2006/10/14

アメリカの旅<5>  旅行

’90.4.28〜5.5 ニューヨーク

まず、バスがタイムズスクエア近辺の中心地に着いて、周囲の不穏な騒がしさに、とにかく早くここを離れたい、と、ユースに向かうべく地下鉄に。乗る途中閉まり掛けたドアを、とっさに黒人の少年が引っぱってくれた。

ジョン・レノンを偲んでオノ・ヨーコが名付けた小高い丘、ストロベリー・フィールズ初めセントラルパーク、自由の女神等廻り、やはり街を歩くだけで、その高層ビル群の森、は今更カルチャー・ショックで圧倒される。もっと若い頃訪れていたら、受ける刺激も違っていただろうとやや残念な感も。

クリックすると元のサイズで表示します

日本では丁度ゴールデン・ウイークで、ユースで知り合ったNYへ一人旅OLの人とWTCの屋上の展望台とニューヨーク証券取引所へ。その人は眺めには「凄い〜気持いい〜」を連発。展望台には各国からの観光客。

その日だったか後日かに、再度夕暮れ時に夜景を見に、当時のガイドではWTCのタワー2の107Fにあった展望フロアに。性能のいいカメラでなく、画像を留める事は出来なかったけれど、夜景も見事な煌びやかな豪華さ。気楽さが取り得の一人旅だったけれど、その光景は、どうも一人で見ていることの寂しさに、その旅で唯一実家の親に電話した。ただ「すごく、綺麗よ」とか言っただけだったけれど。後でコレクトコールのひんしゅくを買ったけれど。

あの時、あの夜景のあまりの絢爛さに不意に感じた、この煌びやかで美しい眺めというか栄華も永遠ではなく、時が経てばいつかは消え去ってしまう、というような無常感、というのか、10年後のこのビルの運命、この街が受ける衝撃なんて知る由もなかったけれど。

後日エンパイア・ステート・ビルにも登り、余り覚えていないけれどガイド通り日本人が多かった気が。

クリックすると元のサイズで表示します

美術館ではメトロポリタン美術館(Mのロゴ入りの赤く丸いバッチ、こちらの美術館は写真撮影可でモネの絵の何枚かの写真が)、MOMA(「眠れるジプシー女」の写真)、フリック・コレクション等。メトロポリタンはじっくり見ればここだけで結構時間も費やしたんだろうけれど、的を絞ったのは2Fのヨーロッバ絵画コーナー。

チャイナタウンや、リトルイタリー、ギャラリーが多いソーホー、ブルックリン橋、マンハッタン島一周の遊覧船、25セントで乗れるステッタン島へのフェリー、「いちご白書」(’70)の舞台のコロンビア大学(↓)、また、ハーレムのふと目に付いた教会に入り、聖歌を歌っている男性の素晴らしく響く美声にしばらく聞き入ったり。

クリックすると元のサイズで表示します

NYでは、久方に日本食レストランで何か日本の料理を食べ、露店での牛乳箱のようなパック入りの中華のチャーハンのお世話によくなった。久方の一応ご飯、が割りと安くて。バーガーよりはこちらを選んで、というか。

移動は主に地下鉄で、車内で新聞を売っていたり、自転車を持って乗り込んできたり、まさに何でもあり、と。この旅通して、夜は外出しなかったけれど、NYの最後の夜だけは、意を決してミュージカルを見たいと思い、たまたまチケット売り場で目に付いた「NUNSENCE(ナンセンス)」というシスター(=英語で”nun”、をかけている)達の即興劇を見に出掛けたけれど、帰りの地下鉄で、アル中らしき青年が前の席からずっと笑いかけ、乗客も少なく、さすがに不穏さが。この旅で最も印象的な街、というと、やはり色んな意味でNYだったと。

クリックすると元のサイズで表示します

帰国後、田村正和主演のドラマ「ニューヨーク恋物語」の再放送があり録画し、NY舞台で正和さんの渋さは無論、岸本加代子、桜田淳子、真田広之、稲葉敏郎らの違う個性の面々が食事会をしたりするシーンの和気藹々さも何だか良かったりして、少し街の雰囲気の懐かしさもあり主題歌井上陽水の「リバーサイドホテル」と共に、何度か見返した。

NYが舞台の映画も色々あり、印象的な作品、というと、最近DVDで見たハートウォーミングな「NOEL(ノエル)」もあり、色々ラブストーリー、ラブコメ等の背景にもなってきた華やかな街がこういう題材の舞台になったのは遺憾ながら、今は先日見た「ワールド・トレード・・」、になるかと。今後あの街に再び訪れる機会があるかどうかは判らないけれど、もし訪問すればやはりグラウンド・ゼロは、避けて通れないというか、行かなければと思う。(↓自由の女神背後から)

クリックすると元のサイズで表示します

アメリカの旅<4><6>
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ