2009/1/6

極寒の地  

 陸別町が−25℃、彰〇はしばれてないか。旭川の一〇は、旭川は凄いところだと興奮してしゃべっていた。
 学生の頃、剣淵の友人宅に一泊した。その夜は−30℃まで下がった。夜中に住宅からミシっと音がした。『−30℃以下になるとこういう音がする』と言っていた。翌朝、車のエンジンは「ビ」といったきりセルは回らなかった。大きなバッテリーを繋ぎやっと「ウーウー」とセルが回り「ドド」とエンジンが動き出した。その頃の車はそんなものである。タクシーは一晩中エンジンをかけていると言っていた。時にはジェットヒーターでエンジンを暖めるとも話していた。同じ北海道でもとんでもない所だと思った。
 帰路、その寒さで車の水温は上がらずヒーターは冷気を出しっぱなしであった。旭川市内で商店の前にあったダンボールでラジエターにあてた。ようやく水温が上がり始め車内が暖まり始めた。その頃、今もそうかもしれないが車は私達の地域では寒冷地仕様であるが、彼らが住む地域は極寒地仕様であった。エンジンオイルも粘土の低い物を使用していた。
 車自体も今の様なコンピューターで制御されたエンジンではない。キャブレターを使ったアナログエンジンでもある。冬の朝エンジンが掛からなかったり、滑って発進し無かったりとトラブルがよくあったものだ。しかし、今の車でのトラブルは皆無である。凄い進化をしたものである。
 その車も売れないという。日本経済を引っ張ってきた車と家電がピンチである。大きな時代の変化が起こるのかもしれない。
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