2008/10/23
あゝ 野麦峠 旅
バス会社の広告に
「 女工哀史、野麦峠 」ハイキングと載っていた、
7km 3時間、
何だか 行って見たい様な衝動にとらわれ
ついつい図書館にて「あゝ 野麦峠」の文庫本を借りてしまった。
‘‘工場づとめは監獄づとめ
金のくさりがないばかり、‘‘
‘‘かごの鳥より監獄よりも
寄宿舎住まいはなお辛い‘‘
ええーと 思いながら読み進んだ、
明治から昭和の初め頃までの出来事、
最初のページには 飛騨の農家の女達の口減らしだったが・・・、
行く行くは 仕事のない時期の勤め口のようだった、
その時、その時代の出来事、
草鞋(わらじ)で凍て付く雪道の30里・40里は過酷だ!!、
ましてや13歳の子供じゃ、
昔 吉永小百合さんで映画化されたと・・・。
読み終えてから 時代、時代でする事は 違っても
‘幸せ求めて 生きる事は おなじ‘
今でも 当時の道があり
「みね」が兄の背負子に乗せられ命果てた、 「 野麦峠 」、
居ても経ってもいられず 出かけてしまった、
標高1672m寒い、これまでは 暗いイメージだったが・・?
信州から辛い登りで峠に来た時
目の前に 懐かしの飛騨の山々が パッと見えた時には
さぞかし嬉しかった事だろう、
小説を読んでから行ったから 感慨深いものがあった。

高山方向から入り 目の前に乗鞍岳の山容がスカッと見えました、

野麦学舎

あ々 飛騨が見える、兄、辰次郎に背負われた 政井みねの石像。

岡谷の製糸工場への行き返りに ひと時の休憩をした、
お助け小屋、

あ々 野麦峠の石碑があり 彼方には‘乗鞍岳‘等の
飛騨の山々が見えた。

板碑
5
「 女工哀史、野麦峠 」ハイキングと載っていた、
7km 3時間、
何だか 行って見たい様な衝動にとらわれ
ついつい図書館にて「あゝ 野麦峠」の文庫本を借りてしまった。
‘‘工場づとめは監獄づとめ
金のくさりがないばかり、‘‘
‘‘かごの鳥より監獄よりも
寄宿舎住まいはなお辛い‘‘
ええーと 思いながら読み進んだ、
明治から昭和の初め頃までの出来事、
最初のページには 飛騨の農家の女達の口減らしだったが・・・、
行く行くは 仕事のない時期の勤め口のようだった、
その時、その時代の出来事、
草鞋(わらじ)で凍て付く雪道の30里・40里は過酷だ!!、
ましてや13歳の子供じゃ、
昔 吉永小百合さんで映画化されたと・・・。
読み終えてから 時代、時代でする事は 違っても
‘幸せ求めて 生きる事は おなじ‘
今でも 当時の道があり
「みね」が兄の背負子に乗せられ命果てた、 「 野麦峠 」、
居ても経ってもいられず 出かけてしまった、
標高1672m寒い、これまでは 暗いイメージだったが・・?
信州から辛い登りで峠に来た時
目の前に 懐かしの飛騨の山々が パッと見えた時には
さぞかし嬉しかった事だろう、
小説を読んでから行ったから 感慨深いものがあった。

高山方向から入り 目の前に乗鞍岳の山容がスカッと見えました、

野麦学舎

あ々 飛騨が見える、兄、辰次郎に背負われた 政井みねの石像。

岡谷の製糸工場への行き返りに ひと時の休憩をした、
お助け小屋、

あ々 野麦峠の石碑があり 彼方には‘乗鞍岳‘等の
飛騨の山々が見えた。

板碑
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