2009/1/20

ミューズの晩餐 稲垣潤一  音楽

先週末の「ミューズの晩餐」は稲垣潤一、先月の「SONGS」以来。昔ギターのFコードに苦労、ギターは駄目だと思い挫折して、中3の時、当時3万円のドラムセットを10回分割払いで買った、と。確かにFとかは押さえにくかった覚えだけれど、それがこの人のドラム+歌スタイルの原点だった、というのも意外。

卒業前の謝恩会が初ステージで、その時ベンチャーズ、ビートルズ、寺内タケシ等と共に演奏したボビー・へブの「サニー」は、初めて聞いて気に入った、そうでMy first songに挙げていた。「サニー」は最近何かの洋画で聞いた、と思って検索したら、「迷子の音楽警察隊」のローラースケート場で流れていたのだった。イスラム圏に入ってきた西洋文明の象徴、みたいな使われ方だったのかもしれない。

高卒後就職した石油会社を1日で辞め、19才の時上京して初台で4畳半にバンド仲間3人と住んで、ベッド代わりに押入れに寝た、というのは「トキワ荘の青春」のようでも。辛い下積み、というより修学旅行気分のようではあったけれど、チャンスを掴めず、故郷仙台に戻って7年ハコバンとして働いていて、東京のテレビ局スタッフに見出され、’82年に28才で意外と遅咲きデビュー、だったのだった。

アイドル全盛期、でもこの人がアイドル、とはやや違和感あるけれど、「花の82年組」の一角、だったようで、キョンキョン、シブがき隊らが同期、最近リリースのデュエットアルバムでの相手の一人、中森明菜も思えば同期だったのだった。

ヒットは出し続けつつ、筋肉疲労のような状態になり歌うのが楽しくなくなったりしたけれど、そういう時に作った曲に、救われた、というリスナーの声に励まされ続けた、とか、デュエットでのカバー、セルフカバー企画も、今流行の色んなシンガーのカバー企画は商業的、マンネリとも言われるけれど、もしかしたら本人には、女性シンガーと声を合わせる事で、気分転換のような意識もあったのかも。

この1曲、に挙げて歌ったのは、ハコバン時代歌っていた特別な曲、というエルトン・ジョンの「Your Song」。訳詞が出て、余り歌詞をじっくり意識した事はなかったけれど、これはさり気なく始まるメロディラインも好きなスタンダード曲、日本シンガーだと阿川泰子版が手元に。先週「SONGS キロロ」録画。「ヤンヤン 夏の思い出」の途中。(http://www.tv-tokyo.co.jp/bansan/backnumber/index.html迷子の音楽警察隊(’07)SONGS 稲垣潤一

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