9月、インドに出張で2週間ほど滞在している時に、母からメールが入る。
「ティラが危ないかも。今夜が峠かな。」と。
ティラは我が家で飼っていた猫の一匹で、俺が中学一年の時からの付き合い。
プウちゃん (本名:プペ。親がパピだからプペ。ちなみにチャポはこの流れでポを入れたくて、茶色だったからチャポ。) が死んじゃって、今度は猫を飼うと言うことで、チャポがうちに来る前に先約が入っていたのがティラ。
だからチャポとは同い年で、チャポが死んでから3年半、長く生きたんだな〜と。
母と幾度かメールをやりとりした後、居ても立っても居られなくなり、ちょっと高いから普段は全くしない国際電話をした。
ティラが電話越しに威勢のいいというか、まあ、年を取ってからのティラの鳴き声で最後の声を聞かせてくれた。
ティラは、ペルシャチンチラシルバーという血統の猫だった。
若い頃はちょっとツンとした感じがあって、なでると良く怒られたもんで、ティラをなでていて、長い間なでれると嬉しかったりした。
そんなくせして、勉強机に向かっている時や新聞読んでたりしてると、机の上や新聞の上にぐだ〜っと寝て邪魔をしたり、トイレに行きたくなる時に限って膝に入ってきたりと、でも、そんなんがなかなかななかったもんで、嬉しくて我慢もしたもんだ。
口笛を吹くと何故か寄ってきてにゃ〜にゃ〜言うもんで、何か通じるところがあったんかなぁ。。。
ティラの毛は、長くてフサフサだったので、一回りどころかきっと三回りか四回りくらい大きく見えていて、毛が毛玉になってバリカンされてくると、ティラはものすごく小さくて、毛が生えてくるまでは日頃の威勢がちょっと落ちてたもんだ。
そんなティラは近所のどこかのアメリカンショートヘアーの血を持つ猫との子供達を2回産んだ。
動物というのはすごいもんで、出産をきれいに全部一人でやってしまう。
出産はねーちゃんの布団の上だった。
そんな感じで生まれた猫は、毛はティラの血をひいてフサフサだけど、毛の長さや模様はアメショーという感じでかわいかった。
1回目の子達はみんなもらい手があって、でも2回目は確か5匹余っちゃって、それでペットショップに連れて行って、確か1匹1000円ずつの手数料を払ってペットショップで無料のもらい手を探してもらって、朝だったか昼だったかに置いてきて、夕方見に行ったら1匹だけ残ってて、その1匹はうちでまた引き取って連れて帰ってきたのがチョビ。
そんな感じでティラとチョビの二匹体制が始まって、よく家の中を走り回ってた。
年老いてからは、人恋しくなったのか結構人のいるところで休んだりするようになったりした。
何となく我が家の重要ポストに居た猫だった。
牛乳が大好きで、最後に甥っ子と姪っ子に牛乳をもらったら少し元気になったと聞いてかすかな期待を持っていたけど、最期には会えなかった。
人生の半分以上を共に過ごしてきたんだなと、いろんな思い出があって、少しだけでもブログに残しておこうと、そんな今回のブログでした。
一番ちょうどいい所を知ってる

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