体調を崩して5日間
医者嫌いな可憐さんですが…昨日、お医者さんに行ったので、薬が効いて、ちょっと元気になりました
ありがとうございます
帰ってから レッスンしようとしたら夫にこっぴどく叱られました
「お前は、何を焦っとるんや!毎日練習しとって何が自信が無いんや!」
タイム内にまだ出来ません
下手くそです
選考会まで二月ありません
焦って当然です
仕事の帰りにまきちゃんに「まだ、無理しやんとイメージトレーニングにしたら?」と言われたので…ノートを纏める事にしました
今の焦りとは別に…頑張ろうと 思う理由があります
親友エリーが美容師としての夢をいっぱい置いて行きました
エリーの沢山の夢の内、ひとつでも私が叶えたいと思って毎日を生きています
私の母は脊髄小脳変性症と言う病気です
私の母は、5人姉妹で 4人が同じ脊髄小脳変性症で…健康なのは、たった一人、母の3歳年下の叔母だけです
2005年の暮れに一番上の伯母が亡くなりました
その時、一番下の叔母と七年振りに会った従姉妹が、一番下の叔母の病状を見て…母親である健康な叔母に電話をして、泣きながら…こう訴えたらしい
「おばちゃんら、みんな同じ病気やないの!遺伝する病気なら何で教えてくれやんの!きちんと教えてくれたら結婚もしやへんだ! 子供だって産まへんだわ!」
不思議な気持ちでした
私は、親が障害者でも当たり前に結婚をして当たり前に子供を産みました
従姉妹の言葉も結婚して子供がいる事が当然だから言えるセリフなのです
裏を返して考えてみたら、障害者は結婚も出産も許されないと言う事でしょうか?
先日、叔父の七七日法要の際、同じ病気になってしまった従兄弟の兄ちゃんが、私の夫に「俺はこんな病気になると分かっていたら、結婚もしやへんだし子供も作らなかった」と言ったそうです
従兄弟には二人のお子さんが居ますが、とても素直で利発なイイ子供達です
健康でも伴侶にも子宝に恵まれない人もいるのに…病気でも伴侶や子供に恵まれた事に感謝して欲しいと思いました
亡くなった伯母ちゃんの為にも
確かに母の病気が遺伝によるものだと聞いた時、私もかなりビビる気持ちがありました
でも存在する家族にはリセットは出来ません
病気になろうが、どうなろうが家族なんです
病気になった時は家族に負担や迷惑をかけないようにしないとイケないと思います
ラッキーな事に脳梗塞や脳溢血のように突然、体の機能が奪われて不自由になるのではなく脊髄小脳変性症は発症から少しずつ不自由になる病気だから、準備期間が与えられます
しかも母親と言うサンプルもあり…どこまで悪くなるかが分かっているのです
だから 家族の事を思い身の振り方を考える時間は、十分にあります
夫にも「母ちゃんと同じ病気になったら迷わず障害者施設に行くから…もし私が母ちゃんと同じ病気で死んだら必ず献体してな」と頼んだ事もあります
夫は「病気になったら面倒みたるわさ」と笑いました
「お前は、苦労ばっかりして、昔から貧乏くじばかり引いとる割には性格が、明るいから母親と同じ病気にはならへん。俺が保証したるわ」とも真剣な顔で言われました
母親の遺伝をどこかで気にしている私に…「大丈夫!真理ちゃんは明るいから」と泣きながら慰めてくれた友達もいました
従兄弟が 二人
既に脊髄小脳変性症です
私は、医療の発展と未来を信じています
まだ六十年前は、肺結核は不治の病でした
今は治る病気です
40年前は、絶望的だった癌だって助かる人が多くいるし
全て自分が持った運で出会いなのです
結婚する事
子供が授かる事
当たり前じゃなく、これも運と出会いだと思います
優しい人に出会いたかったら、自分が人に優しくあろう
良い運が、欲しければ人に周りの人に良い運を提供出来る人になろう
私の人生の総責任者は、他でもない私自身
私の周りは頑張ってる美容師さんでいっぱいにしたい
だから私が頑張ってないと駄目!
もし、突然、旅立つ日が来ても悔い無きように
もし、母親と同じ病気になったとしたら、何年寝る暮らしがあるか分かりません
でも、どんな姿の老後が来ても どんな姿の最期が来ても 家族に「この人、一生懸命頑張ったんだよ」と言われたいと思います
シンプルな話し
人は、生老病死の苦しみからは逃れられないのだから、一日一日が、とても大切なんです
今日も明日も 大切に生きようと思います
みんなの優しさを沢山たくさん頂きました
今週中の体調不良にも感謝しています
ありがとうございます