今の日本の学校経営組織改革をどう見るか?  私立中学・高等学校について

 昔書いた書類を探して、いろんなフォルダをまさぐっていたら、こんなレポートを掘り出した。2010年夏に大学院ゼミのリアクションペーパーとして出したものだ。

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 昨今のさまざまな日本の学校経営組織改革について感じていることを2点あげてみたい。

 第一に、「日本の学校経営組織改革」という場合、ほとんどの場合には「公立学校改革」を意味するため、「学校組織改革」と「(教育)公務員制度改革」とが十分に切り離されずに議論されているように思われることである。たとえば職制についての東京都の改革事例は、新たな職制を設置によらなければ待遇面での差をつけることができないという、公務員制度に固有の事情が背景としてあったと思われる。また、たとえば昇進について試験を必要とすることもまた、公務員制度に固有の事象である。つまり、たとえば教職員の異動・昇進・降格・出向についての柔軟な人事体系による経営組織改革は可能であり、それにはまずは公務員制度という制約を取り払った上で、さらに「学校・教員に固有の問題」について考える必要があるように思われる。事実、たとえば郁文館の経営改革の事例からもわかるように、公務員制度の制約を受けない「学校経営組織改革」は十分に成り立つ。
 かつて、中村圭介氏と油布佐和子氏の間で「教育公務員制度改革」について論争が行われたことがあったが(中村他2001、油布2002、中村2002)、油布氏の主張する「教職の特殊性」が「他の職種の特殊性とどう異なるか」という点はとうとう明らかにはならなかった。つまり、「学校経営組織改革」の前提となる「公務員制度改革」が劇的に進めば、「学校経営組織改革」は加速度的に進む可能性は高く、そのときはじめて、純粋に「学校経営組織に固有の問題」が浮上することであろう。
 ところで、公立高校と私立高校とは、同じく高校教育供給を担う主体として一体的に語られることが多いが、組織レベルで見た場合、両者の間には大きな相違点がある。もっとも大きな点は、公立高校が単一の巨大な行政機関であるのに対し、私立高校はそれぞれに独立した小規模な公益法人であることである。また、教職員の身分、管理職や経営者の性格などについても、公立高校と私立高校とでは異なる部分が多い。そしてこの組織としての性格の違いは、環境変化への対応方法の違いとして現れる。

 <公立高校の世界/私立高校の世界>
@通学区域
学区制/学区なし
A経営方針
地域の青年に教育を与える(機会均等)/建学の理念・生徒募集に失敗しないこと
B設置主体
行政機関/公益法人
C教職員の身分
教育公務員特例法・教職員は地方公務員/労働基準法・教職員は「中小企業の社員」
D管理職
校長は「支店長」/校長は「中小企業の社長」
E経営者
教育委員会・教育長/理事会
F人事異動
異動あり/異動なし(職場内の異動)・高い帰属意識(一蓮托生)
G他校の教員との関係
同じ組織の一員/同業他社(仲間だがライバル)


 ある環境の変化が生じたとき、組織としてのフレキシビリティに優れる私立高校が敏感に反応する。具体的には、生徒募集の方法や教育内容の変化として表れる。私立高校の動向は、公立高校に通学する生徒を通しての側に影響を及ぼすことで、新たな「教育行政」「教育政策」を引き出す。その結果としての公立高校の変化は、私立高校に新たな戦略の必要性をもたらす。公立高校と私立高校のそれぞれの世界は、相補的な関係を保持しながら、人口動態の変化、「低進学率の世界」の進学率の上昇、女性のキャリアパスの変容などのさまざまな社会の変動に合わせて、絶えず変化を遂げてきた。
 2010年、民主党政権によって「公立高校授業料無償化」がスタートした。これにより、公立高校と私立高校の間の格差は、授業料という面では比率の問題から質的な違いへと転換した。少子化の進行と相まって、各私立高校は生き残りをかけて改革に乗り出さざるを得ない状況に置かれている。私立高校の環境の変化は、必ず公立高校にも影響を及ぼし、日本の高校教育システム全体を揺るがすこととなるであろう。

 第二に、学校組織改革を考える上でしばしば登場する「教職の専門性」とは何かという点が、実は今もって明らかではないことである。そして、仮に「教職の専門性」に基づく学校組織改革が行われれば、それは何をもたらすか、ということもまた、十分に明らかではないように思われる点である。
 濱口(2009)によれば、労働の形態は、働く内容に対して報酬が示され雇用契約を行う「ジョブ型」と、会社の一員となるという暗黙の契約を交わす「メンバーシップ型」とに類型化される。日本型雇用システムとはメンバーシップ型を前提として成立したものといえる。こう考えると、日本の教師の仕事は、一見「ジョブ型」に見えるものの、実際には教師は「学校が必要とする業務を何でも適宜適切にこなすことが仕事」といえ、むしろ「メンバーシップ型」の典型であるといえる。このことは、たとえば医師の世界において、旧来の医局人事が、病院が求める仕事を何でもこなす「メンバーシップ型」で運営されてきたところに、近年「ジョブ型」による(割り切った)働きをする若手医師が登場し、(産科・小児科・救命救急といった)「無制限・無定量」の働きを要求する部門において人手不足と医療体制の崩壊が始まったと解釈することが可能である。
 仮に日本の学校組織が「教職の専門性」(があるとして)に基づいて再編されるのであれば、学校組織は「メンバーシップ型」雇用から「ジョブ型」雇用へと移行することを示唆する。これは「若手のマインドが変わってきた」「教師の同僚性が希薄化してきた」という近年の職員室の変化と親和的な現象でもあり、その先にある学校像は、医療の世界を他山の石として考えられるべきではないか。

引用文献
・濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』岩波新書
・中村圭介(2002)「教育公務員の制度改革を考える―教育社会学者との対話を通じて」『日本労働研究雑誌』509
・中村圭介・岡田真理子(2001)『教育行政と労使関係』エイデル研究所
・油布佐和子(2002)「教職の理解に向けて―中村圭介・岡田真理子著『教育行政と労使関係』を読む」『社会科学研究』53-1
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