http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081003-00000563-san-pol
政界を辞めることになりましたが、継続してこの
人は日教組について苦言を言って行くのは良い事で
有ると私は思っています。
中にその様な先生がいる・という事は一理有って、
私の学校が現実にそうでしたので。
いちばん、嫌な思い出となったのはやっぱり夏場の
学校のプールでの水泳大会だった様な記憶が今でも
鮮明に覚えています。
あれが当時、日教組の学校で有った・という事を証明した
様なものでしょうね。
学校に街宣車が来ていたのもあれでは無理は無い・と
私は今でもそう思っています。
毎年恒例の夏場のクラス対抗の水泳大会でしたが
私は最初から辞退を申し出たのですが、どうしても人が
いない・という事でしぶしぶ・最終ランナーとして出た
のですが、どういうわけか最後なのか?やる気がなかったのか
は分かりませんが、最後になった時は皆・かたずけを
やっていて泳いでいるのは私だけ・という状態でした(笑)。
大会が終わったのか?終わらないのかのも分からないまま・
という状態で、プールを往復2回だけ泳いだのですが
ストレートにプールから上がりましたが。
スタート時は沢山の応援が有りましたが、最後は(誰もいない)
という状態でした。
こういう事があったので、最初から日教組の学校というのは
盛り上がりやすいがすぐに冷めやすい・という幅が大きい
学校、または、いらない者は削除する思考・という削除的意識が
強い学校、教育、生徒が多い・という事です。
ですから、この方の言っている事は一理・有るのです。
それはイコールとして、(いじめ)は無くならない・という
事にまずもって結びついていきます。
ですから、今でも当時のクラス会にも行こうとは思いませんし
行くつもりも有りません。
私にとってはあの学校は無いのと同然・と思っているからです。
担当が女性教師は関係無く、男性教師でも多分・当時は
手に負えないくらい、実はクラス内では陰湿型いじめは
多かったのは事実です。
いじめ自体は無くなるはずも無く、これはどこでも有る
事でそんなに珍しくも無いですが、特にこの学校の場合・
暴力型では無く、陰湿型がそのほとんどで有った様に思います。
暴力型いじめは世間に問題となりますが陰湿型は影で
やるので、世間には分からない・というデメリットが多いのです。
かなり独立志向意識が強いため、当時の生徒はもっとも
最悪・と言っても過言では無かった様な思いは今も持っています。
こういう生徒さんを生んだ学校と当時の校長の責任は
まぬがれない・と私は今でも思っています。
このため、先生5人解雇、校長は今では別の方に変わって
いるくらいですから。
芸能人の指揮者の某氏も当時・私と同じ学校で別クラスに
いたのですが、プロフィールに在籍していた学校名を書いて
いないくらいですから。
ですから、相当な日教組系列の学校で有った・という事は
上記で分かるでしょう。
つまり、上記の方の言っている事は一理・有るのです。
独立志向なら独立でそれも良く、そういう教員組合が
有っても私個人的には良い・と思います。
しかし、それならば内部で処理可能な先生や組合で無いと
何の意味も持たない・と私は思います。
先生の質の問題や校長の学校、そして教育、生徒指導が
なっていないと、単なる寄せ集め学校しか無い・という
事でしょう。
今でもちゃんと存在している学校ですが当時よりも
かなりマシになった事は事実かもしれません。
でも、同じ様に日教組で有ることは変わりないですが。
ただし、これと全体的な解体とはまったく違って
この方は、民主党が与党になるのをけん制するために
言っている・という事を理解する必要も有るでしょうか。
民主党が日教組とつながりが有る云々は、総選挙には
ほとんど関係は無いです。
確かに公明党の様に(組織票)という事にもなりますが
まったくこれとは関係が無い無党派層の人達も多い
ですから。
成田空港と日教組発言については、私は一理有る・と
思っていますので。
これは、今でも東京都の都知事さんも堂々と世間に対して
コメントしています。
逆にこの様な事を作った張本人は、当時の文部省・
今の文部科学省の教育制度の欠陥・という事も同時に
思う必要が有ると私は思いますね。
そうでも無ければ、日教組など生まれるはずは無いと
思いますから。
悩んでいる生徒さんをいらないから削除とか応援しない・
これはもっとも学校や生徒さんはデメリット・つまり
マイナス思考力が強い事を意味します。
つまり、軌道に乗れない生徒は必要無いから削除する・
というのは、日教組以外の学校でも今はほとんど
同じでしょう。
この点だけについては、上記の学校以外にどこでも
今は有ります。
元々、通常の学校に対応出来ない人達がこういう自由を
求めて、日教組の私立学校に入ってくるのですから
そこでも対応できない・となると、学校に行く意義という
事も失われてしまう・という事にもなるからです。
そうなると、後は地方で今でも有る様な分校・少人数
制の学校で学ぶ以外に方法は無い・という事になります。
全寮制になっている学校も有る様ですが、この所・
この全寮制学校についても、全寮内でいじめは当然・
有るという事で、報道でも東北の学校で前に問題と
なった事が有りました。
つまり、本人が学校について行けるか?それとも駄目か?
という個人的な思考と能力の問題・という事も
必ず有るわけです。
これが有る以上、今の様な(詰め込み型教育)にこの様な
人で有れば、ついていけるはずも無い・という事です。
教育が崩壊した・という事が今では言われていますが
私は1度・すべて崩壊して1からまったく違う教育方法を
考えてもおかしくはないし、十分に間に合う・と
思っています。
こういう教育方法とやり方は時間は関係有りませんし
戦場の様に生きるか、死ぬかでも有りませんからね。
もしも、変えることが可能ならば小学生、中学生の
自殺者もガクンと減るでしょう。
独裁国の様に教育を力で抑えようとしても、それは
無理な話で有って、より反発を生むだけです。
もっと固くならず、範囲を広くした教育が必要!・と
私は言っています。
国の機関が認知した学校で有るならばどこに行こうと
ちゃんとその後の社会に対応可能な教育学校で有れば
どこでも良い・という幅広い思考力を持たないと
それは日本の教育が崩壊するのは、ごくあたり前・と
思っておいて良いです。
このため、今でも私はあちら(米国)に行った事を
誇りに思っていますし、この様な状態になることは
すでにあの当時から分かっていましたので。