以前からお話しているように私はクリスチャンです。
そんなわけで時々お客さまから「進化論を信じていますか?」というイジワルな質問を受けることもあります。
もちろん自然科学を志す人間ですから『進化論』に基づいて解説をしています
(<進化>ってなんだろう?)
ところで最近ニュースで取り上げられているID論(インテリジェンス・デザイン)というのがいささかやっかいです。
アメリカでは「聖書の教えに熱心な人々」(福音派)がこの説をがんばって応援していて「学校では進化論とともにこれを教えるべきだ」と主張している人たちがいるそうです。
インテリジェント・デザインとは(神=創造主)のような意思有る作り手の存在を指しています。
たしかに自然界を見ていると不思議なことが多く、「偶然」や「自然淘汰」といった消極的な変化ではなくIDの存在を感じさせることに出会うことも少なくありません。
しかし、DNAの研究によって現代の「進化論」は多くの検証が進んでおりダーウィンが提唱したころの「進化論」以上の科学的な理論が積み上がっています。
私が思うに、ID論を展開する人々(特にクリスチャン)は『この世のすべては神が創造された』という意識の他に『人間は神によって特別な役割を与えられた』(そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。 )という説を「科学的」(?)に提示したいのではないかと思うのです。
進化の過程や自然の多様性を見るときに、そこに「神さま」の見えざる力を感じることはとても大切だと思います。
また、この地球を「神さま」から託された存在としてすべての生き物に気を配りながら物事を進めるようという意識もとても大切だと思います。
しかし、「進化論」と「ID論」を並列で語るにはあまりにもかけ離れているいると思うのです。少なくともID論には科学的な視点が欠けていると言わざるをえません。
興味のある方へのリンク
幻影随想>ID論関連クリップ
進化論と創造論 〜科学と疑似科学の違い〜
はじめての進化論