2009/4/11

試練の春 −気づき  カナダ・バンフでの日々

バンフを出て放浪の旅に出ることを決めたその夜、運命を分けたのは一本の電話でした。
バンフでの最後の夜だ、と思ってかけたほんの15分ほどの電話は、一見何の変哲もない会話に終わったのですが、結果としては、文字どおり奇跡の電話だったのでした・・。


              * * *


とりあえず本当に必要なものだけを車に積んで、あとに残る物や事務的な手続きなど全てほったらかしで出て行くつもりでした。
「もうこれでバンフに戻ってくることは、この先何年もないだろうな。」
二度と会うことがないだろうバンフの友人たちの顔が、次々に頭に浮かびました。

ここ数日、ずっと私を心配して仕事の後に毎回お店に寄ってくれていたアン、
私の置かれている状況を誰よりも理解していて、2日先に出発してレッドロックで私が来るのを待っているカズとビリー、
暗い暗い留守電を聞いて以来、毎日私の様子を気にかけているビル、
いつも「未来にくよくよするより、今を楽しみなさいよ〜」と肩を叩いてくれるリン、
ここのところご無沙汰していて、そしてもうこの先一生会わないであろうあの人やこの人・・、

けれども、もう長いこと、自分よりも周りのことや他人のことを一番に考えるクセがついていた私ですが、このときばかりは友人たちに味あわせることになる驚きや悲しさ、迷惑すらも、私を立ち止まらせる理由にはなりませんでした。
申し訳ない気持ちでいっぱいにはなりましたが、もうこれ以上我慢をすることは考えられませんでした。
全て、どうでもいい。全て捨ててしまっていい。

本当に・・・?
本当の本当に全部捨てちゃうの・・?


              * * *


バンフの誰にもさようならを言うつもりはありませんでしたが、もう会うことはないだろうという気はしたので、せめて何人かの友人に電話をかけて声くらい聞いておきたいな、と思いました。
そこで、まず最初に電話したのがビル兄貴。
「モシモシー、こにちわサチー(ここだけいつも日本語)。少しはマシな気持ちになってきた?今日はどんな一日だった?」

バンフを去るつもりであることは避けながら、当たり障りのないことを話しつつも、自分を心から気遣ってくれる優しい声に、焼き尽くされた真っ青で空っぽな心の中に、いつしか怒りとは違う感情がぽっと生まれていました。

それは、小さな小さな希望。
失った何かを取り戻したい、もしくは失おうとしているかけがえのない物に、まだ間に合うかもしれない、というすがりつくような思い。
空っぽの心のどこかで、「これが最後のチャンスだよ、サチ。」とつぶやいている自分がいる。

前の記事でお伝えしたように、ビルはレイチェルとの共通の友人であり、私がバンフに来て始めの年からの古い友人です。山の経験が豊富で、カナディアンロッキー暮らしの年月も長い、いつも色んなことを教えてくれたり助けてくれる、私にとって頼れる兄貴なのです。
不安と怒りの日々を過ごしながら、何度もビルにレイチェルに対する不満や怒りを聞いてもらいたい衝動にかられましたが、それは人として最低の行為ではないか、と冷静に考える自分が、いつもそれにブレーキをかけていました。レイチェルのことを彼にけちょんけちょんに語る自分は、さぞ醜いでしょうし、レイチェルとの板ばさみになってビルはとても困ることでしょう。そんなふうに他人に迷惑をかけたり困らせたりすることは、自分にとって許しがたいことなのです。

・・ご存知のように、労働ビザや移民申請、マーティンとのことや家のことに関する不安や悩みは、何人かの親しい友人に聞いてもらっていましたが、心を覆いつくす感情が激しく醜い怒りに変わってからはずっと自己嫌悪が先だって、年が近く仕事場の人間とは全くつながりのない2人の友人に愚痴るのみで、問題を解決できるような人間には誰にも話せずにいました。そしてそれがついに爆発し、全てを捨てようという段階まで一気にきてしまったのでした。
これがきっと最後のチャンス。人生を、未来を放り出さずに引き返すことができる、最後のチャンス。

だらだらと普通の会話が不自然に続いた後、搾り出すような感じで、やっと出た言葉はこんな質問でした。
「ねぇビル、あのね、今私すっごく怒っているんだ。あまりに怒っていてね、どうしたらいいか分からなくなっちゃうくらいなの。ビルはそんな怒りにかられたことある?そんなときどうする?何かアイディアがあったら教えて。」

私の重苦しい口調に一瞬の息を呑むような沈黙のあと、こんな返事が返ってきました。
「そうだな・・、そこまでの怒りは滅多にないけど、職場で僕もしょっちゅう頭にきたりするからね・・、そういうときは、そうだなぁ、
「ヨガがいいんじゃない、やっぱり。僕は駄目だけどね。全然集中できなくてね、途中で電話とか来客とか邪魔が入ると、あ〜もう!って余計に頭にくるんだよね。
「サチは日本人なんだし座禅を組むってのはどう?あ、怒ってたら座禅なんか無理か。あれはどうみてもただの苦行だよね。
「最近職場の女性たちから移っちゃったクセが、チョコレートかな。以前はあれほど拒否してたのに、最近チョコレート食べるとほっとしちゃう自分がいてね。「は!こんなはずじゃ!仕事で頭にきたら壁とかパンチするのが普通じゃないのか!?なんでチョコなんか食べて和んでるんだ!?」って焦ったよ。

あまりに気の抜けた返事の数々に、私はいつの間にか大笑いしていました。
「チョコはグッドアイディアだね、ビル!よし決めた、明日バンフで一番高いチョコレートのお店に行って、一番高いチョコを自分に買うことにするよ。それだけ思い切って贅沢チョコすれば怒りどころじゃないよね!」

私はまだ笑うことができました。抱えている色々を一瞬でも忘れて、おかしな話にげらげらと笑っていました。
そして、人のぬくもりを感じました。

電話を切ったあと、トイレに行き、ふと、本当にふと、私は我に返りました。

「何やってんじゃ、私、一体!」


               * * *


不安と悩みと怒りの果てに、トイレの便器の上で突然に悟った人生の真実。

それはヨーロッパから帰ってからずっと考え続けてきた「人生で一番大切なものはなんだろう」という問いへの答えでもありました。

それは頑ななプライドでも意地でもなく、絶対に譲りたくなかった、他人の間違いに対する自分の正しさでもなく、それどころか夢や仕事でも、理想の場所でもなく、

「愛、絆、やさしさ、人と人とのつながり」

だったのでした。


               * * *


頑固で自分の主張を譲らないのはレイチェルの欠点の一つですが、それは私も同じくらい持ち合わせている欠点です。そしてあまりに組織全体の大きなビジョンばかり見ているので、周りの細かな、でも大切なところをおろそかにしてしまうのは、今後の組織のためにも、彼女に改めてもらいたい部分です。
でも、今回こそ苦難と不況の中、積み重なった怒りに後押しされ、憎しみばかりが募っていってしまいましたが、本来レイチェルは私にとって仕事場の上司である前に、バンフ生活での母親のような存在であり、ときに姉であり、そしていつでもかけがえのない友人でした。たくさんたくさん支えてくれ、助けてくれ、励ましてくれた存在でした。
正直に言えば、今回の怒りの発端である私への対応は、今でもやっぱり許しがたいのですが、だからと言って、この3年間で積み上げてきた、いとおしい思い出や強い絆の全てを捨てるに値するものではないと、やっと私は気づいたのです。ここ最近忘れてしまっていただけで、1ヶ月で育ってしまった怒りや憎しみよりも、彼女のくれた優しさや強さ、助けのほうが実は何倍も大きいのですから。

ビルの、のほほんとした、でも友愛と思いやりに満ちた電話は、そんな当たり前のことを私に気づかせてくれたのでした。

怒りの呪縛が、消えた。

自分のほうが絶対正しい、絶対に許してやるもんか、と頑なに思い続け、怒りの炎ばかりを燃やしていた私ですが、ここにきて突然、許すことを、一歩譲ることを、できると思いました。
あんなに巨大で、私の体と心の全てを食い尽くした怒りは、今気づけば、人生における人の絆や、愛、そして放り出そうとしていた大きな未来の可能性に比べれば、とるにたらないものでした。
そしてつい数時間前にレイチェルに見せた、はっぴー&笑顔で通してきた私の、想像を絶するような激しく燃え盛る怒りを、急に恥じました。
拳を握り、歯を食いしばり、なんと言う姿だったろう。彼女に対して、なんというエネルギーをぶつけたんだろう。

今彼女が他の友人と夕飯を食べているところかもしれないと分かっていました。
でも、もういてもたってもいられません。
直接上に姿を見せる気にはなれなくて、上の電話を鳴らしました。

「サチ、どうしたの。」
自分自身も私生活や仕事場で多大なプレッシャーと悩みに追われ、同時に自分に対する私のストレスと怒りを知っているレイチェルは、最近いつ声を聞いてもつらそうです。
「まだお友だち、いる?」
「うん、夕飯は終わったけど、まだちょっと残って話していたところ。でももう帰ろうかな、というところよ。どうしたの?」
「邪魔してごめんね、でも一言いいたいだけだから。えっとね・・、明日きちんと話そうってのは分かっているんだけどね、なんていうか、さっきあんなに怒りをぶつけちゃったのがすごく恥ずかしくて、申し訳なくて、どうしても今話したくて・・。今も怒っているには怒っているんだけど、そんなことよりまずレイチェルは私にとってすごく大切な人で、かけがえのない友人なんだってことを言いたくて・・、えーと・・」
思いのほうばかりが溢れて、上手く言葉に変換できません。
「サチ、サチ、大丈夫?なんだか最近すれ違って誤解しあってばかりなのだけど、あなたは私にとっても、本当に大切な、家族の一員のような人なのよ。最近あなたが悲しみや悩みをかかえている様子が本当につらそうで、私もたまらないのよ・・。」
「うん、平気。・・大好きだよ、レイチェル。」
気づけば電話口で、私はぼろぼろ泣いていました。
「上に来なさい、今すぐ。ハグが必要だわ、私たち。上に来て。」

電話を切って、外にダッシュ、そして私たちは庭で泣きながら固く抱き合ったのでした。

プライドも意地も、何が正しくて何が間違っているのかも、本当にちっぽけ。
この夜のハグに比べれば。


             * * *


かなり夜も遅くなっていましたが、私はすぐにキャシーに電話をしました。
色々あったけど、そしてまだたくさんの問題があるけれど、でも私とレイチェルはもう大丈夫だ、心配をかけてすまなかった、と伝えました。私とレイチェルの間で気をもんでいたキャシーの安堵は、特筆ものです。
「良かった、本当に良かったわ!全くあなたたちときたら二人とも信じられないくらい頑固なんだもの!」
「これで私も去ったりしたらどうなっちゃうんだ、この組織は!ってすごく不安だったでしょ?」
「当たり前じゃない!でも私にどうにかできるようなレベルでもなかったし、なるようにしかならない、と思って一歩ひいて見ていたんだけどね。」
「あ、やっぱりすごかった、私たち?」
「まあね、サチあなたお店では見事に隠していたつもりだろうけど、眠れてないことや食べれてないことはお見通しだったんだから!」
「あはは、平気にふるまっているつもりだったんだけどなぁ、ばればれだったか〜。」

そして最後の最後に歩み寄ることができた私に、子どものころから怒りっぽかったキャシーにお父さんがくれたアドバイスを教えてくれました。

「Never go to bed with your anger. Solve it, before go into sleep」
(怒りとともに布団に入るな。眠る前に怒りの元を必ず解決するべし)

一体何日間、私は怒りとともにベットに入ったことでしょう。それは本当に、眠りになかなか落ちることができず、悪夢にうなされ、きちんと食べることができない呪いにでもかかったかのような日々でした。

ついに怒りの呪縛を断ったこの夜、私の心と体は、一瞬にして羽のように軽くなっていました。ヨーロッパから帰ってから初めて、心から安らぐことができました。
そしてぐっすり子どものように眠った次の日、久々にボリューム満点おかずたくさんの朝ごはんをつくって、ゆっくりと味わったのでした。


            * * *


本当は、まだ何も解決していません。
不安と悩みの種は、変わらずそこに横たわっています。
でも私はもう大丈夫。未来に何が待ち受けていようと、どんなに先が不透明だろうと、大丈夫。
人生の上で、生きていくうえで、何が本当に大切なのか、しっかりと分かったから。

この日ビルがわざわざお店に立ち寄って、私に渡してくれたのは、他でもないチョコレート。
一番高い店の一番高いチョコではありませんが(笑)、私の大好きなダークチョコレート、そしてその包み紙に書かれたチョコの名前は、

「Better Life」

たくさんの友愛と思いやり、優しさを胸に、とりあえずは未来と不安とを忘れることにして、10日間のレッドロック・クライミングトリップに出かけたのでした。

Life is Good

人生は素晴らしい。
人間って美しい。




2009/4/13  1:22

投稿者:はっぴー

あっはっは、なに、「私はマリファナで真実を見つけました」とか「○○教で人生の真実を見つけよ!」とか?あやし〜〜〜!(笑)
ゴディバのYさんはいよいよネルソンに移住とかいう噂。
今日のチョコはハーモニーレーンのあそこから・・、むふふ。

2009/4/11  20:45

投稿者:こーぢ

前回から真実とは何か気になって、宗教か?なんかの薬か?とか様々な事を考えてしまいました。
“電話を切って、外にダッシュ…”ハンカチを使ってしまいました。

キャシーにお父さんがくれた言葉を教えてくれてありがとう。いい言葉を知りました。

ゴディバ食べて(Yさんにおねだりしてもらって)この不況戦いましょう。

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