今日はブログから始動。
写真は ハイキングに出向いたダーバンにある自然公園にて。いきなり駐車場前にシマウマの群れがいて驚く。ゲームパークに行かないと居ないと思っていたのに、彼らはいかにも普通に(普通の馬のごとく、というか馬の一種なのだけど)草を食べている。そしていかにも普通に、森の中に消えていったのだった。
近所のガソリンスタンドで働く顔見知りのプリンセス(こちらの人々は現地語の名前と英語の名前を大抵二つ持っている)が、久しぶりに会うと悲しい顔をしながら「娘(2歳)がレイプにあいそうになった(実際英語でこう伝えられた:almost raped)」と話す。状況は詳しくわからないが、どうやら彼女も居る場で おこったらしい(うちのノシーポいわく、母親がケアレスだった、でも…)。色々な状況が想像できる、飲んで酔っぱらっていた、男たちがたくさんいた、もしかしたらプリンセスも酔っぱらっていた、、、。どんな状況であれ、起こったは間違いなく「許されないこと」「また起きてはいけないこと」だ。泣いてなんかいられない、と思った。でも、私に何が出来る?
きっとこういうことは南ア中で毎日たくさん起こっているのだろう。そして、それは沢山の因果関係から起こっているのだろう。貧困/教育不足/文化的背景…。
そして中でも「教育」という言葉を改めて考える。
人々には、お金がなくても「教育」は必ず必要だ。
水と教育は同等なくらい どんな場所にでも行き渡らなくてはならない。では、私に何が出来る?今やっていることでも足りなさすぎる。
写真は先々週末訪れた 「孤児院」と名乗る親のない子供たちを集めた場所(ぼろぼろの建物が少し)で。
最初は Dのことが珍しいらしく、子供たちは彼の頬や肌に触ってみたり、握手したり、Dもいつもと違う雰囲気の子供たちに消極的になるも、最後はみんなで一緒に走り回っていた。世話をする女性は、ため水で衣類用洗剤を使って皿を洗い、男たちは週末ということでとうもろこしから作られた安い地酒を飲んでいる。子供たちはこの場所で とりあえずは、寝る床と腹を満たす少々の食べ物を得ることができる。学校にも行く。
Dが小さいながらも 自分一人で使うことの出来るベッドを持つこと、お腹を満たすだけでなく様々な種類の食べ物を口に運べること、自分のために買われた新品の服に袖を通すことができること、の有難さに気づいて欲しいと思う。そして、他の国の人々にも そのことに改めて気づいて欲しいと思う。私自身も、だ。

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