2017/5/22

続 武市さんの不思議な庭  北海道ぶらり旅

滝上町に雑誌やテレビ等で時々紹介され、「武市の庭」とも呼ばれる
陽殖園という場所があります。

滝上町観光協会のHPを引用させいただくと、「約半世紀をかけ園主
高橋武市氏がたった一人で大地に絵を描く様に木や花を植え、池を
掘り道を造った。約8万uの敷地に約800種類の季節の花々が」と。

山の裾野に山野草と植栽植物が混在し、花壇の様な植え替え無しで
月毎に…と言うより、週毎に花の主役が入れ替わる不思議な場所は
花の時期、植物の相性等を熟知した高橋さんならではの高度な技。

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私も子供の頃は里山育ち。
山の斜面で福寿草やカタクリが咲いたとか、エゾエンゴサクの花を
齧り僅かばかりの甘さを楽しんだりとか、野草の思い出はあるので
すが、そんな中にサクラソウやタイツリソウが混在するのはお見事。

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真っ赤なシャクナゲは初めて見ましたが、アメリカの原産だそうです。

その派手な真紅にも驚きましたが、それとものすごく小さなうちから
不釣り合いなほど大きな花を咲かせる様子にもびっくりしました。

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エリカの花は700を超える種類があるそうで、こちらは春に咲く種類。
西田佐知子さんの「エリカの花散る時」を思い出すのは、昭和歌謡曲
世代だからですが。


花はちょうど入れ替わり?の時期で、多少思っていたより少なかった
のですが(それでも20種類以上はあったと思います)、お楽しみは
戻って来た後の高橋さんとのおしゃべり。

例によってお薦めの月は?とか、今日の見所は?と聞いても教えて
くれません。「いつも咲いている」とか「細い道に仕掛けがある」くらい
しか返ってきませんが、それでいいんですよね。

見所だけつまみ食いではなく、丹精込めて植えてある全てを見て欲し
いのでしょうし、野山を歩いて自分だけの可憐な花を見つける楽しみ
そんなのを味わって欲しいと言う思いもあるのでしょうし。


その分、伐採や池造りの苦労話を伺ったり、池には当然水棲生物が
いて、札幌や私の田舎では、エゾサンショウウオはカエルより先に
卵を産むのですが、こちらではカエルの産卵が先と聞いてびっくり。

北海道の梅と桜の順が本州と逆転するように、緯度が違うと産卵の
順も逆転するのでしょうか?

ほかにもカッコウやエゾハルゼミの初鳴きと花の開花時期の話など
楽しく聞かせていただき、ありがとうございました。


庭園造りは一生だから、死ぬまでやりますよ。俺一人で、と。

だから、冬の伐採の時などにもし倒れたりしたら、春まで発見され
ないだろうな…とも冗談も。
いやいや、冗談は置いておいて某アミューズメントパークみたいに
常に未完成と言うのも良いですね。次がまた楽しみになるから。


そう言えば最近「婦人画報」で、「オホーツクの庭と生きる」という
連載が始まったそうで、カミさんが「見ましたよ」と言うと嬉しそうに
されていました。おめでとうございます。

また寄らせていただきます。ありがとうございました。



武市さんの園は10時開園(その前の時間は武市さんのガイドツアー
を開催)なので、それまでの時間を使い、この町のこの時期の見所
芝桜公園も立ち寄ってきました。

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1954年(昭和29年)に青函連絡船洞爺丸が沈没した「洞爺丸台風」
の時、植わっていた桜壊滅した事を残念に思い、代りにお寺から譲り
受けたミカン箱一つの株から始まったと案内板にありました。

還暦を過ぎ?今は10万平方メートルのこんな見事な丘になりました。
同世代(?)としては、とても嬉しい事です。
併せてここまで大きくされた町の皆さんのご努力に感謝です。


【陽殖園の前回のブログ】

2015/09/01 高橋武市さんの「夢の庭」
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2017/5/16

山裾もカラフルになって来たので  聞きたい365日

札幌にも春が来て、モノクロだった山裾がカラフルになってきました。
季語で言う所の「山笑う」ですね。

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本来は旧暦1〜3月の季語。新暦では2〜4月の言葉なのでしょう
けれど、札幌でそんな言葉が似合う時期は、ようやく5月になって
からと、季語とはいささか「時差」があるのですが。(奥は手稲山)



今日はまた60年代の音楽の話ですが、今回はスコットランドの
フォーク・シンガー、ドノヴァンの話です。
山がカラフルになって来た事と、彼の誕生月が5月からの連想で。

初期の歌で好きなのは、「キャッチ・ザ・ウィンド」とか「カラーズ」
などですが、ギター・ソロの「タンジェリン・パペット」も好きです。

クリックすると元のサイズで表示します イエローは恋人の髪の色
 朝、僕らが目覚めた時の
 
 ブルーは空の色
 朝、僕らが目覚めた時の
 
 そのとき、その時間が
 一番好きなんだ。
 
 「カラーズ」より


私にもわかる簡潔な詩ですが、この歌詞と曲調から後の日本のフォーク
ヒット「白い色は恋人の色」を思い出す人も多い事と思いますが。


彼がデビューした時、日本では「イギリスのディラン」と言うキャッチ
フレーズで売り出されました。

でも、似ているのはギターの弾き語りと帽子を被っていた事位で
中世のトルバドールっぽくメルヘン的な彼の音楽と、ディランでは
まったく違うのですが、当時は一緒くたにフォークだったのですね。

彼が当時被っていた帽子がドノヴァン・キャップ、P・F・スローンが
被っていたのがスローン・ハットと呼ばれ、帽子を被ったシンガーと
してはこの二人は有名だったのですが、今検索すると、ドノヴァン・
キャップは有名ブランドみたいです。
60年代のドノヴァンと直接の関係はあるのでしょうか?

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ディランも、デビューアルバムでは帽子を被っていました。
例のもじゃもじゃ頭は、次のアルバム「時代は変わる」からです。


その後、ドノヴァンも帽子をやめ、レーベルもイギリスのパイから
アメリカのCBS傘下のエピックに移籍。

クリックすると元のサイズで表示します ここで出会ったプロデューサー
 ミッキー・モストの下、彼のサ
 ウンドはポップでサイケな時代
 の音をまとい、ジャズやラガー
 っぽさも加え変身します。

 魔女の季節、霧のマウンテン
 メロー・イエローなどなど…

 このベスト盤ではカラーズと
 キャッチ・ザ・ウィンドのア
 レンジを変えた再録も。

こちらの「カラーズ」の最後に、パイ時代のオリジナルには無かった
Hellow Jack, Hellow Bobというつぶやきが入っています。

きっとジャック・エリオットとボブ・ディランへの挨拶なのでしょう。

これらの再録を含め、カラフルな衣装は纏ったけれど、メロディ・ライ
ンも、肩の力を抜いた歌唱も変わっていないし、上手に時代に乗れた
成功例でしょうね。むろんいい意味ですが。


彼のアルバムを揃えて、とか、当時の国内盤を血眼で探して…
という程の歌手ではないし(失礼)、私は上記2枚のレコードしか
持っていないけれど、時々取り出して聴くと何とも心がホワンとして
くるという歌手は、とても心地がいいのです。



まだまだ三寒四温といったお天気の中、久し振りに小雨。

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ルピナスの葉が宝石?を貯めていました。
肌寒いのは嫌ですが、花には恵みの雨。

芝桜にライラック、来月にはラベンダーかな?楽しみな事です。


【関連の過去ブログ】

2017/01/15 P.F.スローン/孤独の世界

2017/02/05 P.F.スローン もう一つの「孤独の世界」


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2017/5/14

大英自然史博物館展  美術館・博物館

飛び飛びになりましたが、先月行った「東京ぶらり」の続きで上野へ。
まずは国立科学博物館の「大英自然史博物館展へ」
130年を超える歴史ある博物館の貴重な標本をまとまった形で紹介
されるのは、イギリス国外では初だそうです。

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見たかった始祖鳥の化石は、想像していたよりも小柄、とはいっても
鳶より大きく、鷲くらいの大きさでしょうか?
この鳥の化石は世界で10体程しか報告されていないそうですので
貴重な物を見せてもらいました。

三葉虫の化石は意外に大きくて、こちらも想像と違っていましたが。

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世界最大の蝶、アレクサンドラトリバネアゲハと、微化石を集めて
作ったクリスマスカード。X’MASの文字は見て取れますね。

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骨格標本ですが、サーベルタイガー、オオナマケモノに巨鳥モア。

サーベルタイガーが絶滅したのは10万年前ですから、ロマンを感じ
ます。私は寅年生まれなので、特にそう思うのかも知れませんが。

オオナマケモノも絶滅したのはマンモスと同じ頃の1万年程前の事だ
そうですから、こちらもロマンのうちでしょうが段階でしょうが、3mを
超える巨鳥モアは16世紀頃までは生存していたと言う話があります。

人間が住みつくようになり生息に適した場所が奪われたのが原因か
などと聞くと、ちょっとしんみりしますが…

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こちらは、1680年代で絶滅したと言われるドードー。

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1900年代初め頃に絶滅したフクロオオカミにリョコウバト。
ニホンアシカは1950年代頃までは生息していたと言われますが…



特別展を離れ、地球館も見てきました。


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ハワイの日系二世である実業家であるワトソン・T・ヨシモト氏より寄贈
された大型哺乳動物450体の剥製標本が展示されていました。

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現在は調査が困難な地域の標本も多数あり、学術的価値が高い物も
多いそうです。
これだけの命を乗せた地球を守ろう…という趣旨なのでしょうが、今は
まだ少し生々しくて、動物の目が悲しく見えるのは私がセンチなだけ…
でしょうけれど。

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日本館の方では、新指定国宝・重要文化財展、根付高松コレクションの
展示もあり、根付から私の干支の寅。
十二神将立像から、手前左は同じく干支の寅の神像。

大好きな河鍋暁斎の本物を見ることが出来たのも嬉しかったですね。

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この日本館は中央のドームやステンドグラスがとても素敵で、今の
建物にはない大正〜昭和初期の趣が感じられますが、関東大震災
復旧を目的に、1931年に建てられ、現在国の重要文化財に指定
されているそうです。


【参考にさせていただきました】

タスマニア島のフクロオオカミ、絶滅の原因は人間 豪研究
http://www.afpbb.com/articles/-/2924910

竹島のニホンアシカ、絶滅は日韓どっちのせい?食い違う主張
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/24/takeshima-sea-lion_n_6741382.html
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2017/5/9

日高山脈を見ながらドライブ  地に花、空に雲

ゴールデン・ウィークを利用し、一足早く母の日のプレゼントを持って
日高路をドライブ。

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道の駅みついし付近から見る青空と日高山脈の白い峰。

牧場の多いこの辺りでも珍しいレモン色の厩舎と緑とがよく映えます。
この日は海も穏やかで、気持ちのいいドライブになりました。

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母を連れて、浦河町西舎の優駿さくらロードに桜を見に。
今年はまだ早いかな?という予想が当たり、多くは蕾が開きかけと
いう中で牧柵の側に一本、ほぼ満開の桜。(5月4日のことです)

桜祭りが始まっていて、限定で日高の春ウニ販売も魅力だったのです
が、抽選会付き合っているには時間が無く断念。

先日のえりも町の春ウニ祭りでは、町民5000人の町に6000人が
押し寄せたそうですから、並んでも抽選に外れる確率高そうだし、今年
ウニの生育も悪いそうですし…って、負け惜しみ言っています。

イソップ寓話の「狐の酸っぱいブドウ」みたいな話ですけれど、ね。

お陰で覚悟していたほど混んでいなくて、スムーズにドライブが出来た
のは、静内の二十間道路の桜も浦河の桜もまだだったからのが、幸い
したのでしょう。負け惜しみの上塗り?ですが…

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JRA日高育成牧場の展望台から見た日高山脈。



桜のピンクは早々に諦め、隣町まで足を延ばし様似町の観音山へ。
カタクリのピンクを愛でようという魂胆です。
ここは10年ほど前に「全国かたくりサミット」も開かれたカタクリの名所。

標高わずか100m程の山ですが、海がすぐ迫っているので展望台に
登るとエンルム岬に親子岩。絶景が広がります。

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そしていま満開のカタクリ、エンレイソウ、エゾエンゴサク。

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観音山を下るとすぐにマルサン工藤商店。

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ここでは札幌ではお目にかからないたこまんま(タコの卵)の蒸し蒲鉾
ほか珍しい海産品が名物で、何点か買わせていただきました。

更には寸暇を惜しんで?山菜採り。まったく働き者ですねぇ。

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今年はタラの芽はまだ無理でしたが(時期としては桜の後です)
フキにコゴミ、ヤチブキに行者ニンニク。

ただ一つ残念なのは、大好きな山菜サワワサビが壊滅状態に
なっていたこと。
僕らは爪でプチンと切って、来年の為に根を残してくるのですが
ちょっと引っ張ると簡単に根ごと抜けてくる繊細な山菜。

山菜をとる最低限の知識は持って、山に入りたいものです。
本当に悲しい話で残念です。
私の食い意地からではなく、山菜を絶えさせてはいけません。


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とは言え、山の幸が並ぶと酒が一段と美味しいというもの。

ギョウジャニンニクは茹でて醤油漬け。ヤチブキは酢味噌で。
コゴミのお浸し、フキの金平、たこまんまの蒲鉾はワサビで。

酒は日高(ひだか)管内のドライブにかけ、「日高見」を。
こちらは石巻のお酒で、読み方もひたかみですが。

札幌の桜も道庁の庭などはあっと言う間に散って。
慌ただしく初夏に向かうのですね。
花の見ごろを逃さない様、忙しい事?は良い事です。


【関連の過去ブログ】

2016/05/05 浦河の桜、春ウニ、山の幸

2016/05/26 日高の海の幸で一杯
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2017/5/5

スケーエンの画家と海、漁師  美術館・博物館

デンマークと聞いて私が思い出すのは、昔オーディオ・マニアだった頃
美しいデザインに魅了されたバング&オルフセンのオーディオ機器。
特にリニアトラッキングアームを搭載したプレーヤー、Beogram4000は
本当に美しく、音が出なくてもいいから飾っておきたい位素敵でした。

それと沖縄大好きですから、TULIPのポークランチョンミートは知って
はいましたが。(日本への輸出の半分は豚肉の加工品だそうです)

その程度の認識だったので、「スケーエン:デンマークの芸術家村」の
案内を見てもピンと来なくて、時間はあるからついでに見ておくか…
程度のつもりでした。先日行った国立西洋美術館での話です。


そこで目にしたミカエル・アンカーの描く、荒れた海の色や並の描写。

そして海で生きてきた男達の姿と眼差しに、強く惹き付けられました。

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※写真は主催の東京新聞の記事よりお借りしました。

バルト海と北海の2つの海に挟まれたこの半島は、海流が合流する
地点としても有名で、そのため船が難破する事も珍しくないそうです。

こうした場所のため、この地の漁師たちは何かあると海難救助隊と
して活動するのだそうで、この絵は冬の海難事故の救助に出動する
場面なのでしょう。

使命感で引き締まった漁師の男達。
見守る不安げな家族の表情。

他にも描かれる彼の「救命胴衣のベルトを締める漁師たち」や
「奴は岬を回れるだろうか?」で沖を見つめる漁師たちも、きっと
同じテーマの絵なのでしょう。

私にも漁師をしていた叔父がいました。
板子一枚の下は地獄とも言われた頃の、昭和の木造船の時代です。

漁もあり、明日も天気と言う日は、赤ら顔をテカテカさせて昼過ぎには
機嫌よく酒を呑んでいましたが、万が一の時は、きっと一転してこんな
表情で仲間を助けに行ったのだろうな…

叔父も事故の多い海での漁師でしたから、そんな事をふと思いました。
共通する海の男の顔を見た気がします。


クリックすると元のサイズで表示します  この地スケーエンは19世紀頃
  までは辺境の地だったようです
  が、やがて1870年代から若い
  画家達がこの地に住みついて
  自然主義の立場で、漁師達の
  労働や海辺の風景、村人達の
  素朴な生活を描き始めました。

  そうしてこの地に根をおろした
  彼らはスケーエン派とよばれ
  20世紀初頭にかけて北欧の
  国々から画家や詩人、作曲家
等が集まる国際的な芸術家村として知られる様になったそうです。
※以上リーフレットより要約


今回の展覧会は、日本とデンマークの外交関係樹立150周年の記念
として「スケーエン:デンマークの芸術家村」として、スケーエン美術館
に所蔵されている絵画、59点が展示されています。

上記の様な緊張感のある絵ばかりではなく、白い砂浜やそよぐ風が
聞こえてきそうな、初夏を思わせる明るい絵もいっぱいあります。

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個人的には木炭でスケッチしたミカエル・アンカーの習作も、興味深く
見させていただきました。 ※国立西洋美術館のホームページ

因みにこちらは、特別展料金は不要で、通常の入館料で観る事が出来
更に第2第4土曜日は無料ですので、行ってみるべきでしょうね。


蛇足ながら、国立西洋美術館の世界遺産登録おめでとうございます。
そのため混み合うからか、当面の間、撮影が一切不可となったのは
少し残念ですが、まあやむを得ませんね。

それに、特別展はもともと撮影不可ですしね。



【参考まで】 海難事故に関連してこのような記事もありました
デンマーク船の機関長を和歌山で追悼

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