長岡から帰った翌日は、お寺でお施餓鬼がありました。菩提寺の誓願寺では毎年8月5日がお施餓鬼の日と決まっています。家族でお参りしました。
お寺は鳴海駅の近くなので、私と夫はお参りが終わるとそのまま名鉄電車で名古屋駅へ行き、新幹線に乗り換えて京都へ行きました。それから「特急まいづる」に乗り換えて西舞鶴まで行き、そこからはレンタカーを借りて伊根町へたどり着きました。伊根町へ行くには、天橋立から車で45分くらいかかります。もしも、天の橋立を車で通ることが出来たら20分は短縮されるでしょう。でも、大切な自然の橋です。地元の人たちは、不便さよりも自然を大切に思ってられるのでしょう。それでいいと思います。
なぜ伊根町へ行ったかというと、そこに亡くなった姉の夫の実家(町で3番目の旧家だそうです)があって、その家の近くに墓地があり、その一角に姉とやがて逝く夫のお墓が建てられたからです。姉夫婦には子供がいないので2人だけのお墓になります。その地方の風習なのでしょう。お墓の横には灯篭も立てられていました。
「8月6日に納骨するから伊根に来て欲しい」
と連絡を受けたのは、納骨の日の6日前でした。長岡へ行く前にインターネットで調べて、切符の手配やレンタカーの予約をしておきました。ハードスケジュールなのが心配でしたが、無事に終わりました。かなり無理をしましたが、私は洋子姉さんのために行かないではいられなかったのです。
新しいお墓は海の見える丘に建てられていました。姉の納骨の日にお寺で生前戒名を頂いた義兄(姉の夫)の戒名も姉の戒名と並んで彫ってありました。
姉本人も他の誰も、その早すぎる死を予想できた人はありませんでした。
私は、今でもありえないことだと思っています。納得できないでいます。
人が亡くなったとき、運命だったという人がよくいます。はじめからその死は決められていたのだというのです。だけど、私はそうは思えません。死は偶然だと思っています。死は自らの意志によってある程度避けられるものだと思っています。たとえば、早めに病気の手当てをするとか危険なことをしないとか……
死ぬのは偶然。偶然だから誰も死を予測できない。私はそう思っています。
ただし、末期癌や不治の病におかされている人の死は予想できますが……
義兄の実家の近くの民宿「与謝荘」に泊まりました。(中央の3階建て)
民宿の朝食。
夕食は、遅く着いたためそこでは食べられませんでした。
美味しい食後のコーヒーでした。
民宿から見えた義兄(姉の夫)の実家。
姉の好きだった言葉を思い出しました。それは
「名もなく 貧しく 美しく」
ありがとう! 私に良い影響を与えてくれたお姉さん。
ほんとうに、ほんとうに、有難う!
続きはまた明日……