2009/10/9
これでも10月です カナダ・バンフでの日々

これでも、10月、です....。
今年最初の雪嵐がカナディアンロッキーに襲来しました。高速道路があちこちで閉鎖され、家の前にも10センチの積雪。今朝はマイナス15度です。
これでも、10月...。
引越してから最初の積雪と凍結です。かなり急な坂の上に家があるので、車での出勤が心配だったのですが、無事スタートできたのでほっとしました。オンボロといはいえ、4駆です。かちかちに凍った急な坂を問題なく登りきったときは、拍手喝采!これからの時季、あちこちで頓挫している車を見ることになるでしょう。

もちろんロッククライミングは不可能、ということで、休日は久々にハイキングに出かけました。ふわふわの新雪で、うきうき、わくわく。
しかしそれにしても今年は冬の訪れが早すぎる、そして突然すぎる!
例年11月の半ばくらいまでは、外でロッククライミングをしていたのですが、今年ははやくもスキーとアイスアックスの準備をしたほうが良さそうです。
けれどもしばらくは、魔のショルダーシーズン。夏と冬の間、ロッククライミングにはもう寒すぎる、かといってスキーやアイスクライミングにはまだ早すぎる、そのうえ日は短く、何かと気が滅入ります。この時季にメキシコやハワイイにバカンスに出かけるのは、カナディアンロッキーの住人にとって最高のタイミング(お金がある人の話ですが..)。お金のない私は、人気のないお店で働きつつ、休日にはぼちぼち簡単なハイキングでもしつつ、この時季の乗り切るしかありません。
ああ、日本の穏やかで美しい秋が恋しい!

ま、自然相手にじたばたしてもしょうがありません。できることを楽しみましょう、ということで、念願のオーブンを購入!
新しくて大きな新居、ほとんど不満はなかったのですが、唯一残念なのがオーブンがなかったこと。2ヶ月我慢し続けていましたが、ある日、大セール、40ドル!の広告に負けてしまいました(笑)。さっそくケーキやバナナブレッド、グラタンなどを焼いています。秋の夜長、ちょっと凝った料理に挑んでみるのも悪くありません。
昨日の休日は嵐、でも一日家に閉じこもっているのも性に合わないので、ケンモアのヨガクラスに行ってみました。
ハワイイで暮らしていたころクラスに参加して以来、最近はずっと自宅で自分一人で続けていたのですが、やっぱり雰囲気のいいクラスに参加するのは一味違います。たくさんのポジティブオーラに囲まれて、充実のヨガセッションを楽しめました。これも、秋冬の定番になりそうです。

そんなこんなで、暗く、アクティビティも少なく、なかなかつらいショルダーシーズン。
でもこの時季ならではの美しさも、確かにあります。
カラマツの紅葉と雪のきらめき。
カナディアンロッキーに存在する、ほんの一瞬だけの、秋。
ポジティブに、おおらかに、本当の冬の訪れを待つことにしましょう。
10月のロッキー。
ダウンジャケットに、あったか帽子、そして手袋の完全防備で、いざ出勤です。
それでは、また。
2009/10/5
10月です カナダ・バンフでの日々


現在のバンフ、ケンモアの景色です。
...雪です。
ううむ、2週間前は、タンクトップにショートパンツで、「暑い暑い!」とうだりながらクライミングしていたんですけどね。今となっては信じられません。
これから1週間、気温はー5度から6度あたり、曇り時々雪模様になるみたいです。
ロッキーの季節の移り変わりは、いつも突然で驚かされます。
今日も出勤は、ニット帽にダウンジャケット、気温はもちろんマイナス。
10月のカナディアンロッキー。
冬は、もうすぐそこです。
2009/10/2
キャンプファイア カナダ・バンフでの日々

それは、遮るものがなにもない、広大なウィルダネスでの夜のこと。
4輪駆動の車でなければ入れない、秘境のような谷間の中でのキャンプ。
半径10キロ以内に、その夜私たち以外に人間が存在しないことは確かだった。
車の音もなければ、町の灯りも見えない。
はるか昔、原始の世界に迷い込んでしまったかのよう。
文明社会は、遠く、手の届かない別世界の話。
そして、私は炎の力を知った。
広大で底知れぬ森の暗闇の中、キャンプファイアを始めるだけで、炎の放つ光が、とたんに居心地のいい境界を造るんだ。
この境界の中は、私たちの空間。安全で、暖かくて、安らかだ。
炎の暖かさ、そして光。森の暗闇の中で、それこそが私たちが必要としているもの。心細さや恐れは、炎のゆらめきに溶けていき、未知の自然が心地よい一夜の寝床となっていく。それは、まるで魔法のように。
知らずのうちに、話す声が、低いささやきになっていた。
ささやかな、小さな存在の私たちだけど、炎のおかげで、この晩だけ、この空間に存在することを許されたかのように思った。
マグカップを持ってきて。あたたかいお茶をいれようね。
木切れをもう少し加えて、熾ができたらゆっくりことこと、スープを作ろう。
満天の星。町の光の届かぬこの谷で、夜空は真の輝きを放っていた。
山から山へ、天の川の架け橋。
国立公園の中ではキャンプファイヤは禁止されている。
キャンプ場の人工の囲いの中でしか、炎は生きることを許されない。キャンプをすることも、お金を払って定められた場所でしか、許されない。キャンプファイアの木切れは、たいていどこかで買ってくるものだ。
それは、キャンプファイア、もどき。
もちろんキャンプ場でのキャンプも、自然の中での非日常な楽しい生活をもたらしてくれるだろう。でも、すべては政府と法律に決められた範囲、整えられた範囲での話なのだ。多くの人間が、自らの手で野外で生き延びる術を失って久しい。
守られている自然の中で、私たち人間も守られている。動物園の檻の中で、偽の環境の中ぼんやり暮らしている動物たちのように、、。
ここ、国立公園のすぐ外にある秘境「ゴースト」は、人の手がほとんど届かない、本当のウィルダネスだった。私たちは、岩とたわむれ、自分たちの好きなところで眠り、そしてキャンプファイヤの炎で踊った。
こんな場所が、あとどれくらいこの大地に残っているだろう。
失われた自然、失われつつある自然、守られ過ぎた自然、、、。
いつか、私たち人間が、調和とバランスを見出す日がくるのだろうか。

炎はゆらめき、踊り、私たちの頬を煌々と照らした。
原始の温もり、原始の光。時間と記憶は曖昧に、時代の境界は意味をなくし、その瞬間私たちは、太古の人間と同じだった。
死んでしまった枯れ木が放つ、まばゆいほどの煌めきに、新しい命の力を見る。大気に溶けていく、木々に蓄積された、何十年何百年の記憶。
闇の中にたちのぼる、煙は高く、天へと還り、満天の輝きの夜空の下で、小さく燃えるキャンプファイアは、灯台のごとく。
あたたかなマグカップを手に、この夜が少しでも長く続けばいいのにと、私はひっそり心で願った。
キャンプファイアの魔法、ウィルダネスの夜。
それは、夏の夜の、ゴーストとよばれる谷間での話。
2009/10/1
カルガリー ドタバタ 珍道中(2) カナダ・バンフでの日々
ちっくたっく、ちっくたっく、時がこくこくと流れていく。
車の時計も腕時計も全部デジタルだから、秒針の動きも音も直には感じられないけれど、頭の中では、ちっくたっく、と狂わぬリズムがさっきからずっと、刻まれている。
アポイントメントの時間まであと15分。確かに住所の場所にいるのに、一体どうしたことか、ここは閑静な住宅街。ええい、病院はどこなんだ!!??だからカルガリーは嫌いなんだ!!
いやはや、まさにお約束。住所をメモし、Googleマップで経路がばっちり記された地図もプリントアウトしてきたというのに、やっぱり迷ってしまいました。確かに地図で示された住所の場所にいるのに、何度行ったり来たりしてみても、病院の影も形もありません。そんなせっぱつまっている状態だというのに、携帯電話がリンリン♪はるか彼方のバンフの仕事場からです。
「サチ、レジに置いてある花瓶の送り先なんだけど、、、、。」
かんべんしてくれ〜〜。
ぎりぎりセーフで滑り込んだ病院は、右往左往した道の後ろ側にありました。これまたお約束。
しかし、これが移民局お墨付きの病院ってやつですか、、。ぱっと見た感じは、日本の地元の小さな内科医と似たような印象ですが、待合室で待つ人々の顔ぶれはなんともエキゾチックで、全員移民関係なのだと一目で分かりました。まずは、何か国語も操るインド人の美人受付嬢にご挨拶。渡されたクリップボードの問診票や、移民関係の書類に、皆一心不乱に書き込んでいます。それから待合室にある、電話ボックスのような高さ大きさの機械に向かって、機械の声に誘導されるままにボタンを押したりレバーを握ったりすると、身長、体重、体脂肪、血圧が測定され、結果が書かれたレシートがべろりと出てきました。このレシートをクリップボードにはさんで、後はドクター、セバタイとの対面を待つばかりです。
勝手にヒゲのおじいちゃんと思い込んでいたドクター、セバタイは(根拠はありません、まことに勝手な思い込みです)ショートカットでサバサバした女性のドクターでした。
1時間20分、ケンモアから車を走らせ、150ドルを払って、問診は5分ではいおしまい。6畳もないような小さな部屋に通され、衛生のためでしょうか、紙がひかれたソファの上にバリバリと音をたてながら寝転び、聴診器で心音を聞いて、お腹を指でとんとん、そのあとは「タバコは吸いますか。」「呼吸が苦しくなることはありますか。」「アレルギーは」「手術の経験は」といった内容の質問がえんえんと続き(最後のほうはほとんど質問も聞かずに「No」と即答していたような、、)「それじゃこの後2週間以内に血液、尿検査とレントゲン撮影を受けてくださいね。」で終了となりました。
ところでこの移民のための、お医者とのアポイントメント、ちょっと気になったのが、本当に健康体の私はいいとして、この問診で、バカ正直に「そうなんです、時々胸が苦しくなって、、」とか「階段を上がっているときに、よく眩暈がするんですが、、」とか答える人はいるのだろうか、ということです。なにせカナダ社会に貢献できる健康な人間だということを証明するための、健康診断ですものね。
さて次なる目的は、胸レントゲンです。しかしどうも腑に落ちないのが、その住所。どうもモールだかショッピングセンターの中にあるようなのですが、Eat Calgaryとかいう名前がついていて、どう考えてもフードコートか食料品百貨店かなにかのようです。こんなところで本当にレントゲンが撮れるんかいな。ま、ここは予約をとらずに行っていいので、時間を気にしないで探せるのが助かります。
幸い建物はすぐに見つかりました。カルガリーで常に頭痛の種である駐車場も、大きなビルに備え付けになっていました。薄暗い巨大な駐車場に車をつけて、「ふふん、朝飯前だったわ♪」とエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押して、到着!、、、って、あれ、ここまだ駐車場ですよね?
エレベーターから出てきょろきょろしてみるも、あたりの風景は、最初にエレベーターに乗り込んだときと全く変わりない、埃っぽい駐車場です。エレベーターのまわりに4つ扉があり、その一つがモール内に続いているのだろうと考えるも、どの扉も、押そうが引こうが、うんともすんともいいません。何がどうなっているのやら、そんなときは振り出しに戻ってみよう、と冷静にエレベータに戻って最初の駐車場に帰ってみると、エレベーターのまわりには、やっぱり4つの開かずの扉。うがー、入り口はどこなんだ!駐車場の中を誰が好んで行ったり来たりするというんだ、客はみんな店内に速攻行きたいはずだろう!と憤慨しつつ、すべての階を試してみるも、どれも変わらぬ駐車場の風景、、。そもそもこのエレベーターからして、業務用っぽいというか、殺風景な金属の塊で、モールに欠かせぬはずの広告などがありません。もしかして従業員用の駐車場に入り込んじゃったのかな。でも入り口で駐車場のチケット取らされたし、、、。狐にバカされたような気分です。普通モールの駐車場には、どの階にも店内直通の入り口とかがあると思うのですが、、。そうだ、きっとエレベーターを使わないんだ、どこかに入り口があるんだ、と思いたち、今度は広い駐車場内をてくてくと歩き出しました。てくてく、てくてく、、、。
ガスマスクをつけたくなるような、排気ガスのたちこめる人気のない薄暗い駐車場を一人でえんえんと歩いているうちに、とてもアホなことをしていると気づき、私は再びエレベーターに戻りました。
なにがなんでも!どうしても!エレベーターから店内に行かねばならぬのだ!さもなければ、私はこの駐車場の建物に生き埋めだ!!
もう一度全身全霊をこめてエレベーターのボタンを眺めてみました。P1, P2, P3, P4,そしてG。この5つしかありません。私はモール内の4階に行きたいのですが、、。と、そこで稲妻のようにひらめきました。私、地下にいるんだ!!!このPって、Parking(駐車場)のPだ!!そりゃ出られないはずです。4階に行っているつもりが、地下4階にさらに潜って行っていたのです。脱出の鍵は、G。Ground(地上)のGでした、、。なんてアホだったんだ、、。カナダではエレベーターのボタンで、ロビーや入り口のある1階をGと表すのは定番ですが、私の暮らすケンモアやバンフではエレベーターを使う機会などありません。この日の私は、まさに原始人状態だったのでした。あーやれやれ。
でもそれにしたって、不便なつくりです。地下の駐車場から店内に入るには、エレベーターで地上に一度出て、それから改めて入り口を通り抜け、モール内では、また別のエスカレーターで移動しなければなりません。モールが立ち並び、競争の激しい日本でこんな作りのビルにしたら、いっきに潰れるぞ。と思っていたら、驚きはそれだけではすみませんでした。店内のエスカレーターには階表示がない!!だーかーらー、4階に行きたいんだってば!と地団太を踏みたくなってしまうようなこのモール。いくつかのエスカレーターを乗り継いでいるうちに、自分が何階にいるのか見当もつかない状態になりました。普通エスカレーターの乗り口と降り口で、足元と頭の上に階表示がありますよね!?
ついに目的の4階に着いたときには、文字通り疲労困憊。Eat Calgaryの名前のごとく、ここはレストランだらけの建物です。安いフードコートの立ち並ぶコーナーで、タイ料理を食べることにしました。ほっと一息、、。
さて、疑惑と疑問に満ちたこの雑多な建物の中に、ちゃんとクリニックのコーナーがありました。
最初に、いかにもお局様!といった雰囲気の、愛想のないオフィスの女性にお金を払い、即レントゲン撮影が行われました。結果はセバタイドクターに直接送られるので、撮影が終わったら書類にサインしておしまいです。なんだかどの場所でも、実際の診察時間の倍以上、場所を探すのに時間を取られているような、、。
駐車場でうろうろ、タイご飯ランチをしてレントゲンを取って駐車場に戻ってみれば、なんと20ドル近くも駐車料金を取られてしまいした。納得いかーーん!!
それにしても暑い一日です。高山地帯であるカナディアンロッキーに来てからは、夏の暑さにあえぐような気候に見舞われることはほとんどないのですが、それでも毎年数日、灼熱の太陽光線と30度以上の気温に、夏バテを感じるような猛暑の日があります。そんな日にコンクリートジャングルかつ標高の低いカルガリーに来てしまったから最悪!ジミー(愛車)にはエアコンがないので(もちろん温める方はありますよ)、空気の悪いカルガリーで窓全快、汗をだらだら流しながら一方通行地獄の町を迷走し続けます。
次なる目的地はコミッショナリー、RCMP公認の、デジタルの指紋採取と無犯罪証明書を出してくれる警備会社です。これまた手元の詳細なGoogle地図をにらみつつ、右往左往。なにせその建物があるはずの通りが、ひたすら工事中なのです。迂回させられたりしているうちに見逃したら大変!
頭の中で描く図は、どうしても神奈川県警の巨大で最新の高層ビルなのですが、コミッショナリーはあくまで警備会社、先入観を抱いていたら見つからないぞ、と自分に念を押しました。でもそれにしても、何もなさすぎな気が、、。確かにその建物があるブロックまで来ているのですが、だだっ広い工事中の敷地と、あとは廃墟のような建物がいくつかあるばかり。さすがに廃墟内ってことはないよなぁ。
らちがあかないので、車を止めて歩いて探すことにしました。
車を走らせれば、一方通行と工事のバリケード。でも足で歩くにも非常に不便なのが、このカルガリーという町。地図片手にやっと見つけたその建物は、街中のマクドナルドよりも小さいのではないか、という規模の古い小さなものでした。こんなところで本当に政府公認の無犯罪証明書を出しているのかよ、、、と首を傾げつつも、住所もぴったり、コミッショナリーという看板も出ています。間違いありません。
すぐにでもドアを開けて中を覗いてみたい気持ちは山々ですが、アポイントメントまでまだ1時間ありますし、警備会社のまわりをうろうろして尋問されるのも、移民前の身としてはよろしくありません(笑)。カフェでコーヒーでも飲んで、読書をしながら時間をつぶすとしましょう。
しかしこれが間違いでした、、、。
カフェが、ない。
ひたすら歩いて、歩いて、歩いて、まだ、ない!!
これじゃカフェをついに見つけても、すぐに引き返さないと時間に間に合いません。車で来ればよかったのでしょうが、また駐車場を探すのがやっかいなので、歩くことにしたのです。でも先に書いたように、カルガリーは歩く町ではない!ちょっと歩けば1ブロック先にティムホートンやらスタバやらがあるような環境とは違います。何せスタート地点が廃墟の群れ。町らしい場所に出るまでにかなり時間がかかりました。暑いというのに、さらに汗だく。しかも久々の町だ!ということで下手にお洒落などしてみたものだから、アスファルトの上を歩きつづけて、皮のぺたんこバレーシューズが痛いのなんの!
そしてたどり着いたホテルの前の通りに、見計らったかのように立っている看板が、「You did right! Its just few more steps to Starbacks in our hotel robby!」(よくやった!私どものホテル内にあるスタバまであと数歩!)なんじゃそりゃ!私みたいなのが、他にもわんさかいるのだろうか、この地域は、、。
もうほとんど時間切れだったのですが、ここまで来たのですし、スタバで、夏のお気に入りのアイスアメリカーノをマイカップに入れてもらって、飲みながら帰ることにしました。
ホテル内はオフィスモード全開!のビジネスマンだらけで、道迷い中珍道中のはみ出し者は、すごすごと立ち去ることにしました。でも頑張ったかいがあり、アイスアメリカーノは、ほてった体に美味!おっとアポイントメントの時間が迫っています。
革靴の中で痛む足に鞭打って、速歩きで来た道を戻り、ぜいぜいと古い小さな、掘っ立て小屋のようなコミッショナリーの建物に入ってみれば、うぎゃ!中はすごかった!
ハリウッドのアクション映画で見るような、機械の群れに、飛び交う無線、ごつい防弾チョッキの警備員たち。こ、これが北米の警備会社ってやつなのね!この建物内の物々しさを目の当たりにすると、外のちんまり目立たない外観は、きっとカモフラージュなのだろう、という考えが沸いてきます。廃墟だらけの界隈にあるのも、きっとわざとに違いない!誰も知らない廃墟の群れの中に、最先端の警備設備、、ううん、そういうの好きだ!
おっといかんいかん、アクション、SF大好きな血が、ちょっと騒ぎすぎました。ええと、そうだ指紋をとってもらいに来たのでした。
いかめしい雰囲気にふさわしく、受付の巨大な女性も、にこりともしません。「ああ、指紋ね、はいはい(ったくこの忙しいのに)。この書類に目を通して、必要事項を書いたらまた持ってきて。」私にファイルを渡すなり、知らん顔で隣の女性と会話を再会、その内容とは!、、、娘の誕生日パーティの夕食に何を作ろうか、というような話。
私の指紋をとってくれたのは、アジア系の小さなかわいいおじいちゃんでした。彼の小さなオフィスで作業をしたのですが、このおじいちゃんもかわいいおっとりした雰囲気とは裏腹の、「指紋採取官」だかいうような、すごい肩書きがついておりました。もちろん朱肉ではなく、デジタル画面とパソコンを駆使した指紋採取で、その場でRCMPのデータベースに、私の指紋データが送られていきました。
やれやれ、長い長い一日でした。
もちろん帰り道も、ご期待どおり(笑)逆走を繰り返し、心身ぼろぼろになりながら、やっと我が家の山々にむかって高速道路を走り始められたときは、心底ほっとしました。
後日ケンモアにて尿、血液検査も済ませ、あとは最後のパスポートリクエストが来るのを待つばかりです。このまま上手くいけば年内にすべて終了するかな、と期待しているのですが、こればかりは運を天にまかせ、気長に待つしかありませんね。
そんなわけで、2009年の残りは、カルガリーに行かずに、山篭りで終われるかな?と願っている野人なのでした。
カルガリー珍道中、これにて終了!
車の時計も腕時計も全部デジタルだから、秒針の動きも音も直には感じられないけれど、頭の中では、ちっくたっく、と狂わぬリズムがさっきからずっと、刻まれている。
アポイントメントの時間まであと15分。確かに住所の場所にいるのに、一体どうしたことか、ここは閑静な住宅街。ええい、病院はどこなんだ!!??だからカルガリーは嫌いなんだ!!
いやはや、まさにお約束。住所をメモし、Googleマップで経路がばっちり記された地図もプリントアウトしてきたというのに、やっぱり迷ってしまいました。確かに地図で示された住所の場所にいるのに、何度行ったり来たりしてみても、病院の影も形もありません。そんなせっぱつまっている状態だというのに、携帯電話がリンリン♪はるか彼方のバンフの仕事場からです。
「サチ、レジに置いてある花瓶の送り先なんだけど、、、、。」
かんべんしてくれ〜〜。
ぎりぎりセーフで滑り込んだ病院は、右往左往した道の後ろ側にありました。これまたお約束。
しかし、これが移民局お墨付きの病院ってやつですか、、。ぱっと見た感じは、日本の地元の小さな内科医と似たような印象ですが、待合室で待つ人々の顔ぶれはなんともエキゾチックで、全員移民関係なのだと一目で分かりました。まずは、何か国語も操るインド人の美人受付嬢にご挨拶。渡されたクリップボードの問診票や、移民関係の書類に、皆一心不乱に書き込んでいます。それから待合室にある、電話ボックスのような高さ大きさの機械に向かって、機械の声に誘導されるままにボタンを押したりレバーを握ったりすると、身長、体重、体脂肪、血圧が測定され、結果が書かれたレシートがべろりと出てきました。このレシートをクリップボードにはさんで、後はドクター、セバタイとの対面を待つばかりです。
勝手にヒゲのおじいちゃんと思い込んでいたドクター、セバタイは(根拠はありません、まことに勝手な思い込みです)ショートカットでサバサバした女性のドクターでした。
1時間20分、ケンモアから車を走らせ、150ドルを払って、問診は5分ではいおしまい。6畳もないような小さな部屋に通され、衛生のためでしょうか、紙がひかれたソファの上にバリバリと音をたてながら寝転び、聴診器で心音を聞いて、お腹を指でとんとん、そのあとは「タバコは吸いますか。」「呼吸が苦しくなることはありますか。」「アレルギーは」「手術の経験は」といった内容の質問がえんえんと続き(最後のほうはほとんど質問も聞かずに「No」と即答していたような、、)「それじゃこの後2週間以内に血液、尿検査とレントゲン撮影を受けてくださいね。」で終了となりました。
ところでこの移民のための、お医者とのアポイントメント、ちょっと気になったのが、本当に健康体の私はいいとして、この問診で、バカ正直に「そうなんです、時々胸が苦しくなって、、」とか「階段を上がっているときに、よく眩暈がするんですが、、」とか答える人はいるのだろうか、ということです。なにせカナダ社会に貢献できる健康な人間だということを証明するための、健康診断ですものね。
さて次なる目的は、胸レントゲンです。しかしどうも腑に落ちないのが、その住所。どうもモールだかショッピングセンターの中にあるようなのですが、Eat Calgaryとかいう名前がついていて、どう考えてもフードコートか食料品百貨店かなにかのようです。こんなところで本当にレントゲンが撮れるんかいな。ま、ここは予約をとらずに行っていいので、時間を気にしないで探せるのが助かります。
幸い建物はすぐに見つかりました。カルガリーで常に頭痛の種である駐車場も、大きなビルに備え付けになっていました。薄暗い巨大な駐車場に車をつけて、「ふふん、朝飯前だったわ♪」とエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押して、到着!、、、って、あれ、ここまだ駐車場ですよね?
エレベーターから出てきょろきょろしてみるも、あたりの風景は、最初にエレベーターに乗り込んだときと全く変わりない、埃っぽい駐車場です。エレベーターのまわりに4つ扉があり、その一つがモール内に続いているのだろうと考えるも、どの扉も、押そうが引こうが、うんともすんともいいません。何がどうなっているのやら、そんなときは振り出しに戻ってみよう、と冷静にエレベータに戻って最初の駐車場に帰ってみると、エレベーターのまわりには、やっぱり4つの開かずの扉。うがー、入り口はどこなんだ!駐車場の中を誰が好んで行ったり来たりするというんだ、客はみんな店内に速攻行きたいはずだろう!と憤慨しつつ、すべての階を試してみるも、どれも変わらぬ駐車場の風景、、。そもそもこのエレベーターからして、業務用っぽいというか、殺風景な金属の塊で、モールに欠かせぬはずの広告などがありません。もしかして従業員用の駐車場に入り込んじゃったのかな。でも入り口で駐車場のチケット取らされたし、、、。狐にバカされたような気分です。普通モールの駐車場には、どの階にも店内直通の入り口とかがあると思うのですが、、。そうだ、きっとエレベーターを使わないんだ、どこかに入り口があるんだ、と思いたち、今度は広い駐車場内をてくてくと歩き出しました。てくてく、てくてく、、、。
ガスマスクをつけたくなるような、排気ガスのたちこめる人気のない薄暗い駐車場を一人でえんえんと歩いているうちに、とてもアホなことをしていると気づき、私は再びエレベーターに戻りました。
なにがなんでも!どうしても!エレベーターから店内に行かねばならぬのだ!さもなければ、私はこの駐車場の建物に生き埋めだ!!
もう一度全身全霊をこめてエレベーターのボタンを眺めてみました。P1, P2, P3, P4,そしてG。この5つしかありません。私はモール内の4階に行きたいのですが、、。と、そこで稲妻のようにひらめきました。私、地下にいるんだ!!!このPって、Parking(駐車場)のPだ!!そりゃ出られないはずです。4階に行っているつもりが、地下4階にさらに潜って行っていたのです。脱出の鍵は、G。Ground(地上)のGでした、、。なんてアホだったんだ、、。カナダではエレベーターのボタンで、ロビーや入り口のある1階をGと表すのは定番ですが、私の暮らすケンモアやバンフではエレベーターを使う機会などありません。この日の私は、まさに原始人状態だったのでした。あーやれやれ。
でもそれにしたって、不便なつくりです。地下の駐車場から店内に入るには、エレベーターで地上に一度出て、それから改めて入り口を通り抜け、モール内では、また別のエスカレーターで移動しなければなりません。モールが立ち並び、競争の激しい日本でこんな作りのビルにしたら、いっきに潰れるぞ。と思っていたら、驚きはそれだけではすみませんでした。店内のエスカレーターには階表示がない!!だーかーらー、4階に行きたいんだってば!と地団太を踏みたくなってしまうようなこのモール。いくつかのエスカレーターを乗り継いでいるうちに、自分が何階にいるのか見当もつかない状態になりました。普通エスカレーターの乗り口と降り口で、足元と頭の上に階表示がありますよね!?
ついに目的の4階に着いたときには、文字通り疲労困憊。Eat Calgaryの名前のごとく、ここはレストランだらけの建物です。安いフードコートの立ち並ぶコーナーで、タイ料理を食べることにしました。ほっと一息、、。
さて、疑惑と疑問に満ちたこの雑多な建物の中に、ちゃんとクリニックのコーナーがありました。
最初に、いかにもお局様!といった雰囲気の、愛想のないオフィスの女性にお金を払い、即レントゲン撮影が行われました。結果はセバタイドクターに直接送られるので、撮影が終わったら書類にサインしておしまいです。なんだかどの場所でも、実際の診察時間の倍以上、場所を探すのに時間を取られているような、、。
駐車場でうろうろ、タイご飯ランチをしてレントゲンを取って駐車場に戻ってみれば、なんと20ドル近くも駐車料金を取られてしまいした。納得いかーーん!!
それにしても暑い一日です。高山地帯であるカナディアンロッキーに来てからは、夏の暑さにあえぐような気候に見舞われることはほとんどないのですが、それでも毎年数日、灼熱の太陽光線と30度以上の気温に、夏バテを感じるような猛暑の日があります。そんな日にコンクリートジャングルかつ標高の低いカルガリーに来てしまったから最悪!ジミー(愛車)にはエアコンがないので(もちろん温める方はありますよ)、空気の悪いカルガリーで窓全快、汗をだらだら流しながら一方通行地獄の町を迷走し続けます。
次なる目的地はコミッショナリー、RCMP公認の、デジタルの指紋採取と無犯罪証明書を出してくれる警備会社です。これまた手元の詳細なGoogle地図をにらみつつ、右往左往。なにせその建物があるはずの通りが、ひたすら工事中なのです。迂回させられたりしているうちに見逃したら大変!
頭の中で描く図は、どうしても神奈川県警の巨大で最新の高層ビルなのですが、コミッショナリーはあくまで警備会社、先入観を抱いていたら見つからないぞ、と自分に念を押しました。でもそれにしても、何もなさすぎな気が、、。確かにその建物があるブロックまで来ているのですが、だだっ広い工事中の敷地と、あとは廃墟のような建物がいくつかあるばかり。さすがに廃墟内ってことはないよなぁ。
らちがあかないので、車を止めて歩いて探すことにしました。
車を走らせれば、一方通行と工事のバリケード。でも足で歩くにも非常に不便なのが、このカルガリーという町。地図片手にやっと見つけたその建物は、街中のマクドナルドよりも小さいのではないか、という規模の古い小さなものでした。こんなところで本当に政府公認の無犯罪証明書を出しているのかよ、、、と首を傾げつつも、住所もぴったり、コミッショナリーという看板も出ています。間違いありません。
すぐにでもドアを開けて中を覗いてみたい気持ちは山々ですが、アポイントメントまでまだ1時間ありますし、警備会社のまわりをうろうろして尋問されるのも、移民前の身としてはよろしくありません(笑)。カフェでコーヒーでも飲んで、読書をしながら時間をつぶすとしましょう。
しかしこれが間違いでした、、、。
カフェが、ない。
ひたすら歩いて、歩いて、歩いて、まだ、ない!!
これじゃカフェをついに見つけても、すぐに引き返さないと時間に間に合いません。車で来ればよかったのでしょうが、また駐車場を探すのがやっかいなので、歩くことにしたのです。でも先に書いたように、カルガリーは歩く町ではない!ちょっと歩けば1ブロック先にティムホートンやらスタバやらがあるような環境とは違います。何せスタート地点が廃墟の群れ。町らしい場所に出るまでにかなり時間がかかりました。暑いというのに、さらに汗だく。しかも久々の町だ!ということで下手にお洒落などしてみたものだから、アスファルトの上を歩きつづけて、皮のぺたんこバレーシューズが痛いのなんの!
そしてたどり着いたホテルの前の通りに、見計らったかのように立っている看板が、「You did right! Its just few more steps to Starbacks in our hotel robby!」(よくやった!私どものホテル内にあるスタバまであと数歩!)なんじゃそりゃ!私みたいなのが、他にもわんさかいるのだろうか、この地域は、、。
もうほとんど時間切れだったのですが、ここまで来たのですし、スタバで、夏のお気に入りのアイスアメリカーノをマイカップに入れてもらって、飲みながら帰ることにしました。
ホテル内はオフィスモード全開!のビジネスマンだらけで、道迷い中珍道中のはみ出し者は、すごすごと立ち去ることにしました。でも頑張ったかいがあり、アイスアメリカーノは、ほてった体に美味!おっとアポイントメントの時間が迫っています。
革靴の中で痛む足に鞭打って、速歩きで来た道を戻り、ぜいぜいと古い小さな、掘っ立て小屋のようなコミッショナリーの建物に入ってみれば、うぎゃ!中はすごかった!
ハリウッドのアクション映画で見るような、機械の群れに、飛び交う無線、ごつい防弾チョッキの警備員たち。こ、これが北米の警備会社ってやつなのね!この建物内の物々しさを目の当たりにすると、外のちんまり目立たない外観は、きっとカモフラージュなのだろう、という考えが沸いてきます。廃墟だらけの界隈にあるのも、きっとわざとに違いない!誰も知らない廃墟の群れの中に、最先端の警備設備、、ううん、そういうの好きだ!
おっといかんいかん、アクション、SF大好きな血が、ちょっと騒ぎすぎました。ええと、そうだ指紋をとってもらいに来たのでした。
いかめしい雰囲気にふさわしく、受付の巨大な女性も、にこりともしません。「ああ、指紋ね、はいはい(ったくこの忙しいのに)。この書類に目を通して、必要事項を書いたらまた持ってきて。」私にファイルを渡すなり、知らん顔で隣の女性と会話を再会、その内容とは!、、、娘の誕生日パーティの夕食に何を作ろうか、というような話。
私の指紋をとってくれたのは、アジア系の小さなかわいいおじいちゃんでした。彼の小さなオフィスで作業をしたのですが、このおじいちゃんもかわいいおっとりした雰囲気とは裏腹の、「指紋採取官」だかいうような、すごい肩書きがついておりました。もちろん朱肉ではなく、デジタル画面とパソコンを駆使した指紋採取で、その場でRCMPのデータベースに、私の指紋データが送られていきました。
やれやれ、長い長い一日でした。
もちろん帰り道も、ご期待どおり(笑)逆走を繰り返し、心身ぼろぼろになりながら、やっと我が家の山々にむかって高速道路を走り始められたときは、心底ほっとしました。
後日ケンモアにて尿、血液検査も済ませ、あとは最後のパスポートリクエストが来るのを待つばかりです。このまま上手くいけば年内にすべて終了するかな、と期待しているのですが、こればかりは運を天にまかせ、気長に待つしかありませんね。
そんなわけで、2009年の残りは、カルガリーに行かずに、山篭りで終われるかな?と願っている野人なのでした。
カルガリー珍道中、これにて終了!
2009/9/26
カルガリー・ドタバタ・珍道中(1) カナダ・バンフでの日々
さてさて、長い暗闇の果てに、ようやくアルバータ州移民合格の結果が届いたのが今年の4月のことだったのは、皆さんもよく覚えていらっしゃるかと思います(笑)。それから国の政府移民局に、改めて申請書を送ったのが5月の半ばころでした。後はひたすら待つのみね、とのんびりかまえていた夏のある日、バンフ郵便局の私書箱に、ついに封筒が届きました。はるか遠くのアメリカ、ニューヨーク州から届いた指令は、「健康診断に行くべし」。きたきたきたーーー、カナダ移民、かなり最終段階に近づいてきました!
なぜなのかはよく分かりませんが、移民申請というのは、国外にあるカナダ大使館で行われるのが常で、私の件はニューヨーク州のバッファローという町にある移民局で審査されることになりました。カナダ在住の日本人の件は、たいていこのバッファローか、フィリピンのマニラで行われるようです。カナダに住んでいるのに、カナダに移民する手続きのために、カナダ国外のカナダ大使館と、高い郵送料を払って長々とやりとりしなければならないのは、なんとなく理にかなっていない気がするのですが、まぁ政府やお役所のすることに文句をつけても始まりません。
さて、そんなわけで健康診断に行くことになったわけですが、これが面倒くさいのなんの。どの病院に行ってもいいわけではなく、移民局に認定された医者のところに行かなければならないのです。もちろんそんな医者がバンフやケンモアにいるはずもなく、休日にカルガリーまで出かける必要があります。やれやれ。
とはいえ、車で1時間強の移動ですむのですから、僻地に住んでいる方のことを考えれば文句は言えませんよね。考えてみれば、巨大なアジア食品のスーパーや、日本領事館、IKEAにMEC(カナダのアウトドア生協)があるカルガリーに近いバンフ・ケンモアの立地は、非常に恵まれています。
カルガリーに4件ほどあるお医者さんのリストから、とにかく一番簡単に一番早くネットで予約が取れたところで即決しました。他のお医者はみな電話予約、でもこれがつながらないわ、留守電だわ、夏の休暇でいないわ・・。やっぱり今は病院の予約もネットでポンの時代なのですね。
ところがお医者の診察だけでは済まないのが、移民の健康診断。このほかに血液・尿検査と胸のレントゲンも取る必要があり、全て別々の場所でやらなければならないのです。面倒くさすぎ!なんで一箇所の大病院とかで一度に全部出来ないのでしょう。日本の学校の健康診断のほうがよっぽど進んでいる気がするのですが・・。と、やっぱりこれも文句を言っても仕方ありません。車の運転に全く適さない、一方通行と工事だらけのカルガリーの町を、3箇所無事にハシゴするべく、それぞれの場所への行き方や連絡先を丹念に下調べをし、準備万端・・・、と、そんな私にバッファローから新たな指令が!
「カナダの無犯罪証明をとるべし」
・・移民というのは、沈黙に耐えてじっと待つ時間が長い反面、動き出すと一気にどっと動く傾向があります。何、今度は無犯罪証明だって?
一番最初の申請書を出す段階で、18歳を過ぎてからある程度の長さ暮らした国での、無犯罪証明書を提出しなければならなかったので、このときに日本とアメリカの無犯罪証明書は送ってありました。この段階ではカナダの証明書は取る必要はない、とあったので全く手をつけていなかったのですが、ううむ、ここへ来てやっぱり出せときたもんだ。
まてよ、そういえば誰かに「既に何年かカナダに住んでいる人は、後の段階でカナダのも出せって言われるよ。」と聞いたような・・。しまった、すっかりそんなこと忘れていた。日本のもアメリカのも申請してから取得するのに2ヶ月くらいかかったぞ、カナダのも今から申請してそれくらかかるんじゃ・・。指紋に基づいた証明書、と書いてあるし、とほほ〜、移民申請がまたこれで遅れるわい・・。
「バカがつくほどの健康体です!」「犯罪なんてとんでもない、生まれてこのかた清廉潔白、聖者のごとくです!」といくら一人で威張ってみても(なんのこっちゃ)、もちろんお役所の方は耳を貸してはくれません(笑)。全ては正式な書類と手続きの後ろ盾あってこそ。
さあ大変、慌ててバンフのRCMP(カナダの国の警察機関です)の派出所に、以前アメリカの無犯罪証明書を取得するときに取ってもらった指紋を持って、出かけてみました。
分厚い警察署の扉をくぐる瞬間は、いつも体を小さく萎縮してしまうようなひととき。ごつい体にごつい防弾チョッキをつけた警察官のいでたちには、それだけで威圧感があります。ま、威圧感や強さが感じられないようじゃ警察の仕事になりませんよね(笑)。しかし無実の一般人にとっても、やっぱり居心地の悪いのが、警察署という場所。そわそわと待合場所で結果を待つ私に伝えられた事実とは・・・。
「あなた、指紋をオタワに送らなければならないわ。ここでは何もできないのよ。」「は、オタワでございますか・・。」
オタワは、はるかカナダ東部の、オンタリオ州にあるカナダの首都です。
「ええと、それってどれくらいかかるんでしょうか。」
「オタワはとにかく山ほどこういう仕事をかかえているからね、だいたい120日くらいかかるわね。」
「ひゃ、120日、ですか!!??」
バッファローから届いた指令には、60日以内に取得して送れ、と書いてあります。「すいませ〜ん、でもオタワが120日かかるって言っているんです〜。」という手紙で許してもらえるでしょうか。ああ、もっとはやくに手をつけるんだった!
日本の無犯罪証明書を申請したときなど、神奈川県警に出向き、デジタル画面で指紋採取、あとはコンピューターのデータと照合して、数日で証明書を出してくれたと思うのですが、ここカナダでは古典的な朱肉指紋採取、そしてオタワに郵送、手作業で指紋照合、120日ときたもんだ。1世紀くらい遅れているんじゃ・・。いやいや、そんなこと考えている場合じゃないぞ。
眉間にしわをよせて悶絶している私に、ふとオフィスの女性がこんな情報をくれました。
「そういえばカルガリーにコミッショナリーっていう警備会社があってね、そこはRCMP認定のデジタル指紋採取をしていたはずよ。そこなら確か数日で結果を出してくれたと思うわ。」
これが警察署のデータバンクやファイルからのアドバイスではなく、「私のアジア人のルームメイトが、新しい雇い主のホテルからカナダの無犯罪証明書を出せって言われて、この前カルガリーに行ってやっていたのを思い出してね。」という点が、なんともバンフの警察署らしい、のほほんさ。でもまさに渡りに船です!
さっそく新たに「コミッショナリー」の予約も午後に入れ、既にきつきつだったカルガリー健康診断の日は、もはや殺人的スケジュールの装いを帯びてきました。大丈夫か、これ・・。
ただでさえ山女、もしくは野人と化して数年の私にとって、大都会かつコンクリートジャングルのカルガリーは、テンパリまくり、途方にくれてしまう地獄のような場所なのです。何十回と書類を確認し、住所と地図を見直し、その日を待ちました。ミスしたり予約に間に合わなかったりして、もう一度カルガリーに繰り出すなんて、まっぴらごめんですからね。
そして迎えたそのカルガリーディは、本当に、笑ってしまうくらいの珍道中になったのでした。今思い返しても、なんだかあの一日は「初めてのお使い・大人版」はたまた「野人・大都会を訪れるの巻」とでも呼ぶに相応しい珍道中だったような気がします。
そんなドタバタ模様の報告は、(2)につづく!
明日更新、の予定です。どうぞご期待ください・・。
なぜなのかはよく分かりませんが、移民申請というのは、国外にあるカナダ大使館で行われるのが常で、私の件はニューヨーク州のバッファローという町にある移民局で審査されることになりました。カナダ在住の日本人の件は、たいていこのバッファローか、フィリピンのマニラで行われるようです。カナダに住んでいるのに、カナダに移民する手続きのために、カナダ国外のカナダ大使館と、高い郵送料を払って長々とやりとりしなければならないのは、なんとなく理にかなっていない気がするのですが、まぁ政府やお役所のすることに文句をつけても始まりません。
さて、そんなわけで健康診断に行くことになったわけですが、これが面倒くさいのなんの。どの病院に行ってもいいわけではなく、移民局に認定された医者のところに行かなければならないのです。もちろんそんな医者がバンフやケンモアにいるはずもなく、休日にカルガリーまで出かける必要があります。やれやれ。
とはいえ、車で1時間強の移動ですむのですから、僻地に住んでいる方のことを考えれば文句は言えませんよね。考えてみれば、巨大なアジア食品のスーパーや、日本領事館、IKEAにMEC(カナダのアウトドア生協)があるカルガリーに近いバンフ・ケンモアの立地は、非常に恵まれています。
カルガリーに4件ほどあるお医者さんのリストから、とにかく一番簡単に一番早くネットで予約が取れたところで即決しました。他のお医者はみな電話予約、でもこれがつながらないわ、留守電だわ、夏の休暇でいないわ・・。やっぱり今は病院の予約もネットでポンの時代なのですね。
ところがお医者の診察だけでは済まないのが、移民の健康診断。このほかに血液・尿検査と胸のレントゲンも取る必要があり、全て別々の場所でやらなければならないのです。面倒くさすぎ!なんで一箇所の大病院とかで一度に全部出来ないのでしょう。日本の学校の健康診断のほうがよっぽど進んでいる気がするのですが・・。と、やっぱりこれも文句を言っても仕方ありません。車の運転に全く適さない、一方通行と工事だらけのカルガリーの町を、3箇所無事にハシゴするべく、それぞれの場所への行き方や連絡先を丹念に下調べをし、準備万端・・・、と、そんな私にバッファローから新たな指令が!
「カナダの無犯罪証明をとるべし」
・・移民というのは、沈黙に耐えてじっと待つ時間が長い反面、動き出すと一気にどっと動く傾向があります。何、今度は無犯罪証明だって?
一番最初の申請書を出す段階で、18歳を過ぎてからある程度の長さ暮らした国での、無犯罪証明書を提出しなければならなかったので、このときに日本とアメリカの無犯罪証明書は送ってありました。この段階ではカナダの証明書は取る必要はない、とあったので全く手をつけていなかったのですが、ううむ、ここへ来てやっぱり出せときたもんだ。
まてよ、そういえば誰かに「既に何年かカナダに住んでいる人は、後の段階でカナダのも出せって言われるよ。」と聞いたような・・。しまった、すっかりそんなこと忘れていた。日本のもアメリカのも申請してから取得するのに2ヶ月くらいかかったぞ、カナダのも今から申請してそれくらかかるんじゃ・・。指紋に基づいた証明書、と書いてあるし、とほほ〜、移民申請がまたこれで遅れるわい・・。
「バカがつくほどの健康体です!」「犯罪なんてとんでもない、生まれてこのかた清廉潔白、聖者のごとくです!」といくら一人で威張ってみても(なんのこっちゃ)、もちろんお役所の方は耳を貸してはくれません(笑)。全ては正式な書類と手続きの後ろ盾あってこそ。
さあ大変、慌ててバンフのRCMP(カナダの国の警察機関です)の派出所に、以前アメリカの無犯罪証明書を取得するときに取ってもらった指紋を持って、出かけてみました。
分厚い警察署の扉をくぐる瞬間は、いつも体を小さく萎縮してしまうようなひととき。ごつい体にごつい防弾チョッキをつけた警察官のいでたちには、それだけで威圧感があります。ま、威圧感や強さが感じられないようじゃ警察の仕事になりませんよね(笑)。しかし無実の一般人にとっても、やっぱり居心地の悪いのが、警察署という場所。そわそわと待合場所で結果を待つ私に伝えられた事実とは・・・。
「あなた、指紋をオタワに送らなければならないわ。ここでは何もできないのよ。」「は、オタワでございますか・・。」
オタワは、はるかカナダ東部の、オンタリオ州にあるカナダの首都です。
「ええと、それってどれくらいかかるんでしょうか。」
「オタワはとにかく山ほどこういう仕事をかかえているからね、だいたい120日くらいかかるわね。」
「ひゃ、120日、ですか!!??」
バッファローから届いた指令には、60日以内に取得して送れ、と書いてあります。「すいませ〜ん、でもオタワが120日かかるって言っているんです〜。」という手紙で許してもらえるでしょうか。ああ、もっとはやくに手をつけるんだった!
日本の無犯罪証明書を申請したときなど、神奈川県警に出向き、デジタル画面で指紋採取、あとはコンピューターのデータと照合して、数日で証明書を出してくれたと思うのですが、ここカナダでは古典的な朱肉指紋採取、そしてオタワに郵送、手作業で指紋照合、120日ときたもんだ。1世紀くらい遅れているんじゃ・・。いやいや、そんなこと考えている場合じゃないぞ。
眉間にしわをよせて悶絶している私に、ふとオフィスの女性がこんな情報をくれました。
「そういえばカルガリーにコミッショナリーっていう警備会社があってね、そこはRCMP認定のデジタル指紋採取をしていたはずよ。そこなら確か数日で結果を出してくれたと思うわ。」
これが警察署のデータバンクやファイルからのアドバイスではなく、「私のアジア人のルームメイトが、新しい雇い主のホテルからカナダの無犯罪証明書を出せって言われて、この前カルガリーに行ってやっていたのを思い出してね。」という点が、なんともバンフの警察署らしい、のほほんさ。でもまさに渡りに船です!
さっそく新たに「コミッショナリー」の予約も午後に入れ、既にきつきつだったカルガリー健康診断の日は、もはや殺人的スケジュールの装いを帯びてきました。大丈夫か、これ・・。
ただでさえ山女、もしくは野人と化して数年の私にとって、大都会かつコンクリートジャングルのカルガリーは、テンパリまくり、途方にくれてしまう地獄のような場所なのです。何十回と書類を確認し、住所と地図を見直し、その日を待ちました。ミスしたり予約に間に合わなかったりして、もう一度カルガリーに繰り出すなんて、まっぴらごめんですからね。
そして迎えたそのカルガリーディは、本当に、笑ってしまうくらいの珍道中になったのでした。今思い返しても、なんだかあの一日は「初めてのお使い・大人版」はたまた「野人・大都会を訪れるの巻」とでも呼ぶに相応しい珍道中だったような気がします。
そんなドタバタ模様の報告は、(2)につづく!
明日更新、の予定です。どうぞご期待ください・・。
2009/9/22
ビクトリア山に登りました カナダ・バンフでの日々
皆様たいへんご無沙汰してしまいました!一ヶ月以上ぶりの更新です。
毎年、仕事面でも私生活面でも繁忙期である夏は、ブログの更新がほとんどできないのが常ですが、今年はいつも以上にひどかったですね(笑)。
でもその内容は、ずっと登りたかった念願の山にいくつか登れたり、家族や友人とのバンフでの再会があったり、引っ越して、マーティンが来て、全く新しい生活が始まったりと、大充実でした。
9月元には有給休暇をとり、1週間のクライミングトリップへ。ちょうど今、仕事に復帰して、閑散としたバンフの町並みや、すっかり短くなった日照時間に、秋、そして冬の訪れを実感しているところです。でもそんな季節こそ、ブログに手をつける絶好のチャンス(笑)!秋の夜長に、充実の夏の一こま一こまを、少しずつここにアップしていきたいと思います・・。
まずは、3年越しの夢だった、ビクトリア山登山の写真をごらんいただくことにしましょう。
8月の半ば、天気もコンディションも最高のタイミングに恵まれ、今シーズンのマイベストにあがるような写真が取れました。
残念ながら仕事のマーティンに留守番をしてもらって、クライミングの相棒の一人と、ピッケル・アイゼン片手に出発です。

まずはこのアボットハット(ビクトリア山とリフロイ山の間の峠にある、古い小さな山小屋です)を目指します。ここで一泊して、次の日の早朝から登山開始!

標高の高い場所にあるこの小屋からの眺めは、クライマーにとっての5つ星ホテルクラスといえるでしょう。

ヘルメット、ハーネス、ロープ・・。日の出とともにクライミング開始!

これが、これから歩くビクトリア山の稜線です。長く険しい岩と雪のリッジを、山頂目指して登ります。

お天気は、これ以上は望めないほどの快晴に恵まれました。ううん、待ったかいがあったというもの!

山頂まであと数歩!笑顔が自然にこぼれてしまいます・・。

ビクトリア山の山頂にて、大満足の笑顔。てっぺんからは360度の大パノラマが楽しめました。ランチを食べて、写真をたくさん撮って、のんびり。

もちろん登頂した記念に、名前と日にちを残してきました(たいていポピュラーな山の山頂には、メッセージを残せるレジスターノートが置いてあります)。もしビクトリア山に登る機会があったら、私たちの名前は見つけてください。

さて、登った後は下らねば・・。きた道を引き返してハットに戻ります。歩いてきた雪の稜線が目の前に続いています。

あの雪を越えれば、あとは楽チン!あとちょっと、もうちょっと・・。
ケンモアの町に戻ってから、バーのパティオにてビールで乾杯!でクライミングを締めくくりました。2009年の夏のハイライトの一つになったトリップでした。
毎年、仕事面でも私生活面でも繁忙期である夏は、ブログの更新がほとんどできないのが常ですが、今年はいつも以上にひどかったですね(笑)。
でもその内容は、ずっと登りたかった念願の山にいくつか登れたり、家族や友人とのバンフでの再会があったり、引っ越して、マーティンが来て、全く新しい生活が始まったりと、大充実でした。
9月元には有給休暇をとり、1週間のクライミングトリップへ。ちょうど今、仕事に復帰して、閑散としたバンフの町並みや、すっかり短くなった日照時間に、秋、そして冬の訪れを実感しているところです。でもそんな季節こそ、ブログに手をつける絶好のチャンス(笑)!秋の夜長に、充実の夏の一こま一こまを、少しずつここにアップしていきたいと思います・・。
まずは、3年越しの夢だった、ビクトリア山登山の写真をごらんいただくことにしましょう。
8月の半ば、天気もコンディションも最高のタイミングに恵まれ、今シーズンのマイベストにあがるような写真が取れました。
残念ながら仕事のマーティンに留守番をしてもらって、クライミングの相棒の一人と、ピッケル・アイゼン片手に出発です。

まずはこのアボットハット(ビクトリア山とリフロイ山の間の峠にある、古い小さな山小屋です)を目指します。ここで一泊して、次の日の早朝から登山開始!

標高の高い場所にあるこの小屋からの眺めは、クライマーにとっての5つ星ホテルクラスといえるでしょう。

ヘルメット、ハーネス、ロープ・・。日の出とともにクライミング開始!

これが、これから歩くビクトリア山の稜線です。長く険しい岩と雪のリッジを、山頂目指して登ります。

お天気は、これ以上は望めないほどの快晴に恵まれました。ううん、待ったかいがあったというもの!

山頂まであと数歩!笑顔が自然にこぼれてしまいます・・。

ビクトリア山の山頂にて、大満足の笑顔。てっぺんからは360度の大パノラマが楽しめました。ランチを食べて、写真をたくさん撮って、のんびり。

もちろん登頂した記念に、名前と日にちを残してきました(たいていポピュラーな山の山頂には、メッセージを残せるレジスターノートが置いてあります)。もしビクトリア山に登る機会があったら、私たちの名前は見つけてください。

さて、登った後は下らねば・・。きた道を引き返してハットに戻ります。歩いてきた雪の稜線が目の前に続いています。

あの雪を越えれば、あとは楽チン!あとちょっと、もうちょっと・・。
ケンモアの町に戻ってから、バーのパティオにてビールで乾杯!でクライミングを締めくくりました。2009年の夏のハイライトの一つになったトリップでした。
2009/7/8
国境を越えた納豆 カナダ・バンフでの日々

久々の更新かと思ったら、一体こりゃなんのこっちゃ?
首を傾げている皆さんの表情が、目に浮かぶようです。
これ、納豆です。フリーズドライでもふりかけでもない、生の納豆です。
私の納豆大好きっぷりは、家族親戚や、親しい友人の間では有名ですが(笑)、ただでさえ節約生活なのに、引越しや移民申請と大きな出費が続き、生の納豆など最後に食べたのは一体何ヶ月前やら、思い出せないくらいになっていた今日このごろです。何せ3パックで4ドル以上しますからね・・(おお、涙の貧乏生活!)。
そんな7月のある日、日本からきた山岳サークルの後輩が、お土産に持ってきてくれたのが、なんと、正真正銘の生納豆!!!!!!
お土産や、日本からの差し入れで納豆ふりかけやインスタント納豆味噌汁などをいただくことはよくありますが(ありがたや、ありがたや)、生の納豆を日本から密輸(?)してくれたのは彼女が初です。保冷パックに保冷剤を入れて「絶対にあげたかったの〜」という手紙を添えられてカナダまでやってきた納豆。匂いぷんぷんの発酵食品、よく空港で麻薬犬に噛み付かれなかったものです(笑)。
あまりにびっくり&感動だったもので、ブログに書かずにいられなかった次第です。
国境を越えた、生納豆。

さて、さっそく次ぎの日、クライミングで一日遊んだ後の夕飯は、お風呂にお湯をはってのんびりつかりながら、友人に譲ってもらったスイッチポン!の炊飯器にご飯を炊いてもらって(何て便利なんだ・・)、納豆ご飯となりました。
母が送ってくれた雑穀入りのご飯に、たくわん。叔母が送ってくれたフリーズドライのお吸い物、そして国境を越えた生納豆!なんと恵まれていることでしょう。究極の贅沢ご飯です。
え、おかず?そんな無粋なことできません(笑)!!!カナダ暮らしが長くなってから、生の納豆の日はご馳走の日。おかずは作らずに、大盛りの雑穀ご飯と納豆だけで終わりにします。
まだ3パック残っている生納豆、大事に取っておきたいのは山々ですが、マーティンがチェコから来るのが来週、その前に食べてしまいたい気もします。・・その心は?
マーティンにはまだこの「マイラブ・ネバネバ・ソイビーンズ」を体験させていないことが一つ、
どぎつい匂いと見かけと味に、日本食最悪!この女最悪!と思われるのが怖いのが一つ、
いや違います、正直に言いましょう。本当はマーティンが「おいしい〜〜!」とはまってしまって、大事な大事な納豆を、半分こしなければなくなってしまいのが嫌なのです(笑)。
というわけで、これから数日、毎晩究極の贅沢夕飯を楽しむことになりそうです。
ナナ、ありがとう!!!
2009/6/18
レイク・ルイーズにて カナダ・バンフでの日々

現実世界は、ときにどんなファンタジーの世界よりも美しく、どんな幻想よりも私たちの想像を超えている。
クライミングの場所へと向かう、何気ない時間の、何気ないいつも光景の中に現れた、それは息を呑むような一場面。
私たちの住むこの星は、この世界は、こんなにも美しい。
2009/6/14
ケンモアの新居、ちょこっとお披露目・・
ご無沙汰しております、はっぴーです。皆様いかがお過ごしですか。
私はといいますと、5月末から6月の始めにかけて、バンフからケンモアへの引越しと大掃除の一大イベントがあったり、弟の一人が3週間遊びにきたり、夏時季が始まって仕事が大忙しだったりと、なんだかてんやわんやな1ヶ月でした。
2年半暮らしたバンフの半地下の家の大掃除は、夜中の12時まで一人で7時間ぶっとおし、ほとんど半泣きでした。かと思えば、家具などが一切ない新居の暮らしに向けて、友人からたくさんの頂き物をもらいまわったり、教会の骨董市(のようなもの)で格安の生活用具を買いあさったり。そして、そんな毎日の合間を縫って、弟と山を駆け回り・・。そんなこんなな慌しい日々を経て、ようやく新しい暮らしが落ち着いてきた今日このごろです。
というわけで今回は、みなさんお待ちかね、七転八倒の末に見つけたケンモアの新しい我が家を紹介することにしましょう!
新しい家は、バンフの職場から車で20分、ケンモアの町の中心からも離れた、閑静な住宅地にあります・・。
まずは、こちらが玄関口とリビング空間。

持つべきものは良き友人、とはよく言ったもの。新生活を始めるにおいて、食器から家具まで、本当にたくさんのものを仲間からタダで譲ってもらいました。新居にあるもので新調したものはほとんどありません。
ズタボロのソファは、新品のソファを買ったばかりの友人から「オンボロだけど使うならタダであげるよ」と、もらってきました。かなり大きい上に、倒してベットになる機能まで付いているので、車に積むまで、そし新居の運び入れるまで一苦労でしたが(笑)、そのかいあって既に大活躍しています。穴だらけでも、ハワイイ時代にもらったお気に入りの布を掛ければ問題なし!
手前にある本棚も頂き物です。ソファの前の小さなテーブルは、居候中の弟が、ミルク運搬用の頑丈な箱を二つ繋げて作ってくれました。
ちなみに黒い丸い謎の物体は、バイク(自転車)のタイヤです。外に置いておくスペースがないので、玄関に入れています。かなりスペースを取っているので、バイクラックを買えば一番いいのですが、これは今後の課題としましょう。
そして、テレビのある生活が戻ってきました(冷蔵庫、電子レンジ、テレビはもともとあったものです)。といっても、ほとんどテレビを付ける習慣がないので、ソファにチビテーブル、大きなテレビ、というこの理想の組み合わせは、今のところあまり機能していません(笑)。

玄関の正面が、広いキッチンになっています。フルサイズの冷蔵庫に、4つのコンロ。スペースも広いので、思いっきり(?)クッキングができます。お気に入りはなんといってもこのカウンター席!朝ごはんとコーヒーを楽しみつつ、メールチェックをしたりします。
唯一の難点はオーブンがないので、ケーキやグラタンを焼いたり、お肉のグリルができないことでしょうか。う〜む、これはちょっと悲しい・・。
え?ホウキの横のダンボール?片付け途中な訳ではありません。ゴミ箱代わりになっています(笑)。ゴミ箱も、買うと案外高いんですよね・・。
続きまして、こちらが憩いの場、バスルーム。

じゃじゃーん!念願のバスタブです!!!シャワーカーテンは、数少ない新調したものの一つで、カルガリーのIKEAで5ドルでした。
便利な生活や贅沢な生活は、慣れてしまうとあっという間にありがたみが薄れていくものですが、湯船なしで3年間暮らした後に、新しいお気に入りのシャワーカーテンをつけてお湯をはって、ゆったりつかったお風呂は、文字通り感涙ものでした・・。湯船バンザイ!!!
ありがたみ、といえば、洗濯機がないので今のところ小まめにバスルームで手洗いしております。
ちなみに炊飯器を人からもらったのですが、3年間鍋で炊き続けてきた後に、スイッチポンでご飯が炊き上がったのには、これまた大感激してしまいました。・・一体何時代の人間じゃ!って感じですね(笑)。いえいえ、でも便利な最先端の機械などは、なければないで何とかなるものですよ。生まれたときからパソコンや食器洗浄器、洗濯機があるのが当たり前な今の時代、こんな原始的な暮らしや、その後の便利な機械たちのありがたみの再発見も意味深いような気がします。便利さが当たり前になってしまって、だからさらに便利さを求める、最新の物が開発され、買い換える・・、そんな消費生活はもうそろそろいいんじゃない?その便利さのおかげで手に入れたものは、何だっただろう。さらに便利な物への、欲?
洗濯機がなければ、手で洗えばいい。掃除機がなければホウキで掃けばいい。作れるものは作ればいい。
「なければないで、暮らしはどうにでもなる」今後も忘れずに、心に留めておくことにしましょう・・。
え、今欲しいもの?それは洗濯板(マジです)。
とまあ、便利さに関してのつぶやきはここら辺にして、続きまして、こちらがベッドルームです。

ベット、シーツ、小花柄のカバー、CDステレオ、ライト、布団、なんと全て頂き物です(まったくどれだけ恵まれているんでしょう、この女)。枕は教会バザーで50セントほどで買いました。
引越してきてすぐは、ベット本体のみで(前の住人が残していってくれました)布団もシーツもなく、カバーのない裸枕と、寝袋で1週間ほど寝ていました。小汚いクライマーとはいえ、さすがにこれは忍びない・・と、IKEAで新品の布団やシーツをチェックしてみたら、その価格に驚愕!もういいや、ずっと寝袋で・・、と思っていた矢先、これまた友人が布団やカバーをくれたのでした。清潔で可愛いカバーをきちんとかけて布団にもぐった夜は、その贅沢さと快適さにまたまた感涙。やはりもらいたての、大型のステレオでお休み前にベット周りでクラッシック音楽を流してみたら、もう気分は貴族のお姫様。
なんだか最近こんなふうに感動してばっかりです、ほんと(笑)。
ちなみに左端のドレッサーもどきの正体は、ただのダンボール。2つ箱を重ねて、青い布をかけて鏡を乗せれば、はいできあがり!けっこう素敵ではないですが、と自己満足に浸っております。
無い物は買う前に作れるかどうか、考える。生活の知恵なり〜(貧乏人の知恵?)。
実は、今回写真に載せていない空間には、まだ整理のついていない物たちの山があるのですが(映像は自主規制させていただきました)、とりあえずは生活が落ち着いてきた感じです。後は少しずつ整えていくことにしましょう。
昨日の給料日にまず買ったものは、キッチン用のゴミ箱でもなく、鍋でもなく、小さな小さな慣用植物でした。生活を豊かにしてくれるものは、便利の道具以上に、こんな緑の存在だったりするんですよね。
ふと気づけば、チェコのプラハから、奴がやってくるまで、ちょうど1ヶ月・・。
私はといいますと、5月末から6月の始めにかけて、バンフからケンモアへの引越しと大掃除の一大イベントがあったり、弟の一人が3週間遊びにきたり、夏時季が始まって仕事が大忙しだったりと、なんだかてんやわんやな1ヶ月でした。
2年半暮らしたバンフの半地下の家の大掃除は、夜中の12時まで一人で7時間ぶっとおし、ほとんど半泣きでした。かと思えば、家具などが一切ない新居の暮らしに向けて、友人からたくさんの頂き物をもらいまわったり、教会の骨董市(のようなもの)で格安の生活用具を買いあさったり。そして、そんな毎日の合間を縫って、弟と山を駆け回り・・。そんなこんなな慌しい日々を経て、ようやく新しい暮らしが落ち着いてきた今日このごろです。
というわけで今回は、みなさんお待ちかね、七転八倒の末に見つけたケンモアの新しい我が家を紹介することにしましょう!
新しい家は、バンフの職場から車で20分、ケンモアの町の中心からも離れた、閑静な住宅地にあります・・。
まずは、こちらが玄関口とリビング空間。

持つべきものは良き友人、とはよく言ったもの。新生活を始めるにおいて、食器から家具まで、本当にたくさんのものを仲間からタダで譲ってもらいました。新居にあるもので新調したものはほとんどありません。
ズタボロのソファは、新品のソファを買ったばかりの友人から「オンボロだけど使うならタダであげるよ」と、もらってきました。かなり大きい上に、倒してベットになる機能まで付いているので、車に積むまで、そし新居の運び入れるまで一苦労でしたが(笑)、そのかいあって既に大活躍しています。穴だらけでも、ハワイイ時代にもらったお気に入りの布を掛ければ問題なし!
手前にある本棚も頂き物です。ソファの前の小さなテーブルは、居候中の弟が、ミルク運搬用の頑丈な箱を二つ繋げて作ってくれました。
ちなみに黒い丸い謎の物体は、バイク(自転車)のタイヤです。外に置いておくスペースがないので、玄関に入れています。かなりスペースを取っているので、バイクラックを買えば一番いいのですが、これは今後の課題としましょう。
そして、テレビのある生活が戻ってきました(冷蔵庫、電子レンジ、テレビはもともとあったものです)。といっても、ほとんどテレビを付ける習慣がないので、ソファにチビテーブル、大きなテレビ、というこの理想の組み合わせは、今のところあまり機能していません(笑)。

玄関の正面が、広いキッチンになっています。フルサイズの冷蔵庫に、4つのコンロ。スペースも広いので、思いっきり(?)クッキングができます。お気に入りはなんといってもこのカウンター席!朝ごはんとコーヒーを楽しみつつ、メールチェックをしたりします。
唯一の難点はオーブンがないので、ケーキやグラタンを焼いたり、お肉のグリルができないことでしょうか。う〜む、これはちょっと悲しい・・。
え?ホウキの横のダンボール?片付け途中な訳ではありません。ゴミ箱代わりになっています(笑)。ゴミ箱も、買うと案外高いんですよね・・。
続きまして、こちらが憩いの場、バスルーム。

じゃじゃーん!念願のバスタブです!!!シャワーカーテンは、数少ない新調したものの一つで、カルガリーのIKEAで5ドルでした。
便利な生活や贅沢な生活は、慣れてしまうとあっという間にありがたみが薄れていくものですが、湯船なしで3年間暮らした後に、新しいお気に入りのシャワーカーテンをつけてお湯をはって、ゆったりつかったお風呂は、文字通り感涙ものでした・・。湯船バンザイ!!!
ありがたみ、といえば、洗濯機がないので今のところ小まめにバスルームで手洗いしております。
ちなみに炊飯器を人からもらったのですが、3年間鍋で炊き続けてきた後に、スイッチポンでご飯が炊き上がったのには、これまた大感激してしまいました。・・一体何時代の人間じゃ!って感じですね(笑)。いえいえ、でも便利な最先端の機械などは、なければないで何とかなるものですよ。生まれたときからパソコンや食器洗浄器、洗濯機があるのが当たり前な今の時代、こんな原始的な暮らしや、その後の便利な機械たちのありがたみの再発見も意味深いような気がします。便利さが当たり前になってしまって、だからさらに便利さを求める、最新の物が開発され、買い換える・・、そんな消費生活はもうそろそろいいんじゃない?その便利さのおかげで手に入れたものは、何だっただろう。さらに便利な物への、欲?
洗濯機がなければ、手で洗えばいい。掃除機がなければホウキで掃けばいい。作れるものは作ればいい。
「なければないで、暮らしはどうにでもなる」今後も忘れずに、心に留めておくことにしましょう・・。
え、今欲しいもの?それは洗濯板(マジです)。
とまあ、便利さに関してのつぶやきはここら辺にして、続きまして、こちらがベッドルームです。

ベット、シーツ、小花柄のカバー、CDステレオ、ライト、布団、なんと全て頂き物です(まったくどれだけ恵まれているんでしょう、この女)。枕は教会バザーで50セントほどで買いました。
引越してきてすぐは、ベット本体のみで(前の住人が残していってくれました)布団もシーツもなく、カバーのない裸枕と、寝袋で1週間ほど寝ていました。小汚いクライマーとはいえ、さすがにこれは忍びない・・と、IKEAで新品の布団やシーツをチェックしてみたら、その価格に驚愕!もういいや、ずっと寝袋で・・、と思っていた矢先、これまた友人が布団やカバーをくれたのでした。清潔で可愛いカバーをきちんとかけて布団にもぐった夜は、その贅沢さと快適さにまたまた感涙。やはりもらいたての、大型のステレオでお休み前にベット周りでクラッシック音楽を流してみたら、もう気分は貴族のお姫様。
なんだか最近こんなふうに感動してばっかりです、ほんと(笑)。
ちなみに左端のドレッサーもどきの正体は、ただのダンボール。2つ箱を重ねて、青い布をかけて鏡を乗せれば、はいできあがり!けっこう素敵ではないですが、と自己満足に浸っております。
無い物は買う前に作れるかどうか、考える。生活の知恵なり〜(貧乏人の知恵?)。
実は、今回写真に載せていない空間には、まだ整理のついていない物たちの山があるのですが(映像は自主規制させていただきました)、とりあえずは生活が落ち着いてきた感じです。後は少しずつ整えていくことにしましょう。
昨日の給料日にまず買ったものは、キッチン用のゴミ箱でもなく、鍋でもなく、小さな小さな慣用植物でした。生活を豊かにしてくれるものは、便利の道具以上に、こんな緑の存在だったりするんですよね。
ふと気づけば、チェコのプラハから、奴がやってくるまで、ちょうど1ヶ月・・。
2009/5/18
ヨーロッパ旅(13) アルハンブラ宮殿にて ヨーロッパでの日々

美しき庭園、穏やかな陽気、木漏れ日の中コーヒーを楽しむ老齢のカップル、仲良く腕を組んで幸せそうに歩いているバケーションカップル・・。ここはスペインはグラナダ、世界遺産のアルハンブラ宮殿へとつづく門。
町中からつづく急な坂道は、観光客で賑わっているものの、アラブ商人の出店が軒を連ね、とてもエキゾチックで異国情緒たっぷりでした。そんな道を、私たちも腕を組んでのんびりと・・?いえ、どうしたことでしょう、イノシシのようにわき目も振らず坂道を駆け上がる私たちの間は、腕を組むどころか10メートル近く開き、笑顔のかけらもありません。
今の私たちの目的はただ一つ、アルハンブラのチケット売り場に一分でもはやくたどり着き、長蛇の列を潜り抜け、午後のチケットを手に入れること。
美しい噴水も、おいしそうなエスプレッソも、そしてお互いの存在すらも、二の次です。ものすごく足のはやいマーティンの後を、「もっと早く!」と叱られつつ、ぜいぜい息を切らせながら追いかけ、ちょっと立ち止まって門の写真(上の写真です)を撮っては「そんなの後でいいだろ!」と言われ、だんだんに私の不機嫌ボルテージは上がってきました。わざわざ休みを取って、飛行機に乗ってスペインまで来たのは、こんなふうに時間を過ごすためじゃないわい!
しかし、「長蛇の列」、と言われればディズニーランドや愛知万博の『待ち時間・3時間』などの光景が即、頭に浮かぶ我ら日本人にとっては、アルハンブラ宮殿のチケット売り場の「長蛇の列」は長い蛇どころか、しゃくとり虫くらいの可愛いものでした。もちろんオフシーズン、ということも大きいとは思いますが、覚悟していた私は拍子抜け、なーんだ。
念願のアルハンブラ宮殿のチケットが無事手にいはいり、マーティンはご機嫌、ポケットに手を突っ込むと、「行こうよ〜」と足取り軽く先に歩き始めました。「俺が急がせたおかげでチケットが手に入ったのさ。良かったでしょ?」
でも私はご機嫌とは正反対のふくれっつらです。
「違います。君は長蛇の列って聞いた瞬間に諦めてたもんね。それを説得してチケット売り場に行くだけ行ってみようと押したのは私です。」
おっと、なんて醜い口げんかでしょう。互いにアルハンブラ宮殿のチケットが手に入ったのは自分の手柄だと信じております(笑)。もはやバケーション中のカップルに漂っているはずの、ロマンチックさやラブラブ光線のかけらもございません。
兄弟かただの友達かのような距離感と気安さで、ふん、と互いに歩き出しました。
いやいやいや、ちょーーーーっと待った!
「あのさ!こんなはずじゃないんだけど。絶対間違っているんだけど。こんなことのためにわざわざ遠いカナダからスペインまで来たんじゃないんだけど。」
これがマンガだったら、マーティンの顔の横に、「キョトン」という文字が書き込まれうことでしょう。
「何のこと?」
「もっとリラックスしてのんびり楽しく行きたいんだけど。」
「まぁまぁ、とにかくチケット手に入って良かったじゃん。入る時間までまだけっこうあるから、町に戻って何か美味しいものでも食べようよ。コーヒー飲む?」
もおーーー、この男、女心ってやつが全然分かっちゃいないんだ!
「違うよ!全然分かってないよ!うちらバケーション中のカップルじゃないの!?ロマンチックの欠片もないよ。本来ならさ、にこにこ仲良く腕を組んでラブラブに通りを歩いているはずじゃないの?それに比べればアルハンブラなんか、どうでもいいよ、私は。あ〜もぉ〜〜〜、こんなの全然楽しくないーー、絶対間違ってるーー!!」
・・一体誰でしょうこれは。駄々っ子の分らず屋・・?
そう、ガハハガテン系かつ野人の私にも、ばっちり存在するのです、複雑な(?)いや単純明確な女心ってやつが・・。
振り返ったマーティンの表情は、まるで地球外生命体にでも出会ったかのようでした・・。
* * *
・・え〜っと、これ、一体何の話だっけ??バンフの冬だの春だのは、どこにいっちゃったんだ?
すいません、みなさん大変にお待たせいたしました。3月4月と中断してしまっていた、2月のヨーロッパ旅のブログ連載、遅筆でなまけものの私に、ついに続きを書く時間と気力が戻ってまいりました。なにせせっかくの休日なのに、外は大雪ですので。
きっとどんな展開になっていたか、ほとんどの方が忘れてしまったことでしょう。何を隠そう、私もです(笑)。
時間のある方は、前回の(12)に戻ってじっくり読んでいただくとして、そうでない方と私自身のために、これまでの経緯をかいつまんでご説明しますと・・、
2009年2月、チェコのプラハにマーティンを訪ねて初のローロッパ旅行に踏み切った私は、プラハで数日過ごした後、彼と1週間のスペイン旅に出かけたのでした。そして真夏の陽気の中、数日のロッククライミングを楽しんだ後、世界遺産のアルハンブラ宮殿をこの目で見るべく、グラナダまで足を伸ばしてきたのです。しかし予約なしで当日の入館チケットを手に入れるには、長蛇の列に並ばねばならず、しかも並んでも手に入るか分からないことを知った私たちは、わずかな望みを胸に、町からアルハンブラ宮殿のチケット売り場へと急いだのでした・・。
それでは、お待ちかねのドタバタヨーロッパ旅紀行、どうぞお楽しみください。
* * *
「腕を組んで、休暇中のカップルらしく、ラブラブに一緒に歩かんかい!」
絶句。呆気。
女、この最大最高に難関で理解できない生き物。
私の雄たけび(?)にマーティンは心からびっくりしたようでした。
そして次の瞬間、大爆笑。
「Oh my god, you are sooooo girly!!! (そんなに女の子だったとは知らなかったよ!!)」
そしてげらげら笑いながら「ごめんごめん」と誤ると、
「よし、これからは俺たちはバケーションカップルだ。お互いのことしか目に入っていないような感じで、甘い言葉をささやき合いながら、ラブラブオーラを発しまくるのだ、それでいい?」
「うん、それでいい。」
てなわけで、午後は究極のバカップル状態(笑)。舞台は世界遺産のアルハンブラ宮殿ときたもんだから、文句ありません。

アルハンブラ宮殿は、広大の丘を覆いつくしているような規模の大きなもので、歴代の支配者やそのときの宗教の色を反映した、色々なスタイルの建築物が並んでいるちょっと変わった建造物です。庭園や新しい神殿などはチケットがなくても自由に歩くことができるのですが、一番の見所の宮殿に入るにはチケットを手に入れなくてはなりません。入場制限があり、決まった時間にしか入れないようになっているのです。上の写真が、私たちの入場時間の列に並んで待っているところです。
クライミングに行くときも、電車の駅での警備のものものしさに驚かされましたが、ここアルハンブラ宮殿も世界的に有名な観光地というわけで、ごついアミーゴがあちらこちらに仁王立ちしています。けれども、どうも納得いかないのがバックパックの肩のストラップを片方だけはずして、一本がけにさせられたこと。一体なんのため??
北米ではテロ防止のために、映画館にバックパックの持ち込みを禁止することはよくありますし、それは納得できます。でもアルハンブラ宮殿では、別に持込みすることには問題なく、列に並んで入り口を通るときだけストラップを片方外して待つように指示されたのでした。わけわからん!
意味のないことや、理屈の通らないことを他人から説明なく強いられることは、頭にきます(笑)。どうでもいいや、と数分後に両方の肩にしょいなおして知らん顔していたら、無愛想アミーゴに「そこの君!」と注意されてしましました。だってー。
入り口でチケットのバーコードをピッとしてもらったら、後は中でどれだけ過ごそうと各自の自由。バックパックもすぐに普通にしょいなおし、納得のいかないままに宮殿散策が始まりました。

これは入り口をくぐってすぐに足を踏み入れる、宮殿内の吹き抜けです。入場制限をしているとはいえ、宮殿内は観光客でごったがえしていました。この写真は人の少ないときを狙って撮ったのですが、あっちもこっちも写真を撮る人、ビデオを撮る人で押し合いへし合い。
はるか昔に、この廊下を、白いローブを着てあごひげを生やした、アリストテレスやソクラテスのような哲学者や政治家とかが、一人物思いにふけりながら歩いたりしていたのだろうな、と思いつつも、人ごみの中、そんな光景を想像するのはちょっと努力がいります。
けれども、大きな宮殿の建物という建物が、びっしりと複雑な文様の彫刻で埋め尽くされていたのにはびっくり!


一体どれほどの時間と労力が費やされているのでしょう。
カナディアンロッキーで暮らしていると、自然の力や美しさ、人間には到底及ばない創造の力などに圧倒されますが、ヨーロッパではプラハの教会や塔、「白鳥の湖」のバレエ、そしてこのアルハンブラ宮殿と、人間のなせる技や忍耐、芸術の力というものに改めて気づかされた思いでした。
わぁ、すごいな、人間って・・・。
しかしここでもやっぱり納得のいかないアルハンブラ宮殿の観光の形。
バックパックのストラップに始まり、次に納得できない事実は、説明板が全くないことでした。
美しい建築の背景にあるはずの、意味や歴史や技法など、これじゃ全くもってわかりゃしません。そんなわけで、何を見ても、何に感動しても、バカみたいに「ほー」「はー」とため息をつくのみです・・。うむむ。歴史っ子マーティンもこれにはがっかり。「何も学べないじゃないか!」と憤慨しておりました。
説明書の看板がないということは、建物のありのままの景観を味わうことができていいじゃないか、と思われるかもしれません。でも私には、これだけ大勢の観光客が、アルハンブラ宮殿という美しい歴史的建築物の中で「その場・その時間」にピュアに浸ることなく、写真やビデオ撮りに狂ったように夢中になっていること、そしてトランシーバーもどきに一人で耳を傾けている様子は、かなり間違っているように感じてしまいます・・。
そう、このトランシーバーもどき。非常に目障りです(笑)。
説明板がない代わりに、チケット売り場でレンタル(もちろん有料)されている小型のラジオかトランシーバーのような外見のこの機械、大勢が手にぶらさげて歩いていて、あちらこちらでその場所の番号を押してはスピーカーを耳にあてて説明を聞いています。入場料を既に払っているのに、さらに金を払わないと何も学べない、という姿勢はいかがなものでしょう。知ってほしくないのか??
耳にあてないと聞こえないようなしくみなので、家族やカップルが一緒に同時に聞くことはできません。まぁそんな音量であちらこちらで大勢が機械を使っていたら、うるさくてたまらないでしょうけど、せっかく大切な人と来ていても、「へぇ、そうなんだ」「面白いね」と一緒にその知識を共有できないようなしくみは、いただけません。見るからにご夫婦なのに、互いの存在そっちのけで、それぞれが一人でトランシーバーに聞き入っていたり。あっちでもこっちでも、一人でトランシーバーもどきのささやきに没頭している人々・・。うざい!!それに比べたら説明書の板を要所要所に置いてくれたほうが、よっぽど自然だと思うのですが・・。ううむ、ううむ。
そして・・、みなさん、一体全体、写真とビデオを撮る以外にすることはないんですか・・。
日本人はよく「写真好き」と形容されますが、なんの、ここアルハンブラでは国籍など関係なく、観光客の80%近くが本物の光景よりも、ファインダーを通しての記録に没頭しております。ひたすらビデオをまわしながら歩き回っている人のなんと多いことか。それ、本当に帰ってから観るんですかね(笑)?あっちでこっちで「ハイチーズ」、数メートル歩いては、またポーズをとって「Hey, Picture, Picture!」うざい!!ろくに歩けやしません。
旅行から帰った友人にですね、自分の行ったこともない興味もない旅行先の、同じような背景や顔の何千枚という写真やビデオをエンドレスに見せられることほど苦痛なことはございません(笑)。
プラハにて、いくつかの教会で写真撮影が禁止されていたことが残念だった私ですが、ここにきて、バックパックを片方の肩がけにさせるよりなにより、まず「写真撮影、ビデオ撮影禁止」にしてほしいと思わずにいられませんでした。
世界遺産、アルハンブラ宮殿にて、私とマーティンは絶叫する寸前。
「Everyone, just turn off your crappy camera and video, that shilly talking stereo! Why don't you just enjoy this beauty with your own eyes and ears and heart!」
(みんな今すぐカメラとビデオ、そしてそのバカげたトランシーバーもどきのスイッチを切れい!自分の目で、耳で、生の心で、この美しさを味わったらどうなんだ!)
やれやれ・・。
けれど、広大な宮殿内、しばらくすると人々は散り始め、人ごみはまばらになってきました。
そして、ふと足をい踏み入れた天井の高い小さなホールで、私は息を飲みました。

わぁ、吸い込まれる!!
やっぱり説明書は何もないので、この美しい彫刻や、ホールの役割に関することは何一つ分かりませんでしたが、まるで宇宙空間にでも浮遊しているかのような錯覚に陥らせる造りでした。
ああ、本当に、すごいな人間って・・。何百年という時空を超えて、職人や芸術家の技は一瞬にして大勢の人間を圧倒させ、感動させてしまう。
世界遺産のアルハンブラ宮殿の観光形態は、正直あまり感心しないものでしたが、この建物や技には、確かに一見する価値のあるすごみと重み、迫力がありました。
でも私とマーティンの、アルハンブラ宮殿での一番のお気に入りは、最後の庭園だったのでした。
灼熱の夏を少しでも快適に過ごすために作られたであろう、小さな宮殿の中庭は、たくさんの緑と噴水に囲まれていて、ちょっと日本的な雰囲気。固く厚い常緑広葉樹の葉が、太陽の光を反射しながら、天然のスクリーンを提供していました。
石のベンチに仲良く肩を寄せて並んで、何を話すでもなく、ぼんやりのんびり。
移り行く時代。変わっていく世の中。たくさんの新しい技術。
でも、しあわせをもたらすもの、人々を感動させるもの、そういった根本的なものは何十年も何百年もきっと変わらないのだと思います・・。
それは匠の技。それは自然の恵みの中で、のんびりする時間。それは恋人や家族のぬくもり。
毎日何百人と訪れる観光客が、ここアルハンブラ宮殿から、膨大な写真とビデオ以上の何かを持ち帰っていることを、切に願わずにいられません。
* * *
「いい一日だったね!さあて、今晩の夕飯は何食べる?スペイン最後の夕飯だよ!スペインといえばパエリアでしょ!食べずに帰るわけにはいかんよね!」
「おっけーおっけー、バケーションカップルらしく、赤ワインとパエリアの夕飯だね。もう何でもお好きなようにしますよ。」
「むふふ」
「え、ご、50ドル・・・!?」
「えっと、じゃ、またケバブにしよっか。」
「・・今日すでに2回食べなかったっけ?」
「そうだっけ?」
「ていうか、たんにマーティンの好物なんだよね?」
「そうだっけ?」
こうしてグラナダでの一日が終わりました。