運命とはかくも粋なはからいをするものだと…【戸沢駅】


秋田内陸線・戸沢駅を過ぎるとトンネルが多くなる。列車の駆動音で勾配が分る。いくつかのトンネルをくぐり、阿仁マタギ駅に抜けるこの路線で最も長い「十二段トンネル」に入る。

少しすると真っ暗な先の左端に坑内灯かと思える程の点のような灯りが見える。その点が少しづつ中央に移動して来てやっとトンネルの出口の灯りである事が分る。このトンネル通過の体験は陽のあるうちにする事をお薦めする。時間を掛けて長いトンネルを抜けた感動は一入である。
【阿仁マタギ駅】


後日目指す“安の滝”はこの阿仁マタギ駅が最寄になる。ここから車で20分程のところに安の滝への入口があるが、その予定は最終日に取っておく事にした。

この駅には打当温泉がある。近隣の宿に宿泊すると、この温泉に入れる無料券を出しているところが多い。入湯だけでも出来る。今回、この大きな温泉施設に宿泊してみたが、旅の心に触れたい旅行であれば小さな宿のほうがいいかもしれないとも思った。
トンネルを抜けたすぐ先にある奥阿仁駅は撮影を逃してしまった。トンネルを抜けた感動と、故郷の比立内駅は奥阿仁駅の次だ。もう心は十二段トンネルから比立内に飛んでいて奥阿仁駅に停車した記憶が全くない。
【比立内駅】


ここは私の生まれ故郷。この鉄道が敷かれる事でこの地を離れる事になった。そこで今回、終点・鷹巣までの内陸線の旅となったのだが…まず朝市から。朝9時から12時まで開かれている。地元は勿論、内陸線沿線の阿仁合や、遠くは能代から業者が来ている。

量販店の少ないこの沿線は、地元の人々には不便であるが旅人にとっては魅力のひとつである“朝市”が開かれる駅がいくつかある。日程がまとまっているので朝市めぐりも旅の一興かもしれない。当時、比立内の市は“5”の付く日だったが、その習慣は今も続いていた。


昔はあらゆる店が立ち並んでいた。限られたお小遣いを貰ってお祭り気分だったが、現在は規模も縮小されて食料品が殆どだ。地元のお婆ちゃんの漬けたデカい梅干を買って、帰京してから、ここで私を産んでくれた天国のおふくろの味を思い出す事にした。


地元の物産にもっと触れたければ市の立つ傍に道の駅“あに”がある。めずらしい地物が満載の道の駅だ。写真右は山の動物達も大好きな山ぶどう。遊び場の山は“おやつ”の宝庫。あけびや栗、桑、かたつむりも焼いて食べたナ〜…


道の駅名物の“山ぶどうソフト”に“山のきぶどう”ドリンクがある。アントシアニンを補給しながら目に優しい旅を…
誰にも幼い頃の忘れられない風景がある。その懐かしい風景に何かが欠けていたり、ぽっかりと存在している事で、改めて時の経過に気付く。村祭りの丘から見える比立内川沿いの“岩肌”は私にとって一番の記憶の風景…その前にぽっかりと小学校の新校舎が建っている。初めてのランドセルを背負って通った旧校舎は風景から消えて石垣の校門だけが待っていてくれた。床下に潜り込んで蟻地獄に見とれた神社への坂が長く急だと思っていたが…短い! 私は巨人になってしまったようだ。神社の名前が比立内神社だという事も今回の旅で初めて知った。


いつまでも変わらないのは心に残る思い出。よく母が煮てくれた果物があった。比立内は知る人ぞ知る珍果“マルメロ”の生る里。民家の脇や田畑の農道に繁っている。秋に黄色い実が熟すが、そのままでは硬くて酸っぱく食べられない。たっぷりの砂糖で煮て食べる。


地域限定で商品化もされているので、めずらしいお土産としては最高だ。リンゴでもレモンでもない独特の爽やかな香りが魅力の果物で、地元の人はマルメロの実を部屋に置いて芳香剤代わりにもしている。その香りは日が経つに連れて強くなる。一度、知ったらきっとまた食べたくなる味。

道の駅“あに”のもうひとつのお薦め体験は“またたびラーメン”。昔懐かしい縮れ麺にまたたびが捏ねられている。運が良ければ写真のピンクの漬物、地元名物の山ぶどう漬け大根が付け合せで出てくる(^^)


現地での最後の押さえは、やはり地酒である。地域限定の地酒を探すならお土産店より地元の商店が穴場。早速、数件の店に潜入してみると…
この名前の清酒はあるだろうなという“安の滝”。試し買いのワンカップ酒“またぎ”は程好い酸味の利いた白ワインのような味わい。“雪っ子”に至っては空けてビックリ、その名の示す濁り酒。発酵の舌鼓、シャンパンの味わい。


2年前に宿泊した松橋旅館に寄ってみた。突然の訪問にも拘らず、歓待を受けた。運良く十四世マタギのシカリ・松橋時幸氏にお会いできたのが今回の最大の宝になった。若主人には限られた私の移動時間に合わせて思い出の場所の案内までして頂いた。通称・マタギ神社と呼ばれる、熊狩りの際に入山の許しを請う女神が祀られている大山神“だいさんじん”神社。

比立内にはかつて水力発電所があった。その跡地が今でも残っている。この建物の上に貯水場があり、幼い頃、一時期父が枯れ草などで流水口が詰まらないように管理をしていたのに泊り掛けで付いて行った事があった。夜になると幽霊が出るなどと脅されて眠れなかった思い出がある。


上記の跡地に行く途中に二本の橋がある。一本目は牛滝橋。農耕の帰り掛けに沢の水で牛でも洗ったのだろうか…この辺りでは一番大きな橋だ。幼い頃は橋の真ん中に陣取ってよく遊んだものだ。今はその橋から秋田内陸線の鉄橋が見える。


もう一本はその先の「繋“つなぎ”吊橋」。今は数件の居住者と釣り人が時々利用するだけとなって苔生している。一般の車は平行して走る繋橋を通っている。
若主人に送って頂いて内陸線に乗車。後ろ髪引かれる思いで比立内を後にする。昔の事をいろいろ思い出して駅標の撮影を忘れてる間に、岩野目“いわのめ”駅〜笑内駅と過ぎて行く。笑内は“おかしない”と読む。地名のシャレを効かせて「笑内チーズ饅頭」という商品があるそうだ。急行での車内販売なら手に入れられたのだが残念。でも笑内と萱草駅間の阿仁川渓谷地帯に架かるこの路線最大の赤い鉄橋(大又川橋梁)を渡る楽しみがある。


乗車しているとアッという間に通過するのだが、県道からの阿仁川をまたぐ赤い鉄橋の眺めも、鉄道と並行して走る県道の青い橋の眺めも実にいい。
次はいよいよ荒瀬駅だ。今回の旅の第二の目的のためにこの駅に寄る。
〔 秋田内陸縦貫鉄道Bに続く 〕