弁護士には極論すれば二つのタイプが有るように思います。民事専門で願わくば大企業の顧問に納まることを理想とする金儲け至上主義プラス社会的ステータス希求タイプの弁護士と、冤罪事件の悲惨さとそれに戦う弁護士の姿に感動して弁護士を志したタイプの稀な弁護士です。感情的な揺れの大きな後者のタイプは司法試験で脱落する割合が多いようですね。残念ながら。
金が欲しい。女が欲しい。社会的地位が欲しい。物欲・名誉欲が強い者の方が成功する確率が高いものです。まして司法試験は過酷な試験なのですから、世のため人のためなどという甘い理想を抱いていてはなかなか合格できるものではないようです。
それがいけないかといえばそうではありません。物欲・名誉欲があるからこそ一生懸命勉強する、学習する、見栄を張る。本当は金を出すのが惜しいのに慈善活動に献金して見栄を張る人たちは偉いと私は思っています。
しかし、傍若無人に大衆の雰囲気を代弁することを無邪気に芸風としていることから推測すると、橋下は、思想的な背景などは一切何もなく、あまりにも極端な前者のタイプのようです。金銭と社会的ステータス獲得のためなら、何でもする。行動規範として費用対効果を常に口にすることからしてもそのように考えるのが自然です。
彼を見ていて一番不安なのは、ある意味で見栄を張らないところ、というよりも費用対効果とう考え方が徹底的に身に染み付いているというところです。
皆さん、おかしいと思う方は是非懲戒請求をしてください!誰にでも簡単に懲戒請求はできますので。
こうして大衆を煽ったことが問題視されると、自分は時間と労力をかけてするほどの価値はないと判断したので懲戒請求はしないと彼は言いました。こんな人を馬鹿にした理屈はありません。
山口母子虐殺事件の弁護団に対する懲戒請求を煽る一方で、自らは懲戒請求をしない理由が『費用対効果』であることに何の不思議も感じない人間性は、大きく私の良識とは離れており、奇怪ですらありました。
今回の事の顛末は、やはり収録番組へのキャンセル料の件が彼にはとてつもなく恐ろしかったようです。そこで立候補をしないと言い切った。ところがチンスケやタカジンに泣きついた結果、なんとかなる、なんとかしてくれるというので立候補宣言をしたという経緯のようです。
彼にとっては、大阪府知事選立候補という重大決心は、芸人としてのキャンセル料支払いの不安よりもごくごく小さな不安だったのでしょう。
つまり、大阪府をなんとかするという政治家としての(表向きではありますが)夢や理想と言う様な物は、彼にとっては所詮は一時の金の心配よりもごくごくちっぽけなものだったこととなります。
大衆を煽ることが、大衆の人気を得るこつであること、芸人の芸風というべき手法を、彼は芸能生活の中で体得しています。暴力事件を起こそうが何を言おうが許される。大衆の人気を得ていればOKというTV業界の常識を彼は既に身に付けているのでしょう。
もともと費用対効果というコトバは、投下資本・労力に対する獲得利益の割合を表すコトバです。所詮は金と欲のバランスシートを測るひとつの基準でしかありません。そこに何かに対する思い入れも何もないからこそ意味を成すコトバです。
彼が費用対効果を口にするとき、彼は金と欲しか判断基準はないのだと闡明しているに過ぎません。こんな方が大阪府知事にふさわしいのでしょうか。
大阪府民はそれほど、『 アホ 』ではないと思いますが・・・
それにしても、芸人なら芸人らしく芸人の分野で仕事をしたらいいのになあ。TVのCMに出演したら稼げるんでしょ?サラ金のCMにぴったりなイメージですけどね・・・。

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