先日、少ない現金をお財布の中に確かめたしかめ、ちょっと離れた場所にある大きなダイソーまで電車で出かけた。
「ダイソーで買おう」と思っていたものが頭の中でたくさんになったので、満を持しての買い物。
ダイソーの中で「これも100円か…!!」と感動することは予め想像していても、驚きと楽しさはいっぱい。今回は、1200円もする高額商品があるのに若干ひいたけれども、立派で上品な籠だったので、今度引越しするようなときはダイソーでインテリアも揃えたいなんて思ったりする。

さて、100円ショップや便利雑貨のバラエティーショップは、昔から、私が子どものころからありましたけれども、やはりダイソーには、ダイソーにしかない感動がある。
ダイソーの思い出は、父親と二人でふらりと出かけた 郊外の大型ショッピングモール。もぅ何年も一緒に暮らしていないので、二人で買い物などすることは滅多になかったので、まぁぎこちない空気のままアウトレットショップなどを回っていたところ、「ダイソーがあるね」となんだかうきうきしてきた。ダイソー、トリアス久山(ひさやま)。(ちなみに、父親はゴルフ場への道練習の目的でゴルフ前日にわれわれ親子をほとんど無目的に車に乗せていることがあるが、モールに寄るのはご褒美みたいなものだと思う。)
私は入店直後籠を持ち、二人の感動の100円グッズはひとつの籠に投入されていたが、直にそれぞれ気になる方向へ離散。もぅしらみつぶしに店内を回って楽しんだころ、レジ通過前の父親を捕まえるべく、また荷物を籠に入れてあげましょうと思い父親を探し始めた私。すでに籠はカートに載せていて、うろうろ。出遭った父親もすでに大方の物色は終えていて、きょろきょろ。そして手持ちの籠をいっぱいにしている。「何買うの?」お互いそんな気持ち。
で、「ねぇこれ買って」と無愛想にねだる。父親も無愛想気に「いいよ」と二人でレジに向かう。
合計7000円超!!! 笑っちゃう金額。今思っても買いすぎなんだけど、そのときは二人して、「それでも安いよ!こんなの東急ハンズで買ったら7個も買えない。70個もものが買えてる!!」と思って感動の嵐。ちなみに、今も昔も福岡には東急ハンズはなく、常にディスカウントショップしか利用していないはず…。
100円ショップを一緒に楽しむというのは、実は案外難しい。こうして同じときに同じくらいの量のものを選ぶというのも偶然といえば偶然。
私の母親は長年「100円ショップが大嫌い」といい続けてきた。100円ショップを馬鹿にさえしていた。基本的にあまり物やお金に困ったことがないからだと思うが、そういう人は楽しめないことこの上ないかなぁ…。
最近ようやく「あっちゃん、これ100円よ!!」と言うようになった。ひとつにはやはり暇になって、安いものを探すようになったからだと思うが、手芸用のレース糸が100円で売っていることがきっかけのようだった。
「これ100円!!」今さら自慢げに見せ付けられる「孫の手」。そんなものは昔から100円で売ってたと思う。

100円ショップを見ると、ダイソーがいかに成長しているかも感じるけれども、自分が安く物を買えるようになるには、人が働いてお金をもらっていること、物が流通していること、世界での労働や物への対価、経済の仕組みが変わっていくこと いろんなことが関係している。
あまり物が安いと、憂き目を味わっている人がいないかと心配になったりもするが、当然に自分もその社会に住んでいるわけで、「世の中どうなっちゃってるんだろう?」とか「昔はいったい誰が儲けていたのだろう?」なんてことも気になる。
単に効率がよくなっただけではないと思うので、どこかにしわ寄せと言うか負担があるような気がしてくる。私に想像できるのはその辺のことくらいしかない。
さて、近頃「100円ショップでいいや」と思うものが増えている。
クイックルワイパーの替え紙、生ごみ水切り、コットン、CDR、封筒、慶弔袋、スタッフバッグ、クリアケース、圧縮収納袋、衣服カバー、とう籠、正月飾り、割り箸、ちりとり、バケツ、ほうき。純正部品よさようなら!!むしろダイソーブランドがいい。
100円ショップから卒業したものは、プラスチックケース。プラスチックケースは買いすぎと捨てすぎでもぅいらないのだ。
小さい100円ショップは今でも近所にあって助かっているけれど、大きなダイソーに行けることはかなりの娯楽。
ダイソーの店舗情報に売り場面積が掲載されていることの意味は以前から大きいもの。

写真は関係ないが、ikea。まぁikeaは安くて、センスがいいのはわかるけれども、どうせならもっと安くすれば?という気もする。ノックダウン家具で配送料別ならネットでもっと安いもの探せる。それから、素人がきれいに安全に家具を組み立てるのは案外難しい。

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