2013/3/14

2年という月日  福島の猫たち

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福島県双葉郡大熊町で(3月10日撮影)


土曜午後からの移動で、3月10日(日)のレスキューに参加してきました。

ありこさんがブログに書いていたように、帰還困難区域での保護をがんばりました。


町の約8割が5年以上は帰ることができない「帰還困難区域」に再編される浪江町の街並み。

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前を行くのは…


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キジでした


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2年経っても時は止まったままのよう


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浪江町北幾世橋(きたきよはし)で



前日。盛岡は暴風。高速バスの停留所に立っているとき、この私が吹き飛ばされそうなほどの突風が。体温が奪われるかと思うくらい冷たい風。

盛岡から仙台へ。仙台から相馬市へと高速バスを乗り継いで。
相馬行きのバスはほぼ満席で。おそらく、311のセレモニーのために帰宅する方が多かったのでしょう。


それでも、南東北の福島は暖かくて。

日曜の朝早い時間帯は比較的穏やかで、むしろ20度近くになるほど暖かくて。

その一瞬のタイミングで、幸運にも茶白の猫を保護することができました。

(長くなってしまったので、よければ「続き」をクリックしてお読みいただけたら嬉しいです)



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2013年3〜4月、再編される警戒区域


町長が代わったことで見直し再編が遅れている、警戒区域のままの双葉町で保護しました。

海沿いを車を走らせて。

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浪江町請戸(うけど)から南下


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双葉海水浴場を通り過ぎて


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(写真右奥部分の)第一原発をぐるりと囲むようなこの道路を、茶白の猫がとぼとぼとこちらに向かって歩いてくるのに偶然出くわして。

ゆきちゃんがフードをとりあえず投げると、逃げるわけでもなく「食べ物だ」というかのように首を伸ばして。

車を降りても駆け去るということもなくて。

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ガリガリでした…



給餌で回っているうちに、ものすごい風が。


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桜並木が美しい富岡町夜の森(よのもり)


突風が砂埃を巻き上げて。

大熊町では街路樹が根こそぎ倒れていて。

そんななか、ひらりや小雪の保護チラシを貼ろうとしても飛ばされて。
ふたりがかりでどうにかこうにか貼って。

短時間でしたがとりあえずミッションは果たしました。

途中、おやじさんから電話があり、浪江町が火事、と。

一時帰宅の方が、どうやらお墓参りの際、ローソクに火を使ったのが原因ではないかと。

3月11日の命日にあわせて一時帰宅の申請をした方々の車、消防車、パトカー…。

不穏なサイレンの音もけたたましくて。


それでも、今回も無事に済みました。ありがとうございます。




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南相馬市小高区


昨年の4月、警戒区域から解除されて「避難指示解除準備区域」になったものの、人が住むことができるようになるまで、いったいどのくらいの歳月がかかるのでしょう。



除染後に帰還できるという「避難指示解除準備区域」。

帰還に数年かかるという「居住制限区域」。

帰還まで5年以上かかるという「帰還困難区域」。


2年という月日。

時の刻みを、ここではどう表現すればいいのか。


3月11日付の朝日新聞の社説を読んで。

「フクシマ」という文字で表現するのではなく、決して忘れてはいけないこと。

私たちすべてが当事者。

「福島」との回路を保ち続けること。



この地に「日常」が戻ってくるのはいつのことなのだろう。


不安と、心細さと。それでも、気持ちをキープアップさせて。


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南相馬市小高区で



福寿草や匂い水仙、そして梅が咲きほころぶ。

咲いている花を見て、ほっとしました。



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仮の名は「ハニー」。♂。ダブルキャリア


よほど飢えていたのでしょう。とにかく食べて食べて…食べているそう。

よかった。


そして前日の土曜、ありこさんとゆきちゃん保護の甘えん坊のサビ猫嬢。

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本名はくちゃん♀(浪江町で保護)



保護猫ルームには、愛らしい女子チームがのんびりと養生していました。


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2月11日保護のひらり♀(大熊町で保護)


アロ〜ハ! な服がすてき。


保護できてよかった。


少しでも、心残りを減らせるように。

依頼主の笑顔を見ることができるように。

がんばることができますように。



しかしこの日も帰りは暴風で高速道はところどころが通行止めで。
ゆきちゃんに仙台まで送ってもらって、帰りはまたまた新幹線でした。

降り立った盛岡は真冬並みの寒さでした…。

*****

少し前にFaceBookで知った文章を、シェアします。

書いたのは玉川啓さんという、浪江町役場勤務の方です。

去年4月に第一原発に入ったという貴重な体験を発信してくださいました。


過去のことではなく、最悪の事態にならないよう今も最前線で闘う人たちがいるから、私たちは生かされているのだということを、決して忘れないように。


どう考えても、他人事ではないのです。ここに書かれてあることは去年の4月のことだけではない、「いまなお」の現状に通じていることだと思うのです。





玉川 啓





今日、第一原発の現場に入りました。

業務上の守秘義務もありますが、書けるだけ書かせて頂きます。

重要免震棟で説明を受け、骨組みだけになっている4号機、3号機を間近に見てきました。
本日の最高値は1,000μsv/h。異次元の世界です。

素直な感想としては、進んでいるが進んでいない。そして進んでもいるということ。
重要免震棟は線量の確保ができていますが、一歩外を出ると高い線量であることは紛れもない事実。

そのような中で前司くんをはじめ、最前線でこの事故を押さえていこうと、尽力している方々がいること、当然のこととして仕事をしている方々がいることが、自身にとって大きな励みになりました。

間違いなく言えることは、現場の支えがなければ、東日本は吹っ飛んでいました。
今でも千本近くの燃料棒がむき出しの燃料プールに残っており、格納容器よりも危険な存在です。
今回の事故は、いい意味では上澄みの爆発。燃料自体の反応で燃料そのものが飛び散っていれば、われらが八王子メンバーでさえも当事者になっていたという甚大さを実感しました。

そして、誤っていけないのは、今回の事故は最悪ではなかったこと。
重要免震棟がギリギリ半年前に完成していなければ、現地での対応は不可能であり、間違いなく今の日本はないということ。幸いなことに最悪を免れることができたという、恐ろしい事実をもっと皆で共有すべきと感じます。

いいですか、本当にぎりぎりの状態でした。今、それぞれの事業をどう展開させていくかといった議論をしていますが、それは奇跡的なラインが守られたから出来る話にすぎません。
隅田であれ、八王子であれ、日立であれ、東京全体であれ、おそらく西日本であれ、紙一重だったのです。そしてしっかり対応しなければ、これからも紙一重であり続けるのです。

ふくしまが当事者というのは明らかな誤解。本当に日本全体が当事者となるべき問題なんです。きっとこれを実感はできないでしょう。キツメのトーンになってしまいますが、共有できる皆さんだからあえて言います。
この重さを心に刻みつけてほしい。

その上で、当事者としてやはり皆さんにはかかわってほしい。
当事者として、外部支援者ではなく、自分自身が自分自身の仕事やライフスタイルをどう見直していくか、この原発に依存するエネルギー消費の仕事やライフスタイルの在り方を、真剣に考えるしかないと感じます。

むき出しの鉄骨を見て、改めて事態の深刻さを痛感しました。テレビとは明らかに違うのです。そして、その現場で体一つで作業している方々がいます。
その中には被災者がいます。
われわれ日本人はそういった方々に今この時も支えられているのです。

改めて福島を支援するということが誤解であることを実感しました。
逆に福島の地で今を支えていること、それによって日本が支えられているのです。

だからこそ、この問題は皆がまさに当事者なのです。
東京にいては分からない。福島市にいては分からない。

ゆえに分からないではなく、想像を働かせる、思いを巡らせるしかないのでしょう。

第一原発の構内でわれらの前司さんの伊達重機のクレーン車と運命的にすれ違いました。逃げない彼らがいる。そういった人がいるから、普通の生活が送れている。それは今も変わらない。

皆さん、原発が収束していないというのは事実。そして福島の問題ではないことを、しっかりと共有しましょう。ふくしまの問題と考えること自体が誤りだと、本当に痛感しています。

それが私の今日の報告です。


2012.4.11

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タグ:  里親募集 東北



2013/3/14  20:36

投稿者:こんの

まだまだ先の見えない福島、もう2年もたってしまうんですね。
先日見たテレビで、福島のとある方がいっていました。
除染すれば住めるとか、何年後には大丈夫とか安易にいってほし
くない、どうせならもう一生住めないといってほしいと。
その気持ちわかります。故郷に戻りたい気持ちもわかります。
ほんとうにせつないです。2年経つ今でも残された動物たちがい
ることも悲しいです。
国や東電がなにかをしている姿が国民に伝わらないのは、なぜな
んでしょう。。。何もやっていないことはないと期待したいので
すが。

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