帝国の時代?
「帝国」と「近代国民国家」との違いについて、学部時代の政治史の授業で聞いて(正確には、テストの前に借りた授業ノートで読んで)かすかに記憶していることがある。国民国家が領域内の均質性(とそれを維持するためのシステム、まさに「想像の共同体」の世界)を基本とするのに対し、帝国はその内部の多様性・重層性が特徴となる。広大な版図の中では異なる人種・民族が往来し、宗教的な多様性も保障された(塩野七生さんによれば、ユダヤ人も原始キリスト教徒もローマ世界では冷遇されたのは、その不寛容さゆえらしい)。
WHOが新型インフルエンザのパンデミックを宣言し、世界同時不況に対して首脳会合や財務相会合などが連日開かれ、世界の叡智を結集してこの状況を乗り越えようとしている。「レッドクリフ」も「スラムドッグ$ミリオネア」も「天使と悪魔」も、ハリウッドだとか北京だとか香港だとかムンバイだとかローマだとか世界のそこらじゅうで最高の人と技術を集めて制作されているわけである。
たしかに今の世界には絶対君主としての皇帝はいない。しかし、もしかすると、今のこのボーダレスの状況こそが、「帝国」そのものなのではないだろうか、もしもそうならば20世紀が国民国家の時代ならば21世紀はふたたび帝国の時代になるのだろうかと、映画のエンドロールを見ながら、ふと考えた次第。
ネグリ=ハートの<帝国>なる概念はちんぷんかんぷんだったけれど、もしかするとこういう話だったの?
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WHOが新型インフルエンザのパンデミックを宣言し、世界同時不況に対して首脳会合や財務相会合などが連日開かれ、世界の叡智を結集してこの状況を乗り越えようとしている。「レッドクリフ」も「スラムドッグ$ミリオネア」も「天使と悪魔」も、ハリウッドだとか北京だとか香港だとかムンバイだとかローマだとか世界のそこらじゅうで最高の人と技術を集めて制作されているわけである。
たしかに今の世界には絶対君主としての皇帝はいない。しかし、もしかすると、今のこのボーダレスの状況こそが、「帝国」そのものなのではないだろうか、もしもそうならば20世紀が国民国家の時代ならば21世紀はふたたび帝国の時代になるのだろうかと、映画のエンドロールを見ながら、ふと考えた次第。
ネグリ=ハートの<帝国>なる概念はちんぷんかんぷんだったけれど、もしかするとこういう話だったの?
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