今やポーランドに戻った友人マルゴの久しぶりのメールには
先月訪れたというキューバへの旅の写真が付けられていた。
事故後のステイシーの経過は順調。運転していた友人が孤児院のケアワーカーに頻繁に連絡をとっている。何を差し入れようかと聞いた友人に、彼女は「罪悪感はどうぞ持たないで。差し入れも何でもウェルカムだけど、ほんと気を使わないで」と温かい言葉をかけてくれている。友もまだまだ精神的に疲れているけれど、なんとか回復してほしい。
金曜の夜に、日本映画『殯の森』を見終わって出て来たら友人アリスとばったり。この悲しくも美しい映画のおかげで私の目は異常に腫れて、真っ赤で、さっと通り過ぎたかった。でも話したいこともあったし、10分ほど立ち話をする。
話したかったのは、数週間前に新聞に載った彼女のアクティビストとしての最近の動き。半年前から起こっている『外国人敗訴』の影響で住んでいた場所を追い出され住む場所を失ったアフリカ他国からの人々。以前このブログにも書いた彼女のフラットの一階を借りていたコンゴからの一家も フラットを出なければならず、アルバートパークに他の外国人たちと一緒に寝泊まりしている。アリスを含め数人がこれに対して動いている。本当に少数の助ける人たちに対して、行く場所もないままさまよい続けているたくさんの人たち。
「みんな南アには怖くていたくないといっているの。コンゴに帰れる人たちは帰ったのだけど、今でも残っているのはコンゴの危険な地帯から来た人たち。政情も安定していない場所には帰れない。でもここにも居られない。本当に行き場を失った人たちなの」とアリス。
とりあえず、色々なところから余っていたテントを集め、その大きな公園に寝泊まりする追いやられた人々(お腹に子供の居る人や、小さな子供までもいる)に提供している。そして、下に以前住んでいた子供2人を学校に連れて行く為に自分の家に平日は泊まらせ、学校に送って行っている。それでもそうしていることを人々には自分から話さない姿、やりたいからやっているまでだと言い切る姿がとても美しかった。
南ア生まれの南ア育ち。こういう人たちがアパルトヘイトの中でも作られたことに感動する。人間というのは自分で判断出来る動物なのだと。
以前私とチチリアがチェゲバラのイメージがプリントされたTシャツを見せたときに、彼の存在を全く知らなかったアリス。私たちは彼女の育った時代がたくさんの情報を切断されていたということも忘れ、ちゃかして笑っていた。この有名なイメージも知らないの、と。
金曜の夜の彼女との話のあと思ったのだった。
「はたして知識はどれだけ必要なものなのだろう?」と。
そうだ、書いておかなくては。
先週の木曜に、私を含むママ3人、ベビ−3人で海岸を散歩していると、すれ違った人が海にクジラが見えることを教えてくれた。既に岸辺から少し遠ざかってはいるけれど、肉眼でもしっかりと数頭のクジラが大きな波を作って優雅に沖に向かい、威勢良く何度も潮を噴き上げすすんでいるのが見えた。Dの手を握って私は、その瞬間、南アにきて初めて、何故だか はっきりとこの国にいることの幸せを 確認したのだった。