2009/11/24

救急箱  

 練習前の遊び時間、一人はステージから落下して頭を打つ。一人はミニバレーで突き指をする。・・・太鼓の練習より遊びの方でアクシデントが多い。
 用意していた救急箱が見当たらない。コンクールに予備の衣装類を入れた私のスポーツバックに入れて持ち出していた。買い物のついでに薬局によってシップ薬とテーピングのテープを買い足した。箱も入りきらず別の箱に入れ替えた。
 消毒薬・傷などの軟膏・ガーゼ・包帯・テープ・救急バン・はさみそしてシップ薬とテーピングのテープを補充した。一番使用頻度のあるのは救急バンである。その頻度は毎回に近い。私のバックにも常備している。そして打撲である。シップ薬は箱に入らず私のバックに入れていた。それが底をつき買い求めた。箱も家にあった大きめの物に変えて一袋を入れた。豆ができたり擦り剥いたりとやんちゃ坊主どもは忙しい。救急箱に余りお世話にならないでほしいものである。
 練習場入り口の自動ドアのガラスを割ってしまう事故があった。その一月前にスポーツ安全保険に入ったばかりだった。お蔭でその保険で賄うことが出来た。以後、入会と同時に全員がこの保険に入っている。
 これだけ小さな子供達が多いと何が起こるかわからない。事故の無いように気をつけてはいるが・・・転んだり・ぶつけたりと・・・ヒヤヒヤものである。会場が体育館なので遊びには申し分ない。これがまたみんなの楽しみなのでもある。その分リスクもあるが、練習前に一汗かく準備運動にもなっている。
 太鼓の練習で注意するよりも、この遊びの時間に注意する方が多いのである・・・・。
0



2009/11/23

冒険をするか・・  

 スポーツ店からスキーの展示会の案内が来る。スキー場がオープンしたというニュースが流れる。
 『雪が降って喜ぶのはお前と犬ぐらいだ。』と言われた時代があった。・・・もう何年滑っていないだろうか。10年近いか・・・。車庫にはラップされた新品同様の板がある。今では時代遅れとなっているかもしれないがウェアも靴も板もポールも・・・すぐにでもゲレンデに出かけられる状態にある。
 体調がおかしくなって数年はライセンスも役員も維持していた。しかし、いい方向に向かわない状態が続きスキーの全てを投げ捨てた。それは滑れない人間が偉そうに役員など出来ない。そして期待されても応えられないということが現実的に起きた。これでは関係者に迷惑をかけてしまうだけである。・・・全てを投げ捨てることにした。
 残しておいた古い板2本は大型ゴミに出した。しかし最後に買った板は捨てられなかった。滑走面にワックスを分厚く塗ってラップで包み車庫に大切に保管している。
 この体調不良の原因はスキーだったかもしれない。身体の筋力が落ちているのにもかかわらず、若い時と同じ様な気持ちで新しい技法に挑戦して結局は自分の身体に付加を与えすぎたことなのではないだろうかと思っている。もうこれは指導者としては失格の行為である。自分の体力・筋力を自覚しないで起きた自業自得だったのだろう。・・・これは憶測である。
 毎日のストレッチ・ウォーキング・ぺダリング・マッサージなど様々なことをしてきた。徐々に身体はいい方向に向かいつつある。
・・・これは冒険かもしれないが・・・今年は・・・スキーのラップを剥がそうか・・・
0

2009/11/22

運動のメカニズム  

 今の中枢のメンバー達とは年齢差で30〜40歳という差がある。一番下の1年生とは50近い差である。お姉さんお兄さん達の歳ではまだ太鼓も始めていなかった。ス○ーの準○導員が受かった年が太鼓を始めた年である。今の1年生達と同じ様なことをその頃はしていたのである。もう大の大人であった。
 指導員のライセンスが受かったからといって、一人前の指導員ということにはならない。合格した頃の若かりし頃は、それは有頂天となり生意気なことも言っていたのは当然である。それはその頃の社会の中ではステータスがあった。しかし、自分以上の技術を持ち指導能力を持っている指導者はいっぱいいた。だが、いざライセンスを取ってしまうとそれ以上の技術を学ぶことは少ないのであった。
 ある指導者との出会いがあった。今の持っている技術を引き上げる為の知識や方法を彼から沢山学んだ。その後のス○ー技術は飛躍的に上がっていった。技術が上がれば指導法も変わった。より合理的に、より高い技術の要求となった。上辺だけの形から運動という本質に変わっていった。本当の実力である。
 この考えを太鼓に応用したのは、そんなに古くは無い。今のお姉さんお兄さん達が高校生になってからのことである。それは彼らが意欲的に取り組む姿であった。彼らの為に、彼らが輝く為にと真剣に太鼓を打つ技術を研究し始めた。ス○ー技術で養った運動のメカニズムを太鼓にも応用した。上手なプレーヤーやプロ奏者の技術や運動も研究し取り入れた。太鼓を打つことは身体の運動である。その身体の運動が理想的な運動であればそれは美しいフォームとなるのである。これはスキーの指○員という所から来ているのである。
0

2009/11/21

新しい世代の・・・  

 練習時間の7:00丁度に会場に入る。練習場には誰もいない。いつもは2〜3人は私より先に会場に来て遊びまわっているのだが。管理人のおじさんから『今日は中止にするかい』とまで言われた。まあ、そのうちにくるだろうといつもの体育館をウォーキングする。
 会最大の朝○ファミリー5人と有○が20分遅れで登場。『あれ、一人?』といいながら遊び道具を取り出しおのおのバトミントンやミニバレーで遊び始める。そこにしばらくぶりに影○兄弟の二人が・・・。8:00近くになってお姉さん・お兄さんの二人。今日の練習は私を含めて総勢11名であった。
 基本練習の後曲の練習、そしてグループに分かれての習得練習である。切羽詰った目標がないとこんな状態である。しかし、大勢の時よりも出席者の練習内容は中身があるようである。各自の目標がはっきりしていれば、こんなのんびりした時期があってもいいのである。ゆっくり慌てず新しいことに取り組み、そしてメンバー達のコミュニケーションを深めて行ってほしいと思う。
 新人のメンバーも来年には同じ曲を打つメンバーとなる。それには先輩達が教え込んでいくことが必要になる。個人の習得そして全体の練習となる。ある程度全体がチームとして機能出来るようになれば、今度は運動としての技術アップとなっていく。そんな繰り返しをして個人もチームもレベルを上げていくことになる。
 今の時期は新しいリズム習得である。出来るならば創作もしていってほしいと思う。柔らかい頭は無限の可能性がある。新しい世代の栗沢太鼓を創り出して行ってほしいものである。
0

2009/11/20

心底の信頼感・・・  

 人付き合いは難しいが趣味の会なのに、いがみ合ったりするのはどういうことなのか。そんなことがあるごとに嫌気をさしている。
 一月前に、ある団体を離脱した。これも内部のいがみ合いである。同じ太鼓をする仲間なのにミスや失敗や気に入らないからといがみ合っている。こんな幼稚な団体に入っていては、得られるものは憎しみしかなくなってしまう。そんな楽しくない会からはさっさと抜けた方が精神的に健全である。
 お互いのお祭りに手間換えにして行き来していたチームが農業祭に突然にこられないという連絡があった。何か事情があったのだろうと思っていたが、その後に会う機会ではまるで無かった事のような行動である。これではこの後の付き合いは出来ようが無い。
 チームである以上、チームの都合やメンバーの都合もある。その中で我々は活動しているわけである。全てが意のままに活動など出来るわけが無い。そんな中で活動をするには、チーム内のコミュニケーションと他チームや団体への誠意は絶対に必要なことなのである。これを無くしてはチームへの信頼感は全て失ってしまう。
 出演依頼が来てもその答えを待ってもらうことが多い。メンバー達はそれぞれに都合を持っている。最低限のメンバーの都合がいいと解かって始めてOKの連絡をしている。ドタキャンとなることは、依頼者にとっては迷惑な話となる。それは決して出来ない。それはメンバー達も同じである。・・・突発的なことはどうしようもないが・・・。
 練習の出欠は全てフリーである。いちいち連絡は無用としている。それも信頼感があってのことだと思っている。それが普通となったなら、事情がない限りみんな集まってくる。そして必要な時は連絡をくれる。形だけの信頼感は必要ではない。心底の信頼感こそ子供達に与えることである・・・。
0

2009/11/19

技術は年齢ではない・・・  

 低学年のリーダー翔○に2年生の○大に『山彦』を教えてやってくれるように頼んだ。俄然張り切り手取り足取りと真剣に教えている。この子はいいリーダーになりそうだ。○大はもう『山彦』の曲の流れを掴んだ。後は各パートのリズムを覚えるだけである。新年初打ちに間に合うかもしれない。頑張ってほしい。
 サブリーダーの允○には小締太鼓の中心になってくれないかと相談した。もちろん胴太鼓も両方をやってもらう。『いやか?』・・・『そんなことは無い』という返事であった。チームの構成を考えたならば小締太鼓に6名という人員は多すぎる。今年の場合は特例的に6名を入れざるをえなかった。来年に向けては小締太鼓を3〜4名という人員の配置にしたい。その為には中心となるメンバーには允○が適任だと考えていた。允○と姫○そしてそこに新人が入る。これで小締太鼓隊の計算が成り立つ。
 メンバー達にはそれぞれに新しいリズムを習得させている。沢山のリズムを覚え幅のあるプレーヤーに進化させていく。それは来年のコンクールに向かった戦略でもある。複雑な曲の構成に対応していく能力の開発でもある。
 幼いメンバー達で立ち向かうには、卓越した技術とそれを生かした構成が必要になる。音を鳴らすことは幼いメンバーでは限界がある。しかし太鼓を打つ技術に年齢は関係が無い。高校生達よりもうちの小学生の方が技術では負けない。そういうチームに進化させなければ目標の3位以内には這い上がれない。来年も、出場チームの中では一番幼いチームだろう。そんなチームが中・高校生中心のチームを負かしてしまう。それは夢だとは思わない・・・。
0

2009/11/18

次が待ち遠しい・・・  

 助成金が入金し業者に支払いした。これで去年の今頃から始まったこの事業が片付いた。市の担当者や親身に対応していただいた太鼓店・呉服店に感謝したい。この事業の話が舞い込むまでは、これからどうやって運営していくか本当に悩んだものだった。その悩みが全て解消したのである。幾ら感謝しても言い尽くせない気持ちでいる。これからの10年は備品類には何も心配しないで活動できる。本当にありがたい。
 備品の充実、そして練習場の使用料も半額以下など、今まで苦労してきた環境は大きくいい方向へと向いた。だからと言ってこれに胡坐を掻くようなことにはしたくない。この充実がメンバー達の意欲に変わり、更にいい太鼓になっていかなければと思っている。
 今日は悪天候となりタイヤ交換がまだの人もいて集まったメンバーはいつもの半分だった。何年ぶりになるだろうか、メンバー不足で久しぶりに『絶世』を打った。お姉さんの麻○も私が『絶世』を打ったのを始めて見たという。そうだったろうか。2箇所をしくじったが何とか1曲をこなした。早い箇所も腕はついていった。『まだまだやれるんじゃないか???』・・・低学年のメンバー達はニヤニヤしながら真剣に私を見入る。こんな姿も彼らには初めて見る姿である。・・・どうだ、少しは見直したか・・・
 来ているメンバー達にこれからの目標を一人一人伝え、それぞれに分かれて練習を行った。みんな一生懸命である。時間はあっという間に過ぎ去った。何となく練習していてはこんな充実感とはならない。次が待ち遠しいという気持ちになる練習である。そういう練習を心がけたい。
0

2009/11/17

まずは曲を覚えること  

 今年は3人の新しいメンバーが増えた。2年生の雄○と1年生の風○と海○である。これで2年生が二人、1年生が二人となった。ともに男の子と女の子のである。
 雄○は同じ新人といっても2年生であり大分大人である。人の話もしっかり聞くし行動も落ち着いている。一年早く入った同学年の姫○とは大きな差となっているがすぐに追いついてくるだろう。
 1年生の二人はまだまだねんねである。しかし、幾度も注意してきた駄々は最近は見られなくなった。コンクールが終わってようやく彼らも『山彦』の習得練習となった。しかし前途は多難である。何とか頑張って、来年の農業祭までに習得してほしいと思っている。
 14名で取り組んだ今年のコンクールである。定員15名の中に割り込むには大変な競争となりそうだ。早く上達して先輩達を脅かすほどに成長してほしいと望む。
 2年生の姫○は大きく成長した。『優美』に参加したりコンクールを経験したりと大活躍だった。身体は大きく活発である。そして先輩達に揉まれて高度な練習もしてきた。これからも新しい曲を次々に吸収していくだろう。1年生の後輩達を引っ張っていってほしい。
 来年のシーズンそしてコンクールに向けて、これからの冬の期間が大切になる。全員が演奏に参加できることであり、メンバー達を輝かせることである。そして見てくれる人達を驚かせる演奏に進化させなければならない。その中に1〜2年生達も加わっていく。
 まずは曲を覚えることである。そしてステージを経験することである。ステージを経験して人は成長していく。その為には曲を覚えるしかない。
0

2009/11/16

5人の未来・・・  

 3年生には5人の男の子がいる。やんちゃ坊主が5人で徒党を組むと手がつけられなくなることがよくあった。『お前達はくびだ!』『さっさと出て行け!』・・・そんなことも何度かあった。しかし、みんな成長してきた。
 Jrコンクールには全員が出場することを目標にしていた。この5人と2年生の姫○の6人でどういうオーダーを組むかが思案だった。期間的に課題曲の他に新たな試みは出来ない。今までの練習してきたことを応用したい。チームの構成としては少し無理があるかもしれないが6人を小締太鼓で組むことにせざるをえなかった。しかしこれは逆に彼らのチームワークを育てることにもなった。
 この6人でリーダーとサブリーダーを決めさせた。スタッフからの口出しは一切していない。この役員を決めてから、この6人のチームはまとまり始めた。決まったリーダーの翔○とサブの允○の二人は人が変わった様に真剣な練習態度となった。それに牽かれるように他のメンバーも変わっていった。
 大会が近づく頃に新型インフルエンザが猛威を振るいはじめ、練習に全員が揃うことは無かった。一時は全員での出場は難しいかとも考えていた。しかし、ここで出場が一人でも欠けてしまえばその子だけが立ち遅れてしまう。何としても全員揃ってという思いだった。
 本人達も、そして家族も大変な努力をしてしてくれた。そして一人も抜けず本選に出場できた。これは大きなことである。全員でプレッシャーと戦い全員で満足感を共有できたのは、特にこの6人にとっては大きなことだった。インフルエンザにかかって練習に出れなかった子も自宅で練習していたのが感じ取れた。・・・みんな真剣に取り組んでくれたのがうれしかった。
 あのワルガキ軍団は大きく成長した。『自分だけ』という気持ちから『みんなと一緒に』という気持ちが芽生えた。これはもうワルガキ軍団ではない。もう立派な栗沢太鼓の戦士である。
 男の子5人の同級生達が揃って成長して行ったなら・・・未来の彼らの活躍を想像する・・・。
0

2009/11/15

脱皮した二人・・・  

 5年生と4年生は男の子が各一人である。活発な6年生達と反してこの二人はどこにいるかというようなおとなしい子達である。その下の3年生にはワルガキ軍団5名がいて、その間に入って存在感も尚更薄いのであった。しかし、今回のコンクールの出場では大きな存在感を示した。なよなよしていたフォームは一変して力強いフォームとなり、腕の振りも大きな動きに変わった。その後の練習では3年生達を仕込む存在になっている。
 コンクール出場は彼らの思い切りを引き出したのである。それまでは踏ん切りのつかない気持ちで打ち込んでいた。その中には恥ずかしさもあったのだろう。これは大きな脱皮である。 この二人には元々持っている才能があった。しかし、その踏ん切りの無さがその才能を隠してしまっていた。その殻を打ち破ったのである。これからの二人は大きく進化していくだろう。その進化を光らせていかなければと思う。いつまでも6年生達のサブであってはならない。二人が主役となって輝かせなければ・・。
 どんなに運動能力や才能があっても心が負けていてはそれは宝の持ち腐れとなってしまう。人にはみんなシャイな部分があって、それをどう取り払っていくかである。恥ずかしさでいつも顔は下を向いていたり、気合も出せなかったりとそれが出来なくて太鼓をやめていく子もいる。子供達にとってはそれは大変な勇気のいることなのである。
 しかし、メンバー達が当たり前の様にそれをやっているといつの間にかそうなってしまったり、今回のコンクールの様なきっかけがあったりして脱皮していくものである。これを越えて本当の彼らの実力が表現されていくことになる。
 もうこの二人の心配はいらないだろう・・・。
 
0

2009/11/14

大締太鼓は待っている  

 2年前に亡き春光さんの太鼓を遺族の方達から寄贈された。まるでこの子達の為にこの2尺の締太鼓を贈ってくれたかのようである。
 6年生の修○と雄○はこの太鼓を打ち技を磨いてきた。4年生からのこの2年でこの子達の技術は大人を負かせる位に飛躍した。この学年で4本柱台の横打ちをこれだけ打てるのはまれだろう。
 部活も同じ野球をし、二人はまるで兄弟の様に仲がいい。そして後輩の男の達を束ねる男子のリーダーでもある。野球をやっていることによって彼らの身体は鍛えられたのだろう。この年齢ではただ太鼓をやっていただけでは鍛えれない下半身である。その下半身の筋力が彼らの太鼓の基礎となっている。そして彼らの憧れとなった先輩達がいた。大締太鼓を打つ先輩達の姿はカッコウよかったのだろう。
 彼らをまた後輩達がその後を追う。そして彼らは後輩達をしっかりとサポートしている。これはチームにとってはいい循環と成っている。彼らが成長し身体も筋力もついた時にはステージに鎮座した大締太鼓が待っている。その大締太鼓は今日も『早く成長しろ』と言っているかのようである。
 男子には細かな小技ではなくダイナミックに太鼓を打つプレーヤーになってほしいと思う。彼らの先輩達はこの大締太鼓を打ちこなすビックなプレーヤーとなった。この大締太鼓を打ちこなしてこそ男の中の男の太鼓となる。そしてこの大締太鼓は栗沢太鼓の、彼らの為にある。
 彼らが大締太鼓を打つ姿を早く見たい・・・・。
 
0

2009/11/13

頼りになる二人  

 コンクールに向かってソロ1番を育○と有○の二人に指名した。そして演奏曲は育○の曲として、有○にその曲を習得してもらった。
 コンクールに出場するには低学年達をどう組み入れていくかが課題だった。過剰なプレッシャーを与えないで今までの練習を活用できること。そう考えたなら手薄となった小締太鼓に全員を入れることにした。『雄飛』を余りいじらないで極力オリジナルに近い状態で時間調整をしていく。どう時間調整してもソロ曲は5つが限界だった。
 有○は大会当日の部活との兼ね合いに不安を持っていた。有○が都合がつけば二人で、部活と調整できなければ育○一人のソロでという対応にした。これでどう転んでも対応が出来ることになった。これで安心して練習にも取り組めれることになった。
 ビールパーティーの出演を依頼された時に『北の賑わい』を小締太鼓2台だけの演奏を入れることにした。これはキャンビー公演にも使った手法である。二組の候補をテストして、育○と有○の組に決定した。その時に観覧していた道議が、私のところに来て『二人は双子かい?』と訪ねてきたほど顔も身体もよく似ている。まあそれは従兄弟なのであるから同じDNAは含まれている。それ程二人の類似性があり二人のデュエットにすればかなりの相似性となると確信はしていた。しかし実際には寸分違わないほどの同調だった。
 二人の良さは明るい性格であり負けん気である。どんな大きな出演でもケロッとして演奏してしまう。1番バッターにはうってつけである。そしてチームにとっては貴重なムードメーカーでもある。比較的、内に入るリーダーとサブリーダー達のバックアッパー的存在でもある。
 そして魅力なのはどんな場所でもこなしてしまう器用さである。それはチームにとって、頼りになる無くてはならない存在なのである。
 
0

2009/11/12

センタープレーヤー  

 リーダーの亜○○に小締太鼓の使用を禁止した。当面は胴太鼓だけで今の曲を練習するように指示した。
 1台の胴太鼓を打つポジションと3台の太鼓を使うポジションは微妙に違う。1台の太鼓を打つには1点の打つバランスですむ。しかし3台の太鼓となると3点の打つバランス幅が必要になる。彼女にはまだ3点を打つ筋力が無い。1台の太鼓ではいい音を奏でるが3台となると途端に音量が出てこない。まずは1台の太鼓を打ちこなししっかりとしたポジションを作る。それが安定してからまた小締を足した3台に持って行きたい。センターを務めるには圧倒的な太鼓の音が必要である。その中で技や振りを見せたい。中途半端なプレーヤーでいてほしくない。
 サブ・リーダーの恵○は最初からセンタープレーヤーを目指した打法にしている。それは彼女の運動能力を見越しての技術である。コンクールでは見事な切れ味を見せた。彼女の本領がここでやっと少し出てきた。これから成長にしたがい更に磨きがかかったダイナミックなプレーヤーになると確信する。
 この二人にはお互いをライバル視して成長してほしいと思う。これからの3〜4年は彼女達がこのチームの大黒柱となる。自分の技術に自信を持ち他のメンバー達を引っ張っていく、いいリーダーになってもらいたい。その為にはそれだけの練習をして範を見せていってほしいと思う。その素質は充分にある。
 この二人には同じカラーを持ったプレーヤーでいてほしくない。先輩の秀○と麻○の様に全く違う個性であるように、亜○○と恵○の様にと言われる二枚センタープレーヤーにである。
0

2009/11/11

どう光らせるか・・・  

 まだインフルエンザが収まらないのか、この寒さで用心したのか数名が欠席である。練習も早い時間で全員が帰宅した。基本練習の後、曲の練習を入れる。低学年の『山彦』はやり直しとなる。滅茶苦茶であった。
 その後は課題を出した練習をそれぞれ取り組んでもらう。この練習になると俄然張り切りだす。低学年達は先輩達からのアドバイスを真剣に聞き入れている。
 新しい発想はまだ漠然としたものである。どう構成し、どうまとめていくかは行き当たりばったりのところもある。栗沢太鼓らしい特徴を生かし、今までにメンバー達が蓄えたリズムや技術を融合していくというのが今回の課題である。それぞれのメンバー達は個性を生かしたそれぞれの曲に取り組んできた。今度はそのそれぞれの個性を融合する。
 逆にいったら新しいことにそれぞれが取り組むことにもなる。技術は一気に上がっていくことになる。そしてまた新たな個性を作っていけばいい。
 技術を上げていくにはそれまでの延長では限界が必ず起きる。更に上の技術は、自分の技術を一端捨て、新たな要素を取り入れてそして組み立てていく。そういう繰り返しが必要なのである。それにはうってつけなのかも知れない。自分の全てを他のメンバー達に披露し、そして他のメンバーの技術をもらう。その中からまた新たな個性が生まれてくるだろう。それは大きな飛躍である。
 いいライバルがいて切磋琢磨しながら上達していくものである。今度はそのライバル達に全てをさらけ出し、そしてそれらの力を集結して立ち向かうのである。そうしなければ幼いこのメンバーでは他チームと互角以上には戦ってはいけない。
 あとは我々がどう彼らを光らせていくかとなる。
0

2009/11/10

覚悟と努力  

 助成金の振込みが来週だという連絡が入る。ようやく業者に支払いが出来る。随分待たしてしまった。締太鼓の幕がまだ出来上がってこない。一度は直して来たようだが呉服店で了解せず再度やり直すということだった。初打ちには間に合ってもらわなければ・・・。
 後輩達を育てる為にお兄さん・お姉さん達には我慢してもらったことが多かった。そのお蔭で高学年のメンバー達は実力をつけてこれたと思う。『誰がセンターを務めてもこなせる。』という幅のあるチームとなってきた。後半の出演にはお兄さん・お姉さん達が中心となったオーダーを組んだ。それは誰がやってもおかしくないというチームになってきたからである。裏返しに言えば高学年のメンバー達を認めたということである。お兄さん・お姉さん達の張り切りようは半端でなかった。それはまた後輩達の刺激ともなる。いい実践の見本を同じチームで吸収しただろう。
 2〜3年生の低学年チームで『山彦』、高学年のチームで『絶世』の習得が今年の目標だった。低学年のチームは先輩の力も借りたが農業祭で主役を務めた。そして高学年チームも『絶世』を披露した。それは曲を習得するだけでなく、それぞれが自分達の力でやろうという意識を育てることである。
 先輩達の力を借りてどうにか演奏してきたことから、自分達だけでも大丈夫という成長に繋がっている。Jrコンクールでも幼さという感覚のない演奏になった。
 海外公演では7〜8曲を参加できるメンバーで消化しなければならない。それらの曲を連続して演奏していくには、同じオーダーで消化することは無理な話となる。プログラムの変化にも対応できる臨機応変さも必要となる。それだけ幅があり技術があるプレーヤーが大半でなければならない。1曲、2曲を上手に演奏するでは話にならない。
 本当にキャンビー行きたいのならば、それだけの覚悟と努力は絶対に必要である。それが育たないのであれば幻となる。さて、メンバー達は・・・
0



Powered by teacup.ブログ “AutoPage”