを食べながら人々を眺めて、この肉体と魂を持って、ここに生まれてきて本当に良かった、と思った、等と大らかに語るコメントで、

余り、予想程には、映像スケールに圧倒されるとか、かけがえないの地球、その環境の危機、というような気持にはなれなかったのですが、何だかもっとシンプルに、そういう”生”そのもの、また、個人的に、このAOLサービス終了時にあたって、正に色々な思いも錯綜、の中見たのですが、

スケールは全く違いますけれど、やってきて経験した事を、良かった、と思おう、という気持になれたのは、最後の自分の作品スレッドでの作品で、そう思えたのも、幸いだった、と思います。

ラストには、平井堅カバーの「ムーン・リバー」が流れ、私は上記のように、日本語版=日本語吹替え版で、と思ったのでしたが、どうもこの作品は字幕版のみのようだし、日本(で上映)版、で、という事だったのでしたが、エンドロール自体短く、じっくり聞けなかったのは、少し物足りなかったですが、そう違和感なく、日常から離れた月世界、という余韻味わえました。(スレッド3〜5に記述分)

*1/26:昨日鑑賞、今日感想を書いたので、その分ここに転記、再度トップ記事扱いにしました。

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2009/1/23

お知らせ  分類なし

思う所もあって、丁度2年前、それまで休止していた英検挑戦を再開して、このダイアリーに’07年8月まで映画・音楽トピック等と共に、その後別ダイアリーに折々勉強・受験記録を書いてきて、結局、合格は果たせないまま、今に至って、ダイアリー期間中、明後日が最後の一次試験日になりました。

ダイアリーもしくはブログトークへの投稿は、ほぼ日課となっており、状況に、私なりの気持もあって、最後まで続けたかったのですが、その受験準備、その他やや多忙もあり、頂いた投稿、TBへのご返答はしますし、記事修正(投稿)等はするかもしれませんが、基本的に書き込みは、それまで休止しようと思います。AOLブログサービスも押し迫り、来週、新作含む鑑賞やその感想投稿、自分のブログの今後への作業、お知らせ、続けてきた投稿活動の整理・総括等したいと思います。

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2009/1/22

SONGS 小泉今日子/Kiroro  音楽

昨夜の「SONGS」は小泉今日子、一部オンタイム一部録画で。先々月の「Mラバ」以来。2回シリーズの前半で、歌ったのは「艶姿ナミダ娘」「月ひとしずく」「小泉今日子はブギウギブギ」「木枯らしに抱かれて」

近年女優での方が馴染み、本人も、しばらく歌からは離れていて、歌うことは、舞台、文章を書くこと、演技をすること、等全部総合されたもので、監督、演出家もいないから自分でしなければいけないし、一番怖く、一番見透かされてしまうものと思って、なかなか進まなかったけれど、最近楽になってきた、等コメント。

先日の稲垣潤一と同じ’82年デビュー、5年振りリリースのアルバムタイトルも「Nice Middle」。この人も今年44才、だと。デビュー時のワンピースのアイドルルックスから、「なんてったってアイドル」等での、個性的、本人がいう攻撃的スタイルへの変化の映像も。

この人のアイドル時代と言えば、そういう変遷期だったか、エイズ疑惑のスキャンダルで騒がれた時、その自分の実際の検査の陰性結果の用紙がプリントされたTシャツ発売、を思い出し、スタッフが、彼女の心情を察して欲しい、旨コメントしていたけれど、Tシャツで、という意表を突いた形が、何だか本人自身の芯のようなものを感じて、インパクトだったのだった。

今回、「月のしずく」という井上陽水+奥田民生作品もあったのだった、と思ったけれど、やはり耳に残ったのは「木枯らしに抱かれて」。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/090121.htmlユメ十夜('07)空中庭園(’05)雪に願うこと(’05)平山みき/小泉今日子

また先々週はKiroro、歌ったのは「Best Friend」「長い間」「未来へ」「幸せの種 〜Winter version〜」。特に好き嫌いないグループ、でもやはり「長い間」は、玉城千春の声質にも合っていていい曲だった、と。

一時期、玉城千春の声が出なくなったりして、活動休止、という時期もあったようだけれど、今2人とも2児の母、今年で結成10周年、だと。玉城千春は今故郷沖縄基点のようで、今回そこで小学生達と「未来へ」を歌ったりする様子。女子高生の頃「NHK素人のど自慢」に出て、賞をもらった時の素朴なショートカット姿の映像も。

「長い間」の他特に思い入れはないけれど、デビューの頃か、金城綾乃のどこまで天然、というキャラが、歌番組等でうけていた覚え。また、こういう風にデュオではあっても、一人が伴奏のみで、全く歌わず、と役割がはっきり別れていたのは、他ではとっさには「バンバン」しか思いつかなかったけれど、「グレープ」も知る限りではそうだった。(http://www.nhk.or.jp/songs/archive/090114.html

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2009/1/21

ヤンヤン 夏の想い出(’00)  アジア

台湾・日本合作のエドワード・ヤン監督作品。台北に暮らす祖母、両親、姉とヤンヤン少年、その一家に起こる様々な出来事を描いた作品。タイトルから、少年のひと夏、的な流れかと思ったら、特にヤンヤン(ジョナサン・チャン)が中心とか、その子供目線で追う、という訳ではなく、折に何か象徴的な言葉を大人に投げかけたりはするけれど、登場人物の一人、というスタンスだった。

叔父のやや波乱の結婚式、に始まり、祖母が脳卒中で倒れ寝たきりになり、マンションらしき瀟洒な住まい、でも、少しずつ見えない歯車が狂っていくかのような一家。母(エレン・ジン)が新興宗教に走って家から去り、父(ウー・ニエンジェン)は恋人との再会に心が揺れ、姉(ケリー・リー)は隣の少女と恋人との関係に巻き込まれ、

そういう中、ヤンヤンは、手にしたカメラで、人の後姿ばかりを写し、訝しがる大人に、(後姿は)自分では見えないでしょ、と言い放ったりするような多感というか、マセた所もあるけれど、基本的にそういう大人の世界とは無縁、学校で見かけた少女に、仄かな思いを抱いたりする様子。

長編で、中盤見ている分にもやや中弛みしてしまったけれど、後半割と引き入れられ、ややクセのあるゲーム業界の日本人ビジネスマン役でイッセー尾形が出ていたけれど、その仕事絡みで、父と元恋人が来日、日本舞台のシーンがあり、

電車に乗ったり、寺の石畳を歩いたり、海辺の街でのホテルで、昔の因縁が噴出、思いが絡み合いはするけれど、よりを戻したり、ということはなく、黙って別れていく部分、最新見た台湾関連作の日本舞台は「珈琲時光」('04)だったけれど、何だかそれよりも瑞々しい余韻、ではあった。

それと、姉の思春期の恋模様、おそらく彼女の純真さに一時傾いていた相手から、心無く吐き捨てられた言葉に、内心激しく傷つき一人泣いていた時、昏睡中のはずの祖母が、部屋で笑顔で座っていて、小さな折鶴を渡し、少女の頭を膝に載せてそっと撫で、無言で慰めていた姿。実際はその夜息を引き取ってしまっていたけれど、少女の手元に折鶴は残っていたり、唯一ファンタジー的な部分だったけれど、印象に残ったシーンだった。

台北のこざっぱりした街の、映像はきれいで、3組の大人や若者の緩やかな三角関係模様+少年、という、少しイメージ内容とは違ったけれど、ある一家の、それぞれ互いには見えない姿を追った、小群像劇、という感じもした作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A4%E3%83%89%http://www.omega.co.jp/movie/yanyan/index.html珈琲時光

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2009/1/20

ミューズの晩餐 稲垣潤一  音楽

先週末の「ミューズの晩餐」は稲垣潤一、先月の「SONGS」以来。昔ギターのFコードに苦労、ギターは駄目だと思い挫折して、中3の時、当時3万円のドラムセットを10回分割払いで買った、と。確かにFとかは押さえにくかった覚えだけれど、それがこの人のドラム+歌スタイルの原点だった、というのも意外。

卒業前の謝恩会が初ステージで、その時ベンチャーズ、ビートルズ、寺内タケシ等と共に演奏したボビー・へブの「サニー」は、初めて聞いて気に入った、そうでMy first songに挙げていた。「サニー」は最近何かの洋画で聞いた、と思って検索したら、「迷子の音楽警察隊」のローラースケート場で流れていたのだった。イスラム圏に入ってきた西洋文明の象徴、みたいな使われ方だったのかもしれない。

高卒後就職した石油会社を1日で辞め、19才の時上京して初台で4畳半にバンド仲間3人と住んで、ベッド代わりに押入れに寝た、というのは「トキワ荘の青春」のようでも。辛い下積み、というより修学旅行気分のようではあったけれど、チャンスを掴めず、故郷仙台に戻って7年ハコバンとして働いていて、東京のテレビ局スタッフに見出され、’82年に28才で意外と遅咲きデビュー、だったのだった。

アイドル全盛期、でもこの人がアイドル、とはやや違和感あるけれど、「花の82年組」の一角、だったようで、キョンキョン、シブがき隊らが同期、最近リリースのデュエットアルバムでの相手の一人、中森明菜も思えば同期だったのだった。

ヒットは出し続けつつ、筋肉疲労のような状態になり歌うのが楽しくなくなったりしたけれど、そういう時に作った曲に、救われた、というリスナーの声に励まされ続けた、とか、デュエットでのカバー、セルフカバー企画も、今流行の色んなシンガーのカバー企画は商業的、マンネリとも言われるけれど、もしかしたら本人には、女性シンガーと声を合わせる事で、気分転換のような意識もあったのかも。

この1曲、に挙げて歌ったのは、ハコバン時代歌っていた特別な曲、というエルトン・ジョンの「Your Song」。訳詞が出て、余り歌詞をじっくり意識した事はなかったけれど、これはさり気なく始まるメロディラインも好きなスタンダード曲、日本シンガーだと阿川泰子版が手元に。先週「SONGS キロロ」録画。「ヤンヤン 夏の思い出」の途中。(http://www.tv-tokyo.co.jp/bansan/backnumber/index.html迷子の音楽警察隊(’07)SONGS 稲垣潤一

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2009/1/18

死ぬまでにしたい10のこと(’03)  その他

スペイン・カナダ合作、先日見た「あなたになら言える秘密のこと」のイザベル・コイシェ監督作品。夫、2人の幼い娘と暮らす23才のヒロインが、突然、腫瘍のため後数ヶ月の命、と宣告され、残された日々の内にしておきたい項目を10挙げ、緩やかにそのリストに沿って日々を送っていく物語。

ヒロインのアン役は同じサラ・ポーリー、「あなたになら・・」ではブロンズだったけれど、今回栗色の髪、やはり何処か知的、繊細な雰囲気の女優と改めて。映像はやはりスタイリッシュ、折々の音楽も、コインランドリーで眠るアンをリー(マーク・ラフェロ)が見つめるシーンでのバラード、2人が車の中で聞いていた、ワルツの男性ボーカル曲、リーが実際の名を挙げ、最高さ、と言っていたブロッサム・ディアリーというシンガーの曲等、「あなたになら・・」同様好み的にはいい感触。ラフェロは「コラテラル」に出ていたのだった。

内容は、「あなたになら・・」が、ヒロインが抱えていた生半可でない秘密、その吐露、という爆弾、があったのに対して、致命的運命の宣告、という衝撃はヒロインの内面に留まり、表向きには不発のまま、注意深くソフトに、オブラートで包んだような流れ。

そもそも、アンがカフェで挙げた10のリスト、それは現実的なものも現実逃避的なものもあったけれど、それを書き出したのが、苺の色の小さなメルヘン的なノート、だったり、一家が暮らすトレーラーハウスに、赤いビーズを繋いだ長い簾のようなインテリアが掛かっていたけれど、死というものを、生々しく、でなく、その簾ごしに垣間見ているような印象も。

現実的には、いよいよの時になって、一人蒸発でもしない限り、家族に知られず病死するのは無理だろうけれど、そういう葛藤を全て割愛、夫(スコット・スピードマン)や娘、母達一人一人に、録音メッセージで優しさだけを残そうとする姿は、ある意味、愛情表現、臆病さ、強さ、逃げ、等、私には様々に感じられた。

若い恋愛結婚での絆ある夫との、残された日々の、愛情劇、にはならず、自分に惹かれはしていても、君のことは10%も判らない、という行きずりの男リーに一時の慰めを求めるのも、ヒロインの、周囲には事実を閉ざす深い孤独、からの大人の選択、なのかもしれないけれど、その2人の時間は、どうも切実さのないファンタジックな空想劇、という感も。

むしろ、隣に越してきた同名のアン(レオノール・ワトリング)が、コーヒータイムにアンに打ち明けた看護婦時代の、一人で看取ったシャム双生児の悲しい話、というのが、人間的な過去の生々しい痛み、としてインパクト残り、

その話によって、アンは彼女を、将来の一家の自分の身代わり、の候補に認めた感もしたけれど、「あなたになら・・」のテイストに繋がる感覚もしたシーン。その聡明そうなショートカットのワトリングは、「あなたになら・・」で、出番は少しだったけれどジョセフの因縁の友人の妻役、だったのだった。

そういうふと垣間見える事実、日常の中、隣に住む母とのやや皮肉めいたやり取り、10年刑務所にいる、という父に会いに行き、ガラス越し、母について、幾ら愛していても、相手の望むように生きられない場合もある、というような言葉、根底に娘としての両親への愛情はあっても、やはり自分の悲運を分かち合おう、とは出来ないような距離感、目にする街やスーパーの日常のモノに溢れた風景への、やや醒めた眼差し。

そういう、抑えた切なさや虚無感を、淡くスマートに脚色した、深みあるヒューマンドラマ、というよりは、どちらかと言えば女性向き的な、美しいお伽噺、という後味だった。昨夜「ミューズの晩餐 稲垣潤一」録画。(http://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E3%81%AC%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%あなたになら言える秘密のこと(’05)

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2009/1/15

タビうた 岩崎宏美・平原綾香  音楽

2日夜放映の録画を見た番組。岩崎宏美と平原綾香が長崎を旅しながら各地で歌う内容。歌ったのは、2人で冒頭「聖母たちのララバイ」ラストに「Jupiter」、岩崎「はじまりの詩、あなたへ」「思秋期」、平原「朱音 あかね」「カンパニュラの恋」

2人は初対面のようで、平原綾香が、岩崎宏美について、意外と男性的で驚いた、俺について来い的で、歌とのギャップが、等と言って、それに対して、前に「みゅーじん」でも語っていたように「自分は体育会系で、歌っている時が、女かな、という一番の時かもしれない」と言う岩崎側に、「そんなこと、ないです」と平原側がフォロー、という会話も。

歌について、平原綾香が、大きな意味の愛の歌は、判らないからこそ、歌ってみたいと思うけれど、身近な恋の歌は、どうも照れ臭くためらう、と語り、岩崎宏美が、自分も最初の頃、恋の歌を歌うのが恥ずかしかったけれど、いつ乗り越えたのか、それが照れずに歌えるようになったのは本当に最近、等と応じていた。確かに平原綾香というシンガーは、今は声質とかが、スケール感ある曲を歌い上げる、というイメージ。

長崎は未踏、今回2人はちゃんぽんや、やはり名産らしい「角煮まん」「豚まん」を食べていた。訪れた場所で印象的だったのは、「聖母・・」を歌っていた浦上天主堂の色鮮やかなステンドグラス、原爆死没者追悼平和祈念館の入り口の広い水盤。犠牲者の命の象徴の7万の小さな灯り、その当時の渇きを癒すため湛えている、という水面。また由緒ある花街丸山の界隈、以前三善英史の「丸山 花街 母の町」という曲があったのを思い出した。

それと、平原父のサックスプレーヤー平原まことは長崎出身で、幼少時住んでいたらしく、平原綾香が父が通っていた幼稚園を訪ね、父の当時の写真が幼い表情だけれど、面差しが娘似、という感が。また、そこの「人の心が判る人に」等とおっとり悠然と語る101才の女園長さん。曲は、やはり岩崎宏美は丸山のシックな史跡料亭で歌った「思秋期」、平原綾香は「カンパニュラ・・」が耳に残った。(http://www.nhk.or.jp/tamago/program/20090102_doc.htmlSONGS 秋川雅史・平原綾香岩崎宏美/Mr.Childrenカンパニュラの恋/ノクターン(’08)

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2009/1/14

銀の街から(’09、1月)  分類なし

昨日の朝日新聞第2火曜の沢木映画コラムは、昨年末公開のドイツ・トルコ合作の「そして、私たちは愛に帰る」で、ドイツとトルコに住む3組の親子、その運命が交錯していく物語のようで。

沢木さんは、この作品でペドロ・アルモドバル作品「トーク・トゥー・ハー」を連想、主人公達の遭遇の構造が似ていて、でも違うのは、「トーク・・」の登場人物がスペインに根を下ろしていたのに対し、この作品のトルコ人もドイツ人も「異邦人」、という感覚を持っていることだ、と。

「トーク・・」は未見だけれど、アルモドバドル監督は先日見た同じスペインの「あなたになら言える・・」初めイザベル・コイシェ作品等のプロデュースもしているようで、「ホルベール(帰郷)」('06)のヒロインだったペネロペ・クルスが、「エレジー」というコイシェ最新作のヒロイン、と。

この「そして、私たち・・」のトルコ系ドイツ人監督ファティ・アキン作品は、旅したトルコ舞台という興味で、音楽ドキュメンタリー「クロッシング・ザ・ブリッジ」、「太陽に恋して」「愛より強く」をDVDで見ていたけれど、いずれも「そして、・・」と同じくハンブルグ、イスタンブールが舞台だった。

イスタンブールは位置的にも、東西世界の中継地点、独特なエキゾチックなイスラム色の土地で、沢木さんも少なくとも「深夜特急」での旅で訪れていたけれど、記事では、そこにはアジアとヨーロッパを隔てるボスポラス海峡に橋が架かっていて、そのように、二つの世界で生きる「異邦人」、しかも、愛する人を奪われた者、奪った者、の間に、真の橋を架けることは可能なのだろうか、等とあって、この西も東も受け入れる、という懐ある街舞台で、根なし草的に孤独にさすらう人々の愛憎劇テイスト、かもしれない。

沢木さんと言えば、先日雑誌で見かけ昨年末に「旅する力ー深夜特急ノート」('08)が出ていて、「深夜特急」で書かれていなかったエピソード等の内容、とのことで、これは気になるし、いずれ入手を。(http://www.bitters.co.jp/ainikaeru/トルコの旅<7>〃<8>〃<9>〃<10>クロッシング・ザ・ブリッジ(’05)太陽に恋して(’00)愛より強く(’04)http://www.amazon.co.jp/%E6%97%85%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8A%9B%

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2009/1/13

あなたになら言える秘密のこと(’05)  ヨーロッパ

先月初旬放映の録画を見たスペインのイザベル・コイシェ監督作品。イギリスのある工場で黙々と働く補聴器を着けたヒロインが、余りの勤勉ぶりに一ヶ月休暇を言い渡され、旅先で、石油掘削所で大火傷を負った男の看護をする事になり、病床で心の傷となった出来事を語る彼に、自分も誰にも打ち明けられなかった秘密を語るように、という物語。

無機的な工場、旅先の港町、海にポツンと浮かぶ掘削所、等の風景が、元々孤独・寂寥感のようなモードに沿うものがあって、抑えた色彩、でも何処かスタイリッシュな映像、使われる音楽も、シーンに応じて個性的・叙情的だったり、感覚的には、割と気に入った作品だった。

序盤港町で、ハンナが入った中華料理か日本料理店のシーンで、女性ボーカルで馴染みない日本語の曲が流れ、ちょっと不意を打たれたけれど、後で検索中、神山みきというストリートミュージシャンの「ケンカは嫌い」という曲、と判った。この女性監督は日本通でもあるらしいけれど、スペイン作品で日本の曲が使われたのは、これが初めて、と。

2度見たのだけれど、クロアチア女性だったヒロインハンナ(サラ・ポーリー)の、生半可ではなかった、内戦中の非道・残虐さに巻き込まれて、心と体に受けていた深く重い秘密。それを語る部分は、何だか再度聞くのも辛く、2度目はその前で止めた。サラはややスカーレット・ヨハンソンをクールで地味にしたような、という印象もあったけれど、この孤独と気丈さの入り混じったヒロインに似合っていた。

でも、見知らぬ病人ジョセフ(ティム・ロビンス)との精神的な歩み寄り、怪我で目も見えず、姿も判らない見知らぬ女性に、自分の幼少期の海への恐怖の思い出や、もつれた恋故起こった悲劇への罪の意識を吐露、というのも非日常かもしれないけれど、

彼女の自身秘密を抱えつつ淡々と任務をこなす物腰で、そうさせるだけの何らかの資質、を察知して、という結果で、そうされた彼女も、彼の罪を贖罪する立場ではないけれど、相手との心の距離は縮まってきた感で、

やはりいくら姿は知った知己でも、重大な秘密、苦悩は、それを打ち明ける相手を間違うと、自分もかえって傷が深まったりしがちと思うけれど、見えない故に、感じ取れた相手の本質、という意味合いもあった気がした。

またジョセフとの関係だけでなく、掘削所の雰囲気、短期間ではあっても、少数の技術肌的男達が、彼女の彼の看護人としての、腕・プライド・立場を、暗黙の内に正当に認め、余り人に介入しない物腰や、

何気なく同性愛らしき2人の機関士、炎に身を投げた男が遺した一匹のアヒル、純粋な環境改善への思いを持つ海洋学者や、ラフなコックらとの、さり気ない交流が、相手に何らかを期待する訳じゃないけれど、徐々にそういう秘密を口に出来るような心情にさせていった、感もあって、

2人の再会以降は、少し甘めの付録で、あのまま別々の道、でもそれならそれで、という気もしたけれど、結局運命の出会いテイストになったのは、女性監督作品らしさでもあるのだろうか、とも。そう抽象的表現はなかった作品だけれど、冒頭やラスにト流れた幼い少女のモノローグは、隠れたエピソードの中の、彼女が失った子供、等だったのかもしれないけれど、やや意味不明だった。

世間からは隔離したような、無国籍風な海の上の狭い殺風景な施設で、心の鎧が外され、痛みの塊が吐き出されて、癒しあえた、という何気ない物語。場所は関係なく、そういう事は起こり時には起こり得る、という、地味ではあるけれど、じんわり沁みてくるような作品だった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AB%E3%

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2009/1/10

コーラスライン(’85)  アメリカ

「ブロードウェイ・・」の予習に、と思って見たリチャード・アッテンボロー監督作品。やはり順序としてこの作品の方から。’75年4月にスタートしたマイケル・ベネット原案・振付・演出の同名ミュージカル舞台劇の映画化。時間が押してきて、半分位見て、昨日「ブロードウェイ・・」モーニングショーに、後で残りを、と挟む形になったけれど、やはり一部でも見ておいたので、キャラクター、披露した歌、踊り、科白等が重なって浮かんだダンサーも何人かいた。

ブロードウェイのやり手ディレクターザック(マイケル・ダグラス)が、新しいショーのために、男女4人ずつのコーラスを選考。ダグラスは見かけたのは「アメリカン・プレジデント」以来だったろうか。ステージに残った16人、そこに現れたザックのかつての恋人で名ダンサーだったキャシー(アリソン・リード)も加わって、の最終選考の模様。

「ブロードウェイ・・」でも経緯の紹介あったけれど、以前実際各ダンサーに自分について語らせる、という形のオーディションがあり、それがユニークで受け、この舞台の元になった、とのことで、個々の背景、女性ダンサーの数人は映画「赤い靴」がダンスへのきっかけ、一人は百何回も見たり、恵まれて幸福とも言えない環境の中、バレエだけは美しい世界だった、とか、

ダンサーを目指しウエイターをしながら妻子を養う苦労、ゲイだというカミングアウト、「ブロードウェイ・・」で日本人俳優高良結香が勝ち取った役コニー(ジャン・ガン・ボイド)の背の低さコンプレックス等、色んな側面がバラエティ豊か。

ダンス+歌ナンバーで印象的だったのは、黒人リチーが中心の、思春期の性体験の心情を歌った「サプライズ」。リチー役のグレッグ・バージのキレある動き、豊かな声量で伸びあるボーカルがインパクトだった。それとセクシーなビビ(ミシェル・ジョンストン)の、ダンスは上手くても容姿が難点で苦汁をなめ続け、整形して人生が変わった、とバストとヒップを強調するコミカルなパフォーマンス等。

物語的には、そういう個々の個性のアピールパフォーマンス劇に、ザックとキャシーの昔もつれた感情のアヤ、が絡んだ群像劇、という感。元恋人が選考者、という事や、キャリア的には、場違い的なオーディション舞台で、ザックに止められても、捨てられないダンスへの情熱での押しのアピールで、選考の中に、というくだり。

過去の仲が良かった2人の回想シーンも折にあったけれど、やはりそこには、ダンサーとしての純粋な激しい情熱と共に、別れてNYへ旅立ち女優を目指したものの、多忙で自分をかまえない彼に認められたい、という思いもあっての事だった、と漏らした過去からして、微妙な女心も垣間見え、ダンスと歌が中心のオーディション劇+やや大人のラブストーリー風味、という気もした。

舞台は未見、この作品も未見ではあったと思うけれど、ラストのステージシーン、タキシード+帽子スタイルでの軽快な群舞の「ONE」は、メロディーもダンサーの衣装も何処かしらで馴染みあったナンバーだった。

昨日「ブロードウェイ・・」を見たル・シネマロビーに、夏に上映作品として「サガン 悲しみよこんにちは」のポスターがあり、少し驚き。サガンは5年程前他界したかつて愛読作家で、映画化作品も「悲しみよこんにちは」('58)「さよならをもう一度」('61)等初め目に付く限りは見たのだった。

今回は邦題にはなっているけれど「悲しみよ・・」リメイク、ではなくサガン自身の伝記のようで、検索でも余りまだ情報が出てこないけれど、シルヴィー・テステューがサガンを演じるようで、どういう切り口なのか、ちょっと楽しみな作品の発見だった。昨夜「BS選 魅惑のポップススパイダース秘話、名曲探索ラ・カンパネラ」録画、「ラストラブ」保存録画。(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%「ブロードウェイ♪ブロードウェイ」http://www.bunkamura.co.jp/cinema/news/index.html

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2009/1/9

ブロードウェイ♪ブロードウェイ/コーラスラインにかける夢  映画

公開中の「ブロードウェイ♪ブロードウェイ/コーラスラインにかける夢」(←関連サイトです)は、ミュージカル「コーラスライン」再演のオーディションの様子を追ったドキュメンタリーで気になっている作品、近隣館ではもうすぐ上映も終わりそうですが、見てきたいと。

「コーラスライン」自体私は未見なのですが、トニー賞9部門制覇、6137回の公演、664万人の観客動員、15年のロングラン記録を持つ伝説のミュージカルで、’06年秋、その16年ぶりの再演が決定、

ブロードウェイの頂点を目指し、3000人のダンサーが集まり、わずか19名のポストをかけて、8ヶ月におよぶ、苛酷なオーディションを勝ち抜いていく姿、を追っていくようです。

唯一日本人の出演者、高良結香も注目、初めて聞いた人でしたが、高校卒業後渡米、’01年ミュージカル「Mamma Mia」でブロードウェイデビューを果たし、その後も舞台に出演、日本でも沖縄拠点に歌手活動している女優兼歌手、と。

ダンスもの劇場では、私は昨年の、アントニオ・バンデラス主演の「レッスン!」以来になりますが、今回華やかなショービジネスの裏の世界、自分の夢を賭けて奮闘するダンサー達の生の姿、ダンス自体の迫力等、楽しみです。

ご覧になった方の感想、批評、コメントある方等,自由にどうぞ!(投稿でもメールでも結構です)

*今日(1/9)近隣では最終日で見てきて、12/30にブログトーク新作スレッド(「ブロードウェイ♪ブロードウェイ」)を立てていたのですが、年末に編集機能終了、新たなダイアリー表示が出来なくなり、AOLに確かめ重複にはならないとの事ですし、写してダイアリー記事にしました。感想はスレッドにと共に後(日)に。


1/11追記(1/12修正):個々のダイナミック躍動感と清々しさ

一昨日近隣では渋谷ル・シネマで上映終了、その最終日に見てきました。実際の再演のオーディション風景に、折々に’75年の舞台初演のモノクロ映像や、その時のキャシー役ドナ・マケクニー、コニー役バイヨーク・リーの、当時を振り返るコメントも混じり、序盤どうもやや入り組んだような感触でしたが、マイケル・ベネットが創り上げたオリジナル舞台版への敬意、が全編に漂うようでした。

余りダンサー間の熾烈なライバル意識・関係というよりは、一人一人のダンサーのオーディションでのパフォーマンスにスポット、という流れで、審査員とダンサーの関係も、映画版「コーラスライン」でのように、審査する者とされる者、という壁のあるシビアな空気、というより、

審査員達と最終ラインまで残ったダンサー達には、すでに面識ある場合もあったり、審査員の一人ボブ・エイヴィアンがレッスン場のダンサー達に、一人ずつ彼らが出た舞台の事を話しかけたりするシーン、また、審査側から、個別にアドバイスがあったり、長丁場のオーディション、という性質もあるのかもしれませんが、ある意味、同じ世界にいる者同士の、アットホーム的な交流、というやや意外な光景も。

印象的だったのは、ポール役に選ばれたジェイソン・タムが、オーディション場で父がポールの俳優業を初めて認めてくれたシーンを情感込めて語り、思わず審査員達も皆、涙していたシーン。その演技で、彼に決定だ!という事になりましたが、確かに映画版でのポール(キャメロン・イングリッシュ)よりも、何だか直に感情が伝わってきたような、短い新人のパフォーマンス、それがその場で評価された、という何か象徴的にも思えたシーンでした。

それと、注目だった日本人高良結香は”ユカ”として登場、やはり小柄、ルックスも正当美人系ではないですが、溌剌とした印象。審査員達も、元気が良く情熱的、と好感のようではありましたが、その中の一人のバイヨーク・リーは、彼女が’98年に渡米してきた、という事に、5才からブロードウェイで戦っていないと、等とこぼしたり、自分の演じたコニーとはややイメージ合わないようだったり、他の候補者寄りという感が。

そのライバルのエレーンというダンサーとは、高良結香は以前から親交あるようで、モノローグで、彼女がこの場に共にいるのは嬉しいけれど、競うのは辛い、とこぼしていたりしたのは、日本人的柔和さか、彼女の性格かもしれませんが、2人が並んで、「どちらになっても嬉しいよね」等と語り合ってるシーンも。本作用の短い個別インタビューで、失業保険も切れてしまったし、この役が欲しいんです、等とも語ってましたが、採用決定の電話が来て、めでたし、という所でした。

他の役の候補者達にしても、本当に色んなものを犠牲にしてきた、と語っていたダンサーもいましたが、幼少時から長い年月をかけて練習、キャリアを積み重ねてきて、一人一人のダンス、歌に個性、力があるようで、何だかそれは比べられるものでもない、感もありましたが、紙一重の所、何らかの要素で、選ばれた勝者と敗れた敗者、の容赦ない形。でも敗れたダンサーからも、次のチャンスを信じて、と大方前向きな姿勢が伺えたのが、後味は良いものが。

それと、この作品で目に映った分には、やはり改めて、オーディションの場での、個々の背景、家庭環境、過去のキャリア等は無関係、好きな分野で、素手で積み重ねてきた、個々の掛け値なしのパフォーマンス、しかるべき機会の場で、本音で渾身込めて自分を表現する、という事の潔さ。

それが評価される、という、うんざり辟易するような抜け道的卑しい駆け引き、の類の介在しない、ある種の正当さ、というものの清々しさ、という感触が残ったドキュメンタリー、で、やはり「コーラスライン」と同じ様に、最後の「ONE」のシーンは、ダンサー達の長い挌闘・苦労が報われた後のはじけた華やかさ、という余韻が残りました。(スレッド2,3に記載分)(コーラスライン(’85)

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