「飲茶・台湾料理「中国茶館」(池袋)/飲茶と台湾料理の話3」
おいしい話
飲茶に関して言えば、喫茶の習慣そのものの成立は前述のように唐代だが、点心と呼ばれる料理が成立したのは明の時代以降、即ち600年前から。現江蘇省の揚州がその中心地あった。その後現広東省の省都広州において点心はその他の中国料理の技法と同様大いに発展した。「食は広州にあり」ってよく言いますよね。だから点心を食べる習慣や飲茶の習慣は、勿論中国全土においてポピュラーではあるが、特に広州や広州出身者が多い香港といったいわゆる広東料理の地域で特に盛んであるとは一応言える。(そもそも「飲茶」というのは世界に通じる広東語なのだ。)そして勿論このお店がその専門であるところの台湾においても。
台湾というのはご存知のように島とその周辺から成っている。中国大陸の中にあるのではない。現在の領土や統治権については中国政府との複雑なからみがあるが、元来は旧石器時代より人類の居住が確認されはするものの本格的に開発されるのは明代以降。意外に台湾と日本はご縁が深い。種子島に鉄砲が伝わったのもザビエルが日本にキリスト教を伝えたのも台湾島を経由しての事と言われているし、豊臣秀吉だって台湾を含めた領土侵攻を企てたのだ。そもそもマレー=ポリネシア系の先住民の存在があった台湾には16世紀以降漢民族や日本人からの居住者は多くなっていた。17世紀以降オランダによって統治されたが、オランダは東インド会社を通して大量の福建省や広東省の漢人を労働力として募集した。それ故これらの地域の料理が台湾に入り込んでいった事は想像に難くない。福建料理も広東料理も穏やかで食べやすい塩味を好む。また福建省や広東省には「客家」と呼ばれる人々が多く住む。彼らは漢民族におけるエスニック集団と言うべき存在で、客家についてはそれこそ記事をひとつ書きたいくらいだ。それはともかく、とにかくそういう形でそうした料理が台湾に伝わった。例えば豚肉文化であった台湾に牛肉文化を伝えたのは漢民族だし、豊富な乾物や発酵食品を伝えたのは客家だったのだ。そして19世紀末から第二次大戦終結までは日本の統治下にあった。あっさりした醤油味を台湾料理が巧みに使うのは日本料理の影響があるとも言われている。戦後の台湾は国民党の蒋介石がまずは台湾における日本の勢力を一掃したが({光復」)、所轄をめぐって本省人(台湾の人)と外省人(台湾の人ではない人。漢民族ね)が対立して2.28事件が起きたのをきっかけに蒋介石は台湾において恐怖政治的独裁体制を取った。蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党の中国における対立(国共内戦)後、敗れた蒋介石は台湾に移住し、国民政府による統治体制を敷く事になる。こうした経緯から台湾の軍事的帰属が中国政府にあるのかどうかは複雑な解釈を呼ぶ問題となる訳だが(中華人民共和国と中華民国ね)、少なくとも料理に関しては、美食家で知られた蒋介石は台湾への移住の際中国の各地方の料理にたけた料理人達をごっそり連れて来た。
従って今日の台湾料理というのは、福建料理と広東料理と客家料理をベースとしつつ様々な中国料理が入り込み、諸外国の影響も巧みに取り入れつつ成立してきたものである。台湾というのは、恐らく香港などと同様非常にモダンで多様な料理を楽しめる土地となっているのであろう。広東料理のある有名なシェフは最新の広東料理について情報を仕入れる為に半年に一度は香港と台湾に行くとさえ言っていた。台湾そのものは海に囲まれていて元来海の幸に恵まれているが、ネギやにんにくに加えてエシャロットのような洋野菜の薬味を多用するのはヨーロッパからの影響か。香味野菜を揚げて使うのを好むのは台湾らしい、というかアジアらしいと言えるかもしれない。日本料理から醤油を取り入れたとはいえ台湾の好む味付けは広東料理のスピリットを感じさせる淡い塩味である。ある台湾料理の女性料理人は「台湾ベース」なるものを紹介していた。ひき肉、干しエビ、香味野菜を風味良く炒めたもので、彼女はそれを点心の餡としてばかりでなく、ちょっとした炒め物や炊き込みご飯や炒飯を作る時など、およそ何にでも万能ベースとして使う。調味料を複雑に使わずとも十分旨みが出る方法だと思ってあたしは感心した。(乱用すると味が単調になりそうではあるが、使い方次第であろう。)そうした事もあってあたしが台湾料理のテイストとして解釈するのは淡いけど旨みが深いテイストなのである。
一方でそうしたモダンで洗練された食文化と共存する形で医食同源、精進料理の伝統も台湾にはある。台湾の精進料理は一度食べてみたいなぁ。日本の質素なそれとは違って、台湾のはグルテンなどを多用した「もどき料理」(素鶏、素魚、素肉と呼ばれる肉や魚もどきの精進料理って意味だ)が得意らしい。なんか楽しいよね。そして伝統的に豚肉だけでなく豚の内臓料理にも長けているらしいが、それはモダンさとは対になる素敵な伝統だろう。ちなみに台湾料理は小皿料理の形で供される事が多いが、大皿に豪華に盛り付けたそれこそ宮廷料理です!みたいなのとは異なる、台湾料理の家庭的な側面だと言えるかもしれない。余談だが日本からの外来料理も台湾では盛んらしい。天麩羅、寿司(「壽司」)、さつま揚げ(「甜不辣」)、おでん(「黒輪」「和田」)など、これも楽しそう。楽しいと言えば台湾は屋台料理も盛んらしい。それはアジアの他の国々もそうだが、素敵な魅力のひとつとなろう。愛玉や仙草を使ったゼリーや豆花(トーファ)と呼ばれる豆腐のデザートは最近日本でも美容効果が高いとして人気が出ているが、それらは台湾の屋台(「夜市」)の名物でもある。
台湾料理の飲茶を食べる事で台湾料理の全てがわかる訳ではないけれど、そのエッセンスに少しふれて、おいしくって満足できるっていうのは嬉しい事だよね。台湾料理の飲茶を提供してくれるこの「中国茶館」はコストパフォーマンスもいいし、ラフで素朴な接客にもいい意味で中国っぽさ、台湾っぽさを感じる事ができるし、何よりもおいしい!大好きなお店である。
若い頃、アジア各国から福祉施設を視察する為にやって来た人達の通訳をした事があったが、台湾の人達は皆英語の発音がきれいで、何よりも非常に社交的で立ち居振る舞いが優雅で洗練されていたのを思い出す。事務的な話ばかりでなく、あたしが宗教哲学をやっていると言うと非常に真摯に議論を始めてくれた人もいるし、ある年配の男性は流暢な日本語で芸術について語り、あたしに台湾の画家が描いた美しい風景画を何枚か贈ってくれた。年配の世代は日本統治時代の影響で日本語をかなり話せるのである。日本は他の国に対してよりも台湾に対してはそんなにひどくなかったと伝えられているが、それでも極めて親切にしていた訳でもなかろう。だが台湾に限らずアジアの多くの国の人たちに対して感じる事として、台湾の人達に対してもやはり、たおやかで優しげで、柳の枝にようによくしなるけど決して折れる事はない精神性を感じる。支配を被っても折れない。それでいて巧みに吸収はする。このような精神を軍事的にどうこうできるという傲慢な幻想を日本人や欧米人が二度と抱かない事を祈っている。

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