2017/4/30

ゴールデンウイーク・・・  
 ゴールデンウイーク・・・懐かしい顔が顔を出した。自○隊に入隊し研修中の玲○は初めての帰省である。普段は言葉少ない彼女だが、顔を合わすなり報告が次々と・・・。
 木工芸をやりたいと遠方の高校に入学した寧○も現れた。偉いのは二人とも後輩達にお土産を買ってきてくれるのである。
 練習開始の頃は数人だったメンバーもいつの間にか10数名となっていた。私はいつものように小学生達と早退である。残ったメンバー達は楽しんで太鼓を・・いやお話か?・・それもいいだろう。
 こういうこともあるのでゴールデンウイークも休み無しにしている。今週の水曜日にも、また違う顔が見られるかもしれない。・・・楽しみである。

 天候が悪くて畑起こしも出来ず施設はまだ休眠中である。問い合わせが何人からも寄せられるが・・・いい返答が出来ないでいる。予報では5月1日からいいようだ。7日の農園開きまでには市民農園の耕起や馬鈴薯植を終わらせたいのだが・・・焦らずである。
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2017/4/25

演奏依頼・・・  
 休みだったが、今日もトラクターでガルテンに出かけて日帰り農園にサブソイラーを入れてきた。先週も休みの日に体験農園にサブソイラーを入れた。天気はなかなか勤務に合わせてくれない。今年も雨に翻弄されている。春起こしは遅れそうだ。
 自衛○の岩見○駐屯地から出演依頼のメールが届いた。昨年に続いての依頼である。メンバーに一人自〇官が生まれた。これも縁なのか・・・まだ正式には返答はしていないが、お呼びが掛かるのは存在感の表れである。有難い。
 小学生達の運動会の演奏に目途がついた。成長にはやはり目標を持たせることが大切だとつくづく感じる。あと1か月少々、これからどれだけ仕上げられるか楽しみである。この演奏が彼らの仲間を増やせるきっかけになってほしいと…望んでいる。きっと喝采を受ける演奏にさせたい。
 これから忙しい時期となるが、それぞれの目標にみんな頑張ってほしい。練習場は少し寂しいが、この時期は毎年こんな感じである。太鼓シーズンが来ればみんな集まってくる。それが我がチームである。
 ブログも休みがちである。書き込む時間が取れないというか…その時間がぐったりというか…これも歳か・・・

 ようやくヒョウタンを金ぴかに塗装した。去年、日帰り農園の空いた所に、いただいた苗を植えた。そこに成ったヒョウタンである。加工をして乾燥して残った6個のヒョウタンの2個である。(1個は苗を提供してくれた奥さんに進呈した。)ヒビが入っていたりと修正をしながらようやく塗装にまでこぎつけた。塗装といってもスプレーで、いかさま塗装である。開運を象徴するヒョウタンである。いかさま塗装でも・・・ご利益を期待したい。
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2017/4/11

オイル交換と水交換・・・  
 春作業に向けてトラクターの準備をした。サブソイラーをつけて家の周りの畑に入れてエンジンを温めオイルを交換した。ロートルのサブソイラーにガタが来ている。補修が必要だ。
 二匹になった鯉がいる池は、水面がゴミや枯れ葉で覆われいる。土止めのコンクリート板が壊れて瀕死の状態となっている。鯉の為にも掃除と補修をしてやるか・・・。
 水中ポンプで彼らの仮の宿舎となる漬物樽に水を張る。バケツで水をすくっては出すが、その匂いはどぶさらいの匂いである。半分ぐらいの水位になると、やっと鯉が動き始めた。網で二匹をすくい桶に移してやる。まだ水温が低いので彼らの動きは鈍い。
 この池の水源は湧水である。まだこの時期は水量がある。それをバケツに貯めて池底を洗いながら水をかき出していく。ある程度綺麗になった所で、崩れた池の淵の改修工事である。タンカンを使ってコンクリート板を抑えることにした。その作業を終えて更に池に溜まった泥をかきだした。これで終わりと思ったが、別の面もおかしなことに・・・これは応急処置で済ませた。次回に資材を用意して直すことにした。彼らの寝床になる日陰をセットして掃除は完了した。
 その作業が終わったのは5:00近かった。彼らが泳げる水位まで水をためる。桶に入った二匹は掃除が終わるのを待っているのか、じっと静かにしていた。6:00前に水位は20p以上となって池に戻してやった。用意した安住の寝床に仲良く戻っていった。
 春の恒例事業の池の掃除が終わった。一冬、よくあのヘドロの中で越冬してくれた。10匹いた鯉は、水害でこの二匹となった。きらびやかな姿ではないが、これからも元気で泳ぐ姿を見せてほしいものだ。・・・見る度に心休まるのである。
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2017/3/29

土下座して・・・  
 自〇隊に就職する怜〇の最後の練習日となった。
 小学生の頃から太鼓をやりたくて・・・その頃、彼女は野球をやっていた。親は太鼓をやる許可をしなかった。中学生になっても野球を続けた。そして中3の野球部を引退してからチームにやってきた。同じ町内で私の車に乗ることが良くあった。練習も貪欲でデビューするのも早かった。積極的な行動に好感を持った。先輩達にも可愛がられた。その子も社会人となって巣立っていく。
 先日、高校の卒業祝いをしてやった。その時に初めて聞かされたことがある。太鼓がやりたくて野球部を引退した時に親に土下座をして『太鼓をやりたい!』と嘆願したそうである。そうやって彼女はチームに加わったのである。それだけの熱意を持っていたのである。そして就職後もチームを抜けないのである。

 練習場に野球部のユニフォームを着た小学生の女の子が練習風景に見入っていた・・・それがこの子だった。おでこを出したポニーテールの髪型が印象的だった。その姿は先日まで続いた。それが就職を前に短髪に切ってきた。一瞬誰だか解らなかった。短髪もお似合いである。

 しばらくは顔を見ることが出来なくなったが、この練習場にはいつも仲間達が太鼓をやっている。それを思い出して新しい環境で頑張ってほしい。再会する時、彼女が教えた後輩達はビックリするほど成長しているだろう。
 故郷に戻って来るところがある。これを糧に頑張ってほしい。
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2017/3/22

冒険していかなければ・・・  
 毎年の様に冬の間は鼻水で苦しんでいる。最近、その鼻水が止まった。今度は鼻声である。『アレルギー性鼻炎!』と私の専属看護師の診断である。確かに鼻炎薬を飲むとすぐに収まる。しかし副作用が嫌で極力飲まないようにしているのである。
 2か月前から朝食をパン食にした。パン一切れにマーガリンとベリー系のジャム、そして牛乳とジュース・卵焼き、野菜か果物を欠かさず取るようにした。・・・それが原因か?体重が増えだした。お腹が・・・やばい、しかし体調は良くなってきたような?・・・腰痛は出るが回復が早くなった。暖かくなってきたせいもあるか?・・・いつものお調子に乗ると・・・気をつけよう。
 『運動会』という目標に小学生達が頑張っている。低学年にソロ曲を1つ増やした。それも覚えてしまった。6年生になる愛○には、秀○の曲を覚えてもらうことにした。演奏している胡〇に指導をお願いした。しかし・・その愛○がインフルエンザに罹ってしまった。これは少し遅れそうだが、彼女なら2〜3回で覚えるだろうと思っている。・・・青写真は出来つつある。『運動会』が楽しみになってきた。
 中・高校生達の成長が足踏みしている。上級レベルにステップアップしていく一つの壁である。ここからは運動能力とリズムとのマッチングである。リズミカルに太鼓を打てる運動のフォーム・筋力作りである。これを作らなければ本当のパフォーマンスは出せない。それを作っていく努力が出来るかである。
 形だけ・うわべだけから脱皮し中身のある本ものに化けなければ・・・その域に成長してほしいものである。コーチされたから出来るではない。自分で冒険していかなければ、人を驚かせるパフォーマンスは作れない・・・。
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2017/3/8

成長をする為に・・・  
 ・・・練習場に見慣れない子が現れた。?・・誰だ??・・なんと・・おでこを出したポニーテールが彼女のイメージだったが・・大イメチェンである。かわいいお年頃の子に大変身である。これから化粧を覚え・・女の子から女へか・・・。
 小学生達は運動会の演奏を目指して課題曲を習得中である。今月中にマスターして運動会用の曲を構成する。
 中・高校生達が変わろうとしている。自分の曲を創ろうとしている者、演奏技術を変えようとしている者・・・体力も筋力もついてきた。そして心も成長してきた。大きく進化していく大きなチャンスである。コーチ達には具体的で彼らに適したアドバイスをしてやってほしい。
 残念なのは、そういう意欲を持とうとしない子がいることだ。『太鼓が好きだ。』というが、それは建前だけだ。本当に好きならば『上手になりたい。』と思うのである。聞く耳を持たない者にアドバイスをする必要は無い。もう小学生ではないのだ。後輩達の足を引っ張る様な者は、このチームの中に居場所はないのである。それに早く気が付いてもらいたいものである。
 新しい目標が出来たならば、いつでも卒業して行っていい。彼らの成長の邪魔は決してしない。しかし喧嘩別れのような卒業はしてほしくない。いつでも戻ってこられるような卒業をしてほしい。少なくともそういう付き合いをしてきているはずである。しかし綺麗な別れ方が出来ない連中もいた。・・・それは無性に寂しかった。
 新学期が間もなく始まる。また新しい出会いがあるとうれしいが・・・。
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2017/2/28

マニュアルは一つの指針に過ぎない  
 久しぶりに札幌へ行ってきた。といっても遊びではなく研修会である。それは肥料取締制度研修会である。施設で生ごみたい肥を作っている。その関係である。
 会場は札幌のど真ん中の道庁赤れんが庁舎である。渋滞と駐車を考えてバスで行くことにした。我が家前のバス停から札幌駅まで直通で行けるのである。ただし便数は限られている。帰りの便が終わってから待ちがあるのである。案の定、予定より早く終わって、さらに時間が余り『高速岩見沢号』で岩見沢へ、そして乗り継いで帰宅した。あと20分早く終われば早い便に間に合ったのだ。
 肥料の生産と販売の制度の話である。資料にそった説明だったが音響が悪く聞き取りずらかった。初めての開催なのだそうだ。100名の参加である。生産・販売業者が増えてトラブルがあるようでその事例を出して説明された。・・・状況が少し飲み込めた。要は肥料の規制の仕組みである。それがややこっしいのであるが、うちの肥料は一番単純で届け出だけで済むのである。人が口に入れる残飯が原料なのだから安全でなのである。しかし・・・ここまで来るのに何だか遠回りした生産となった。無知な連中が集まって主導権?目標?・・それが無く始まったのだから当たり前である。現場を預かる身としては・・・しかし早くにポイントは決めていた。それに嵌るように調整してきた。
 陶磁器工場の立ち上げの事を考えたならば何てことはなかった。ただ責任を誰が取るかのたらいまわしみたいだった。・・・関連の会社の一人がそれが原因で退職したのである。彼には何度も『お前の責任でないからな!』と励ましていたのだが残念である。それがあって機械の製造元の社長がやっと来るか・・・彼はいい犠牲者である。
 物を作る。人を育てる。それは簡単なことではないのである。幾度もの挑戦と経験をし、失敗を繰り返さえなければ本物にならないのである。机の上で、マニュアルは作れないのである。そしてマニュアルは一つの指針でしかないのである。
 数字だけを重んじたならば、良い製品を作ろうという考えを失ってしまうのである。チームも同じである。会員数、コンクールに入賞・・・それを求めたならば本物のチームにはならないのである。我々のチーム作りは次代を見越したものでなければならないのである。
 
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2017/2/24

隣の爺さんの役目と・・・  
 『よくやるね。』と冷やかしみたいに言われたこともあるが、それを続ければ誰もそんなことを言わなくなった。それは意地でやってきたことでは全く無い。それが普通の生活の中になっていた。
 初々しい子供達が次々に現れる。その子達と新しい付き合いがまた始まる。その度に新しい刺激を受けるのである。時には困った子も出現する。それもまた刺激になっている。どうしたら上達させていくか。どうしたら修正してやれるか・・・。
 彼らにとって我々の立場は親でも無ければ担任でもない。クラブ活動でもない。しかし、我々は同郷の子供達を育てなければならない役割があると思っている。どの立場にない隣の親父の役目を我々の会が担っていると思うのである。そういう立場となる存在は今の時代ではなかなかないのである。
 我々の子供の時代は、世間がみんなで子供達を育てていた。やかましい婆さんや、うるさい爺さんが他人の子を叱り誉めてくれていた。しかし今の時代はそんなことが希薄になっている。この田舎でもそうなっている。そして可愛さ余りに育てる親もいる。
 家庭で出来なことや学校で出来ないこと、それを補うことを我々はやっていると思っている。それは昔の世間の目なのかもしれない。
 我々はただ太鼓を教えるだけではない。彼らとは家族の様な気持ちとなって育てていきたいと思っている。みんなが幸せになってほしいと思っている。それは、時に厳しいことも言わざるを得ないのである・・・。
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2017/2/22

時にはガツンと・・・  
 ここ何年もメンバーを叱ったことが無かった。・・・さりげなく注意をしてきたが、何も変わらない態度に行動を起こした。彼は『メンバーが減っていくから何も言わないだろう。』と甘い考えを持っていたようだ。こういう子はガツンと言わなければ変われないのである。
 言い訳を言いだした頃から、そのタイミングを計っていた。今日は高校生達が試験で休んでいて人数も少なかった。かなりきつい言葉で彼をたしなめた。言い訳は一切耳にしなかった。失うことも想定内で注意したことである。・・・変わってくれるといいが。
 11月に仲間になって、わずか2ヶ月で『新年初打ち』でソロデビューである。その子が4月に6年生となる。最後の運動会である。『運動会で太鼓を打ちたいか?』と尋ねると『うん』という返事が来た。この子を入れて小学生が4人となった。彼女以外は4年生が2人、3年生が1人となる。その3人を口説き、この4人で運動会の演奏にチャレンジである。
 『運動会プロジェクト』が始まった。今の持っているスキルをただ磨いてと考えていたが2回の練習で考えを変えた。彼らの意欲を読み取り、これを機会にレベルを一気に上げることをである。
 反抗期か何か知らないが、言い訳をしてさっぱり上達しない中学生を追い越してやる。小学生達をバカにしていたようだが、そんな奴らを慌てさせてやる。奴らの尻を叩いてやる。
 
 『お前、うまくなろうとしていないんでないか。』・・『太鼓が好きだから来ています。上手くならなくてもいいです。』・・『それは好きだと言わないんだ。本当に好きなら上手くなりたいと思うんだよ。それが思わないのはお前のいい訳だ。そんな奴はうちにはいらない。みんなの邪魔をしているだけだ。もう来なくていい!』・・・帰ってしまうかと思ったが、練習に残っていた。
 これで彼が変われれば叱ったかいがあるというものである。そう願う。
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2017/2/13

心許される仲間・・・  
 メンバー達には悪かったが土曜日の練習を一日休んで、大人達スタッフと家族での温泉での親睦会を行った。去年、みな○君のお母さんが発起人になって開催して大盛り上がりとなった。『今年もやろうよ』とリクエストしていた。私の仕事のスケジュールに合わせてもらって日程が決まり、隣町の温泉に・・・。
 久しぶりに温泉に浸かった。温泉の暖かさが疲れた身体に浸みわたった。気を許せる仲間達との一夜は心も温まった。
 すっかり爺にされたが・・・それも癒しになっている。本物の爺にも懐かないという(その爺も同席である)もう一人の孫の隣に席を置いて、いろいろとアクションを起こすが・・・なかなか手ごわい。子供の扱いには自信を持っていたが、この子には参った。しかしもう少し時間があれば手なずけれると思うが・・・この子にも半天を用意してやるか。
 楽しかった時間はあっという間に終わってしまった。帰りのバスの中では『一泊にするか!』という話が・・・それもいいな。これは楽しみの一つになるな。
 春には社会人に二人が・・・そのお祝もしてやりたい。その子達もいつかはこの仲間に入って来るだろう。何も気を使わない、そして素でいられる仲間の集まりは笑顔でいっぱいである。そういう心豊かになれる時間は宝である。それが人生にあることは幸せである。
 太鼓を教えるのではなく、人を育てることである。手段と目的を間違えたならば、こんな仲間は作れなかっただろう。彼らは私にとっての貴重な財産であり、心許される仲間であり家族である。
 チームの発足から35年となった。運営の殆どは立ち上げから私が中心だった。35年も続けられたし、これからの未来の可能性もある。このチームのプロジェクトは大成功だったのだろうと思う・・・そして歴史はこれからも続くのである。楽しみがこれからもまだまだ続くのである。笑顔で溢れる活動を続けていきたいものだ・・・。
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2017/2/6

包容力を持った活動に・・・  
 休みだった今日、顧問・相談役の委嘱に回った。前会長は精米をしていた。作業小屋で「日にちを間違えてよ。日曜日に行ったら誰もいないのよ!」と・・・総会の日にちを間違えていたのである。しばらくの時間話し込んできた。議員さん二人は留守だった。委嘱状とお土産の山わさびを置いてきた。『これ美味しいんだよね。』と家族の人達が喜んでくれた。毎年の恒例のお土産である。
 総会の時の『新年の抱負』はみんな立派に発表してくれた。来賓に初めて出席してくれたNPOの副理事長は感心していた。初めての人は大概が驚く。
 我々の活動はいいかっこしいではない。内容も外ずらも何の隠し事もない正味の活動である。それは思いやりに満ちたファミリーなチームになっている。しかし組織としてはしっかりとしたルールの中で活動したい。特にお金に関することはルーズなことはしたくない。監事の一名を会員外の父兄にお願いしたのは、信頼を得た活動にしたいからである。
 総会に父兄の参加をお願いしているのは、預かる子供達をどう考えて育てるかを理解してほしいからである。父兄と共に我々も一緒に子供達を育てていきたいのである。
 大好きな太鼓をする為には、お父さんやお母さんに理解して貰わなければならないのである。まずは勉強をして、部活もして・・・それが大好きな太鼓がやれることになるのである。
 勉強、部活そして太鼓と選択しなければならないということにしたくない。やりたいことを続けれる体制にしていきたい。・・・包容力を持った活動をしていきたい。
 
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2017/2/2

チームの方針・・・  
 総会の挨拶でチームの方針をはっきりと伝えた。優先順位をしっかりと守って大好きな太鼓をやってほしいと・・・それは自分自身に言っていたのかもしれない。ほとんどの子はそれを理解して活動をしているが、2〜3の中学生の行動を心配している。
 総会に出席してくれた父兄達は、この方針を理解してくれたようだった。進学の勉強を心配していた父兄には子供達の代弁として語ったつもりでいる。勉強を取るか、部活を取るか・・・そんなことではない。我々の活動は人を育てる活動であって、チームを有名にする活動ではない。子供達のこれからの未来の為の何かに役立つ為の活動である。
 中学生や高校生が学校祭のパフォーマンスや独自のイベントを企画した。自分で発想して実現する。それはすごいことである。それは何を意味するかというと・・・我々の活動は今の流行りでいえばメンバー・ファーストということである。メンバーを束縛しない活動を我々がやっているからである。そして農業祭など、我々大人の活動を見てきたことではないかと思っている。それが彼らに影響したのではないかと・・・頼もしく感じている。
 メンバー達は太鼓が大好きなのである。その大好きな太鼓を続けていく為には、父兄の理解を得られなければならないのである。それはチームが継続していく為の手段でもあるのである。
 我々の活動は、たえずメンバー達に合わせている。しかし、それは常識のある活動の中でである。過去には逸脱した考えの父兄もいた。それは排除せざるを得なかった。それをしなければチームの方針を貫けられなくなるのである。
 今・・・ちょっと心配の子がいる。総会には父兄は現れなかった・・・そこも不安である。
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2017/1/30

さっさと引退しなさい・・・  
 総会が無事に終わった。父兄も沢山参加してくれてチームの方針も理解してくれたと思っている。恒例の『新年の抱負』はどのメンバーも立派に発表してくれた。それぞれに成長しているものだ・・・みな○君まで「ぎゃんばりましゅ!」と、うれしかった総会となった。
 太鼓を続けていく為には父兄の理解が一番に必要である。子供が『太鼓が好きだから』といっても、勉強や部活の他に太鼓をやらせる。『大丈夫か?』と心配するはずである。太鼓がやりたいメンバー達の為にも、父兄が理解できる運営方針を伝えたいと思っていたのである。
 街の人達はコンクールで優勝することを期待しているかもしれない。我がチームは公立高校で甲子園を目指す野球チームなのである。しかし一部のチームを除いては同じ環境といっていいのである。
 コンクールの審査のこともみんなに話した。とても恥ずかしい話だが、太鼓の組織はまだまだ頭でっかちで、閉鎖的で、非民主的なところがあるのである。見栄と無用な勢力争いをじじいどもが、まだ持っているのである。これを無くすのには時間が必要である。彼らはもうすぐ枯れていく・・・争うことよりも自然淘汰していくのを待つ方が無難かもしれない。そんなに待たなくてもやってくる。しかし一生懸命に活動をしている若い連中の意欲を失わせないかが心配である。
 見栄を持った年寄りはさっさと引退しなさい。それが太鼓界の活性化に寄与するのである。尊敬されている間に身を引くことが尊敬されて終わるのである。それが出来ない年寄りがいっぱいいるのである。若い連中を伸ばしていくことを、先輩達が足を引っ張っていてはならないのである。
 審査も解らない人は、審査員を断ってほしい。そういう度胸も無いか・・・。
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2017/1/24

何としても継続する・・・  
 また練習会場が心配になってきた。発足から35年の間に練習会場は4回変わった。その原因は太鼓の音である。市街を離れれば練習ができる場所はある。しかしそれが原因で人が少なくなっていった。その起死回生で今の会場に嘆願して移ったのである。そのおかげで子供達が集まってきた。今の活動が出来ているのは、この会場を利用できるからである。
 市町村合併で、また新たな問題が発生した。今度はお金だった。町の時代には無料で使えていた会場鵜だったが、合併と同時に利用料金が掛かるようになった。0円から3,000円(冬期間は3,900円)である。減免にならないかと何度も交渉をしたが、冷たい返事しかしてくれなかった。・・・やむを得ず会費を5倍に上げるしかなかった。
 小学校の校長から学校開放で体育館を無料で使用できる話がきた。しかしチームには太鼓が幾つもあった。大締太鼓もある。その保管や移動などがある。メンバー達の集まってくる時間帯もバラバラだった。費用は掛からないが運営ができるだろうか?・・・苦しい判断をぶつけられた。
 会場が指定管理者制度になった。管理するのはNPOである。使用料金を一番払っていたのは我々だった。管理者制度となってその使用料がすべて失うことになる。我々としても、指定管理者としても苦しいのである。
 我々は何度も使用時間分の使用料にしてほしいと要望を出していた。5:00〜10:00の時間で使用料が決められていた。余りにもアバウトである。実際に使った時間で徴収するべきである。細分化することによって利用団体も使いやすくなる。一団体でなく使うことも可能となる。その時にはよさこいチームがあって2団体で使い分けて費用分担できないかと考えていた。しかしよさこいチームは解散してしまったのである。
 NPOの理解で利用料が時間単位の使用料に変更してもらうことになった。それが今日までの活動の継続となったと思っている。
 3年後には新しい施設が出来る。果たして我々が思う様な会場になるのだろうか。新しい拠点になるのだろうか。とても不安である。市町村合併して我々が得られたことは殆どないのである。活動の弊害となることばかりである。しかし街の人達がみんな応援してくれている。それが継続していく源である。
 もしこのチームを街から失ったなら・・・それを考えたならば無性に寂しくなる。何としても継続していく努力をしていきたい。
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2017/1/23

名物品に・・・  
 冬期間の施設の利用は調理実習室での手作り味噌や豆腐作りである。その中で数十人のメンバーのグループがある。空知の大豆と麹を使って味噌を作っているのである。数回に分けて10数名が味噌造りに利用してくれているのである。
 その昼食に蕎麦や燻製・アイスクリームを作るのである。その日は弁当を用意していかないのである。毎回彼らから、手打ちそばをざるそばやそば寿司に、卵や肉類を燻製にして差し入れしてくれるのである。昨日は4種類の蕎麦にレバーと鶏肉の燻製、薬味に施設産の山わさびが添えられていた。昨日は蕎麦打ちを4人で打ったようで、それぞれに違った味と食感で美味しかった。・・・役得である。
 前の回に山わさびの販売が出来なかった。天候と勤務の都合で準備できなかったのである。『あれ、わさびが無いのかい。楽しみにしていたのに!・・・』そんな声があった。今回はその準備が出来た。そして入館と同時に次々に買い求めてくれたのである。その中には薬味の分も購入してくれたのである。
 そば・うどん教室前には山わさびを用意している。前回は連日の寒波で畑からの掘り取りが出来なかった。しかし年前に10本を施設前の花壇に埋めておいた。用意すると、すぐに完売で残念がっていた人がいた。早い時期に収穫して埋めておこうと思っていたが天候や勤務でそれが出来なかった。今年は雪が少ないのでこの時期でも収穫が出来るが、これからどうなるかは解らない。早い時期に収穫して花壇に貯蔵する方法があった・・・。
 『楽しみにしていたのに!・・・』そんな声を聞けば継続して栽培していかなければと思っている。この施設の名物品になりそうである…。
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