午後になって以下の様な記事も出ていますが
悪いものは悪いと法廷で言っている様なもので
もしも、これが現実ならば改善していく必要が有る
でしょうね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081003-00000525-san-soci
証人に立った、元相撲力士の板井氏の発言・とても
重要な事で有る・と私は思います。
日本の国技で有る相撲も70から80パーセントが八百長で
有るならば、相撲は・まともなスポーツ競技が無い・
と言っているのと意味は同じですからね。
ゴルフやバスケット、ホッケー、フットボール、ラグビー、マラソン、
など体を使ったスポーツ競技では八百長はほとんど出来ません。
バレーボールやビーチバレーボール、テニス、サッカーは
体を使っていても審判が場合によっては他をひいきしている=
八百長の可能性が有る様な試合も前から有る事は事実です。
これに加えて、格闘技でもK-1の試合の様な判定結果あいまい・
も有りますので。
柔道などは、国内では無く国際大会になるとかなり判定が
微妙です。
つまり、私達はつねに八百長の世界で競技もやっている・
と言われても何も言えないわけです。
人がやるからミスも有る・というEPの言葉では無く
審判はミスが許されるはずは無いし、ミスをしない様にするのが
正確な審判です。
そのための勉強や訓練もやっているはずですので。
ただし、今に始まった事では無く昔からの事で有ると
私は思っています。
それでもっとも問題になったのが、プロ野球の審判です。
以前よりも断然・審判の質と判定が悪くなりました。
審判に疑問を持った事で退場させられる監督も見かける
様になりましたし、場合によってはマウンドで20分以上も
話し合いなどをする場合も多いです。
相撲については良く分かりませんし、放送しているのが
NHKという事も有りますので。
なんじゃ、こりゃ(笑)。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081003-00000009-kyt-l25
井伊直弼公の祭りも記載されていますが、あくまでも
井伊家の地元は、遠州・静岡県浜松市、今の浜北で有る・という
事を忘れてはなりません。
京都に上洛して政権の手伝いをしたので、静岡から
滋賀県に引っ越ししただけの事です。
お地蔵ちゃんのりょうたん寺・が井伊家の菩提寺と
なっています。
http://www4.ocn.ne.jp/~ryotanji/
http://www4.ocn.ne.jp/~ryotanji/rekisi.html
HPの下、関ヶ原の戦いで徳川家康公からの褒美で
現在の滋賀県彦根に引っ越し、永住しました。
上記の地を昔から永住している人物では有りませんので。
http://www4.ocn.ne.jp/~ryotanji/ojizo.html
http://www.hamanako.com/ojizo/
このお寺と言うと、HPにも出ている小堀遠州作のお庭しか
無いでしょう。
http://www.enshuryu.com/enshu.htm
同じく庭園と言うと、京都・詩仙堂の石川文山でしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E4%B8%88%E5%B1%B1
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/seisan/sei117.htm
この石川文山についてはいろんな説も有って、有力なのは
陰謀説で、本当は隠居などしておらず影で暗躍していたのでは
ないか?!・とまで言われています。
すべて徳川家康のために動いており、豊臣家や織田家などを
潰す方向へ動いたのも彼ではないか?!・とまで
言われています。
つまり、詩仙堂というのは秘密の影情報の屋敷で
有った可能性も有る様です。
この場所から隠居屋敷で有るはずが、当時の他の部隊が動く
サインで有る、・のろし・が空に上がっていた・という資料も
見つかっています。
そうなると、石川文山は忍者みたいな情報屋・つまり徳川家への
影の情報屋で有った可能性は有るでしょう。
隠居という屋敷=詩仙堂はそのカモフラージュ屋敷で有った
可能性は否定できません。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/ichijyouji-sisendou-jyouzanji.htm
徳川家の武将が鎧を脱いで隠遁生活を送るために建てたもの・
というふうになっていますが、下の2番目・屋根の上に
監視塔・見張り台の様なものが有ります。
嘯月楼と言いますが、隠遁や隠居生活する上でこの様な
他を見張る様な見張り台は必要無いのです。
ですから、きわけてこの屋敷も主体は隠居や隠遁ですが
場合によっては、影の戦闘指揮所みたいな所で有った
可能性は有るでしょうか。
徳川家の家巨・石川文山ならばそれは十分に有り得る話です。
あの時代は、戦闘で自分が生きるか?それとも死ぬか?・の
時代でしたからね。
戦国時代が終わってもそれを望んでいた残党や反権力者が多い
事が有って、徳川家でも実際には大変だった様です。