京橋で学研都市線に乗り換えて放出駅に着いた時、加藤は改めて看板を眺めながらこれで「はなてん」か、ほんまに日本の地名は難しいなと、呟いた。
帰り道、コートに両手を入れてゆっくり歩いていた加藤は、ふと夜空を仰ぐと、美しい大きな満月が煌々と輝いていた。
「友ちゃん、ほら、見てごらん」
加藤はポケットから右手を出して、満月へ指差して言った。
「うわー、めちゃきれいね。うさぎさんいるみたいね」
友美は弾んだ声で応えた。
加藤はポケットにまた右手を入れながら(友ちゃんは本当に純粋な心を持った優しい女性だな)と心から思った。
楽しく話しながらゆっくり歩いて七〜八分で友美のマンション前に着いた。加藤は腕時計をちらっと見ると、もう午後十一時四十分になっていた。
ここで別れようかと思っていた加藤へ友美は、
「寒かったね、お茶でも飲んでいく?」
とささやいた。
「いいの?」
「もちろんいいわよ」
友美は笑みを浮かべて言った。
マンションのエントランスは天然石と大理石をお洒落に配置して高級感が漂っていた。二階の左端の二○七号が友美の自宅だった。加藤は少し緊張して部屋へ上がると、(ぼくの部屋のボロマンションとは大違いだなぁ)と思いながら、部屋をぐるりと見渡した。ワンLDKの室内は女性らしく綺麗にインテリアされていた。
加藤はこの部屋を見ただけでも、友美はいいお嫁さんになるだろうと思った。
「さあ、ソファーに坐って、今お茶いれるからね」
友美はコートを脱ぎながら言った。
「ごめんな、こんなに遅く」
加藤は恐縮して言うと、
「こちらこそ送ってくれて、ありがとうございました」
友美はこぼれるような笑顔でお礼を言った。
キッチンでお茶を入れている友美のうしろ姿を見つめながら、
「友ちゃん、専門学校のデッサンの授業で、ぼくの左に坐っていたの覚えてる?」
「ええ。よく覚えているわよ」
友美は振り向いて笑顔で答えた。
加藤は左に坐っていた友美を見た瞬間、懐かし女性に出会ったようで、将来こういう女性と結婚したいと思ったことを告白すると、
「結婚したい?」
友美は大きく澄んだ瞳を見開いて訊ねた。
加藤は友美の瞳に吸い込まれるように、
「うん、不思議やけどそう思ったんや。でもすぐ話したいとか、付き合いたいとは思わなかった」
すかさず友美は、
「なぜ、付き合いたいと思わなかったの?」
「よくわからないけど……いつかはゆっくり語り合いたいなと、思っていたんだ。今日はこうして会うことができて、ほんま夢みたいだよ」
加藤は微笑んでそう言うと、友美は、
「私も加藤さんに大阪城で出会ってからずっと会いたいと思っていたの……、でも……」
黒田は言葉を探しているように黙り込んだ。
しばらくして加藤は、
「ええ、でもって?」
と、優しく訊ねた。
すると、友美は少しためらって語り始めた。
実は、中学一年生の時からずっと片思いしていた人のことを、最近やっと諦めがついた。その彼は、同じクラスだった中学一年生の頃から好きになったけれど、あんまり相手にしてくれなかった。去年は手紙で告白しても返事がこなかったから、やっと、諦めることができた。と、友美は切ない表情をして話した。
「そうだったんだ、辛かったね」
加藤がそう言うと、友美は笑みを浮かべて、
「だから、今日こうして加藤さんに会えたこと、すごく嬉しく思っているのよ」
加藤はすかさず、
「そしたら、ぼくと付き合ってくれない?」
恥ずかしそうに訊いた。
「いいわよ、でも友達からね」
結婚したい女性だと言って口説こうとする軽々しい男かも知れないと一応用心して、友達からならいいと答えた。しかし、本心は加藤の人格に強く惹かれていた。
「じゃあ、よろしく」
加藤は右手を差し出して友美と握手しながら言った。
友美は握手しながら、(やはりさわやかな男性だわ……)と、心がときめいた。
そして、加藤の精悍な澄んだ瞳を見つめながら、
「お腹空いてない? インスタントでよければラーメンでもつくりましょうか?」
と、優しく訊ねた。
「うん、ラーメン食べたいな」
友美は、おいしそうにラーメンを食べる加藤を見ていると、もっと色々食べさせてあげたいなと思った。
少し痩せて見えるためかも知れないが、おそらく野性味あふれる加藤には母性本能をくすぐる何かがあるのだろう。
帰り際、お互いの電話番号とメールアドレスを交換して午前二時頃、加藤は友美のマンションを出た。
タクシーで阿倍野のマンションへ帰る途中、友美からかわいいお礼のメールを受信した。
「吾郎さん、今日はありがとうございました。とっても楽しかったよ。気をつけて帰ってね。またメールするわね。じゃあーおやすみなさい」
加藤はメールを何度も読みながら、今日の出会いに感謝しながら、返信メールをおもむろに書き始めた。
「ぼくにとって夢のような記念の日になったよ。想像していた通りの友ちゃんでした。ほんま楽しかった、ありがとう。ラーメンもおいしかったよ、ご馳走さまでした。これからもよろしく。もうすぐ家に着く……では、おやすみなさい」
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