『海を飛ぶ夢』の本を読んだ。
映画の方を先に観ているのだけれど、受けた印象はずいぶん違う。
映画を観たときは、ラモン・サンペドロ(尊厳死を願った主人公)の選択を尊重したい、という気持ちになった。
本は、ラモンが、裁判官や医者、神父、国王、弁護士、ヨハネ・パウロ二世、そして友人や家族に当てた手紙が主な内容で、その中に彼の考えや気持ちが繰り返し綴られている。宛先が違うのだから、同じ事が繰り返されるのは当然のことなのだが、それを一挙に読んでいると、何か大きな圧迫感がある。
どう言えばいいのか「〈彼の選択を尊重する〉ことを強要」されているような気分になる。 それが、どうも映画を観た後の「尊重したい」という気分とはちょっと違うようだなのだ。
本は、ラモンの考えや訴えがよく出ている。それだけに、ちょっとしんどい部分がある。それは、手記がラモンからの一方的な表現であるので、ずっと読者としての自分自身がラモンに直に対面しなければならないからだろう。それに対して、映画では、家族や友人、あるいは彼を説得しようとする神父など、いろいろな相手が出てくる。そうした人々の言葉や表情を通して、それぞれの立場で、いろいろな反応をみることができるため、自分ならどうなのだろうとか、共感できる相手をさがしたり、ある種の距離を保つことができることで、気持ちに「余裕」がでたのかもしれない。
この辺が、受ける印象の違いをもたらしたのかな。

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