「増税の前にすべきこと。そしてマスゴミのテイタラク。」
選挙で自分の首を絞める人たち
日本新党の田中党首が、いつもの早口で田原総一郎を滅多切りにしている。
田原は、教育・福祉の充実と減税は矛盾するとして、増税すべきだと主張する。
しかし、教育・福祉の充実を図りつつ減税も行うというのは、ひとつの『 理想 』であって、『 矛盾 』だとして切り捨てるべきものではない。『 理想 』の実現方法を考え、実践するのが為政者なのである。まずは、これまでの利権型予算編成をやめ、飽食の天下り利権を切り捨てるべきなのだ。ジャーナリストたるもの、為政者に対して、まずこの点を切り込むべきだろう。
あ?田原はジャーナリストではない?そうか。そうだった。
田原を筆頭に、日本のジャーナリズムは本当に腐っている。田原同様の増税賛成のアラシである。
そもそも為政者達の怠慢をまず切り込むのが権力者の監視機能をもつジャーナリストの務めであるはずだ。ジャーナリストは為政者ではない。為政者の監視役であり、批判者でなければならない。
なぜなら、民主主義社会において報道の自由が何にもまして重要視されるのは、権力を監視する機能を持つからである。憲法21条による報道の自由は報道利権のためにあるのではない。常に政府を監視し批判する立場にあるからこそ明記された権利なのである。
悪名高い記者クラブが弾劾されるべきであるのは、情報の安易な確保のために、権力と馴れ合う道を選んだことにある。
ジャーナリストたるもの、権力の監視者としての自負をもっていれば、唯々諾々と権力機構の一部のような醜いカオをさらして為政者を代弁すべきではないのだ。
日本のジャーナリズム(ここでは大マスゴミを指す)は、チベット問題の報道においても同様に口をつぐむことによって、国民の判断を誤らせている。
アメリカでチベット擁護派と中国政府動員集団との間に入って、冷静な話し合いを主張した中国人留学生は今、どうなっているのか?中国に在住する彼女のご両親は今どのような状況なのか?
香港でチベット擁護派の中国人は、『 安全のために 』『 保護 』された。別の場所で解放されたようだが、果たしてその後はどうなのか?
長野での中国政府動員留学生による暴行事件はなぜ追及しないのか?警察が動かないのはなぜか、なぜ報道しない?蛙面総理は、これらの事実を知ってなおコキントウとへらへら会おうとしているのか?創価学会の池田氏がなぜコキントウと会うのか?仏教徒が弾圧されているのに、なぜ会うのか?しかも、なぜ奈良なのか?
韓国における中国政府動員留学生軍団の暴虐ぶりをなぜもっと伝えないのか?韓国政府の毅然とした対応に比して、なぜ日本政府を批判しないのか?
数え上げたらきりがないほどの疑問が湧き上がる。
・・・話がだいぶそれてしまった。
爽快なまでの田中党首の論。田中氏の語り口は余りに独特であるために受け付けない人もいるだろうなあ。しかし、そこで語られていることは極めて論理的だから、多くの人に耳を傾けて欲しい思う。
是非、ご覧ください。
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