ある読者の方から、『親鸞の教行信証を読み解く』5巻分と、『親鸞の仏教と宗教弾圧』の正誤表をメールで送っていただきました。
相当数ありましたので、これを機に、これまでに確認できている正誤・修正点を整理してまとめてみましたのでここにご報告いたします。
『親鸞の教行信証を読み解く』1〜5巻
第1刷りから2008年10月10日までに確認できている正誤・修正点一覧
◆第一巻
83頁13行 [とは認めては]→[と認めて]
90頁7行 [仏教を対応]→[仏教を対峙]
100頁16行 [写った]→[映った]
110頁1行 [手続き]→[手続]
115頁10行 [これを宗とするのかの]→[これを宗とするのか]
121頁5行 [売りにきた]→[売りに来た]
134頁3行 [それまで釈尊を]→[それまで釈尊に]
167頁14行 [誓ったのが]→[誓った]
261頁8行 [詰めが]→[詰めに]
◆第二巻
52頁16行 [奇妙なこと]→[奇妙なことを]
101頁1行 [存覚]のルビ:[ぞくかく]→[ぞんかく]
159頁1行 [寒さは]→[寒さが]
159頁4行 [いう精神]→[思う精神]
159頁16行 [け支配]→[けて、支配]
162頁13行 [前に生まれん者]の[者]のルビ[ひと]をトル
※[後に生まれん者]のルビはママ
164頁1行 [逃れる]→[逃れたい]
◆第三巻
161頁7行 [摩訶迦葉]→[迦葉菩薩]
162頁9、12行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
162頁11行 [摩訶迦葉]→[迦葉菩薩]
179頁5行 [摩訶迦葉]→[迦葉菩薩]
179頁6、8、10、16行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
180頁11、16行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
182頁2行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
183頁7、8、10、18行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
184頁1行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
185頁13行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
188頁5行[『涅槃経』]〜13行[釈尊に]までを削除し次の文章に差し替える
【『涅槃経』において、最も重要な対告衆の一人が迦葉菩薩ですが、私は最初これを摩訶迦葉だと勘違いしておりました。ある方から指摘されて知ったのですが、実は『涅槃経』の冒頭の寿命品には、摩訶迦葉と阿難は説法の場にいなかったということがはっきりと記されています。おそらくそれが史実なのでしょう。摩訶迦葉は仏の入滅後正法を付嘱された人ですし、阿難は仏典結集(ルビ:ぶってんけつじゅう)の中心を担いました。その、釈尊なきあとの仏弟子集団においてもっとも重要な役割を果たすことになった二人がこの説法に立ち合っていないわけです。おそらく『涅槃経』の原作者は、『涅槃経』の説法の相手として、どうしても摩訶迦葉を想定したかったのではないかと思います。それで迦葉菩薩と、菩薩という形で登場させて、摩訶迦葉の担った役割を仮托(ルビ:けたく)したのではないかと思います。
だから摩訶迦葉の役割を托された迦葉菩薩が、釈尊に執拗に】
189頁2、4、6、7、18行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
190頁5、7、8、9、10、17行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
191頁4、10、17行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
192頁2、5行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
193頁13行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
196頁10行 [迦葉]→[迦葉菩薩]
212頁末行 [手続き]→[手続]
245頁14行 [浄土は化仏]→[浄土は化土]
274頁6行 [なってしい]→[なってしまい]
第四巻
表紙、中表紙 [願われて存る]→[願われて在る]
21頁16行 [きちん実行]→[きちんと実行]
88頁3行 [私は、]をトル
182頁17行 [こんにちわ]→[こんにちは]
294頁17行 [まずいません]→[まず言いません]
308頁5行 [突きつきつめて]→[突きつめて]
323頁4行 [証拠があるです]→[証拠があるのです]
第五巻
15頁15行 [世界ばかり]→[世界ばかりで] ※[で]を入れる
58頁5行 [前提が]→[前提とは、それが]
71頁8行 [統一教会]→[統一協会]
109頁4行 [この記載]→[この記載に]
160頁11行 [二つの文章]→[二つの文章が]
206頁12行 [「礼」ついて]→[「礼」について]
234頁10行 [読でも]→[読んでも]
248頁3行 [を覚す、故に名づけて仏とす。帰は反還を以]に網掛け
248頁4行 [帰と名づく。依は憑なり。心の霊覚に憑きて、]に網掛け
287頁11行 [太上天皇]のルビ:[だじょう]→[だいじょう]
321頁14行 [題で、は尾題と]→[題で、尾題と]
352頁12行 [思いです]→[思います]
359頁末行 [「差別ビラ事件」ついて]→[「差別ビラ事件」について]

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