「若いときはイラチだった」「すぐ切れるタイプだった」「ガンガン反抗してた」という話をよくするというのは中年の証なのでしょうね。いまはそうでもなくなった、いまは変わった、さらには変わった俺を認めて下さい・改めて宜しくお願いしたいと言いたい、裏返し。
やりにくい上司、めんどくさい顧客、そういうのを相手にできるのは私くらいのものだ、と、最近よく言われるようになったのにはオドロキであります。たぶん今の職場で私はまだ、イラチも切れるもむかつくも反抗も、やったことがないからですね、っというか、まだ2年たってないんですけども。タフさは評価されたのかもしれません。「中身おっさんだよね」より余程うれしい評価ですね(笑)
彼らとは逆に、上司や顧客にいらつく、そのポイントがよく分からない。解釈違い、意思疎通しづらい、カチンとくる、そんなもんは人付き合いの前提であります。だからこそあの手この手で連絡をとり、言葉をかけ、表情をよみ、言葉や声音を選ぶ。挨拶を省略するなんて有り得ないわけです。
性善説と性悪説の話ではないけれど、出発点におくのを解り合えることに固定すると、がっかりすることばかりで日常が埋まってしまいます。いまの職場は、イノセントというか、そういう人が本当に多くて、そのがっかりの積み重ねで不満げな表情や言葉遣いが身についてしまっています。
転職以来、私が窮屈さをずっと感じてきた大きな理由は、そういことでした。なあんだという安堵と、なんだこの人たちは子供みたいなのばっかりかという苦笑にも似た気持ちですね。
いや〜どうしよう、怖いものがなくなってしまったかもしれません。
さ、午後もはたらこか。