「天満は私の庭ですから、お店は任せてちょうだいね」
「すると、黒田さんの住まいか職場は天満なの?」
「ええ、ここから七分も歩けば職場なんです」
友美は東の方角を指差して言った。
加藤は、ゆっくり歩く彼女の歩調に合わせていたが、無意識に早足になって彼女と離れてしまった。ちょっと立ち止まって振り返って訊いた。
「職場って、どんな会社?」
「ペンチやドライバーなどの工具を販売している会社よ」
「へーえ。で、黒田さんはどんな仕事しているの?」
「営業事務よ」
「営業事務か……難しそうだね」
「そうでもないわよ。あっ、あそこの『花』のお好み焼き屋さん、とってもおいしいのよ」
二人は「花」に入ると満員で混雑していたが、思ったより早く席に着くことができた。加藤は豚モダンを注文すると彼女も同じものを頼んだ。この店は自分でお好みを焼けるようになっていた。
加藤はお好みを焼くのが初めての経験だったので、上手くひっくり返せない。それを見ていた彼女は、ニコニコ笑いながらひっくり返してくれた。
外は寒かったので鉄板で手を暖めながら、お好みが焼けるのを待っていた。
彼女は焼き上がった二枚のお好み焼きにソースを丁寧に塗った。その瞬間ソースの甘ったる香りが鼻を撫でた。ソースの上に青のりとかつおぶしをふりかけると、食欲をそそるおいしそうなお好み焼きが完成した。
手際のいい彼女の手元をじっと見ながら、加藤は、
(黒田は料理が上手そうだなぁ……)と、思いながら訊ねた。
「黒田さんは料理するのが好きみたいだね?」
「ええ、料理するのが大好きだからもっともっと色々なレシピを覚えようと思って、この前からこの近くの料理学校に行っているの」
彼女は笑顔で答えた。
初めて、二人きりで会話しているのにまったく違和感がない。ずっと以前からの親しい友達で、久しぶりに出会って語り合っているようだ。まるで砂漠に水が勢いよく吸い込まれるように、心が満たされていくのを加藤は感じた。
おいしいお好み焼きを食べながら、彼女は加藤のことをしきりに訊ねた。
加藤は自身の生い立ちを包み隠さず語ると、彼女は少し驚いた表情をして、
「そうなの、加藤さんに両親がいなくて一人暮らしって想像もしていなかったわ」
「えーえ、なぜ?」
加藤は口いっぱいお好み焼きを頬張って訊ねた。
彼女は水をひと口飲んでから、
「それは、いつも明るくて元気そうだからよ」
笑みを浮かべて答えた。
「そう言えば、本当に両親いないのって訊かれて、驚かれることあるなぁ」
「だって、暗い影が見えないし、話を聞いてまさかって思ったわ。でも正直、加藤さん寂しくないですか」
「うーん、今は慣れたから寂しくないけど。おふくろが死んだ時はめっさ寂しくて、毎晩ふとん被って泣いていたよ」
黒田友美はそれを聞いた瞬間、大粒の涙が頬を濡らした。
「友ちゃんごめん。悲しませて」
加藤は、彼女の涙を見た瞬間から、「友ちゃん」と、呼んでいた。
友美はヴィトンのバックから淡い花柄のハンカチを取り出して、目頭を拭ってから、
「十二歳ってまだ小学生よね……、辛かったでしょうね」
「まぁ、おふくろが病気で死ぬことは、ぼくにはどうしょうもできなかったことだし、仕方がないことだと思っていた。でも、半年間は正直めっさ辛かったよ」
「私には両親と弟そして祖父母もいるから、いろんな意見が出て厭になる時があるの……、正直言って一人になりたくなる時があるのよ」
「それは贅沢だよ。ほんと一人ぽっちになったら、めっさ寂しいよ」
おいしい豚モダンを食べ終わって、お腹だけは満足した。
しかし、話にまだまだ満足できない二人は「花」の勘定を済ませると、すぐ近くにある喫茶「スワン」に入った。
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